「なんちゃって仏文」でした。

私がフランス語の学習を再開したのは、自分のことを嫌いにならないためでした。

フランス語学科に入って4年間も勉強したのに、自分の中に残ったものが何もなくて

できない自分にずっと自己嫌悪してました。

「フランス語科を卒業しました」



そう自己紹介すると、100%の確率で「フランス語ペラペラなんだね!」と

キラキラした目で言われました。

でも、実際のわたしは、基本的な文法さえも危ういどうしようもない劣等生でした。

「ペラペラなんだね!」と言われる度に、
そうではない自分が恥ずかしくてたまりませんでした。

思い返せば、仏検の2次面接では、審査員に助け舟を出されるばかり。

「Répétition(練習)」が聞き取れなくて、何度も何度も聞き返して、
哀れに思った面接官が日本語訳を教えてくれました。

会話が何にも進まなかったから、仕方なしに教えてくれたんだと思います。

なのに、結果は、最低点数で合格。

こんなのもらっても全然うれしくありませんでした。

だって、自分がしゃべれないということは、自分が一番よく知っていました。


「なんとかして、できる自分にならなきゃ」そう思って挑んだのは、
卒業論文でした。


わたしの卒業した学校は、卒業論文が必須ではありませんでした。

卒論を書くのは、相当何か書きたいものを持っているひとで、
100人いたとしたら、5人が書く、そんな状態だったのです。

卒業論文を書ききれば、自分のことを嫌いにならなくて済むと思い、

自分のハードルをどんどんあげて、フランス人の教授を指導教員に選びました。

これが終われば、わたしは自分のことを好きになれると思いこんでいました。


でも、実際はひどいありさまでした。

先生に質問をしたくても、フランス語が喋れないから躊躇して先生を避けてしまう。

勇気を出してアポイントをとっても、必ず「また来週ね」と言われ、心折れる。


そうこうしているうちに提出期限が訪れ、
自分でも燃やしたくなるような卒業論文が完成しました。

口頭試問では、教授が何を言っているか一切聞き取れず、

私の論文に強烈なダメ出しをしているということだけを感じ取りました。

論文の点数は、最低点でした。

あと1点低かったら、わたしは卒業できていませんでした。


私にとって、フランス語は、恐怖の象徴になりました。



「フランス語をリベンジしよう」





フランス語をもう一度はじめようと思ったのは、大学を卒業して数年後のことでした。

自己紹介をする度に恥ずかしい思いをするのはずっと続いていて、
なんとかしなきゃな、と漠然と考えていました。

ラジオのフランス語講座を聞いたり。


フランスのラジオを聞いてみたり。


会話本なんか買ってみちゃったりして。


そんな風にフランス語とつかず離れず過ごしていました。

一生懸命やってるわけではないので、あんまり上達もしませんでした。


そんな風に過ごしていたときに、SNSでフランススクールの情報が流れてきました。

インターネットスクールなので学校に通う必要もないですし、
無料登録後、本登録をしました。



送られてきたのは、怒涛の教材たち。

そのなかに、

「星の王子さま」で学ぶゼロからのフランス語文法・会話講座

というのがありました。



わたしは、星の王子さまが本当に好きでした。

フランス語は怖いと思うようになってからも、
星の王子さまの物語を読んでいるときは、すごく幸せな気持ちでいっぱいでした。

実は、私がフランス語を怖いと思う前、
大学2年生のときの授業で勉強していたのが星の王子さまだったのです。

星の王子さまは、物語ももちろん魅力的ですが、

私が勉強が楽しいと思っていたときに読んでいた本で、

フランス語を好きだと思える、象徴的なものだったのです。


それから、電車のなかで黙々と勉強をしました。

フランスダイレクトスクールの教材では、
各文法テーマと星の王子さまのストーリーをからめて、学習が進んでいきます。

星の王子さまの解釈は無限に出版されていますが、

校長の織田先生は哲学者ですから、新しい解釈も聞きながら勉強ができました。

時々王子さまと自分を重ねて、哲学的な気分になったりして、

いつの間にか、毎朝1時間フランス語を勉強する習慣が身についていました。

わたしの一度目の変身でした。


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本登録してから1年が過ぎて、わたしはある1つのことに挑戦をしました。

それは、「Skypeのネイティブ会話講座」でした。

フランスダイレクトスクールでは、1年に数回、
ネイティブと会話する講座を受けることができます。


「あんなに怖かったフランス人だけど、やれるだろうか?」

「しゃべれるかどうか分からないけど、いつかは通る道だから大丈夫。」

心を決めて、3ヵ月間の冒険に行きました。


心臓ばくばく。


このままだと、死ぬ。 


そんな気持ちで毎週毎週過ごしていました。

私の先生は、20歳のエミー先生。

初めの数週間は、心臓ばくばくのまま終わりました。

会話は通じているかどうかやっぱりわからなくて、
愛想笑いでなんとかしちゃうこともたくさんありました。


ある日、エミー先生と通じ合う瞬間があったのです。

その日の課題は、自分の趣味について話す日でした。

わたしは中学校からクラリネットをやっていて、その練習の話をしました。

エミー先生も大学ヴァイオリンをやっているという共通点があったのです。

これをきっかけに、私は二度目の変身をしました。


文法なんかめっちゃくちゃだし、単語を並べているようなものだったけど、

話したくて、伝えたくてたまらなくなったのです。


このことをきっかけに、私はフランス人もフランス語も怖くなくなりました。


人類皆兄弟とはいうけれど、本当なんだなと実感した出来事でした。














これは、フランスダイレクトスクールのテーマの言葉です。

フランスダイレクトスクールに入って、

私は様々な方たちと出会いました。

美味しいビオワインを紹介してくださる方、

パリ本場のお花を教えてくださる方、

あらゆるものに生命を吹き込むことができるカメラマン、

...etc

ここで出会った皆様は様々な分野で夢を追い、
現実のものにしていました。

そんな人たちと会う度に、私も自分の夢を追いかけるように
なりました。

わたしは、中学校からクラリネットをはじめ、
もう15年になります。

学生時代の夢は、演奏家になることでした。

私の夢は、いつかパリで演奏をすること。

そこで、通訳なしで全部コンサートを敢行することです。

夢を叶えるためには、まだまだ険しい道のりですが、

少しでも近づけるように、一歩一歩前にすすみます。

これを読んでくださるあなたが、仲間になってくれたら、
私はとてもうれしいです。