ふれるDANCE

”ふれる”あふれる世界を

参加する


〝ふれている” その一点に意識を向け
そこからあふれる動きに従い〝DANCE” がはじまる

わたしとあなたの境界を越え WE の世界へといざなう

DANCEが得意の人も苦手の人も
誰もが知っている〝ふれる” ことの心地よさの感覚が
直感的に呼び覚まされる不思議な世界へようこそ


日程:2016/9/4 (SUN) 14:00〜19:00
参加費:初回特別料金 5,000円
 
定員:9名(female5名 male4名)/ 場所:幕張近辺(千葉市)


感想

C.Hさん

2人やみんなで踊ってるとき、相手と自分の気持ち良いバランスが取れてるときって、心と体の動きが1つになってた。 こう動こうと思って動かなくても、なぜか体がその瞬間のちょうど良い動きを知ってるみたいに、とにかく勝手に体が踊ってた。 動きと意識が大海原みたいに、ゆったり波打っているみたいで、自分と相手の境目が溶けて、無くなっていくようだった。 その感覚がこれまで味わったことのないもので、スゴい暖かくて気持ち良くて、楽しくて、このままどっぷり浸っていたくなった。

Y.Yさん

無意識の波で浸りながら遊ぶ感じがしてて仕方がなかったら本当にそうだったのでめっちゃ、面白かったぁー♪あの感覚を私はずっと望んでたのを思い出しました。それが自分がエロいとか、変とかに思われたくなくて隠してたことも。今もまたしたいと身体が求めている感じです(笑)

Yさん

最初は、どんな感じになるのだろ~と恐る恐るでしたが、始めてみると、とても心地よくて、皆がほんとは繋がっている、ということが実感的できる素晴らしいワークでした。せいしんてきにもとても安心感がありました。 また、目をつむってみて、あ、この人とのダンスはとても合う!みたいなのが感覚として合って、感覚でも繋がり合う、っていう不思議な体験でした。

Y.Kさん

「考える」から「感じる」へ。 最初は頭でどうやって動けばうまくできるか、迷惑かけないか、目立たないか(笑)を「考えて」いました。 でも時間がたつと「感じる」ままに踊るのが楽しくなってきました。 すると次は、自分から離れたら嫌われるかな。という「考え」が浮かびました。けれど「感じる」ことにフォーカスするうち、自分から触れたり、離れたりできるようになりました。 踊りながら考えたことはいつも自分が苦しむ考え方の癖。感じるままに、触れるままに踊っていたら、すごく気持ちよく、忘れられて、自由になった気がします。

N.Tさん

普段の生活では、どんなに仲が良くても「触れる」機会ってあんまりない。でも、触れることの気持ちよさや、安心感、ザワザワする感じや、そこから伝わってくる色んな相手の感情や自分の感情、それはきっと誰しもが求めていて、同時になかなか素直に求めきれないものだと思う。
けど、今回参加して、すごく楽しくて、
もっと、自分の中の「触れたい」を認めて、求めていいんだ、って思えた。
何より、人に触れることで、自分に深く触れられることや、どんどん人と自分の境目がなくなっていくのが面白かった。
安心できる場で、それが出来るって幸せだと思ったし、アリーはその「なにやってもいい」って安心感をくれる人だと思いました!

風のふれびと アリー

舞踏、タントラ、コンタクトインプロ、YOGA、セクシュアリティ、アクティブメディテーションなど体感覚を使ったことが好き。宇宙人。ふれる研究家。近著に「WE」

note サイト

このDANCEとの出逢いのときのこと
 
動きたい気持ちと
動かないからだの合間にある
もどかしさと可笑しさ
 
ふれるDANCEは
触れている感覚を頼りにダンスする

押したりひいたり
力をいれたり抜いたり
ついていったり合わせたり

流れの中で動いてく


身体の感覚
触覚から出入りする情報の
繊細さを改めて思い出す


心地よくまさにダンスできるとき
緊張しうまく流れにのれないとき

まさに

いま いま いま
ここ ここ ここ

にいないと一瞬でおいていかれる


もともと
身体の力を抜くことが難しい身体で
ダンスの途中で背中に痛みが走ってから
身体が無意識にビビッてて

さらにそれを宣言したことで
周りにもきっと気を使わして
(もしくは使われてる気がして)

開け放つことや引き受けることが
難しくなる感覚に落ちてしまった


踊りたいのに踊れない

すこし踊ってみてもやっぱり踊れず
かなしくなってしまう


だけどある瞬間を境に
そんなことを抜きにして
踊れることに気がついた

すごく不思議と力が抜けた

というより思考を飛ばして溶ける感覚とでもいうのか


なんだろう
これはなんだ

こちらがわの思い込みか
おたがいに流れるエナジーか

ほんとうのところはわからない

けれど
なにかが違って
そこになにかがあったか
もしくはなにかがなかったのだ


視覚や聴覚からの記憶情報では
まったく察知できえない感覚

言葉にできうることじゃないけど
あの感覚は覚えていられる

日常のかかわりの中でも
ここで体験したことと
同じようなことが流れてて
離れたりくっついたり
びびったりほどけたりしてるんだろう

たとえば虐待や暴力や
性の痛みを引き受けてきて
恐怖を記憶してる身体がそんな風な
触れることの喜びを取り戻し
それをただ味わうことができたとき

そこに固まっていた氷が解けて
なにかが流れ始めるだろう

固まりで固まりを叩く
暴力の連鎖ではなく

足りないものをむさぼるような
欲望にまかせた接触や行為じゃなく

互いの触れた部分で対話しうる
エネルギーの流れが

一方的に触ることじゃなく
一方的に触られることでもなく

互いに
自分自身の感覚を研ぎ澄ませながら
相手との接点を探しみつけ
そこに意識をもって 触れ合う

そんなことの大切さを改めて
とっても感じたと同時に
痛みを宣言してしまうことから
うまれる善意のGAPの弊害にも
意識を向けておきたい

被害者です
加害者です
依存症です
精神病です
宇宙人です


とかを告白した瞬間に
サッと生まれる
自分側の壁の厚みと共に
相手側に生まれる壁の厚み

そして一旦建てた
壁の壊すことの難しさも

特に互いの感覚を研ぎ澄ました
交流が必要なときにおいては

でもそれを超えて
つながれる可能性が
あることもはっきりと
体験できたからそこも信頼しつづけよう

ふれること ほんとに大事

会場

JR幕張駅or京成幕張駅すぐ

 
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