裕進観光株式会社(中山永二郎)

沿革

当ホテルが立地する堀川二条は平安時代、日本史上初の関白宣下を受けた藤原基経の邸宅でした。平安京の中でも「最高の館」と謳われた堀河院跡に立地し、庭園の一部が当ホテル駐車場の東北角に復元され、往時の姿をしのぶことができます。

江戸時代、当時大ベストセラーになった「養生訓」の著者で儒学者の貝原益軒の学問の師匠である松永昌三の講習堂跡の石碑がホテル入口(東堀川通り)に建てられています。天保年間から幕末まで二条城の大手門の正面に立地することから、越前松平家が藩主を務めた福井藩邸が この地にありました。

明治維新後の廃藩置県を経て、旧三井財閥の三井家京都本邸となり、第二次世界大戦後の財閥解体ののち裕進観光株式会社がこの地を取得。 
1963(昭和38年)より、京都全日空ホテルの前身である「二条観光ホテル」を営業しておりました。1986年(昭和61年)6月25日に開業した「京都全日空ホテル」は2011年(平成23年)6月25日開業25周年を迎えました。

そして2013年(平成25年)2月1日、「ANAクラウンプラザホテル京都」として新たにスタートいたしました。

経営理念

私どもANAクラウンプラザホテル京都は、2001年(平成13年)7月よりホテルオーナー会社が、フランチャイズ契約による直接経営をさせていただいております。従前どおり、全日空ホテルズのチェーンメリットは活かしつつ、京都を強く意識した文化性の高い個性あるホテルを目指しております。 

私淑した故鈴木剛ホテルプラザ会長が、「ホテルは文化だ」と、おっしゃっていましたが、私も、今にしてつくづく、ホテルは総合芸術文化であると思っております。 

会社概要

会社名
裕進観光株式会社

所在地
〒604-0055 京都府京都市中京区堀川通二条下ル土橋町10番地

電 話
075-231-1155(代表)

開業年月日
1986年6月25日

資本金
8,000万円

会 長
中山 裕之

社 長
中山 永次郎

従業員数
330名