女子美術大学主催 ドローイングシンポジウム第二回

「ドローイング的なるもの」を求めて

開催趣旨 Draw!Draw!Draw!

デッサンが相対化されるようになって、すでに久しい時が流れている。デッサンの処遇をめぐる美大入試の右往左往に、このことはあきらかだ。
 その背景には、アヴァンギャルディズムよる造形芸術の制覇と、コンピュータリゼーションにまつわる視覚メディアの再編という事態が控えている。さらに、その背後には、統合性を失い、限りない分散過程をたどりつつある世界史的状況が見出されるだろう。いまや世界はデッサンとしてまとめあげることの困難な有りようを呈しているのである。
 とはいえ、けっして「描くこと」が葬りさられてしまったわけではない。「描くこと」は、むしろ、かつてなく盛んであるとさえいえる。つまり、デッサンと描画のあいだに裂け目が生じているわけだが、その裂け目が意味するところは、必ずしもあきらかにされていない。
 こうした造形の現在について、作者たちと批評家が語り合うために、一夜、言葉の饗宴を催す。キーワードは「ドローイング的なるもの」。デッサンを成り立たせてきた行為の次元――線を引き、描き、無底のこころから何ものかを汲み上げるという行為にはらまれる可能性を問う企てである。

ドローイングシンポジウム実行委員会を代表して
北澤 憲昭

開催趣旨 Draw!Draw!Draw!

デッサンが相対化されるようになって、すでに久しい時が流れている。デッサンの処遇をめぐる美大入試の右往左往に、このことはあきらかだ。
 その背景には、アヴァンギャルディズムよる造形芸術の制覇と、コンピュータリゼーションにまつわる視覚メディアの再編という事態が控えている。さらに、その背後には、統合性を失い、限りない分散過程をたどりつつある世界史的状況が見出されるだろう。いまや世界はデッサンとしてまとめあげることの困難な有りようを呈しているのである。
 とはいえ、けっして「描くこと」が葬りさられてしまったわけではない。「描くこと」は、むしろ、かつてなく盛んであるとさえいえる。つまり、デッサンと描画のあいだに裂け目が生じているわけだが、その裂け目が意味するところは、必ずしもあきらかにされていない。
 こうした造形の現在について、作者たちと批評家が語り合うために、一夜、言葉の饗宴を催す。キーワードは「ドローイング的なるもの」。デッサンを成り立たせてきた行為の次元――線を引き、描き、無底のこころから何ものかを汲み上げるという行為にはらまれる可能性を問う企てである。

ドローイングシンポジウム実行委員会を代表して
北澤 憲昭

基調講演 北澤憲昭

1951年 東京に生まれる。美術評論家、女子美術大学名誉教授。1990年、『眼の神殿』(美術出版社、1989年)でサントリー学芸賞を受賞。他に『岸田劉生と大正アヴァンギャルド』(岩波書店、1993年)、『境界の美術史』(ブリュッケ、2000年)、『アヴァンギャルド以後の工芸』(美学出版、2003年)、『〈列島〉の絵画』(ブリュッケ、2015年)などの著作がある。現在、リアリズム論を執筆中。

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本日のシンポジウムは、ジャム・セッションでいきたいと思います。ぼくが最初にテーマを提示し、それを、どう受け取り、どう展開するか、そこのところはパネリストそれぞれのアドリブにおまかせするということです。よろしく、お願いします。

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タイトルに、「ドローイング的なるもの」という言葉を掲げましたが、これは、ドローイングという概念を拡張的にもちいるための算段です。
 たとえば、本日のパネリストのなかに冨井大裕さんが含まれていますが、みなさんご存じのように冨井さんは「彫刻家」として通っています。では、ドローイングと彫刻が、どうかかわるのか。いうまでもなく、彫刻においても下図的な意味でのドローイングが、制作における重要なプロセスを成すわけですが、けれども、そういうこととは別に、作品においても「ドローイング的」なものを見出すことが可能なのではないでしょうか。
 彫刻にかんして「ドローイング的」というのは、完成度を追求するのではなく、むしろ一種のゆるやかさにおいて魅力を発揮するような在り方のことです。例を挙げれば、ピカソの彫刻には、しばしばそういうものが見いだされますし、ピカソのプリミティヴィズムとはだいぶ趣が異なるものの、冨井さんのポップで軽やかな作品にもそうした有りようが見いだされます。
 同様のことは、絵画にかんしてもいえると、ぼくは考えています。80年代のネオ・エキスプレッショニズム以後の絵画は完成度よりもブラッシュワークの運動性を強調するものが目立ちました。運動性というのは、ドローイングの重要な要素であり、これについては、のちほど、あらためてふれることに致します。最近の絵画状況をみていても、こうした傾向は持続していて、今日のゲストでいえば、朝倉優佳さんの画面には、そうした傾向が見て取られます。また、文字通りドローイング的な仮設性の強い画面が注目されているように見受けられます。三瀬夏之介さんの画面は、まさに、そのようなものだと思います。線で描くというのは、東アジア絵画の歴史の基盤を成してきたものであり、いわゆる日本画も例外ではありません。岡村桂三郎さんは刻線による画面を制作されていますが、これは、日本画の、そしてその背後に広がる東アジア絵画の流れを汲むものと考えることができます。
 仮設性といえば、インスタレーションといわれるジャンルは、まさにその仮設性を身上とするわけですし、運動を惹起する有りようにおいてもドローイングを思い出させずにおきません。運動性については、パフォーマンスにかんしても指摘できます。

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ジョルジョ・ヴァザーリの『芸術家列伝』に収められている「技法論」のタイトルは、「三つのディセーニョdisegnoの芸術、すなわち建築、彫刻、絵画への手引き」といい、これが、いわゆる「美術」のジャンルの最初の括りとみなされています。「ディセーニョdisegno」すなわち素描にもとづく芸術として、建築と彫刻と絵画を一括りにすることで「美術」というジャンルは生まれたのです。
 ヴァザーリは『芸術家列伝』の中で、「ディセーニョとは、絵画と彫刻の、あらゆる形象に、自然のなかのもっとも美しいものを再現することである」(ジョルジョ・ヴァザーリ/若桑みどり訳『芸術家列伝』第3部序)」と述べていますが、ディセーニョが担うのは「再現」だけではありません。このイタリア語はデザインの意味も有しています。たとえばケネス・クラークは、イタリアにおけるヌードについて「裸体像は、建物に似て、理想的図式と機能的必要性との均衡の表現に他ならない」(『ザ・ヌード 裸体芸術論 理想的形態の研究』)と述べています。ヌードにおいて、また、建築において「理想的図式」を与えることも、ディセーニョの重要な役割なのです。
 「ディセーニョdisegno」という語は、デッサンとデザインの両方を含むわけですが、フランス語のdessinという語もデザインの意味でもちいられもします。デッサンとデザインは、ほんらい、ひとつの事柄であって、ふたつの事柄ではないのです。このように捉え返してみると、デッサンというのは単に再現性だけを目指すものではなく、画面の組み立て・設計までを含むと考えてしかるべきだということになります。dessinは、同じ発音で綴りのちがうdesseinすなわち意図や目論見を含んでいるわけです。これを「素描」と訳してしまうと、そういう事情は見えなくなってしまいます。この訳は、あまりに素朴だと思われます。
 ところで、dessinというフランス語を辞書で引くと、対応する英語としてdrawingと書いてある場合がみられるのですが、ぼくはdrawingとdessinは違うものだと考えています。それはたんにフランス語と英語の違いだけではない。両者は、まったく意味が違います。
 drawという言葉は、引く、引っ張る、引き上げる、くみ出す、くみ上げる、引きつける、引き込む、駆り立てる、描写する、線を引く、区分するといったさまざまな意味をもっていますが、ディセーニョやデッサンがもつ、デザインするという意味はドローイングには、まったく含まれていません。この違いは非常に重要です。drawという言葉のもっている、こうした運動性を伴う多義性は、現在において、非常に大きな意味をもつと考えられるからです。デザインという意味を含んだディセーニョやデッサンという発想では捉えがたい、そういう世界に、わたしたちは住んでいると思われるからです。
 「ドローイング的なるもの」についてシンポジウムを開きたいと思った、最も大きな動機は、じつは、こういうところにあるのです。ドローイングは、たんなる描画の技法を越えた意味を、倫理や、広い意味での政治にかかわる意味をも担っているのです。

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デッサンでは捉えがたい世界の到来とは、統合や完結の相では捉えがたい世界という意味です。それは、計算することのできない世界、見通しのきかない世界、それゆえに偶然性に満ちた世界でもあります。
 こうした世界が到来した動因を考えてみますと、第1に、グローバライゼーションの状況下における文化混淆が挙げられると思います。それから、混淆状態ゆえにサミュエル・P・ハンティントンの言った「文明の衝突」が今まさに、起こりつつあることも見逃せません。
 経済的観点からみればグローバライゼーションというのは、個々人が資本主義の吹きさらしに立たされることを意味しているわけですけれども、その結果が、いわゆる格差社会を生み出しているわけです。
 グローバライゼーションの震源地がアメリカであったという見え方を踏まえていえば、そこに一種の統合性を見出すことも不可能ではないかもしれませんし、Microsoft、Apple、Google、Yahoo!、Amazon、Facebook、そして、片仮名書きが、すっかり定着したケンタッキーフライドチキン、コカコーラ、バドワイザー、スターバックス、そして、ツイッター・・・・・といったアメリカに本拠地を置く企業が日本社会の奥深くまで浸透している状況を思い返してみると、アメリカナイゼーションこそグローバリゼーションのことであり、アメリカが独り勝ちしているようにもみえるのですが、グローバライゼーションによってアメリカを勝利に導いたのは、新自由主義が唱える無規制な資本制の全面化であったわけですから、けっきょくのところ統合なき世界像が大前提となっているということになるわけです。
 経済格差は政治状況にも深刻な影を投げかけています。吹きさらしから身をまもるためのシェルターとして国民国家が、あらためて求められ、その結果、分離主義、右傾化、自国ファーストといった傾向が優勢化しているのが現状です。宗教もまた、シェルターの役割を振られており、それが「文明の衝突」の大きな要因になっていることは、日々の新聞紙面にあきらかです。
 ただし、これは、グローバライゼーションのせいというよりも、グローバルな資本制の支配と個々人のあいだをつなぐ新たな媒介が未だ成り立っていないために起こっていることであって、これを解決するには、グローバルなものと個々人を繋ぐ中間的な媒介を、それぞれの文化圏において構想しつつ、それら諸媒介のグローバルな連携というような発想を持つ必要があるのだろうと思います。
 第2に、メディオロジーの観点から状況を観測すると、SNSの普及が世界像の成り立ちに大きな影響を与えていることが指摘できます。SNSのユーザーは、それぞれが自分のパースペクティヴに従って主張をする。そして、それら主張が複雑に交錯する。交錯するのはよいのですが、交錯するだけで噛み合うことがなく、それぞれに、自己に都合のよい情報だけを手掛かりに、それぞれのパースペクティヴィズムに則って世界図を描き出している。これでは統一的世界像など望むべくもありません。もともと近代というのは統一的世界像が遠のいて、個々ばらばらなひとびとが公然と出現したところから始まったわけですが、いってみれば、こうした近代がウルトラ化したのが現代なのです。
 それから第3にシンギュラリティがあげられます。シンギュラリティというのは「技術的特異点」と訳されるのですが、コンピューターの能力が人間を上回り、産業にたずさわる人間の可能性を簒奪してゆくような状況のことです。その接近が具体的な日程としてみえはじめたということも、統一的世界像を揺るがす重要な要因になっていると思います。チェスや囲碁、将棋の世界では切実にそういうことを感じさせられるような出来事が、すでに起こっているわけですが、要するにコンピュータリゼーションが加速的に進展することによって、人間的能力が究極的に相対化されてしまうという時代が近づきつつあるわけです。このように人間の能力が疑わしいものになりつつあるところで、どうして統一的世界像を思い描くことができるでしょう。
 余計なことですが、コンピューターと将棋を指す、というのは、人間がロボットとレスリングをやるというのと近いかなと思うんです。だから、いったい、そのことにどこまで意味があるのかと思わないでもありません。しかし、冗談ではすまない状況が一方にあるのも確かです。ディープラーニングの結果、AIが完全に人間を凌駕し、人間社会を支配するという事態もけっしてSF的悪夢といっていられない状況が、ひたひたと近づきつつある実感をぬぐうことはできません。人間の主体性が相対化されるという意味合いにおいて、技術的特異点というのは、きわめて冷酷かつ重大な状況の変化をもたらしつつあると思います。
 4番目に挙げられるのは人間中心主義のアイロニーの深まりです。いま述べたことの言い換えともいえますが、人間中心主義的な知性を行使していくことで、人間が自ら足元を掬うような事態が進行しているのです。環境破壊が、その見やすい例です。これは60年代の『沈黙の春』以後の大きな課題で、今も、原発問題にみられるように存続しているわけですが、コンピューターの思いもよらない発達の中で、人間主体にまつわるアイロニーは決定的な段階にまで達しました。つまり、人間の主体性の行使が、主体としての人間の存在にとって障壁となりつつあるわけです。
 さきほどSNSについて言った、パースペクティヴィズムの交錯というのも、個々の主体が、ことごとく相対化され、矮小化されてしまう事態を招かずにはいません。みんなが野放図かつ無責任に主体性を発揮することで、却って個々の主体がなにほどのものでもなくなって、価値が下落していく。これも、アイロニカルな状況というほかありません。
 以上、「デッサンでは捉えがたい世界の到来」の要因として4つのことを指摘したのですが、こうした状況を、ドローイングシンポジウム実行委員会では、完結性-統合性と過程性、実現態と可能態、必然性と偶然性-分散性という対立から成る8象限の図を踏まえて議論を重ねてまいりました。統合性や完結性を望みがたいいまの時代は、これらのうち分散性、過程性、可能態、偶然性のほうへ大きく傾きつつあるのではないかというのが、そして、それがドローイングという描画の在り方と重なり合うのではないかというのが、実行委員会の暫定的な結論です。

分散性と過程性については説明不要と思いますが、可能態というのは、眼前に実現されたものを明確に捉えられないという状況と、また、偶然性は因果律が適用しがたい流動的な状況に、それぞれ対応しているとお考えください。
 もちろん、現代における世界像の問題を、そして、ドローイングについて、これだけでは語り尽くせるはずもないのですが、過程と結果、偶然性と必然性、可能態と現実態、これらの座標軸上のどの辺に自分の発想法が位置するのかを考えてみることは、それぞれが自身のスタンスを見極めてゆくための、ひとつの手がかりになるのではないかと考えています。
     
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さて、デッサンでは捉えられない世界が到来しているのこの現在においてデッサンなるものをどう捉え返せばよいのか。デッサンはもう不要なのか、無価値になったのか。消えゆく運命にあるのでしょうか。ぼくは必ずしもそうは思っておりません。さきほど申し上げた、安易にdessinの英訳として捉えられているdrawing、この語が示す可能性のなかでデッサンの意義を、あらためて捉え返すことができるのではないかと考えています。デッサンにおいては捉えがたい世界というものを前にしたときに、なおかつ描くことが可能であるとしたら、drawという行為に、とりあえず賭けてみてはどうかということです。そこから、デッサンすることの意味も、あらためて見いだされるのではないかというわけであり、「ドローイング的なるものを求めて」という、このシンポジウムのタイトルにはそういう思いが込められております。
 結論的にもうしますと、デッサンというのは特殊なドローイングなのではないでしょうか。集合論の式をもちいるならば、次のように表現できる関係です。

dessin⊂drawing

線で描くドローイングの中の非常に特殊なものがデッサンと呼ばれて今日に至っているのではないか。しかも、ルネッサンス以後は、そのデッサンがドローイング全体を代表してきた。あまたの矩形の中で、すべての辺が同じ長さで四つの角が同じという、きわめて特殊な矩形である正方形が、すべての矩形を代表するのと同じ理屈です。
 しかしながら、デッサンという計画的で統合的な画面を描きだす手法では、リアルな世界を捉えることがむつかしくなってしまった。とすれば、デッサンを、ドローイングという一般的な広がりの中にいったん戻すことで、逆にデッサンの可能性を引き出せるのではないか。ぼくは、そんなふうに考えています。
 たとえば、子供が描いた絵を「絵画」とはいいません。「絵画」というのは非常に気取った言葉でありまして、いってみれば美術としての「絵」のことです。これに対して、「絵」のほうは、ずっと広い領域を覆っています。子供が描いたものも絵、落書きも絵です。そして、絵画と呼ばれるものも絵の一種なのです。絵画というものをもう一度、その可能性の根本に立ち返って捉え返そうとするときに、「絵」という言葉、これが非常に重要な意味をもつと、ぼくは考えてきたのですけれども、同じような論法によって、デッサンをドローイングに一旦戻すことによってその可能性を考えてはどうかと思うのです。そのさい、さきほど挙げたドローイングの在り方が大きくものをいうことになるのはいうまでもありません。
   
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パースペクティヴにもとづくデッサンは、近代的主体の問題と切り離して捉えることはできません。描くことでいえば、アルベルティが、両眼の奥に想定した視点の問題です。この視点を絶対視することでデッサンは成り立ってきたといっても過言ではありません。ほとんどオブセッシヴともいえる、こうした制作主体への傾きを、如何にしてゆるやかなものにするか。デッサンをドローイングとして捉えなおすということは、このような問題意識を含んでいます。いいかえれば、「見る」ということの能動性から如何にしてデッサンを解き放つかということです。
 女性を描いたマティスの素晴らしいドローイングについて、メルロ=ポンティが『目と精神』に、こんな言葉を書きつけています。

 女の輪郭を「物理学的・光学的」なやり方でではなく、脈として、つまり肉体的
 な能動・受動の系の軸として見ること、マティスはこれをわれわれに教えたのだ。
 (M.メルロ=ポンティ/滝浦静雄、木田元訳「眼と精神」)

メルロ=ポンティは、「能動・受動の系の軸」と書いていますが、これを能動態と受動態の中心軸と考えますと、最近國分功一郎の本が賞を取って、にわかに注目を集めている「中動態middle voice」という概念で押えることができるのではないかと思います。
 インドヨーロッパ語族の「態voice」といえば受動態と能動態を思い浮かべるのが普通だと思いますが、じつは、もうひとつ別の態があるのです。能動態でも受動態でもない――やや受動態寄りではありますが――それらの中間に位置する態、それが中動態とよばれるものです。
 たとえば「見える」という言葉があります。「見える」というのは「見る」ことではありません。それから「見させられる」わけでもない。つまり、能動的でも受動的でもない。「見える」という事態は、「見る」という主体的行為だけでは成り立ちません。「見える」という事態が成り立つためには、見えている何かが必要です。しかし、「見える」というのは、その何かによって「見させられる」ということとも大きく異なっている。「見る」という能動性と「見させられる」という受動性の、その中間において成り立つのが「見える」という事態なのです。
 引用文に戻っていえば、マティスが優美な線でたどってみせた女性の輪郭を「肉体的な能動・受動の系の軸として見る」ということは、drawingという行為の中動態的在り方を示していると解釈できるのではないかということです。つまり、マティスは、モデルとなった女性を単に「見る」ことで、その輪郭をなぞっていったわけではない。そこには、「見させられる」力が必ずやはたらいていたはずです。マティスは、その女性に魅せられていたにちがいないのです。そのことは、線に残された手の動きの記憶や、その動きが生みだしていった形象のなかに見て取られます。というよりも、魅せられてこそ、それはモティーフの名にあたいするのです。つまり、マティスの線は、見る/見せられる、あるいは、描く/描かされるというふたつの態のはざまで、つまり、能動性と受動性のあいだで引かれていったわけです。あるいは、こう言い換えてもよいと思います。その線は、能動と受動のあいだに引かれたスラッシュそのものであったのだ、と。
 さきほどふれましたように、人間の主体性がアイロニカルな危機的状況に陥っている今日の状況を思うとき、こうした発想は、とても大切なものと思われます。つまり、「見る/描く」という能動性に傾きがちなデッサン、そこに込められた近代的な発想法の行き詰まりを打開してくれる可能性に満ちた発想を、中動態という概念は示唆しているではないかということであり、ドローイングというのは、その具体的な有りようを示しうる重要な描法であるということです。

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デッサンの意義について考えるよすがとして、ちょっと突飛ですが、丸山眞男の有名な『現代政治の思想と行動』の後書きの中に出てくる言葉を引用したいと思います。それは、「大日本帝国の“実在”よりも戦後民主主義の“虚妄”の方に賭ける(『増補版・現代政治の思想と行動』1964、初版は1956~57)」という言葉です。とてもアイロニカルな言葉ですが、ここで語られているところを、描くことに引き付けて捉え返せば、こういうことになると思います。「実在」する現実に加担するリアリズムに対して、たとえ「虚妄」であったとしてもアイディアルなものに賭けなければならない。
 さきほど、現在が統一性のある像を結び難い時代のさなかにあるという指摘をしたのですが、これは、「実在」する現実に即したリアリズムの発想です。しかし、そうした「実在」する現実を、そのまま善しとするのではなく、それをアイディアルな「虚妄」に託する視点から批判的に捉え返す必要がある。デッサンというものの重要さは、ここにかかわっているのです。つまり、現代の世界を前にして、その批判的な再構築、批判的な「リデザインredesign」を行うということです。その前提として「アンデザインundesign」というプロセスが必要であることはいうまでもありません。
 アイディアルな「虚妄」というのは、描くことに即していえば、視点と消失点のペアになぞらえることができます。消失点というのは、ルネサンススタイルの絵画やデッサンにおける空間構造の基本となる透視法を成り立たせる要でありながら、けっして到達することのできない虚の存在であり、この消失点と相関的に成り立つ視点も、したがって「虚妄」性をまぬかれません。ルネサンスが生み出したパースペクティヴは、こうした虚の関係性のうえに成り立っているのであり、この関係態はアイデアルなものです。先ほど、近代的概念としての主体を、アルベルティのいう視点に結びつけて言及しましたが、正確にいえば、主体というのは「虚妄」としての消失点へ向かう志向性とみるべきだと思います。さきほど、視点と消失点のペアと述べたゆえんですが、この志向する主体は、ルネサンスが生みだしたアイデアルにほかなりません。ルネサンスは、主体というアイデアルによって中世から脱却したのです。すなわち、アイディアルは「虚妄」であるがゆえに、現実を批判的に照射することができるのです。ルネサンスにおいて発明されたパースペクティヴは、リアリズムのツールのように思われていますが、じつは、ほんらいアイデアルな作図だったのです。
 以上を要約すれば、ドローイングの現実性よりも、デッサンの理想性に賭けるべきだということになるわけですが、しかし、これは、消失点と視点とが一対一で対応する古典的なデッサンの留保なき肯定ということではありません。それだけのことであるならば、描くことの現代性を見失うことになってしまいます。リアリズムとアイディアリズムは、つねに対を成さなければならないのです。
 近代的主体を起点とするリアリズムの手段としてのデッサン、それがすでに力を失っており、そうしたデッサンで捉えられる世界が、現実の世界とは大きくかけ離れているとき、それを如何にして現実に即したかたちに立て直すかということは、アイディアルなものを、どこに、どのようにして、また、どのようなものとして見定めるかという点にかかっています。
 具体的にいえば、統一性なき世界を、あるがままに描き出す素朴なリアリズムを超えて、そこに何らかの秩序を――決して近代的主体に回収されることのない、また、人間中心主義に馴致されることのない、そういう新しい秩序をもたらすには、つまり、リデザインするためには、デッサンなるものを根底的に捉え返す必要があるのではないか。そして、デッサンの根底はドローイングに通じているのではないか。以上の主張を要約すると、こういうことになります。
 統一性なき世界をどう描き出すかということについて、具体的なヴィジョンを示すのはむつかしいのですが、東アジアの絵画伝統のなかに見いだされる――たとえば「三遠法」のような――多視点的な遠近法をモデルとして想定することは可能だろうと思います。決して、ひとつの消失点、ひとつの視点に収斂しない空間の可能性です。さきほど、グローバルな状況と個々人のあいだをつなぐための媒介の必要性ということを申しましたが、「漢字文化圏」とも呼び変えることのできる東アジアは、絵画にとっても、政治的にも経済的にも大きな可能性を秘めているのではないかと思います。
 これを、倫理的な次元に置き換えていえば、調和を目指さない平和の可能性ということができるかもしれません。「文明の衝突」というおぞましい事態を終息させるためには、このような発想が必要であり、それを描くことの実践のなかで探ってゆくことも、けっして不可能ではないのです。

パネリスト 朝倉優佳

1988年 東京に生まれる。2012-2013年 ドイツ、ニュルンベルクにて活動(野村財団芸術文化助成)。近年の主な展覧会:2014年 新世代への視点、朝倉優佳展(コバヤシ画廊/銀座)、2016年 画と機 山本耀司・朝倉優佳(東京オペラシティアートギャラリー/初台)、2017年 Figure of Unconsciousness展(SEZON ART GARELLY/表参道)等展示多数。現在、女子美術大学大学院博士後期課程絵画研究領域3年在籍。

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自らの作品におけるドローイング的な部分は、タブローの仕事に向かう前の言葉によるドローイングの段階と、タブローにおけるドローイング的な部分の二つに大別できる。

「言葉によるドローイング」は、紙に文字を書きつける行為を通して、自分の現状を確認し、タブローに向かう内面と身体(手)を準備する役割を担う。時分の作品には毎回明確なモチーフがあるが、それらをデッサンするのではなく、言葉の羅列で書きとっていくのだ。
 文章になっていないものも含めて、その時々の関心や、感情、置かれている環境、疑問視していることなどをどんどん書き綴っていく。紙の質は問わない。手帳や新聞紙など、なんでもかまわない。
 メモには、モチーフやコンセプトについてはもちろん、どういった色彩にするか、どういう意識でマチエールを作りたいか、といったタブロー制作における具体的な内容も含まれる。
 これはその時の自分のコンディションなども影響している、本当に私的なもので、メモを作品として提示することは今までしておらず、これからもするつもりはない。

タブローに向かう前のメモは、自分の制作にとって、建築物の芯にあたるものだ。描くということが絵筆を持たずにすでに始まっている。書くというアクションに身体性が伴っている。繰り返しの言葉も出てきて、媒体に言葉を打ちつけるようにリズムをとって、制作に向かう準備体操を行う。
 そこで自分の表現が終わるわけではなく、自分自身の状態を確認した上で、タブローの仕事に移っていく。

「タブローにおけるドローイング的な部分」は、流動性や仮設性が残った状態で完成とする点にある。明確なモチーフを、歪ませたり裂けさせたりすることで見えづらくし、見る者が対峙したときに初めて成り立つ作品を目指している。そのため、作品単体では仮設的、ドローイング的であるといえるだろう。
 また、線的な要素が強いという点でも、自分の作品はドローイング的であるといえよう。

文字によるドローイングから出発し、鑑賞者との対話を最終的な目標と考えている、言い換えれば読ませる作品を目指しているという意味で、ある種象形文字的な要素があるのかもしれない。
 しかし、制作の過程でタブローは文字や表層意識とは違う方向へずれていき、自分の作品はあくまで「絵」として完成する。

パネリスト 岡村桂三郎

1958年 東京に生まれる。1985年 東京芸術大学大学院修士課程修了。1987年 山種美術館大賞展優秀賞受賞、2004年 タカシマヤ美術賞 芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞、2008年 第4回東山魁夷記念 日経日本画大賞受賞。現在、多摩美術大学教授。

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自分はもうすぐ60歳になるので、朝倉さんの倍ぐらい生きているが、朝倉さんの作品を拝見していて、ドローイングの鮮度が羨ましいなあと感じた。
 ドローイングで最も重要な地点は、最初に真っ白い画面に線を一本入れるところにある。作品を描く喜びが作り込んで仕上がる瞬間にあるとするならば、ドローイングの喜びは白い画面を汚し、切り込みを入れ、跡をつけてしまうといった瞬間のドキドキ感ではないか。
 そういった意味で、朝倉さんの作品にみえるような、描いていく喜びみたいなものはすごく重要だ。

ドローイングといわれて、まず思い浮かぶのは宮本二天(宮本武蔵)の、例えば《枯木鳴鵙図》や《鵜図》。それらを国立博物館などで最初に見た時は本当に驚いた。線の切れ味の鋭さプラス完璧な厚みというか、線の凄さに驚かされた。宮本二天が、線について考える一番最初の大きい影響をくれた人だった。
 縦に線を引くということは、右と左に画面を分けるということだ。その線をどこに引くかで、絵の意味は決まってくる。特に《枯木鳴鵙図》のスッと一本入った線の鋭さ。線自体もめちゃくちゃに上手いんだけれども、それだけでなく、線の位置が、右でもなく左でもなく、「絶対にここ」だというところに入れる、その緊張感が伝わってくるようだ。どこに線を引き、画面を分けるかは自分にとって絵の本質的な部分である。

范寛(はんかん)の《谿山行旅図》も、どこで切るか、空と大地をどこで区切るのか、ということを考えさせてくれる作品。画面の中のどこを線で切って、どこに存在というようなものを切り取るかがすごく重要で、線を引くということから徐々に絵画構造というものを意識するようになっていった。
 たとえば自作の《肉を喰うライオン》という絵は、《谿山行旅図》の影響を受けている作品だ。がっちりとした画面にズバッと「K」の形に線が入っている。小学校の警備員をやっていたときに見た『世界の図鑑』の中にライオンが肉を食べている姿があって、「なんだこれは!」と触発されたのがこの絵の原形だったのだが、そこに絵画構造、《谿山行旅図》を実はちょっと入れ込みながら、という絵だった。
 この頃は特に、線を引く、ということが自分の中で重要で、線の集積の中で骨格を作っていくという意識で描いていた。中国の謝赫の「画の六法」の最初に、「一に曰く氣韻生動」「二に曰く骨法用筆」という言葉があるが、その「骨法」という言葉に、自分の絵の描き方の基本的なところのヒントを得たところがあったように思う。

その作品の延長線上に、《白象図R》がある。
 当時から俵屋宗達が大好きだ。宗達の《白象図》は線はぶっとくて、かなり漫画っぽく引いてある線に見えるんだけども、実は右にも左にも動かせないような線だと思っている。
 また、《舞楽図》はものすごい構図の力。空間を意識して構造的に絵画を作るということを宗達は分かっていて、かつそれをシンプルに出せる人だと、すごく尊敬している。
 そんな中で描いた《白象図R》は、色々と無駄な線がいっぱい入っている作品だ。この頃すでに板に描くようになっていて、それによって絵に変化が生まれてきている。

たとえば《鴟尾》という作品は、線を引くことは画面を切ることだと思い、筆を鋸に持ち替えて画面を切った。
 鋸で切られた画面は「物」になってしまって、画面の中の緊張感はなくなってしまった。その変化が最初はとてもおもしろくて、何年か作っていたのだが、そのうちだんだん飽きてくる。
 切る作品の最終段階のほうの《白澤》は、ドンゴロスのような布を鋏でチョキチョキ切って、壁に貼っていた。三十代の終わりくらいか。
 《Untitled》の頃には立体物になってしまったり。彫刻家の人には文句を言われるし、負けるものかとやっていたが、そのうちだんだん飽きてきて、だんだん平面に向かいはじめた。

立体と平面の中間くらいの作品が《来迎図》。平面にもう一回戻ろうとしていた頃で、よく見ると穴がいっぱい開いている。《Untitled》ように薄い作品を作って、パネル状にしながら、屏風っていうものをもう一回やり直していた頃だった。

その後、《月の兎》なんかは今の作品に近づいてくる。これは板に絵具を最初塗っておいて、それをスクレーパーで削っていくという作業を行っている。
 自分にとって、線を引いて画面を分けるということが絵画に置いて重要であり、分けたら二度と戻れない状況を作りたくて、絵具自体を剥ぎきってしまうという制作方法になった。彫刻のように鋸で切ってしまった瞬間は、緊張感を失っていたが、画面の中でもう二度と戻れないよう剥いでしまう瞬間には厳しさがあり、それをどこか求めている。そこに僕の絵の描く喜びみたいなものがあった。

線にも様々あり、雪舟の《秋冬山水図》の線などは型から入っている線のように思われる。
 バーネット・ニューマンがはじめは分からなかったのだが、インディアンが住んでいた場所、ナバホ地域をずーっと旅して帰ってきて、ニューヨークの美術館に行き、そしてニューマンを見た瞬間に、涙が出るほど感動して、危うく泣きそうになり、目頭を押さえた。もしかしたら、線には風土性とか、そういったものも宿っているのだろうか。
 宮本二天の線というのも、僕らがこの風土に精通していて、線に対する感覚を持っているせいで、若い僕があの水墨に大変感動したというのはあったのかもしれない。

パネリスト 冨井大裕

1973年 新潟県に生まれる。1999年 武蔵野美術大学大学院造形研究科彫刻コース修了。2015-2016年 文化庁在外派遣研修員としてニューヨークに滞在。近年の主な展覧会:「アーティスト・ファイル 2015隣の部屋-日本と韓国の作家たち」(国立新美術館/東京、韓国国立現代美術館/ソウル)、「像を結ぶ」(Yumiko Chiba Associates viewing room shinjuku/東京、2017)「引込線2017」(旧所沢市立第2学校給食センター/埼玉)、「アッセンブリッジ・ナゴヤ 2017 パノラマ庭園-タイム・シークエンス」(名古屋港~築地口エリア(ボタンギャラリー、旧潮寿司)/愛知)。

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線には発話性や発声性がある。ドローイングを、はじめは発話的なものかと考えた。だが、しだいに発話の前の発声なのではないかと思うようになった。

ドローイングを線と特徴づけるとして、自分の彫刻には線というものが直接には表れない。では、ドローイング性とはなんなのか、そして自作においてはどのようにドローイング性なるものが表れているのか。
 まず、ドローイングは、行為的なものと作品的なものの二つに分けられるだろう。ただ、その二つをはっきりと分けることは難しくなってきている。
 たとえば態度の記録としてのドローイングはかなり行為的なものであるが、引いた線が物質として残れば作品的になる。ドローイングを態度として留めておきたいと思う反面、物質として残った線を前にすると作品として見ずにはいられない。
 なぜ作品として見る欲求から逃れられないかというと、今の時代が、態度が作品になる時代だからかと思う。「態度が作品になるとき」という展覧会が行われたのは、態度が作品にならなかったからだ。
 しかし今はそうではない。ちょっとした行為やアクションがそのままアーカイブ化されて作品となり、もう一歩踏み込んでいえば、アーカイブ自体が作品化されて、アーカイブの存在しない時代になってしまっているのではないか。そのような時代であるため、ドローイングを態度なのか作品なのかの線引きが難しい。

また、美術の分野としてドローイングを捉えれば、デッサン・スケッチ・クロッキーに大別できるだろう。
 デッサンは室内のイメージが強く、時間や手数を構築的に集積したもので、一枚による成立可能性がある。
 スケッチは戸外のイメージが強く、状況に対して感覚がスライドしていく中で描き、複数枚におけるものが多い。
 クロッキー(速記)は行為的な面が強く、見えているものと描く動作をどう連結するかに終始する。

自分の作品は手書きの指示書で、指示書そのものがドローイング的であり、指示書に従って組み立てられた作品もまた仮設的という意味でドローイング性を帯びている。手書きの文字の大きさや筆圧が指示の受け手に影響を及ぼす。
 手書きの指示書というドローイングが、単なるプランなのか作品なのか曖昧である。指示によって組み立てられる素材が、ただの材料なのか作品かも曖昧である。指示によって組み立てられたものは、組み立てる人、組み立てられる場所や時間によって微妙に異なる。正確には同じものを組み立てることはできない。指示によって組み立てられたものと指示書そのものもまた異なる。いったいなにが作品といわれるのか。
 指示書を書く際には消しゴムを使わないのでノイズが発生し、それを見て人が実際にどうするかにおいてもノイズが発生する。自分の行っていることはノイズの造形であるともいえる。

素材を、散らかしたり整理をしたり並べたり分類したりしながら動かしていく行為もまたドローイング的である。
 デッサンは発話的(構築的)であり、ドローイングは発声的(前構築的)。発話と発声の間、指示書と現実の物の間をステップしている感覚がある。

パネリスト 三瀬夏之介

1973年 奈良に生まれる。1997年 京都市立芸術大学美術学部美術科日本画専攻卒業。1999年 京都市立芸術大学大学院美術研究科絵画専攻修了。2007-2008年 五島記念文化財団研修員としてフィレンツェにて研修。現在、東北芸術工科大学芸術学部教授。

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自分の制作において重要な要素は、紙と水である。
 紙は非常に柔軟性に富んでいて、ちぎれる、貼れる、ゴミにもなるし作品にもなる、自分にとって重要な存在である。
 もう一つ重要なのは、水を使うということ。最近は紙をパネルに貼らず、整地されていない大地に散水をするように絵具を撒く。コントロールするのだが、自然の動きはコントロールしきれない。自然と人工のあわいで酔っていく。覚醒から無我夢中へ入っていき、また覚醒していく。ステップをすることが自分のメディウムだ。

ドローイング的なるものという視点から、改めて制作のプロセスを考え直してみて、「いくつもの焦点を作る」、「見渡せなさを作る」、「起源を忘れる」という三つが浮かんできた。

「いくつもの焦点を作る」とは、視点を束ねないこと。一つ一つの作品を確実な焦点で完成させてから、画面に当てて、作品同士の間を埋めたり、間の調子をつけていく、というような作業で大きな絵が徐々に生まれてくる。複数の要素が画面の中にある状態にすると、連想ゲームとなって更なる新しいものが見えてきたりもする。終わりの無い連想ゲームの境地で、自分が思ってもみなかったところへ飛んでいく。自らが属していた日本画は、大変な手順を踏んで宝石のようなゴールに辿り着くというものだったが、そうではない方法論のほうがしっくりきて、勝手にこうなっていった。素材としては完全に日本画の画材を使ってはいるが。
 連想ゲームは全くの自由というわけではなく、自分でルールを決めることもある。たとえば「ジャンプしても上端に手が届かない」、「見上げると下が見えない」、「右見ると左が見えない」など。そのなかで踊る。ただし、紙には貼り合わせられるといった柔軟性があるので、更に広がっていく可能性も保っている。これは「見渡せなさ」にも繋がっていく。
 作品について、混沌としていると言われることがあるが、自分では混沌としていると思っていない。画面の中に一つの世界的な空気が流れた瞬間に筆を置く、ということをやっているため非常に秩序立った、だが複雑な、自分の中の世界像である。

「見渡せなさ」については、長い絵巻のような作品がそれを端的に表しているだろう。ゲーム世代なので、なんとなく左が過去、右に未知が待っているようなイメージがある。
 《奇形》という作品は今50mを超えている。永遠に描いて、死ぬときに完成すると思っているが、完成しないかもしれないし、誰かに任せるかもしれないし、ぐるっと回って冒頭に戻ってくるかもしれない。
 作風がよく変わるねと言われて、いやそんなことは無い、自分の中で一貫したものがある、ということで、右にずっと続けていったら死んだときに「一つの絵」と言えると、そういうイメージで、自分の環境や使う素材が少し変わったりするときに描き足していっている。あまりに長いので、右端を描いているとき左側は全部倉庫に入っている。左側を忘れて意識しないために、あえて右へ右へスライドしていくところがある。

「起源を忘れる」とは、そうしなければ絵が描けないからだ。真っ白い画面に一筆いれる、ということが自分はできない。汚れていたら早く進むのになと思ったりもする。そのために起源を隠しているのだと思う。
 たとえば前述の、絵巻のように横に長くして起源を隠している作品などがそうである。始まりを意識したくない。常に過渡期、始まりを忘れて、終わらない。そして連想ゲームの先で見渡した時に、なにか流れが見えるのではないか、と考えている。

絵を描いていて、それが何かに使われていた、あるいはこれから使われる可能性の気配を塗布したい。たとえばタペストリーだったかもしれないし、旗だったかもしれないし、テーブルクロスだったかもしれないし、ゴミだったかもしれない、いつでも何かに転換できるような気配。たまたま今、暫定的に作品といえるかな、という状況に持っていきたい。
 その延長か、完成ということで美術館でも発表し図録にも載った作品を、破きたい、という気持ちになってまた次の作品にしたこともある。それがさらに下側に反転・転写してまた次の作品になった。これがさらに左側にも反転・転写するかもしれず、すると元々なんだったかが分からなくなっていく。分からなくしたい。自動的に作品が作られていくかもしれない。ただ、裏側を見ると金や銀などで色分けがなされており、それぞれの起源は分かるようになっている。

最近は絵の物質性に興味がある。自分としては、物質でありながらイメージに見えて、しかし空調などでふわふわ動くとまた物質に覚醒するといったような、夢うつつのような状況を作り出したい。物質を額で囲って、完全にイメージですと偽装することはできず、半物質で半イメージのようなものが中空に浮いているといった作品にしたい。「中動態」というような状態を、覚醒したなかで実現したい。
 最新作は、キューバの展覧会での発表となるが、その作品はほどけてきている。キューバの国旗をモチーフにした作品だが、多くの国旗は星と月と平面でできているので、それらをボートに見立てて繋いでいくと全く別の国旗にスライドしたりするのがおもしろい。一つ一つは小さいものを、こよりで大きくつなぎ合わせており、一本こよりを引くとバラッとこぼれてしまいそうな感じ。自分には今世界がこんな感じに見えている。必死で食らいついていて一つ一つのコミュニティがあり、国旗という旗印で付いているんだけれども、何かのきっかけで儚く消えてしまう、というような世界観を描いた。

「ドローイング的なるもの」には個人の感動や造形が入り込むが、それに評価を下すことは可能なのだろうか。評価を下すには対象が固定的でなければならず、「ドローイング的なるもの」は流動的であることがその特徴である。

以上の記事にまとめることができた発言の他にも、会場との対話など、活発な議論が続くなか惜しまれつつ閉会となった。
足元の悪い中、会場へ足をお運び下さった全ての方に感謝の意を捧げる。

当日フライヤー

表面

裏面

主催:女子美術大学ドローイングシンポジウム実行委員会

大森悟、北澤憲昭、鈴木淳子、平戸貢児、福士朋子、宮島弘道

実行委員会事務局:飯嶋桃代、青島稔子、杉田花奈

当webページは、2017年12月に行われたシンポジウム「「ドローイング的なるもの」を求めて」の記録です。
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