「神に従う人のためには光を、
心のまっすぐな人のためには喜びを、
種蒔いて下さる」(詩編 97編11)
2025年度が始まりました。教会の第一の使命は、「み言葉をべ伝える」ことです。この「み言葉」は、弟子達がイエスから聞いた言葉です。この「言葉」には、十字架を通して示された、「イエスの深い愛と命」が込められています。イエスの「み言葉」は、単なる良い教訓などではなく、生きて働き、力を持った生き物のようなものです。イエスの言葉を聞いて、信じた者の上に、大きな光と喜びが与えられるのです。聖書にこうあります。「神は、従う人のために光を、心のまっすぐな人のために喜びを種蒔いて下さる」。み言葉の種がかれると、いつの日か、その種が芽を出し、花が咲き、豊かな実が実るのです。この神の力を信じて、私達は、み言葉を蒔き続けましょう。
ユダヤ人は、救い主が来られるのをずっと待っていた民族です。そんな彼らが、やっと来られた救い主イエス・キリストを殺してしまいまいした。マタイ福音書は、そんなユダヤ人に、真の救い主はどんな方なのかを教えるために書かれました。マタイ1章でイエス誕生の時、「神は我々と共におられる」と約束したと聖書は言います。この神の約束の成就こそ、イエスの「十字架と復活」なのです。しかしこれを理解できるユダヤ人はいませんでした。かつて民衆は、イエスに「強さ」を期待しました。するとイエスは、ご自分の死を予告し、「弱さ」しか見せなくなります。権力者に安々と捕らえられ、ユダヤ人が最もきらう呪われた十字架にかけられたイエスを見て、人々は「救い主なら自分を救ってみろ」とイエスを侮辱しました。
「強くなければ人を救えない」。これがこの世の常識です。でも神の常識は、人間とは違います。神が与えた救い主は、「他人を救うが、自分を救わない」救い主なのです。今ゴルゴタの丘にいる囚人の服をくじ引きする兵士、イエスの左右の十字架から、「俺達を何とかしろ」と叫ぶ強盗。皆、自己中心と無関心と強欲な人間ばかりです。これがこの世の姿です。こんな人間が人を救えるはずがありません。しかし神は、こんな人間を見捨てませんでした。ゴルゴタの丘に十字架を立て、イエスを罰することですべての人の罪を赦し、「神は我々と共におられる」という約束を成就してくださったのです。
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