しなやかに生きていくための教養講座

本講座は、『教育思想史』を一緒に読み、問いをつくり、話し合い、書きながら、「しなやかさ」を身につけていく全7回のコミュニティ学習型の公開講座です。

「どうして教育思想史を?」
「具体的にどんなことをやるの?」
「なにを目指しているの?」

というところは下記しています。
直感の申し込みもいいのですが、誤解があるとあなたにもわたしにも勿体ないので、念の為、一読していただけると幸いです。
教育思想って?どうして教育思想史を?

教育思想とは ー ”なる”ことを求める場面の”当たり前” ー

わたしたちはしばしば、他者に『何かになる』ことを求めて関わっています。
こうした行為は、全て「教育的営み」と言えるでしょう。例えば、

親が子に(100点をとる子供に、自立した人間に、安定した社会人に、なってほしい)、
恋愛する者が相手に(早起きする人に、すぐに連絡を返す人に、もっと稼げる人に、なってほしい)、
上司が部下に(〇〇社の社員としてふさわしい人間に、言われたこと以上の仕事を進んでできるように、なってほしい)

相手に『〇〇になる』ことを求めるとき、その行為は全て教育的場面と言えます。
「教育思想」とは、そうした瞬間的にでも教育者になる者の態度・振る舞いの中に染み渡り、あり方を直接的に規定している「ものの見方や考え方」、いわば”当たり前”のことを指す言葉です。

photo:Gilles Deleuze & a child
photo by:PHILWEB BIBLIOGRAPHICAL ARCHIVE

教育思想のドラマを通して、しなやかな思想をつくる

わたしたちはしばしば自分の教育思想に無自覚になります。
あるいは、ぼんやりした自覚はあれど、無検討であることが多い。
そうした中での「〇〇になることへの求め」は、時として適切な支援にもなれば、自己への強迫観念や他者への精神的暴力にもなってしまう。本講座では、こうした両面性を踏まえて、自らの思想を確認・検討・再構成し、強度もありつつ柔軟な、”しなやかな”思想をともにつくっていきたい。

そして、何より教育思想史はおもしろい。
アリストテレス、ルター、ルソー、福沢諭吉、デュルケムなど、どこかで聞いたことのある思想家も一人の人間としてある時代ある場所で、「今の時代、他者がどんな人間になることを求めるのがいいのか?あるいはその求め方はどうあるべきか?」という問いを切迫感とともに考えていた。そこには、生身のひとりの人間の”らしさ”が垣間見える。
そうした個々のドラマも楽しみながら、「自分はどう感じるだろう?わたしたちはどうだろう?どうありうるだろう?」と一緒に対話し、考えていければと思います。

photo:Sôkratês & Plátōn

二つの活動と一つの目的

二つの活動:思想地図をつくり、自分の位置を探す

一つ目の活動は、古くは紀元前5世紀ギリシャから遡り、現在までに流れてきたさまざまな教育思想を巡りながら「教育の目的はなにか?」「その目的はいかなる理由(社会状況・要請)があって定められたか?」「その目的のためにいかなる手段が取られたか?」の三つの問いの観点から概観していくことです。

二つ目の活動は、こうした概観と並行して、普段意識されにくい自らの行動の背後にある思想に注意を向け、問い直し、自分の思想的立場(位置)を言葉にしていくことです。具体的な情景としては、一つ目の作業は主に「読むこと」と「聴くこと」、二つ目の作業は主に「話し合うこと」と「書くこと」に対応しています。

photo:『少女アリス』 沢渡朔

一つの目的:自分の教育思想を表現する

二つの活動を通して、自分自身の”教育思想”あるいは別の”教育思想の存在”の気づきが生まれます。本講座の目的は、そうして、未来で直面するであろう教育的場面の準備を整えます。講座の最後には卒業課題として、自分の教育思想について短いエッセイを書いてもらいます。そして、全員分のエッセイをまとめたものを公開データ(作品)としてまとめたいと思っています。(希望者のみ)

本当の意味での『共生』を、私たちの自明なるもの(教育思想)に目を向け、問い、話し合うことで獲得した「しなやかさ」を通して目指していく。実現は各々の日々の実践に懸かっています。けれど、実現を目指すための準備は必要です。実現に必要な「しなやかさ」をこの場所で身につけていければと思っています。

photo:Hermann Karl Hesse


講座案内:概要と主宰者について

全体スケジュール 2017年11月17日(金)〜2018年2月23日(金)
全回 19:30〜21:30 ※初講のみガイダンスを行うため、30分延長します。
各講座概要

11/17(金) 第一講 説得か対話か --ソフィストと哲学者

12/1(金)   第二講 神になる教育と人間性の教育 --キリスト教とヒューマニズム (補講:コメニウス)

12/15(金) 第三講 労働か自然か --ロックとルソー

1/12(金)   第四講 子どもはいかに”人間”に形成するのか --シラーからニーチェ (補講:新教育の台頭)

1/26(金)   第五講 明治維新・文明開化と教育 --儒教と福沢諭吉

2/9(金)     第六講 大人”と”子どもの教育学 --デュルケムとデューイ

2/23(金)   第七講 教育のいま --戦後から現代、そして…

※二講から三講、四講から五講の間に補講として私がまとめたテキストをお渡しするので、
 次講までに読んでおくことをお薦めします。

人数 12名(先着順)
場所

カフェ・オハナ
東京都世田谷区三軒茶屋1-32-6 豊栄ビル1F
東急田園都市線 三軒茶屋駅 徒歩4分ほど

テキスト

<必携書>
・『教育思想史』今井康夫編 2009 有斐閣アルマ
 3ヶ月間、本書をベースにして進んでいきますので、ご購入をお薦めします。

<周辺領域の文献かつ難易度が同じくらいの推薦書>
・『教育工学とはどんな学問か』
  工学とは理想と現実のあいだの「方法」の科学です。教育の”方法”により関心のある方にお薦めする一冊です。
・『入門・倫理学の歴史 24人の思想家』
  教育が「よく生きる人間をつくること」が目的なら、そもそも「よく生きる」とはどういうことか。教育を”倫理”の面から考えたい方にお薦めする一冊です。

<個別文献について>
講座が進む中で、人によって速度はバラバラですが、自分のなかで問題意識が見えてくることが起こります。
そうしたことが起こった方はいつでも相談してください。
一緒に問題意識を言語化したり、より明確にする文献を探し、ご自身のテーマを作っていければと思います。

参加費
一般:   24,000円(全7回)
遠方割:  20,000円 ※1
※1:時折遠くに住んでいるけれど、強い関心を持つ方がいます。ささやかではありますが割引したいと思います。
   遠方割りは、東京都、埼玉県、神奈川県、千葉県の4都県外の方に適用されます。
諸注意
1. 基本的には、全回参加を求めています。
ただ「1日だけ参加できない。」などの葛藤がある方は、事前にご相談ください。
該当回のアーカイブやテキストの共有とskypeや対面などで個別フォローアップが可能です。
2. 会場費は掛かりませんが、別途ご自身の飲食代が掛かります。こちらはご自身の負担となります。
お申し込みフォーム

以下のURLからお申し込みください。

https://goo.gl/forms/prNqEPa1l86odssy2

別途ご相談・お問い合わせがある方は casla.japan [@] gmail.com まで。
2日以内にご返信いたします。

人数 12名(先着順)
主宰者について

佐々木 晃也 Koya Sasaki

1989年北海道生まれ、台東区在住、蟹座。対話の研究者。
大学在学時に対話の研究と実践を開始。これまで社会学・認知科学・教育工学の立場から対話を研究。
実践としては、これまで「問いの教室」「対話の現場を科学する」「対話の思想をめぐる夜」「ワールド・カフェ・デザイン コミュニティ」など、対話・問い・場づくりに関するイベントプログラムの開発と運営を続けている。
現在は共創空間のデザインの仕事に従事しつつ、在野での研究を続けている。
<論文>
・対話の態度の体系化(2012) 
駒澤大学GMS学部卒業論文 学部優秀論文賞受賞
・対話型ワークショップの相互作用に関する研究(2013)
第29回⽇本教育⼯学会全国⼤会ポスター発表論⽂
・対話型ワークショップ の問いのデザインに関する研究(2016)
第32回⽇本教育⼯学会全国⼤会ポスター発表論⽂

主宰者の余談。あるいは参加を迷っている方へ

ぼくは、これまで300を超える様々なワークショップイベントに参加してきました。実践を含めると400を超えるでしょう。

いろんなものがありました。
都内で、2-3時間の哲学的な話し合いをするものや、手を動かしながら制作物をつくるもの、ダンスや演劇など身体を使うもの。テーマとして、まちづくり、ソーシャルデザイン、働き方、キャリア支援、広告制作、マーケティングなど実利的な目的の達成を掲げて開かれるもの。
あるいは、都内から離れ、山梨の山奥でソーシャルイノベーションの種を作り出す3日間のものや、10数人で8日間長野の山奥の家屋にこもったり、10日間岐阜県白川郷の施設にこもり、深い精神世界や存在の喧騒を体験するものがありました。

たくさんの場があります。今でもたくさん場が開かれています。
ただ、自戒を込めてですが、総じて難点は「効果の持続性」にあると思っています。
一時の活動においては、何か変化の兆しに近づいていっても、短期間(2-3時間)では到底参加者が”変化”に至ることは少ないのです。ぼくのいう「変化」は参加者自身の人生の指針が「本当に求めていた方」に向き変える経験です。
中期間(3日以上)の時間をとって異郷の地へ赴くものはそれなりに効果は大きいです。ですが、どうしても、普段の生活の場所に戻って来てしまうと、都市や産業の構造によって、滞在地で研ぎ澄まされた感覚が元どおりに馴致されていってしまうことも少なくありません。

こうして振り返って考えると、
無理に一気に変わろうとするのではなく、小さな非日常と日常をなめらかに行き交いつつ、新しい感覚を生活の場に少しづつ”反映させていく”ことが重要なのではないか 。一気に変わるのではなく、少しづつ努力していくこと、勉強していくこと、それを一緒に努力できる仲間とやっていくことが重要だと思っています。

でも勉強ってなかなか難しい。簡単なものではつまらないし、難しいものでは諦めがち。そんな中、色々読んできましたが、本講座のテキスト『教育思想史』はちょうどよいと思っています。

テキストを介して、互いの経験を、時に調和させ、時に折衝させながら、しなやかな思想・身体を身につけていければと思います。それを”共生の教養”と呼んでいます。そして、わたしたち自身が社会においての「共生の教養としてのコミュニティ( Community as Symbiosis Liberal Arts)」となっていければ。そんなことも少し妄想しています。