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意識のめざめ~私が人生で知りたかったこと~
(野中邦子 著)

今回レビューする本のジャンルはエッセイです。

著書 野中邦子さんの、自身の人生の振り返りによるこの作品は、「宿命は変えられずとも、運命はいかようにも変えられる」と説かれています。

 

内容は5つの章に分かれ、

  1. 自我の目覚めと人間形成~
  2. 「第二の人生」の始まり~ 思考が変われば人生が変わる~
  3. 私が神に出会った日~ 奇跡と感動~マインドパワーの実践~
  4. 生きて愛して笑って~これから私が目指すもの~
  5. 青天の霹靂~「なぜ、私が――?」~

という内容になっています。

 

多かれ少なかれ、人は生きているときに直面する予測不能な出来事に、「どうして自分ばっかり…」と思ったことはないでしょうか?

家族に、または自分自身に、思いもよらないような病気が発覚した。

生まれてくる子供に、染色体異常があることが分かった。

その出来事とはさまざまですが、それに直面した瞬間に、今までの自分の人生が嘘かのような現実味のなさ、どうしてこんな目にあわなければいけないのかという憤り、人生に希望を持てないような虚無感に襲われる。

 

本書でも、人生を狂わせるような問題に直面した野中邦子さんの体験が書き綴られています。

ごくふつうの主婦だった野中邦子さんが運命に翻弄された、類い稀な人生。

それをここで明かすことで、読み手に「私が人生で知りたかったこと」を伝えようとする著書の強い気持ちがうかがえます。


POINT
1

自我の目覚めと人間形成~「第二の人生」の始まり~

人生とは何なのか。

普段、そのことをずっと考えて生きている人はどのくらいいるのでしょうか?

私自身も、楽しい時間を過ごしているとき、家族や自分自身、みんなが健康に笑顔で過ごしているときには、人生について考えることはありません。「何となく」生きているのです。

そこには人生における自我といったものは眠っており、「今このときが楽しい」ということを当たり前のこととして受け止めているのです。

 

ところが、ひとたび人生の問題に直面した時。苦しみの波風が立たない人生が当たり前としてきた自身にとって、それは晴天の霹靂です。波風が立たない、いわゆる「ふつう」の人生ではなくなってしまったことに対して「なんで自分がこんな目に・・・」という思想になります。

※詳しくは POINT 5. 青天の霹靂~「なぜ、私が――?」~にて

 

そこで初めて自分自身を形成し直すという「第二の人生」が始まるのかもしれません。  

POINT
2

思考が変われば人生が変わる~私が神に出会った日~

「病は気から」これは昔からのことわざです。

実はこの言葉、科学的な根拠にも基づいており、プラセボ効果が得られるからではないかというのが有力な説です。

プラセボ効果(またはプラシーボ効果)とは、偽薬効果とも呼ばれています。その響きどおり、効く成分のない薬(偽薬)を投与したにもかかわらず、病気が快方に向かったり治癒したりすることを意味しています。

メカニズムは解明されていないとのことですが、人間の脳から体に作用する効果は本当に些細なきっかけから起こることもあるので、疑い深いという内容でもないと思います。

 

その形は目に見えるものではないので、場合によっては「奇跡」や「超能力」として挙げられることもあるのでしょう。

「神に出会った」と野中邦子さんが述べているのも、その一つと解釈しています。

この本では「神」という表現ではありますが、その根本には前向きな、明るい、信じるという「思考」という存在があるのだと思います。

 

実際に、「神に出会った」後の野中邦子さんは、体調不良をコントロールできるようになり、そしてそれと同時に心も落ち着く、心も落ち着くと同時に物事の本質もよくわかるようになった、という記述が本書にあります。(本書P.57より)

体調、心、そして物事の本質は、「思考」と深く結びついており、「思考」が彼女にそのパワーをもたらしているのだと思います。自分が病んでいることなどすっかりと忘れてしまうほどの正の「思考」が、彼女にその通りの影響を与える。アンビリーバボー(信じられないほどの驚き)な力とは、言い得て妙だとも感じました。

野中邦子さんが体験した話のほかにも、手術をせずに病気が治癒したという例も多々挙げられているので、人間の持つ「思考」とは決しておろそかにしてはならないものなのでしょう。

 

POINT
3

奇跡と感動~マインドパワーの実践~

ここでは、実際に人生を変えた野中邦子さんの奇跡マインドパワーについて述べられています。

 

2章の内容でも触れられていましたが、人は自らの手で数々の奇跡が生み出すことができる、ということが語られています。

具体的には、病を忘れるほど何かに夢中になったり、あるいは心の底から湧き上がる躍動感を味わったりすることで、だれしもの中に内在する自然治癒力が発揮されるということを指しています。喜び・感動・感謝は病気を治す特効薬―それを「奇跡」と称しているのです。

奇跡といって思い出すのは、イエスキリスト。彼が起こしたといわれているさまざまな奇跡(一例として、水をワインに変えたという奇跡)ですが、それが実際に起こり得たものなのかということを証明することはできません。

そもそも聖母マリアが処女受胎し、その結果生まれたイエスキリストは実在していたのか?生物学上有り得ない事象の上に生まれた彼は、実在する人間だったのか?

そのようなことを問い詰め、疑っても答えは出ないでしょう。

 

ただ、彼が各地で布教活動を行った際に救われた人間がたくさんいるということは事実であり、だからこそ今でも語り継がれているのだと思います。

彼が起こした奇跡、彼の神としての存在は、その救われたという人々によって証明されているのではないでしょうか。

 

「奇跡を起こす」ことが目的ではなく、その奇跡によって「人々を救う」こと。その本質を書から感じ取りました。

 

ところで、野中邦子さんも「自分の病気は自分で治すべき」という意思のもと、皆が健康で幸せになってほしいとの考えを広めようとしているのは、イエス・キリストの布教活動を彷彿とさせるものがあるな、とも思いました。

「叩けよ!さらば開かれん」「求めよ!さらば与えられん」という言葉がまさに聞こえてくるかのごとく真摯な気持ちが伝わってきます。

POINT
4

生きて愛して笑って~これから私が目指すもの~

人生とは、人として生きること。

こんな言い方をすると当たり前のように思えますが、「生きる」ということは素晴らしいことだと思います。

そして、せっかく「生きる」のだから、「愛して」「笑って」過ごすこと。

この言葉は、全てプラスの思考から成り立っています。POINT 2.でも述べたように、前向きな、明るい、信じるという「思考」は大きな力をもっています。

 

野中邦子さんは、この力を自分の中でだけとどめておくものではないと考えています。

生きて愛して笑って、という大きな力にどれだけ救われるかというメッセージ。そして多くの人を救いたいという毅然とした意志。

これから野中邦子さんが目指すものは、純粋なその「多くの人を救いたい」気持ちであることに溢れています。

POINT
5

青天の霹靂~「なぜ、私が――?」~

POINT 1.で述べたように、「人生とは何なのか」を考えるとき、つまり第二の人生を歩み出すときとは、自分が思いもよらなかった出来事に直面する時です。

まず第一段階として、「なぜ自分がこんな目にあわなければいけないのか…」その悩みに苦しみ、人生に希望を持てなくなります。

次に第二段階として、「自分は試練を乗り越えられる人間である」という意識をもつことです。このような人生になったのは、きっと自分ならこの試練を乗り越えることができるであろうという、神に選ばれた人間だからだという、自分への慰めでもあります。

この時点では、自分を慰めることはできても、自分の人生に対する問題を解決するというところには至っていません。

最終的な段階として、「自分の人生を変えるにはどうすればいいか」という実践に向かうわけです。

ただ単に自分の人生における運命を甘んじて受け入れるだけではなく、運命を変えていくというところまで辿り着く。「私が人生で知りたかったこと」だからこそ、同じように悩むあなた自身にも知ってほしい。第1章から第5章まで読むことで、野中邦子さんのその大きなメッセージが改めて心に浸透していきます。

まとめ

 ここまで各章についての感想を述べてきましたが、「人は考え方ひとつでどうとでもなる」ということを伝えようという著書の想い、信じる力の偉大さということが、自身の人生における意識をいい方向に変えてくれる本です。

「救いの一冊」ともいわれているこの書籍を、手に取ってみてはいかがでしょうか。

書籍紹介

「生きて愛して笑って」

今回紹介しました書籍は、野中邦子さん著の「意識の目覚め~私が人生で知りたかったこと~」でした。

 

野中邦子さんは、ほかにも「生きて愛して笑って」という本を書かれています。

こちらでは、野中邦子さんが実際に体感している「力」について詳しく述べられているようです。本書では書かれていない「力」のことも、具体的に知ることができるでしょう。

 

今回紹介の書籍では野中邦子さんの人生を辿ることで変わっていく意識自体について知ることができ、「生きて愛して笑って」では、奇跡の具体的な事例について知ることができる、といった読みわけができそうですね。