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子どもにとって
一生の財産

手の温もりで伝える
愛情のこもった 〜 愛情のバトン 〜

ベビーマッサージで伝える愛情

私がお伝えするのは、

お子さん と あなた の両方が
『 幸せになっていく 方法です


子どもと一緒に成長する子育て
あなたが全て抱え込まないで大丈夫!


子育て・育児の悩み
悩み解決
初めての子育て

子育ては初めてではなくても
悩みは尽きないもの


不安や悩みを解消しながら子育てすると

お子さんの笑顔が増え

子育てが楽しくなる


お子さんが好きだから

不安や悩みが生まれます


それが解決できなくて

イライラしてしまう


お子さんのこれからを
考えれば考えるほどに…

こんな思いは
ありませんか?

  • 泣き声聞くと、イライラするのは私だけ?
  • なんで泣いているのか…わからない…
  • 夜泣きがつらい…
  • 子育ての悩み・不安を相談できる人がいない…
  • ぐずると泣きたくなる…
  • なんで泣いているのか…わからない…

私もいっぱい悩みました…

子どもと一緒に笑って
一緒にはしゃいで
時には一緒に悲しんで

子供と楽しい時間をいっぱい過ごしたい

その思いとは裏腹に…


四度目で
やっと出会えた子供だけど、

子育てに悩んで孤独になって

イライラしてしまう


子供にとって何が良くて何が悪いのか…?

悩む = 愛情の表れ


「赤ちゃんはいっぱい泣かせないと
        肺がつよくならないよ」

「抱き癖はつけないほうがいいのよ」

産後まもないころに受けた保健師訪問で
保健師さんにこう言われた私は、

”こんなに大声で泣き叫んで

ママを求めてる赤ちゃんを

抱っこができる状態なのに

ほっとくなんて出来ない!”

泣いている我が子を泣かせっぱなしにすることに
疑問を抱き、

赤ちゃんはすぐに抱っこしてあげたほうが良いか、

しばらく放っておいたほうがよいのか

医師の記事を探しまくり読みまくりました

結果

泣かせて肺を鍛えるというのは
全く医学的根拠がないこと

抱き癖はむしろ、ついたら育児成功というくらい

子どもには
とにかく抱っこやスキンシップが必要

抱き癖つけない方がいい…
なぜ?

『愛情のバトン 電子ブックレットより』抜粋

ベビーマッサージの歴史から
オイルの種類・マッサージの注意点など

ベビーマッサージを一つにまとめた
電子ブックレットです


『無料説明会』にお申し込みいただいた方
皆さんにプレゼント🎁 しております

ベビーマッサージ本来の目的
「アタッチメントを育む」こと!


ベビーマッサージの本来の目的


マッサージの効果、オイルの効能や

単なる「赤ちゃんをマッサージする」ことでは
ありません!


それは
「お子さんが安全・安心を感じる関係」

「アタッチメント(愛着形成)」
を育むこと


乳幼児の心の発達は、

アタッチメントが前提です!


「アタッチメントを育む」
ポイントの時期!

0 から 3歳 と言われています!

子どもは
乳幼児期に母親から無条件に受け入れられ、

愛される経験を通して
お母さんとお父さんとのアタッチメントを
形成していきます


このアタッチメントが
子どもの人格形成の基盤となります



アタッチメントを育むと得られる
7 つのイイこと!!

  • 1. お子さんの泣き声で、何をしてほしいかがわかるようになります
  • 2. 愛情いっぱいの親子関係が築けます
  • 3. 子育てが楽しく感じれるようになります
  • 4. お子さんが情緒豊かに育ち、心身ともに良好な発達を促せます
  • 5. パパとお子さんのコミュニケーションが増え、父親の喜びと育児参加を促せます
  • 6. あなたの心が幸福感で満たされます
  • 7. 不安が少なくなり、自信と希望を持てるようになります
  • 2. 愛情いっぱいの親子関係が築けます

ベビーマッサージで変わった
子どもとの関係

10歳になった今も、

ママ!ベビーマッサージして!!」と
笑顔の長女

スキンシップが当たり前
けんかしちゃうこともあるけど…

肌の触れ合いは当たり前
きもちーい!!

マッサージをすると

ちょーご機嫌な長女
私がお母さんになったら、
    子どもにもしてあげるの!

っていうくらい!

こういう関係を作れたのは

ベビーマッサージを習慣化させれたおかげだなと


ベビーマッサージの出会いに感謝です!


自己紹介

Maho
世界中の子どもたちが
夢に向かって目を輝かせながら
生きれる社会をつくりたい!

まずは子どもたちの鏡である
「お母さんが幸せになること」を
モットーに活動中!
てぃだかんかん
子育て支援センターや
市の教育施設で


ベビーマッサージなどを教えて
子育て支援を行う

私のストーリー


元気な女の子ですよ


10年前、先生の声を聞き、
ただただ
安堵感に包まれた瞬間をいまでも思い出します。
初めて出産までたどり着いた妊娠でした。


四度目でした。


命は当たり前でない、奇跡なんだ。

私の心に命に対する感謝の気持ちを
強烈に刷り込む体験でした。


現在、私そっくりに育っている10歳の娘を見るたびに、
生まれてくれて本当にありがとう。
心の底からそう思います。

そしてこの経験は今でも私の胸に、

一人ひとりの命ってこんなに尊いんだ。
一人ひとりの命が輝くサポートがしたいと
強く思わせてくれています。


私と同じような思いや、
辛い経験をした人、
子育てに悩んでいる女性を支える仕事がしたい
との思いで活動しております。

実際の公開ページでは回答部分が閉じた状態で表示されます。
  • 幼少期

    思えばいつも周りを気にして、
    自分という人間を押し殺しながら生きた人生でした。

    両親は揃って超完璧主義。

    家庭はいつもだれかが喧嘩をしていて、
    だれかが泣いていて、
    誰かが殴られていてという状態でした。

    物心がついたときには、
    私は父や母の前で良い子でいなければいけないと
    考えていました。


    両親のために、親の喜ぶことを選び行動する。
    両親に自分の意見や気持ちを伝えたことは
    1度もなかったと思います。


    2歳くらいから砂浜を数キロ走るのが日課だった。

    4歳から数千メートル級の山に登り、数十キロ歩く。

    すべては自分の意思ではなく。
    父の気合い根性教育のためでした。

    そのおかげで体力と持久力は
    クラスの子と比べてもダントツに長けていて、
    小学校の持久走大会はいつも学年1位か2位。
    持久走大会のスタート地点では
    父が1位で帰ってこいよとガンを飛ばしていたのを
    今でも覚えています。
    その目の恐ろしいこと。。。

    冗談は全く通じない両親でした。

    小学生の時テストは死活問題でした。

    学校のテストは、
    私にとって憂鬱この上ない存在でした。
    「このテストで良い点が取れなければまた怒られる」

    当時の私は不安と恐怖が絶えず頭の中を巡り、
    いわゆる小テストなどの簡単なテストでさえ、
    テストと聞くとおなかが痛くなっていました。
    小学校4年生のこと。

    1学期に1度ある一番重要なまとめテストで
    初めて70点代を出してしまったことがあります。

    自分自身もかなり落ち込んだのですがが、
    問題はあの両親。
    あの時の落ち込んだ気持ちと何とも言えない不安感は
    いまでも鮮明に思い出します。
    「ただいま」

    私はこの日返されたテストの答案用紙を
    ランドセルに忍ばせて、
    いつものように家のドアをあけました。

    「おかえりなさい」

    母は決して明るいとは
    言えない声がかえってきました。
    私はリビングの椅子にランドセルを置き、
    すぐさま今日返された算数のテストを取り出し、

    「これ・・」

    そう言いながらおそるおそるキッチンで
    夕飯の準備をしている母の元へ近づきました。
    母は私の方へ振り返ると、
    手に持っていた菜箸と野菜の入ったボウルを
    無言でシンクの上に置き、
    濡れた手をエプロンの裾で拭きながら、
    パタパタと私に向かって歩いてきて

    私の手から答案用紙を取り上げ、
    無言で右上にある赤ペンで書かれた数字を
    覗き込むと、

    すぐさまカッとなって

    「何この点数!
    お父さんにすぐにあやまってきなさい!!」

    ものすごい勢いで私を怒鳴りました。
    私は70点代を出してしまうなんて
    申し訳ないという気持ちで父の元へいき、
    「おとうさんごめんなさい」
    父の鋭い目線が私へと向けられました。
    何を言われたかは覚えていません。

    ただ散々怒鳴り叫んだあと
    勢いよく背をむけて遠ざかっていきました。

    「はあ」

    私は溜息とともに遠ざかる父の背中を
    しばらく眺めながら溜息をつきました。

    夕飯の準備に戻る母を横目に、
    リビングの椅子に置いていたランドセルを
    サッとかかえ、
    急ぎ足で自分の部屋に向かい、
    部屋のドアを音がしないようにゆっくりと開け
    またゆっくりとドアを閉めると、
    私はランドセルごと部屋の奥のベッドに
    ダイブしました。

    「二度とこんな悪い点数取れないや」

    そう呟いて目を瞑ると、
    なぜか幼い頃のある日の自分の姿を思い出しました。
    4歳のクリスマスの朝のことでした。
    ぼんやりと窓の外が明るくなる頃、
    私はいつもよりも早く目が覚めました。

    ゆっくりと顔を横に向けると、
    枕の横に赤色の包装紙で包まれたプレゼントが
    目に入りました。

    「サンタさんが来た!」

    私は勢いよく飛び起きると、
    サンタさんからのプレゼントを抱えキッチンへ
    走って向かいました。

    「お母さん!
    サンタさんからプレゼントが届いたよ!!」

    「まほ、おはよう。よかったね。
    プレゼント一緒に空けてみましょう」

    興奮する私に、母も嬉しそうに答えました。

    「うん!!」

    私は母と一緒に丁寧に包装紙を開け始めました。

    中には何が入っているのだろう。
    ワクワクしながら少しずつ包装紙を剥がしていくと
    頭の中で妄想が膨らみます。

    この前デパートのおもちゃ売り場で見かけた、
    白くて大きなフワフワのうさぎのぬいぐるみかな。
    今月号の本に乗っていた、
    ピンクのミニスカートを着たジェニーちゃんかも。

    「わあ!すごい!」

    そう声をあげたのは私ではなく母。

    「みて、こんなに大きな本だよ」

    赤色の綺麗な包装紙の中から出てきたのは
    ふわふわのウサギちゃんでも
    キラキラ輝くジェニーちゃんでもない
    茶色い表紙の分厚い本。

    4歳の私には到底難しいと思われる
    活字ばかりの可愛さも輝きもない本でした。

    無言で固まる私の横で
    母が嬉しそうに言った。

    「これでたくさん本が読めるね!真帆よかったね!」

    満面の笑顔で話す母につられて、
    私も笑いました。

    多分、引きつっていたと思うのだが

    「うん、そうだね」と、

    私はがっかりしていることを
    母に悟られないように嬉しそうに答えました。
  • 学生時代

    私が中学生になる頃には、
    酒癖の悪かった父の暴力が
    エスカレートしていきました。

    父は一触即発。

    何がきっかけで暴れだすかわからない。
    ガチャ
    玄関のドアが勢いよく開けられた音がする

    「帰ってきた」

    当時は父の帰宅とともに
    家にも私たちにも緊張が走っていました。
    「痛い!!!」
    リビングの方から小学生の弟と妹が叫ぶ声。

    急いで振り返ると、
    リビングの端で遊んでいた二人の髪や腕をつかみ、
    怒鳴る父の姿が目に入りました。

    「ちょっと、お父さん、やめて!!
    私は父の元へ走りました。

    「お前らみたいな出来の悪いやつは
    うちの人間じゃない!」

    怒鳴り散らす父。

    「お父さん、痛い」

    泣き叫ぶ妹と弟。


    私は、二人を父の側から無理やり引き離し、
    泣いて震える二人の手を握りました。

    私の心臓は
    これでもかというくらい音を立てて鳴っていました。

    「お部屋に戻ろう」

    私は父の顔は一切見ず、
    泣き叫ぶ二人を連れて廊下へと進みました。

    胸が痛い…

    妹と弟が辛い思いをすること一番かなしい。

    子どもならではのちょっとした失敗、
    ジュースをこぼしたり、
    言い間違えたり、
    些細なことでも怒鳴られたり叩かれたり、
    投げ飛ばされたり…

    今でも思い出すと、
    おでこがピリッと痛むものです。
    ある時
    妹が父に激しく怒られていて
    止めに行ったときだったと思います。

    「お前はだまってろ!!」
    興奮した父が
    こたつのテーブル部分を力いっぱい投げました。

    何とも言えない鈍い音がした直後、
    私のおでこから
    一瞬で大量の血が流れてきました。

    こういう状況のとき、
    人間怖いとか思わないんです。

    ただ無感情。
    辛いとか悲しいとか、
    この家おかしいとか、
    いちいち感じていたら生きていけない。
    私は次第に、
    全ての物事において
    感情を殺すようになっていきました。
    学校にも私の居場所はありませんでした。

    私が通っていた中学は、
    よくある普通の公立の中学でした。
    憂鬱な気持ちを引きずりながら学校へ行く日々。
    めんどくさいな。
    学校なんてなければいいのに。
    家でも学校でも、
    リラックスできない。

    私は何のためにここにいて、
    何のために生きているのだろう。

    そう考えると、
    強い頭痛と吐き気に襲われていました。
    そしてまた憂鬱な朝が始まる。
    周囲から聞こえてくる声や音、
    全てが自分にとっては不快音でした。

    家庭でも学校でも、
    誰にも自然体でいられませんでした。

    この頃から
    人に会うのが完全に嫌いになっていました。

    高校生になる頃には
    体調がいよいよ悪くなり、
    学校に通うのもしんどくなり

    一日中
    目眩や吐き気、
    倦怠感に襲われていました。
    長い通学距離を無理して通うより、
    自宅で勉強をして大学へ入ろう。

    高校の友達は皆大好きでしたが、
    身体がついていかず、
    私は高1の3月、
    高校を中退する決意をしました。
    同時に進路や将来について考えることも多くなり、
    不安や恐怖でいっぱいになった。

     「こんなにしんどい身体で
    いったいどうやって生きて行くんだろう」

    私は生きる気力さえ失っていました。

    高校を中退しても大学くらいはいかなければ。
    いい大学にいかなければ・・・。

    当時の私は学歴に関して
    完全に親の価値観で生きていました。

    本当にやりたいことはなんだろう?と
    自分に問いかけることなんて
    思いつきもしませんでした。

    退学したことを
    不良やらなんやら言う友達もいましたが

    「大学に、しかも親の経済的負担を考えたら
    公立か国立の大学には絶対入らなきゃいけない」

    と私に選択肢などないので、
    死んでも合格すると覚悟を決めて
    受験勉強をスタートさせました。

    「よし」

    毎日毎日
    1日15時間程机に向かう日々。
    大検の過去問をとにかくひたすら問きました。

    学校なんて通わなくても勉強はできる。

    体調不良は言い訳にできない。
    甘えた事は言ってられない。
    毎日必死で勉強しました。

    母は毎日家族、
    職場の愚痴をわたしにいっていました。

    その度に私の頭痛と腹痛はひどくなっていきました。

    「親は頼りにならないしかわいそうな人だから
    私がしっかり稼いで支えてあげなければならない。」

    その為だけにひたすら勉強に時間を費やしました。
    同級生が高校2年生の夏、
    大検に合格。

    県立の短期大学に二年間通った後、
    一般入試より狭き門だった
    第一志望の国立大学の編入試験に
    合格しました。
    誰かに頼らなくても、
    自分で国立大学合格くらいはできるんだ。

    頭が良くなければ
    私には価値がないそう思い込んでいました。

    親の経済状況と、
    義務感で選んだ大学。

    私たちが住んでいた地域のなかでは
    そこそこの偏差値。

    でも
    大学にはなんの期待もしていませんでした。
    合格してから、
    あっという間に大学生活が始まりました。

    暖かい春の陽気につつまれた広い校舎、
    家の周りの田園風景。

    生まれた場所も環境も違うたくさんの人たち。
    誰も私一人を干渉することはない。

    「世の中って実は思っていたより平和だったんだ」

    父の暴力も罵倒も、
    母の愚痴や嘆きからも解放され、

    のどかな田舎の風景をながめながら
    そう思った事を今でも鮮明に思いだします。
    元夫とは、
    新入生歓迎会での出会いを
    きっかけに交際がスタートし、
     
    大学を卒業すると
    同時に私たちの結婚生活が始まりました。
  • 結婚 そして 出産

    自分の家庭が散々で一家離散状態だったから、
    暖かい家庭が築きたい。

    そういう思いとは裏腹に、
    彼は自分の世界で生きている感じが常にして、

    一緒に住んでいても
    孤独に感じた結婚生活でした。
    私自身も、
    身体が弱く1人で生計をたてる自信がないとか、

    帰る実家がないとか
    愛ではない基準で結婚しているんだから

    上手くいかないのは
    当たり前だったと思います。

    世間一般の新婚生活とは程遠い日々。

    ただひたすら家事と、
    短い時間で終われる塾の仕事をこなしていました。

    朝起きて頭痛から始まり、
    一日中痛みに振り回される状態で、
    痛み止めを毎日飲んで、
    何とか毎日を乗り切る生活。

    せめて妻としての役目を果たせたらと思い

    妊娠を望んだが、
    3回立て続けに流産という結果でした。
    「検査をしても特に大きな問題は無いです。
    ストレスも良くないんだよ」
    主治医の先生が私を見つめながら、
    言葉をかけてくれました。

    包み込むような暖かさがある優しい先生で、
    先生の言葉はすんなりと
    私の胸に入ってきました。

    ストレスか。
    そういえば高校の時に入院してたときも言われたな。

    でも
    ストレスってどう対応したら良いんだろう?

    常に緊張状態が続くと、
    血流が滞ったりいろいろ不具合が出るみたい。

    自分を大事にしなかったら
    赤ちゃんの命にかかわるのか。

    初めて自分を
    とことん甘えさせようと思いました。

    苦手な人とは距離を置き、
    人の悩み事相談ばかり時間を割くのをやめ

    妊娠の事は一旦忘れ、

    妊娠出来る身体になるようにと
    いやいや続けていた体力づくりもやめ、

    仕事と家事以外は
    のんびり気の合う友達とだけ関わるようにしました。

    それが実ってか
    数年後、
    やっとの思いで長女を授かりました。


    「なんて可愛いんだろう」

    初めて我が子を抱いた時、
    生まれて初めて自分の生きている意味と価値を
    感じました。

    母は強い。

    自分の中に
    こんなにも母性があったなんて、
    自分でも驚きでした。

    それと同時に、
    両親の私への愛情に違和感も感じました。

    どうしてこんなに可愛い存在にあそこまで
    あたり散らせたのだろう?

    1人授かれただけでも十分幸せだったが

    数年後には、
    次女も誕生。

    私は自分よりも大切な命を2つも授かりました。
  • 子育て

    それから私は、

    とにかく
    子育ての専門家が良いといっていることは
    全て取り入れました。

    でも
    子どもが泣くと、
    ものすごく不安になりました。

    産婦人科の先生の記事を読んで、
    厳しい環境で育った母親は、

    赤ちゃんの泣き声を聞くと、

    不安感・いらいら感が強く出てしまう事を知り、
    すごく納得しました。

    自分の親と
    全く信頼関係を築けなかった自分が、

    どうやって子供と
    信頼関係を築けばよいのだろう?



    私は子育ての合間に
    色々な本を読みました。

    子育てについての本

    小児科医の本

    児童発達心理学について書かれた本…

    読んでいくうちに、

    子供と親の信頼関係を築くには、

    スキンシップが
    一番大事だと知りました。


    親が子供を抱き抱えたり、
    頭を撫でてあげることで、

    脳内に愛情ホルモンともよばれる
    オキシトシンが分泌され、

    愛着関係を深めること

    さらにオキシトシンには

    子供の学習能力を高める効果や、

    ストレス耐性を強める効果もあり、

    脳の成長や能力、
    性格に大きな影響を与えること


    そして何より子育てに大切なこと。

    母親が幸せであること。


    母親の幸せが
    子供の幸せだと知ってから、

    次第に
    自分と子供の本当の幸せについて
    考えるようになっていきました。

    まずは、
    何よりも自分をもっと大切にしようと思い

    今までの辛かった過去も、
    全てを受け入れようと決意しました。

    自分を大切にすることで、
    自然に体によい食べ物を選ぶようになり、

    体重も15キロ減り
    心も体も軽やかになっていき、

    長年悩まされた頭痛と体調不良も
    良くなっていきました。
  • 離婚

    「養育費はいらないから今すぐ離婚してください」

    星空が美しい静かなある夏の夜、
    私は13年の結婚生活に自らピリオドを打ちました。

    「わかった。」

    ​元夫はわたしの強い決意を感じ、
    すぐに了承してくれました。

    私はまだ幼い二人の子供の手を引いて家を出ました。

    「離婚したら、
    ずっと住みたかった沖縄で生きていこう。」

    そして
    やっと自分の足で自分の判断で
    人生を送り始めました。


    子供がいるのに離婚したい。

    それはわがままに思える選択かもしれません。

    ただ、
    子供の前で偽りの人生をおくる事の方が
    子どもにとっていかに残酷かということは、

    自分の母との生活や
    これまでの経験で痛いほど感じていました。

    そして
    私たちは孤独ではなく
    周りに私たち親子のことを応援してくれる人が、
    たくさんいる事を気づかせてくれました。


    子育てに大切なのは
    母親が幸せであること。


    まずは
    自分を受け入れ、認め、愛してあげること。

    この大切な事に気付いてから、
    私の人生は180度変わり始めました。

    数年後、
    私は自分自身で会社を設立しました。

    そして
    自分自身の課題でもあった
    過去を乗り越えるための心理学や脳科学を
    徹底的に勉強しました。

    自分の過去と向き合いながら、
    生きてきた意味や答えを探したかった。

    今までの自分の人生を振り返ると、
    正直悪い出来事の方が多かったと思います。

    愛情を受けていたかと言われると
    正直わかりません。

    しかし、
    私の父と母にとっては、
    厳しくすることが愛情だったのかも知れない。

    そう思えるようにもなりました。

    子供というのは無力で、
    生まれてくる親や環境を選べない。

    思いを言葉にすることも許されない。

    そう感じた子ども時代。

    でもいまは、
    あの時の経験のおかげで

    今の環境、気遣ってくれる周りの人たち、
    綺麗な空や海、道端に咲いている花にも

    心から感謝の気持ちを抱けるようになったと
    思えます。

    普通の家庭で生きていたら
    ここまで毎日ありがとうと思えなかったかも知れない。

    自分の過去を受け入れるにつれ、

    次第に、
    私と同じように自分軸がなく
    苦しい思いをしてきた人が
    笑顔で人生を送れるようになってほしいと
    考えるようになりました。
    女性の笑顔は周りを明るくする。

    独立、起業の道を選び、
    子育て支援の会社を設立した時、

    最初は不安もあったし大変でしたが、
    自分が初めて本当にやりたいと思った仕事を
    している為、
    毎日が充実しています。

    そして次から次へと思いが繋がり、
    素敵な仲間に恵まれています。

    全ては自分次第で、
    人生が変わっていく事を体感しています。

    これからの人生は、
    他人に縛られることなく、
    自分が思うように生きると自分が決めました。

    決めたとたんに、
    不思議とそのようになっていく。


    人生は思った以上にシンプルです。
  • 新たな人生

    シングルマザーになった今、
    私はただがむしゃらに働き、
    子どもを育てています。

    今こうして、
    私が人生を過ごす中で思うのは、
    昔はただ辛かった出来事。

    でも、
    今の自分の為になっている事が
    沢山あるということ。

    厳しい父親の教育が、
    私の忍耐力をつくり、
    最後までやりぬく力、
    不条理な現実に立ち向かう力を

    与えてくれたのだと思っています。
    それは
    とてもとても
    不器用な父なりの愛情だったんだろうと思えます。

    あの時私に力がなければ、
    いじめっ子に抵抗することすらできなかったでしょう。

    両親が教育にお金と時間をかけてくれたおかげで、
    不自由なく勉強ができた事。

    両親が厳しくなければ、
    私は勉強の基礎がわからないまま、
    きっと中学や高校の授業に
    ついていけていなかったでしょう。

    すべてを辛い事と感じ、
    殻に閉じこもっていた当時の私は
    全くそう思えませんでした。

    だから今、
    辛い思いにただ耐えていた当時の私に

    辛い出来事も
    きちんと将来の私の為になっているということを
    伝えたいなと思います。

    自分も周りも信じられなかった私が、

    自分を好きになり、
    大好きな友達、
    ビジネスパートナーに囲まれ、
    好きな仕事ができています。

    私は今、
    自由に生きる事は大変だけど素晴らしいことが
    多いと感じています。

    ​そして

    元夫に対しても
    体力もなく、
    行き場のない私を受け入れてくれたこと。

    生活を支えてくれた事。

    そして
    こんなにも可愛い子供を授けてくれたこと。

    離婚後も支え合える環境を作ってくれている事に
    心から感謝しています。

    お互い周りに何を言われても、
    子どもに背中を見せれる大人になろうと
    約束しています。

    今、私にはたくさんの夢があります。

    子供の頃には思い描けなかった、
    自分の幸せや将来の姿。

    ​自分の人生の責任を引き受け、
    母として、
    経営者として生きていくことの

    覚悟と共に。
  • あなたへ

    過去の私と同じように今悩んでいるあなたへ。


    もし今が辛かったら、
    あなたの悩みを優しく否定しないで聞いてくれる
    メンター・カウンセラーやコーチ

    安心できるコミュニティーなどを探してみてください。

    あなたの中にある本当の願いや、
    あなたが持っている本来の能力に気付くように、

    優しくサポートしてくれる人が1人いるだけで、
    人生がガラリと良い方向に変わっていきます。

    安心できる心の安全地帯があると、
    じたばたせず、
    穏やかにあなた自身に向き合うことができます。

    あなただけで何とか頑張ろう!とか、
    乗り越えよう!とかは
    しないほうが良いと私は思います。
     “人を信用できない、相談する人がいない“
    そう思っていた私は、
    いつのまにか沢山の人に支えられています。

    かつての私のように育った環境が辛かったり、
    不幸な出来事が多い人ほど

    チャンスが眠っていると私は捉えています。

    私がメンターにしてもらったように
    安心安全な場所に来て、
    まとまっていなくても良いので

    あなたの思いを聞かせてください。

    子育てや親との間に悩みを抱えている人に、

    愛を持って科学的な根拠を伴う情報を提供し
    希望を与えられたらと思っています。

    一人で抱え込まなくても大丈夫。

    『まずははじめの一歩から』

    一緒に少しづつ
    前向きに進んで行けたら

    この上ない幸せです。
      
    「あなたの未来は明るい」
  • 最後に

    江戸時代まで『小児あん摩』といい

    各家庭で赤ちゃんをマッサージする文化が
    あったのですが、

    令和のこの時代でも
    文化にならないかなぁなんていう思いを
    カタチにしています。
    娘はマッサージが大好きで、
    多分母親になったとき、

    娘のこどもにもするんじゃないかなと思います。

    私が死んでも、
    数百年後にひ孫達が

    また自分のこどもに
    優しくマッサージしていたら素敵だなぁ、

    スキンシップが見直され、
    日常に当たり前として取り入れられたらいいなぁと
    願って活動しております!


    この幸せサイクルを、
    『母から子へ、子から孫へ、孫からひ孫へ』
    ​繋げていきたいです!

    最後にお伝えしたいこと

    慶応大学医学部小児科教室 渡辺 久子 著作

    🌺「子どもを伸ばすお母さんの不思議な力」より🌺
    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

    「世界には二つに分けて
    母性原理とビジネス原理があり、

    母性原理は、
    母なる大地のように命をはぐくむ原理。


    おなかがすいた、
    つかれた、
    甘えたい、
    眠りたい、
    遊びたいといった

    乳幼児のペースが中心です。


    ビジネス原理は、
    計画通りに物事を実行し、処理する世界。

    目に見えた計画の実行と結果が主体です。

    親は子どもを操作する存在ではなく、
    母なる大地のように
    幼い命のやわらかい気持ちを守り
    はぐくむ役割を持つものです。」

    それがいまの家庭では忘れがちです。

    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

    幼い命の柔らかい気持ちを守りはぐくむ
    常に意識しよう!

    自分の中に
    その基盤がしっかり育ってなかったら
    今からでも育てていこう!

    私は『ビジネス原理』ではなく、
    『母性原理』をもっと育てていきたい。


    ​皆さんと一緒に育んんでいきたいです!
     
  • 学生時代

    私が中学生になる頃には、
    酒癖の悪かった父の暴力が
    エスカレートしていきました。

    父は一触即発。

    何がきっかけで暴れだすかわからない。
    ガチャ
    玄関のドアが勢いよく開けられた音がする

    「帰ってきた」

    当時は父の帰宅とともに
    家にも私たちにも緊張が走っていました。
    「痛い!!!」
    リビングの方から小学生の弟と妹が叫ぶ声。

    急いで振り返ると、
    リビングの端で遊んでいた二人の髪や腕をつかみ、
    怒鳴る父の姿が目に入りました。

    「ちょっと、お父さん、やめて!!
    私は父の元へ走りました。

    「お前らみたいな出来の悪いやつは
    うちの人間じゃない!」

    怒鳴り散らす父。

    「お父さん、痛い」

    泣き叫ぶ妹と弟。


    私は、二人を父の側から無理やり引き離し、
    泣いて震える二人の手を握りました。

    私の心臓は
    これでもかというくらい音を立てて鳴っていました。

    「お部屋に戻ろう」

    私は父の顔は一切見ず、
    泣き叫ぶ二人を連れて廊下へと進みました。

    胸が痛い…

    妹と弟が辛い思いをすること一番かなしい。

    子どもならではのちょっとした失敗、
    ジュースをこぼしたり、
    言い間違えたり、
    些細なことでも怒鳴られたり叩かれたり、
    投げ飛ばされたり…

    今でも思い出すと、
    おでこがピリッと痛むものです。
    ある時
    妹が父に激しく怒られていて
    止めに行ったときだったと思います。

    「お前はだまってろ!!」
    興奮した父が
    こたつのテーブル部分を力いっぱい投げました。

    何とも言えない鈍い音がした直後、
    私のおでこから
    一瞬で大量の血が流れてきました。

    こういう状況のとき、
    人間怖いとか思わないんです。

    ただ無感情。
    辛いとか悲しいとか、
    この家おかしいとか、
    いちいち感じていたら生きていけない。
    私は次第に、
    全ての物事において
    感情を殺すようになっていきました。
    学校にも私の居場所はありませんでした。

    私が通っていた中学は、
    よくある普通の公立の中学でした。
    憂鬱な気持ちを引きずりながら学校へ行く日々。
    めんどくさいな。
    学校なんてなければいいのに。
    家でも学校でも、
    リラックスできない。

    私は何のためにここにいて、
    何のために生きているのだろう。

    そう考えると、
    強い頭痛と吐き気に襲われていました。
    そしてまた憂鬱な朝が始まる。
    周囲から聞こえてくる声や音、
    全てが自分にとっては不快音でした。

    家庭でも学校でも、
    誰にも自然体でいられませんでした。

    この頃から
    人に会うのが完全に嫌いになっていました。

    高校生になる頃には
    体調がいよいよ悪くなり、
    学校に通うのもしんどくなり

    一日中
    目眩や吐き気、
    倦怠感に襲われていました。
    長い通学距離を無理して通うより、
    自宅で勉強をして大学へ入ろう。

    高校の友達は皆大好きでしたが、
    身体がついていかず、
    私は高1の3月、
    高校を中退する決意をしました。
    同時に進路や将来について考えることも多くなり、
    不安や恐怖でいっぱいになった。

     「こんなにしんどい身体で
    いったいどうやって生きて行くんだろう」

    私は生きる気力さえ失っていました。

    高校を中退しても大学くらいはいかなければ。
    いい大学にいかなければ・・・。

    当時の私は学歴に関して
    完全に親の価値観で生きていました。

    本当にやりたいことはなんだろう?と
    自分に問いかけることなんて
    思いつきもしませんでした。

    退学したことを
    不良やらなんやら言う友達もいましたが

    「大学に、しかも親の経済的負担を考えたら
    公立か国立の大学には絶対入らなきゃいけない」

    と私に選択肢などないので、
    死んでも合格すると覚悟を決めて
    受験勉強をスタートさせました。

    「よし」

    毎日毎日
    1日15時間程机に向かう日々。
    大検の過去問をとにかくひたすら問きました。

    学校なんて通わなくても勉強はできる。

    体調不良は言い訳にできない。
    甘えた事は言ってられない。
    毎日必死で勉強しました。

    母は毎日家族、
    職場の愚痴をわたしにいっていました。

    その度に私の頭痛と腹痛はひどくなっていきました。

    「親は頼りにならないしかわいそうな人だから
    私がしっかり稼いで支えてあげなければならない。」

    その為だけにひたすら勉強に時間を費やしました。
    同級生が高校2年生の夏、
    大検に合格。

    県立の短期大学に二年間通った後、
    一般入試より狭き門だった
    第一志望の国立大学の編入試験に
    合格しました。
    誰かに頼らなくても、
    自分で国立大学合格くらいはできるんだ。

    頭が良くなければ
    私には価値がないそう思い込んでいました。

    親の経済状況と、
    義務感で選んだ大学。

    私たちが住んでいた地域のなかでは
    そこそこの偏差値。

    でも
    大学にはなんの期待もしていませんでした。
    合格してから、
    あっという間に大学生活が始まりました。

    暖かい春の陽気につつまれた広い校舎、
    家の周りの田園風景。

    生まれた場所も環境も違うたくさんの人たち。
    誰も私一人を干渉することはない。

    「世の中って実は思っていたより平和だったんだ」

    父の暴力も罵倒も、
    母の愚痴や嘆きからも解放され、

    のどかな田舎の風景をながめながら
    そう思った事を今でも鮮明に思いだします。
    元夫とは、
    新入生歓迎会での出会いを
    きっかけに交際がスタートし、
     
    大学を卒業すると
    同時に私たちの結婚生活が始まりました。

愛情バトンのすごいところ!

愛情のバトン = ベビーマッサージ
ベビーマッサージは、

子どもの愛情ホルモン(オキシトシン)を
分泌させるとともに
お母さんの愛情ホルモンも分泌させ

お子さんも
お母さんも
愛情に満たされます!


愛情のこもったベビーマッサージを
たくさんしてもらった経験


それは
手で伝えることができる
「子どもにとって一生の財産」

あなたからお子さんに
愛情のバトンを渡しませんか?

愛情のバトン
母から子へ
子から孫へ
繋がっていきます!

この幸せな経験は、
お子さんが
お父さん、お母さんになった時



そのお子さんの愛情たっぷり育児へ
繋がっていきます!


ベビーマッサージレクチャー
個別無料説明会

2021年
9月 18日(土)
9月 25日(土)
10月 2日(土)
10月 9日(土)
10月16日(土)
10月23日(土)
10月30日(土)

14:00 〜 15:00 (1名)

15:00 〜 16:00 (1名)


zoom(オンライン)にて開催中!



まずは
無料説明会に
お申し込みください!


FAQ

  • Q

    全額保証制度は、
    どのようなものでしょうか?​​

    A
    一括で入会していただいた方が対象になります。
    もし、このサービスにご満足いただけなかった場合、全6回受講していただいた後でも申請をしていただくと、全額返金させていただく保証となっております。
  • Q
    子どもはいくつまで大丈夫ですか?
    A

    ベビーマッサージの内容は、0〜3歳のお子さんを対象とした内容となります。
    しかし、愛着形成はお子さんの成長にとっては、とても必要なものと考えております。
    0〜3歳以上のお子さんにつきましても、上記内容を踏まえた上で、随時お子さんの状況に合わせて内容を変更したレクチャーなることをご了承いただいた上でよろしければ、ご参加いただけます。

  • Q

    入金の方法を教えてください。

    A

    stripeを介して、クレジットカードでのお支払いをお願いしております。

    特定商取引法に基づく表記

  • Q

    どのようにレクチャーしてもらえますか?

    A

    まず、レクチャーの日程を相談させていただき、Zoom (オンライン)を使用してレクチャーいたします。

  • Q

    Zoom を使ったことがないので不安です。

    A

    Zoomが初めての方も安心してご利用いただけるように、インストール・設定の方法をサポートさせていただきます。お申し込み確認メール内に、インストール方法などを記したリンクを添付しておりますので、そちらをご参照ください。

    もし、そちらをご覧いただいても、うまく設定などができない場合は、メールにてご連絡いただけますと、個別にサポートさせていただきます。

  • Q

    レクチャーの途中で、子どもが泣いてしまったり、ぐずってしまわないか心配です。

    A

    それは、ご安心ください。
    お子さんが泣いてしまったり、ぐずつくことはよくあります。そのような場合を想定して、レクチャーを行いますし、そんなときのマッサージの方法も含めてレクチャーいたします。

  • Q

    退会したいときは、どのようにすればいいですか?

    A
    いつでもメールで退会の意向を伝えて頂けますと、退会手続きをさせていただきます。
  • Q
    子どもはいくつまで大丈夫ですか?
    A

    ベビーマッサージの内容は、0〜3歳のお子さんを対象とした内容となります。
    しかし、愛着形成はお子さんの成長にとっては、とても必要なものと考えております。
    0〜3歳以上のお子さんにつきましても、上記内容を踏まえた上で、随時お子さんの状況に合わせて内容を変更したレクチャーなることをご了承いただいた上でよろしければ、ご参加いただけます。


愛情のバトン
あなたから始めることができます!

すべてのお母さんに届けたい!

あなたが幸せになろう!
子どもの幸せを育てたいと願うお母さんに届ける
たった一つの必要なマインドセット


お子さんは
自分の世界をお母さんを通して見ています


お母さんの幸せそうが伝わって    幸せ!
お母さんのしんどいが伝わって しんどい

というように


お子さんと育む時間を通し

あなたの幸せを育み

あなたの幸せで

お子さんの幸せを育む


アタッチメントを育んで
愛情のバトンを繋げませんか?


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