うつ病、 気分障害で命や社会を失わない

うつ病(双極性障害Ⅱ型)歴10年、休職、入院4回を経ても、自身の就労を維持している普通のサラリーマンです。
 
 当事者として、働くことのありがたさ、気づき、失敗談などを発信したいと思います。
 
 また、日常生活、周囲の理解を得ることの難しさなど、感じたことを記していきたいと考えます

 この病の恐ろしさは、自殺により命を失うこと、そして、ほとんどの方が、自分の属するコミュニティ、家族、会社員としての存在などその人の「社会」を失うことです。

 下記の私の、経験談、そして、リンクされた日々更新しているブログなどの情報から、多くの人が、病と適切に向きあい,命や社会を失わないことを願います。

働くことは生きること

 うつ病などによる倦怠感、口の渇き、焦燥感、意欲の喪失など、あなたの心身に現れてる症状は、今までのあなたの生き方,考え方に問題があったのかもしれません。病に対する情報が不足していたかもしれません。医師の指示を素直に受け止めて生活していなかったからかもしれません。
 
 本来、あなたが向き合うべき、病との付き合い方がなされてない事の可能性を考えてみてはいかがでしょうか。
 
 治癒に向けた正解はありませんし、個々人の病歴や症状の程度によって対処すべきことやレベルに違いがあるとは思います。200万人以上とも言われる気分障害の患者数。
 
 一方で、特効薬や画期的な治療法は確立されておらず、周囲はもちろん、当事者自身も、医療従事者でさえ、個々人については対処法を完全に理解、浸透させているわけではありません。
 
 10年間の病歴、4回の休職歴、そして今、直近の入院から2年半以上就労を維持している、一当事者としての私の経験談、日々の過ごし方が、同じ病に苦しみ悩んでいる方々の何らかのヒントになれば幸いです。
(あくまでも一当事者の経験、感想に基づいたもので、すべてが医学的に裏付けられたものではありません)

2010年春、激しい口の渇き、食欲不振から始まった。

 20年ほど、営業マンとして、また、一市民ランナーとして、充実した日々を過ごしていた私。

 人事異動で営業マネジャーを命ぜられ,性に合わない業務をあくせく、こなすこととなる。

 2年間は、体調を崩すことなく業務を遂行していた。

 異動で上司が変わり、パワハラに苦しみ、
3か月ほどで表題の症状にさいなまれる。

 おそらくメンタルなものと思い、心療内科を受診し、薬を処方
してもらったところ、症状は一時的に改善、控えるように言われていたアルコールはやめずに、なんとかやり過ごしていた。

  翌年の異動でまた、上司が変わり、さらに酷いパワハラにあい、症状は悪化。そして3.11。

 売上実績の追求とともに受けるパワハラは、激しさを増し、震災対応も心身の負担となり、薬も効かなくなった。口の渇きはもちろん、耐えがたい倦怠感、一晩に3回も4回も途中でめざめる睡眠障害など、症状に対する我慢は限界を超えた。

 以前から、勧められていた「休職」を決意する。

 3か月も休めば、治るだろうと高をくくっていたが、結局、8か月休職した。

 しかし、復職後も体調が安定していたわけではなかったし、その後、再発や入院、それも、複数回、経験するとは思っても、みなかった。

   復職しては、再発を繰り返すパターンを振り返る

 最初の休職をした、2011年当時、リワークデイケアというプログラムを行い、スムーズな復職と再発の防止を促している、クリニックは全国的に見ても少なかった。

 また、いまだに自分の周囲を見渡しても、デイケアを経験して、復職している人は少ない。「認知行動療法」という心理療法(患者の考え方のゆがみの修正方法)のプログラムは医療界では一般的となっている。しかしながら、巷の同病者に尋ねても、この言葉を知っている人に出会うことは少ない。デイケアというプログラムも聞いたことがないという患者は多い。

 また、デイケアを行っている医療機関においても、いまだに、確実な復職と再発を防止するプログラムは確立されているとはいいがたい。


 プログラムはいまだに日々、書き換えられ、進化中ととらえるべきだ。

 こうしたことを踏まえ、過去の私の、休職、入院、復職を振り返って記してみたい。

10年の闘病の振り返り(10年間の私の発症、休職、復職、再発のサイクルの中に、あなたの過ごし方のヒントが隠されているかもしれません)

①初めての休職(2011.05~12)
「新型うつ」という言葉が、出てくる前。
 会社に行かなければ、仕事をしなければ、睡眠の途中覚醒以外は、体の不調はなかった。
 一回に、20kmを超えるランニング、帰省や国内旅行を楽しみ、人生の夏休みと、とらえて好き勝手過ごした。
 いま思えば、ここでしっかり休み、生活リズムを整えれていれば、休職期間を短縮し、復職も早かったかもしれない。
 休職から1か月経過して、リワークデイケア開始。
 参加は、指示通り、100パーセント。
 一つ一つのプログラム、特に再発防止に向けた内容をもっと、まじめに取り組み、復職後もそれを意識していたらという後悔はある。
 「最初が肝心」に尽きる。
 メンタル障害のこわさを知り、デイケアの効果、重要性を
考え、特に、働けることの価値を考えてすごしていたら、と、
今になって思うことである。
➁初めての復職(2012.01~2014.03)
最初の復職は、初日が一番ハードルが高かった。
 気が重かった,初出勤。朝礼前の緊張も半端ではなく、のどのつかえ、口の渇きなど、身体症状を我慢しながら午前中を過ごした。(深呼吸、瞑想などを行う余裕はなかった。)
 1か月の、ためし勤務、短時間勤務をこなした後、電話を使って、基本、訪問をせずに、アプローチが可能な顧客を担当する営業マンに。(主治医からは、できれば「営業」は避けてほしいといわれていたが)
 自身の社内での職歴、資格等級などを鑑みると、営業以外の業務で、会社が求めるパフォーマンスに近づけるためには、ほかの職務は考えられなかった。
 
 最初から、業績ありきで考えて業務に臨んでいた。
 当然、たびたび、体調を崩し、早退することも。
 しかし、時間の経過とともに、どこか、違和感、易疲労感を抱きつつも、なれていったと思い込んでいたし、徐々に、結果も伴っていった。

 こうやって、営業として、定年まで過ごせるのかもしれないと楽観的に、考えていた。
➂再発→初めての入院へ(2014.04~07)
復職して、1年ほど経過すると、体調も安定してきた。
 業績が向上、プライベートのマラソンでは、自己ベストに近いパフォーマンスを取り戻しつつあった。
 ただし、どこかしらの違和感、出勤できなくなるほどではないものの、イレギュラーな対応するたびに、心身の負担感は否めなかった。
 上司に相談するも,一蹴。「もう、治ってるよ。気にしすぎだよ」
 やがて、その相談から、2,3か月で、体調の良い日と悪い日が明らかに分かれるように。
 一方で、2014年の増税前の駆け込み需要の追い風もあり業績は右肩上がり。
 プライベートのマラソンでもハーフで自己ベスト更新(1時間26分)
 耐えがたい易疲労感におそわれる日のほうが多くなり、体重は日々減少、食事制限もせず、2か月で、5kgほど減った。(激やせと顔色の悪さを指摘されることが増えた)
 そして、2月末に、久しぶりの突発休み。
 このころ(2014.03)、増税前の駆け込み以外にも、社では、事務所の引っ越しという大きな変化。心身ともに疲弊、消耗。
 主治医も、私の急変を目の前に、焦ってる様子がうかがえた。自分としては、社会と一度遮断して、しっかり休みたい思い。
以前、患者仲間から聞いていた、休養入院を希望。
 うまく医療連携が機能し、ケースワーカーを通じ、県内の評判の良い、病院への入院をほどなく果たせた。
 入院先の担当医の診断は、1か月ほどの、投薬、経過観察、
2,3日おきの診察、カウンセリングなどを通じて施された。
 家内同席のもと、今後の過ごしかたを含めて、噛み含めるように丁寧に説明された。
診断名「双極性障害Ⅱ型」
・これまで、調子のよい時と悪い日がはっきりあったはず。
・特に3か月くらい前にとても調子が良い日々があったはず。
・疲労の感度が低く、過活動の傾向もある。
・体重の急激な増加や減少を繰り返してきたはず。etc
 上記を踏まえ、何事もほどほどに過ごす(マラソンもタイムや距離は追及しない、生活リズムを一定に保つ。),服薬を確実に行う

 などなどを教育され,家内も腑に落ちるところがたくさんあったようだ。
④二度目の復職(2014.07~2016.09)
復職に向けては、入院中から、リワークプログラムとカウンセリングをうけた。
「認知行動療法」、言ってることはわかるけど、前の休職の時にもやったな。実社会の場面場面では、すっかり忘れてしまうとか、自分なりに、今一つ身が入らなかった。
 そのほか、クリニックの時とは内容は違うものも多かった。
退院してほどなくして、復職する治療方針であったため、完全にプログラムに組み込まれた生活を経ず、復職することに。

 この時は、自分の感覚と思いで、いきなり、営業に戻るというより、サポート的、事務的などちらかというとルーティンワークを一定期間経てから、営業現場に戻ることを会社側に強く要望した。

 結果、総務部付きという形で、今も勤務する、営業部門の支援業務を行う事務部門へ。

 復職後、体調は決して良くなく、感覚としては、体質が変わった。台風などが近づいたり、離れたりで気圧の変化で易疲労感、12月の朝など、急激に気温が下がると体調が悪い。

 ジョギングをしてみても、気分はすぐれない。休みの日も、鬱々と易疲労感に耐えるような日々であった。

 だが、時間の経過が解決するということもあるものだ。

2年も経過してくると、仕事や環境に慣れてきたこともあり、体力も付き、心身の調子が安定してくる。

 主治医からは、2016年5月ごろから、徐々に、普段の業務負荷を上げることを強く勧められ。
 上司に相談し、顧客接点の多い、応援業務、より難しい他部門との交渉業務なども遂行することに。
➄二度目の再発→入院(2016.10~12)

2016年5月に負荷を上げ始めた当初から、違和感のようなものを感じた。
 仕事からというより、病からくるような類の疲労感を感じた。 そして徐々に、早退や突発休みなどを繰り返し、易疲労感は恒常化し、10月には3度目の休職、入院へとむかった。

 主治医からは、それぞれの患者が置かれている職種、業界によってかかる負荷が違うことの認識が行き届かなかったとのお話し。
 また、想定以上に、私の病状は軽いものではない旨の、謝罪ではないが説明を受けた。


 一定期間、体を休め、投薬を受けたのち、何日かに分けて、トータル5,6時間の時間をかけて、詳細な心理検査を受けた。

 検査機関からの回答を求めたがそれは、かなわず、カウンセラーの先生から、私の傾向と対策をまとめていただいた。

 ざっくりと
・自分の置かれた状況を全体的に把握したり、優先順位をつけることができない。同時並行でいくつもの仕事を効率よく進めるのは苦手。リーダーとして、チームを率いるとか無理。
・自己弁護、自己主張が苦手、結果、他人の言いなりになりやすい。
・知的好奇心が強く、様々な知識を習得したり論理的の物事を考えるのが比較的得意。そして聴覚優位で言語能力が高いため説明、説得などのスキルは高いと考えられる。

 能力に凹凸があり、特に、説明、説得の能力が高いと思われやすいため、ハードルの高い仕事を振られて、断れず、こなせず窮地に陥ることになりやすいことも。

 こうしたことから、退院後、少し体力付けながら、上記の、検査結果を踏まえた制限勤務を経て、復職することに。
⑥三度目の復職(2016.12~2017.03)
復職の前には、主治医の診断書をもとに、人事と産業医と上司を交えた面談を経て、当初の制限勤務の条件を確認し、各々の職場へ復帰する。

 その面談は、結構、難航した。➄の心理検査の結果をもとに、判断を伴う業務や、リーダー的な業務は避けるように、との文言があったからだ。

 会社としては、今、自分が所属している、グループ、職務そのものが、制限されたものであるから。また、正社員である以上、判断を伴ったり、リーダー的なものは避けて通れないとの考えからである。

 結果、時間的な制限のみで、復職することとなった。

 やはり、体調は、すぐれない。

 休みの日に、マラソン大会の応援に行ったときにかつての
ランニング仲間などからも、顔色がよくないとかいろいろ言われてしまう。

 一方、会社では勤務時間以外は制限がなく、電話を普通にとれば、判断も伴うし、同時進行で業務を行うことも出てくる。

 
➆三度目の再発、入院、休職(2017.04~09)
低め不安定のまま、3か月が経過した. 

 大きな組織改正を含む人事異動があった。様々な、書類や、ツールの名前を変えたり、改正された組織に書き換えるべく線引きをして、派遣社員に割り振りをして作業してもらう。 

 そんなこんなをしているうちに、かなり易疲労感がつよくなり、長期の連休を取得して、一週間ほど休養入院をした。
 
 回復を待ったが、出勤して一週間も持たず。 

 再度、休職、入院することとに。

4回目ともなると、なにか、あきらめというか、どうせ、、、、

とかいった気持ちがあった。

 病棟内では、フロアでの食事中での軽い仲間外れいじめ

のような嫌がらせもあったり。

 同年代の看護師さんたちから、思いがけずフォローされる。

30年、同じ会社で働き続け、二人の子供を養い、社会へおくり

出したことなどを会話した。

 「堂々としてればいいんです」「立派なことです」
 「これからは、自分のこと、奥様との時間を考えればいいんです」
 「会社で、あからさまにさぼらなければ、ほどほどにやってもいいんです。」

 このとき、初めて、ほどほどにというか、頑張らない自分を
受け入れる覚悟ができたような気がする。

 2か月入院した。退院後は、入院中から行っていたリワークデイケのプログラムにのっとり、自己分析、再発防止の考え方など
に取り組んだ。

 巷でも一般的になってきた、自分の取り扱い説明書的なものを作成した。

自分の成育環境、これまでの振り返り、メンタルによくない思考パターン、再発に至るサイクルなどを時間をかけて分析した。

 それらをなれないパソコンを駆使し、パワーポイントで作成。
この時の、心理学的な学びは今の状態の維持にやくだっている。

 そして、この時身に着けたつたないパソコンスキルは、今の業務でも大いに役立っている。休職の間にあらたなスキルを得たようなものだ。

 こうして、ホームページ作成やブログの構築にとりくんだのもこの時の経験が役立っている。
⑧四度目の復職(2017.10~)
四度目の復職に至っては、当然のことながら、すんなりと会社側は受け入れてはくれない。産業医面談は難航した。

 主治医は、当然、復職直後は、時短はもちろん、業務内容も

判断、一度に多くの場所に立ち寄るような動きの激しいものなど

は避けるように指示してくる。

 会社側は、まだ復帰できる寛解には至ってないのではないだろうか?とか、また、正社員としてはすでに制限ありきの職場へ配属しているのでこれ以上は調整できないとか主張してくる。

 自分としては、リワークデイケアプログラムをしっかりこなし、生活リズムを整え、一定の負荷に耐えうるべくリハビリしてきた。さらに再発防止の心理教育も受け、勉強してきた。

 この時、自分が復職にこだわったのは、充実したデイケアに取り組めた一方で、そのむなしさにも気づいたからだ。

 デイケアプログラムをどんなに行っても、顧客や販売の一線で活躍する販売員たちへの貢献はできない。

 そこから収入を得ることはできない。所詮はシュミレーション、リアルな社会生活は送れないのである。

 まさに「働くことは生きること」を実感することはできないのである。
 
 ブログを立ち上げてまで、今、発信する原動力になっているのはこの時の気持ちからである。

 結局、理解ある産業医の先生は、働くことの病への効果を

認識してくださり、専門性のある第三者として、復職を後押ししてくださり、制限付きで社会復帰を果たした。

 

 

➈復職後の日々
2012年のはじめての復職から、何回かの再発を挟んで今回、今までのところ、一番長く、社会生活を維持できている要因は何だろうか。

 1.制限勤務に周囲の理解(心の底からかどうかは別)を得られたこと。
 
 2.イレギュラーの事案で体調を崩しかけるとそのたび即、上司に報告相談し、改善していただいたり、業務負担の調整をしていただいた。

 3.働くことそのものに価値があり、社会とつながり、間接的にでも後方からでも、顧客に貢献できると勝手に思い込んでいる。また、生活リズムも整い、適度な負荷も睡眠などにいい影響がある。

 4.だから、あえて、自分の職歴、資格等級は意識せず、仕事をしていること。引き換えに、終身雇用もこちらからはやめないが、あきらめている、考えないようにしている。

5、様々な出会いにより、主にスポーツ写真、ポートレートなどを中心に写真に本格的にのめりこみ。撮影だけではなく、それに伴い、スポーツ観戦、写真展などに出向き、時には涙をするような感動を得ることも。人生に仕事以外のうるおいができた。

6.リワークデイケアに卒業はない。長期休暇などの際に時折、再発防止プログラムなどに参加し、働くことの意義を再認識しその維持の秘訣などを学んでいる。

7.月一の診察の際は、臨床心理士によるカウンセリングを行い、自分の行動記録や行動予定を見せながら体調などを報告、相談し過活動になっていないか、生活リズムはどうか確認していいただいている。
➂再発→初めての入院へ(2014.04~07)
復職して、1年ほど経過すると、体調も安定してきた。
 業績が向上、プライベートのマラソンでは、自己ベストに近いパフォーマンスを取り戻しつつあった。
 ただし、どこかしらの違和感、出勤できなくなるほどではないものの、イレギュラーな対応するたびに、心身の負担感は否めなかった。
 上司に相談するも,一蹴。「もう、治ってるよ。気にしすぎだよ」
 やがて、その相談から、2,3か月で、体調の良い日と悪い日が明らかに分かれるように。
 一方で、2014年の増税前の駆け込み需要の追い風もあり業績は右肩上がり。
 プライベートのマラソンでもハーフで自己ベスト更新(1時間26分)
 耐えがたい易疲労感におそわれる日のほうが多くなり、体重は日々減少、食事制限もせず、2か月で、5kgほど減った。(激やせと顔色の悪さを指摘されることが増えた)
 そして、2月末に、久しぶりの突発休み。
 このころ(2014.03)、増税前の駆け込み以外にも、社では、事務所の引っ越しという大きな変化。心身ともに疲弊、消耗。
 主治医も、私の急変を目の前に、焦ってる様子がうかがえた。自分としては、社会と一度遮断して、しっかり休みたい思い。
以前、患者仲間から聞いていた、休養入院を希望。
 うまく医療連携が機能し、ケースワーカーを通じ、県内の評判の良い、病院への入院をほどなく果たせた。
 入院先の担当医の診断は、1か月ほどの、投薬、経過観察、
2,3日おきの診察、カウンセリングなどを通じて施された。
 家内同席のもと、今後の過ごしかたを含めて、噛み含めるように丁寧に説明された。
診断名「双極性障害Ⅱ型」
・これまで、調子のよい時と悪い日がはっきりあったはず。
・特に3か月くらい前にとても調子が良い日々があったはず。
・疲労の感度が低く、過活動の傾向もある。
・体重の急激な増加や減少を繰り返してきたはず。etc
 上記を踏まえ、何事もほどほどに過ごす(マラソンもタイムや距離は追及しない、生活リズムを一定に保つ。),服薬を確実に行う

 などなどを教育され,家内も腑に落ちるところがたくさんあったようだ。

 この10年の自身の、闘病を振りかえり、メンタル疾患に長期で苦しんでいる人、また、最初の復職を迎える、または、それに苦戦している人々が就労を失わない、転ばぬ先の杖となるよう、願うばかりです。

 闘病生活で得た「働くことのありがたさ」まさに「働くことは生きること」を多くの同病者が理解し、充実した生活を失わないよう、情報を発信していく所存です。ぜひ、下記のボタン、リンクから、ブログを読んでいただき、私が犯した復職の失敗を避けてくださることを願います。

私の日々の過ごし方、時折、過去のエピソードなどつらつらと記しています