荒巻順@EXON

~法人営業のチームを育てる~
株式会社エクソン
代表の荒巻は空の上にいるか、
幕張をパトロールをしています
プロフとWebリンクです

Profile

荒巻 順
1961年生
天秤座
三碧木星
血液型 A型

●株式会社エクソン代表取締役●
通信業界の法人営業チームとスタッフの業績アップと経営課題の解決支援を20年間、日本全国飛び回わりながら絶賛継続中。

●MAKUHARI BASE ACADEMY主宰●
地元幕張千葉で地域の商売人を育てるための活動を土日ベースに絶賛奮闘中。


●荒巻は何屋さんなのか?何が提供できるのか?●

①「どこでも稼げる」「どこでも通用する」「法人営業のプロチーム」を育てる専門家です。

・お客様の深層状況を洞察できる力を開発するトレーニングを提供します。

・お客様の経営者層や部門長層を巻き込むためのプレゼン力をつけるトレーニングを提供します。

・法人営業チームのビジョンやベクトルを明確にするための、経営層とマネジメント層へのワークショップを提供します。

・法人営業チームのミッションを再設定し、メンバーが働きやすい自走できる環境にするためのマネジメント層と現場層へのワークショップを提供します。

・トレーニングやワークショップがチームのちからとして定着するための伴走型コンサルティングを提供します。

・存在価値である目標数値を達成するために必要な、営業基礎トレーニングや同行営業も提供します。

インサイトセールスを通じて、法人営業を担当する人が経営参謀という立ち位置を目指していただくのをビジョンとしています。

また、チームとメンバーの両面からアプローチして、現実と理想のギャップからおきるストレス環境もしっかり解消します。

②「たくましい頭脳で」「大胆な発想な」「永続的に商売をしたい若い経営者」を育てる専門家です。

・これから商売をはじめる(起業・創業)をしようとする時に必要な覚悟と夢を一緒に考え見つけるファシリテーションを提供します。

・ビジネスをする上で必要な知識やテクニックを一般的なフレームワークだけではなく、経験や現実も加味して身につけるコンサルティングを提供します。

・本格的な独立開業から、週末起業などのライフプランに合わせたスタートの仕方と売上の作り方のコンサルティングを提供します。

・いずれチームとしてビジネスを拡大し、組織的な経営を進めていきたい小規模事業者へのミッションマネジメントのトレーニングを提供します。

働き方改革が言われる中での複業での起業。自分のノウハウを自らのゼロから世に問いたい本格的な独立起業。色々な商売の仕方があります。

どんな業種業態でも、規模であっても商売の原点は「お客様にどのようなサービスを提供し対価をいただくのか」「社会の存在としてどのような存在価値を示し永続するのか」極論言えばこの2つだけです。

若い経営者を地域に輩出し、地域の基盤を作る。経済を盛り上げることでこれからの都市間競争に負けない文化をつくる。

こんなお手伝いをしています。

●保有資格●

米国Profiles社 認定コンサルタント
HRD社 DiSC認定コンサルタント
BMIA認定ジュニアコンサルタント
サイボウズ社 kintone Specialist

●20年間の軌跡●

空を飛んだ回数は1,675回以上(2017年12月現在)
国内当日移動最長不倒距離【3,557㎞】2017年10月24日記録
国内週間移動最長不倒距離【8,586㎞】2017年10月第四週記録
記録の様子は↓
http://mba.hatenablog.jp/entry/2017/10/29/132019

●経営理念は【自由・自在・自立・自考】●

立ち返るべき、全ての人、組織の絶対的な価値だと信じている。

みんな自由が欲しいんでしょ? あらゆる柵や束縛なしに誰にも気兼ねなく振る舞いたいんでしょ?

みんな自在に過ごしたいんでしょ? 場所時間モノコトを自分の思うとおりに在りたいんでしょ?

みんな自立した一人として対峙したいんでしょ? 親からも、学校からも、地縁からも、そして会社とも関係性を対等にしたいんでしょ?

みんな自考できる覚悟が持ちたいんでしょ?自分の事、家族のこと、仕事のこと、自らの考えで動かしたい、守りたいんでしょ?

誰しもが目指したい姿を、自分たち自身にも、お客様や取引先関係者にも、常に問いかけ一緒にそう言う社会を作るためのサービスを提供していきたい。

●江戸前深川出身の職人DNA●

元々は、重さ40トンのダブルヘリカルギアに代表されるような重機械の据え付けやメンテナンスをする会社の親方から社会人をスタート。入社直後に先代の父親が亡くなり、いきなり家業荒巻鉄鋼三代目として事業承継する。

社会人のスタートは、ほぼ最初から代表取締役社長。

承継した会社は、債務超過状態。今から思えば、二十歳そこそこの職人の修行もまともにしたことがない、お客様への営業経験もない、経営のケの字も知らない若造が生き残ったもんだとおもう。

今までの社長以外の肩書きは、中学校時代の生徒会長、PC業界に参入した数年後に日本ユースウェア協会の常任理事、千葉県中小企業家同友会千葉中央支部の支部長。

サラリーマン経験のない、少し日本ではいびつなビジネス経歴。お座敷の前振りは「お客様とお金には頭を下げたことはあるが、上司には頭を下げたことがない」が定番。

荒巻鉄鋼時代は、荒くれ職人達を100人以上雇用していたが、お客様であった特殊鋼製造メーカーの地方移転に合わせて廃業。

鉄工所の親方から数えると、35年近い経営者人生を送っていることになる。もともと鉄工所の職人DNAがあったこと。母親が男勝りの山っ気の強い南部人。この血筋が生き残っている理由のひとつかもしれない。

●鉄工場から今でいうIT業界に転業と起業●

廃業を決断したのちに、新らしい商売をはじめるにあたって参入したのが当時のパソコン業界。

まだ、PC-9801が登場前の時代。鉄工所時代にお客様よりも先に、PC(日立 ベーシックマスター レベルⅢ)を導入し、給与計算や見積書管理などの事務効率の劇的な向上を独学で学んだ自作プログラムで実現。

そのような背景もあり、PCの未来に可能性を強く感じていた。

荒巻鉄鋼で図面を書いていた経験もあり、CADシステムの導入支援サービスを製造業のお客様に展開することを決断。バブルで上がっていた利益を、鉄工所を縮小しながらのPC事業に投入し、失敗を重ねながらも足場を固めていった。

1995年にエクソンの前身である東京ウィンサポートを日本ユースウェア協会(JUA)メンバーで起業。

「中小企業をターゲットに、Windowsをコアとしたパッケージ化されたネットワークシステムのテクノロジーサービスのビジネスモデルを研究開発し社会に普及させる」をビジョンとした。

ネットワークシステムの導入は全てオーダーメイドで、中小企業には負担が大きな金額が常識であった時代に、日本初のビジネスモデルをうちだし、多くの中小企業にネットワークを活用して貰いたいというコンセプトは、業界で妙に注目を浴びていたのが思い出される。

しかし、とうぜん最初はうまくいかない。

とあるきっかけで日本最大の通信事業者がモシモシハイハイの事業からソリューションビジネスに転換するというなかで、法人営業担当者とSEの育成をできないかというオファーがあり、糊口を凌ぐために研修ビジネスに参入。

CADシステムの営業で培った中小企業向けのシステム営業手法が好評をいただき、全国の拠点を飛び回るビジネスモデルがここで確立した。

●日本初のモバイル業界専業コンサル会社の誕生へ●

1998年に移動体通信会社からデータ通信市場を拡大していく中で、コンピュータネットワークも含め法人営業担当者に教育をしたいと初のオーダーを頂戴して移動体通信マーケットとの関わりができた。

1999年世界初の移動体パケット通信をベースに、インターネットに事実上常時接続環境のiモードがNTTドコモから発売される。

この端末を購入して使った瞬間に「ケータイが間違いなく世界を変える」と確信し、そこから一気に東京ウィンサポートとしての祖業であるシステムビジネスやエンジニア向けトレーニングサービスから離れていった。

2000年に都内事務所から海浜幕張のベンチャーインキュベーションに移転。

そのタイミングでエンジニア向けトレーニングビジネスやシステムビジネスを完全に切り離し、当時日本で唯一のケータイ業界専業のコンサルティング会社を誕生させた。

設立当初は法人営業が中心のコンサルティングであったが、その後ショップ販売や量販店販売、コールセンターなどの全て顧客接点のコンサルティングを手がることになった。

当時は、ケータイ業界に特化したコンサル会社もなく、ありがたいことに色々なチャンスが巡りこむのを実感していた。

ケータイ市場の拡大に伴い、東京ウィンサポートも業容を拡大した。

最大のお客様ニーズが発生したのは2006年に始まるナンバーポータビリティ対応のコンサルティングとトレーニングであった。この時期からメディア制作にも参入しノウハウを蓄積した。

また、将来を見越し、自前のケータイ向けWBTプラットホームを自社開発し、業界向けコンテンツ制作も推進してた時期でもある。

その後、端末メーカーとの取引も開始され、端末カタログの企画からデザインのメディアビジネスも拡大した。

このときまだ小学生だった荒巻鉄鋼四代目がキッズ向けケータイのカタログにモデルとして写真が上がっているのは良い想い出。

●痛恨の経営判断ミス●

しかし、2008年のソフトバンクからのiPhone発売開始、ドコモから2009年HT-03A端末の発売この時期から状況は一変した。

iPhoneとAndroidが移動体通信業界のゲームチェンジを起こしたのである。

それまでは、日本の場合は通信事業者が全ての端末開発仕様を決め、メーカーがOEMで作りキャリアが独自サービスを搭載して全ての実権をキャリアが握っていた。

しかし、スマートフォンがでた瞬間、ユーザーは雪崩を打ったようにスマホに乗り換えた。

AppleとGoogleはいままでキャリアが提供していた決済プラットホームたコンテンツプロバイダの役割を自ら行い、通信キャリアから主導権を握った。

当時、ガラケーと言われるケータイ電話にどっぷり浸かり、でた頃のスマートフォンと比較して、機能は少ない、動作は遅い、電池はすぐ減る。こんなしょぼいスマホは売れるわけがないと断定。

会社の方針としてガラケーを主軸としたキャリアとの付き合いを推進する経営判断をしてしまった。

あとは、ご存じの通り新しいテクノロジー(正確にはPCをハンドヘルド化して、iモードのコンセプトをブラッシュアップしたのが初期のスマホ)がゲームチェンジを業界にもたらした。

その結果、日本の通信キャリアに地殻変動が起き、1番の得意先であったお取引先の不調と共に、アウトソース先の我々は発注量が急減し苦境に陥った。

そこまで、バブル崩壊後も、ITバブル崩壊後も、リーマンショック後も一直線に右肩上がりで来ていた商売がシュリンクすることを初めて経験した。

●戦線縮小と原点回帰での日本一のサービスシェア●

その後、海浜幕張のツインタワービルに借りていたオフィスを解約し、今の幕張町にある幕張センタービルに転居などを行い、コストカットととも売上に見合った規模に戦線縮小を不本意ながら進めた。

また、手広く手がけていたコンサルティングテーマも、B2C向けを手じまいし、B2Bにテーマを絞り込み自社の尖りを際立たせる創業時の戦略に切り替えた。

その後紆余曲折はあったが、最大の取引先である国内最大手の移動体通信事業者様からは、現在まで7年間にわたり継続的にお仕事を頂戴している。

北は北海道から南は九州沖縄、全国の法人営業向けの人材育成の企画、開発、研修。社内認定資格の試験企画、開発、運営を手がけさせていただいている。

3年前からは、お客様の設定する最上位の社内資格認定制度も担当させていただき、移動体通信市場における、特定分野のコンサルティングシェアは日本最大を誇っているのが株式会社エクソンという会社の顔でもある。

幕張という都心部の華やかな街ではなく、昔ながらの風情を残す千葉の下町にある零細企業でも、日本一のシェアサービスを提供できるのは社員さんパートナーさん共々誇っていいことであろう。

●2011年3月11日からの人生観の変化●

東日本大震災は、都内のお客様先で被災した。

都内の交通網が動かなくなったので、お客様の好意に甘え一晩泊まらせていただいた。都内の通信網TV網は生きていたので刻々と入ってくる東北被災地の映像やTwitterに流れる被害状況を目の当たりにした。

誰もがあんなに大きな津波を想像もしていなかった。地獄絵図が広がる中で助け合う姿や、家族も失う中であっても地域を復活させる強い志し。

近代日本として第二次世界大戦以降初めて経験した国家的な危機。その中で、地域に根ざす人たちの頑張りを見聞きする中で人生観が入れ替わるのを感じた。

今までは、大手企業の取引先から売上をいただき、地域との関わりをビジネスとして考えたことは震災までは全くなかった。生活は地元でしていたが、常に視点はナショナル感覚。

そして、ナショナルビジネスをするにあたって、グローバル的な視点を持たなくてはいけない強迫観念。ローカルやリージョナルは、生活の場であって、自分のビジネスの場ではないと断言もしていた。

しかし、震災後の復興風景を見ている中で、人間の生きるローカルやリージョナルの足場があってこそのナショナルであり、その先にグローバルが広がる。

人々が生きる地域をしっかりと立て直してこその東北の復興でであり、日本の復活があるべきであると確信したタイミングであった。

自分が生きている場所に全くの視点を持っていなかったことにショックをうけた。

今住んでいる千葉・幕張を元気にすること。ビジネスを拡げて行くお手伝い。若い人たちの商売人としての勉強のお手伝い。千葉・幕張を魅力的にして他の街から羨まれるような状況をつくる。そこの延長線上に東北の復興もあると確信した。

ここも、私の使命としてビジネスからの関わりを強くすることになった。

社員さんや、パートナーさんの協力。そして、千葉県中小企業家同友会の千葉中央支部のちょうど立ち上げというタイミングに縁ができ、初代の支部長を二期務めさせていただき、地元の商売人としての友人達も増えた。

元々ナショナルビジネスを生業としていた私が地元向けのビジネスを展開するには、ノウハウだけではなく、リソースが少なくなかなかうまく立ち上がらずに、社内からも色々な批判も受けた。

そのような環境の中でも、協力してくれる社員さんやパートナーさんと続けることが最後は力になり、千葉市産業振興財団主催の創業者研修、経営力養成講座が受託できるようになった。

エクソンの人材育成という強みを活かしたトレーニングとコンサルティングビジネスもしっかりと地域で立ち上がり、実績も重ねられるようになった。

ここ4年間ぐらいで、同友会で仲良くなったコンサルタントさんと合同で、150人近い千葉の商売人を輩出している。

●誰のために働くのが社長の役割かようやく判った●

30年間の経営人生ではあるが、実はここには書けない色々な紆余曲折や、思い出したくもないトラブルをここ数年で体験もした。

私は、経営者としてのキャリアは長いが根本的に学習能力というか、どこかに問題を抱えているというのが実体だったりする。

色々とあった中、2016年から経営者として方針を「社長の私は、社員さんとパートナーさんのために働く」ことに決め、お客様先でも公言。

もちろん、コンサルタント、研修講師として動いているときには目の前にいらっしゃるお客様の課題や問題の解決のために最大限の力を発揮するのは言うまでもなく。

しかしエクソンの社長として根底にあるのは、お客様に対して働くのは私ではなく、社員さんとパートナーさんであるという信念。

社員さんが、パートナーさんが働きやすい環境と状況を作ることだけを一生懸命日々考えていきたいと思っている。

そして、10年後までに後継社長候補を見つけ育て、そのあと5年間でバトンタッチをして、残りの5年間はそっと見えないところで伴走をする。こんなコトを考え始めている。75歳までは働くことになったということ。

今の社員さんやパートナーさんが、長く働ける会社であるためにはどうすべきか。

安定した企業にするために、大胆な変化にチャレンジをしていきたいと思っている次第。今をしっかりと生き抜き、そして、10年後にも生き残っている会社でありたい。

家族 : 
妻一人 子ども一人 以前は鳥もたくさん育てていた
好きなこと
:航空自衛隊航空祭に突撃、神社仏閣巡り、美味しいモノを探し当てる食べ歩き
好きなホテル:沖縄名護ザ・ブセナテラス、大阪梅田ザ・リッツカールトン大阪
好きな温泉:川湯温泉、登別温泉、玉川温泉、有馬温泉、明礬温泉
JALステータス : JMB Five Star / Diamond(2018)

2018年1月27日

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