天地とつながり必然を為す
平和のための武術
  


本来の『武』の本質とは、混沌から秩序を生み出し守るもの。

天手の奥義は、陰陽二軸の身体操法により天地とつながること。

合気道・空手道などが生まれる太古より伝わる場のための武術。

 
〜 こんな方におすすめです 〜
 

  • 自分の身体をしっかりと使えるようになりたい。
  • 武術を通して精神性を磨き、内面的に成長したい。
  • もっと身体が柔らかくなりたい。
  • 日本の古くから伝わる文化や考え方が知りたい。
  • 何かあった時の護身術を身につけたい。
  • 自分の身体をしっかりと使えるようになりたい。

〜 稽古風景 〜

身体を柔らかく
使うための柔軟体操
 

身体と精神を整え
意識的に身体を使う
 

二軸での新体操法を
身につける膝行き
 

剣術やナイフ術など
武器を使った護身術
 

JUN天人の海外での
ワークショップの様子
 

〜 天手 -Amante- 創始者 〜
 

JUN 天人


幼少より武道武術を嗜みスタントマン、大道芸人を経てパフォーマーに…。環太平洋の身体感から傾舞(かぶくまい)を創始。そこから生まれた独自のコンセプトEART(天然芸術)を使い願望達成から必然達成の時代を提唱。空家再生パフォーマンスなどで通りすがりの人1127人を巻き込み「Salon de AManTo 天人」スタート。現在、大阪中崎町を拠点に地域活性化を成功、天人グループとして14店舗を運営、アートエコビレッジ「Area AManTo」と呼ばれる。被災地支援や国際交流、国内難民の受け入れなど天然芸術家として仕事とボランティアを分けないライフスタイル「天人」を世界に文化発信している。


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〜 道場(稽古場)〜
 

天然芸術研究所


〒530-0015 大阪府大阪市北区中崎西1丁目1−18
(地下鉄谷町線「中崎町」4番出口でて最初の角を右徒歩30秒、ツタの絡まった古い木造倉庫一階)

電話: 06-6371-5840

〜 日程・料金システム 〜
  


稽古日:火曜日 朝7:00〜09:30
    水曜日 夜19:00〜21:30
    金曜日 朝7:00〜9:00

授業料:2,000円/回(自主練の場合:1,000円/回)
*JUN天人は海外でのパフォーマンスや社会貢献活動のため不在になることもあり、その際は自主練となります。また授業料の一部(200円)は子供食堂に寄付しています。
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天手の体術は究極にシンプル
たったひとつの体捌きが
全ての技術につながります。

「てて」素手対素手(徒手格闘技)

「てぶ」素手対武器

「ぶぶ」武器対武器

「てあて」救護法(怪我人の運搬法など)

「天手Amante」とは

もし環太平洋文化圏が一つの民族、国だったらどんな「武術」があったのだろうと僕が勝手に作り上げた「空想科学武術」です。もう少し正確にいうと「空想身体哲学シュミレーション武術」です。しかし、この偶然の思いつきが様々なジャンルで役に立てる事がわかってきて驚いています。そこには「兆し」を感じ超高速で脱力して動く体の意識の仕方は伝わっており、私たちの祖先がいかに氷河期を乗り越えたのかという野生の知性を骨の次元から蘇らせます。

AIが人類に追いつくのなら、過去情報の分析は機械に任せ我々は未来情報にアクセスする種族になるべきです…
それが天人の立場です。
そのヒントが武術の中にあったとは…
平和を作る「和を持って尊し」とする意識の方法が、(思想ではなく)、殺人術の中に色濃く残っていたのは平和学の立場からいえばビックリ仰天の大発見なのではないかと思っています。
野球選手で3割バッターなら凄いわけですが、昔の武術家は全員10割バッターなわけなんです。
負ける時は死ぬ時なので…
つまり!
負けた事がない出来た人だけが継承して受け継いで来たのが武の意識なわけです。
非常にシビアな世界だったわけです。
そう考えると「武」の世界に我々民族の究極の極まった意識が残ったのはありえる事だと考えています。(JUN天人)

天手の経緯と歴史

日本人の身体の使い方を体系づけるための旅は、結局、環太平洋を一周することになりました。
身体の使い方は当然、文字より古くもっと言えば言語より古い。その当時日本国など存在しないわけで、調査していくと同じ身体操法を使う人々は環太平洋沿いに存在しています。
その人たちは何故か民族衣装に必ずフンドシがあり、和踊りの文化のある人々でした。(何故かはわかりませんが僕が出会った人々に例外はありませんでした)
その研究の方法とは、各民族の身体意識(操法)を、その民族のお祭りの「踊り」と、民族固有の「武術」というものを平行して学び比較研究するというものでした。
その民族固有の意識の在り方があるとすれば、
一番幸せな時と一番危険な時にその特色があらわれるのではないか?という仮説に基づいた旅する研究でした。
そこにはルーツを同じくする兄弟といっていい同じ系譜の魂の記憶の宝庫だった。
ある意味これは「身体運動考古学」といっていい?のではと考えています。
その特徴である、2軸運動や、体を割って使う割体(かったい)という動きなどなどは、「相手のために真ん中は空けておく…」という平和の民の意識につながります。
つまり、殺人術ではなく護身の技…いやそれを超えています。死すべき時は大地のために理想的な形で気持ちよく死ぬ技なんです。これは凄い!
共同体をつくって相互扶助する助け合いの精神、和踊りに代表される真ん中を空けておいて天と調和していきる事人々。
これは勝ち組だけを良しとしない、願望達成でない必然の達成を美しいと感じる民族意識にも通じています。
体を動かす事は祖先の記憶を蘇らせるのに凄い効果があります。頭の理解だけでは、その古代叡智は蘇らないんです。
文字や言語より古い叡智は、身体運動全体を通した「全身脳」ともいえる野生の知性であり、
それは「兆し」を感じ自然とつながり、未来情報に同調して瞬時に対応や動きを行動できるようになる…
それが自然と私をわけない、「自然の一部の私」という今一番現代に取り戻さなれなければいけない身体感覚だと感じます。
限られた生態系の中で生きなければいけなかった環太平洋の島の人々にとって、「敵」…それですら自然を通して繋がった私の一部であり流れの中にある大切なものなんです。
この古代の哲学は今も生きています。
昔の武士のただ勝てばいいのではなく「いかに死ぬべきか?」と常に考え、立派な振る舞いと敵に対する礼節まで重んじる文化がありました。
震災が起こっても、慌てず、悲しみを秘めて冷静に助け合い暴動が起きない日本の風土、日本の意識。
これは大脳の理論理屈は自然と切れた自我の保身に陥る時があります。
これにくらべ世界が驚愕する我々の文化とは、実はこの身体が世界に開かれた「全身脳」が蘇った時の我々の在り方をしめしています。(JUN天人)

武は宇宙根元の力?

日本最古の兵法書「闘戦経」には、諸外国の兵法書とは違う威風変わった思想があります。
宇宙開闢以来もっとも古い力とは「武」であると…
混沌カオスの中に陰と陽という秩序をもたらした根元パワーが「武」だというわけです。
確かに中国の陰陽五行にも八卦で流転する陰陽の循環はとかれていますが、それが何故起こったのかという原因に言及した言葉はありません。
この日本人のアイデアは凄いと思っています。
「盾を止める」という意味からできた「武」という漢字は
まさしく攻撃と守り…陰と陽の狭間を表しています。

「武」は結果ではなく原因

日本人は「武」を、攻撃と守りの結果としての生成物として捉えなかったのです!
その大地に必要な次の段階の秩序が生まれるための根元的なエネルギー「武」というものが先にあって、その両脇に陰と陽が生まれるのです。
そして陰も陽も互いのベストを尽くし、大地の次の次元のために命を捧げる尊い行為が闘戦なのです。(相撲が神事だったのもこの理屈に通じます)
その非常にシビアな文化と地震や津波の天変地異が常だったリング オブ ファイヤー(環太平洋火山帯)沿いの風土に育まれた身体性は、大陸のように安定した土地を人間が利用するという人と環境が切れた状態ではなかったという事です。
人は天地に翻弄され、従うしかない自然の一部にすぎませんでした。
そこでの生物種の一つとしてのお役目を精一杯果たす事が、我々の生きる目的だったというわけです。

「地震カミナリ神オヤジ」それが畏敬

自然に対する「畏敬の念」それが天地との共存のための最も尊い価値観だったんです。
「天手Amante」は僕が勝手に作った武術体系です。
環太平洋の智慧を日本の言霊学を使って編纂し環太平洋の身体文化を整理したものです。
これも、はじめは人に伝えるつもりはありませんでした。
しかし、あまりにも、2軸の身体意識や「和を持って尊し」とするための未来の「兆し」や「直感」を身につけるのに効果があるとわかり、今は、一部のご縁のある方に教えさせていただいています。
また、僕の経歴でアウトドアスクールで長い間働いていた時のサバイバル術や、救急法なども入っています。
もちろん人間形成だけでなく普通の護身術としても抜群ですが何より、そうすればそういった危険を未然に防げるか、緊急事態でどう直感を働かすかに秀でた能力が身につきます。これは災害時だけでなく、普段のみなさんの生活やビジネスシーンに日本の「和を持って尊し」とする在り方を持ち込めるわけです。

平和を作るのに真逆の「武」を学ぶ…

日本に色濃く残る環太平洋意識の「武」特徴は、
争いですらその大地のためにある場の浄化、勝つのではなくいかに納めるかが大切。「武」は秩序をつくる根本力とします。
陰陽を上手く波乗りするサーファーではなく、その秩序そのもの「武」を身につけまとい、天地秩序の使いとして世の必然を作っていく事こそ、「武」を極める意義と考えます。
つまり古来「武」は対人だけではなく、その土地の祖霊、精霊、天地の神々との付き合い全てを含む「武」であってこそ本来の価値があるとするのです。まだまだ修行の身である私ですが、「武」の道を極める修練者としてその大切な「武徳」をみなさんと積ませていただくために、「戦さ」ですら平和に還元するためにあえて挑戦します。