阿加井秀樹と今井珠泉

私が一番好きな画家

阿加井秀樹

今井珠泉先生

私が現在お世話になっており、心から尊敬している恩師の方から、何点もの画を頂いたのがきっかけで、今井珠泉先生を知りました。

今回は今井珠泉先生について、経歴なども交えてご紹介させていただきます。


生年月日:昭和5(1930)年1月14日 ~  

出身地:福島

現住所:東京


師系:前田青邨

初入選:昭和31(1956)年再興第41回日本美術院展覧会(以下「院展」)《禮拝》

日本美術院賞(大観賞):
1965年 第50回院展奨励賞

1967年 第52回院展奨励賞

1971年 第56回院展奨励賞

1992年 第77回院展日本美術院賞

1994年 第79回院展日本美術院賞

2003年 院展同人になる



美術とは

私の印象として美術に馴染みのなかった人は、「自分には美術はわからない」と敬遠しがちであると思います。しかし、美術とは本来「わかる」「わからない」というものではございません。
美術が「わかる」とは、ひとつには美術に関する知識が豊富なことをさします。
例えば、「モネは印象派を代表する画家で、絵の具を混ぜない筆触分割という画法で作品を描いた」というようなことを知っていると、「美術が『わかる』人だな」とみなされます。
そしてもうひとつ、「見る眼」があることを美術が「わかる」という場合もございます。作品をひと目見るやその価値を鋭く見抜き、見定めることができれば、「わかる」人ということになります。

しかし、「楽しむ」ために必ずしも知識は必要ではございません。
「見る眼」も、普通の人が普通に美術を楽しむ際には、それほど関係ないですし、むしろポイントは、人それぞれの価値観に対し、作品が心に響くがどうかだと考えております。

つまり、作品に対する自分なりの価値観を見いだすことができれば、それでよいということです。そう考えると、「美術がわかる」とは、「自分なりの価値観で美術を見て楽しむこと」だとわかります。
知識がなくても問題はなく、「見る眼」も自分の価値観で決めればいいということです。
つまり、仮に知識がなくても、臆することなく美術と向き合っていけばよいと考えております。


つまり、作品に対する自分なりの価値観を見いだすことができれば、それでよいということです。そう考えると、「美術がわかる」とは、「自分なりの価値観で美術を見て楽しむこと」だとわかります。
知識がなくても問題はなく、「見る眼」も自分の価値観で決めればいいということです。
つまり、仮に知識がなくても、臆することなく美術と向き合っていけばよいと考えております。

阿加井秀樹
阿加井秀樹

「見たまま、感じたまま」を大切に

私が今井珠泉先生の作品を好きになった理由は、自然の厳しい環境に生きる野生動物を描いた作品を見たことがきっかけです。

もともと今井珠泉先生はそのような作品を多く描かれており、実際に作品を拝見した際に心を揺さぶられるほどの感動を覚えました。

その中でも、内閣総理大臣賞を受賞した作品「流氷幻想」という作品は、非常に印象的です。

海面の隙間がないほど埋め尽くされた流氷と、流氷の裂け目から見える海面におぼろに映る月が浮かぶ様子は見るものすべてを引き込む何かを感じさせます。

「見たまま、感じたまま」であるからこそ、
人は絵画に惹かれます。

レベルやクオリティの違いではなく、「自分」が核になっていることの方が大切なのです。「自分」がなければ、いくら絵や彫刻を見ても、たいした意味はないことであり、「見たまま、感じたまま」は意義ある鑑賞の出発点なのです。

他人の評価に左右されず、自らが感動した事全てを尊重できる人間であり続けたいと思っております。