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愛児の家|東京都中野区にある児童養護施設とは?

児童養護施設愛児の家について、施設概要や一日の流れなどを調べてみました。

愛児の家


東京都中野区鷲宮にある児童養護施設「愛児の家(あいじのいえ)」は、

子どもたちにとって明るくて豊かな生活を届け、自立をサポートしています。
一貫性を持った家庭的処遇を方針として掲げており、健全な育成に努めている施設です。

児童福祉法にもとづく児童養護施設として運営しており、家庭環境に恵まれない子どもたちを養護・育成している愛児の家。現在児童は36名。

愛児の家が掲げる"教訓"とは

愛児の家では、"ママの教訓"として6つの教訓を掲げています。




1.人に迷惑をかけないで、ご飯をたべていける人になってほしい。


2.労働をいとわず、愛されなくてもよいから、人に嫌われない人になってほしい。


3.人間は学問がすべてではなく、人柄が大切である。


4.幸せは、与えられるものではなく、自分がつくるもの。


5.最後に困るのは自分一人。


6.顔はその人の財産。

愛児の家での子どもたちの一日は?

※写真はイメージです。

愛児の家で暮らす子どもたちが、どのように過ごしているのか気になりますよね。1日の流れを紹介していきます。



7時:起床し洗顔や掃除を行う
(日曜祝日は8時で朝食も1時間余裕があります)

7時半:朝食をとる
8時~10分までに:登校する
8時45分~9時までに:鷲宮学園幼稚園へ登園
9時半:職員の朝の集まり
12時:昼食をとる
15時:おやつ
17時10分:外出より帰宅
17時15分:当番が夕飯を配膳する
17時45分:掃除を行う
18時:夕食をとる
20時~21時:中学生は学習の時間
21時:小学生は就寝する 中高生は夜食をとる
22時:中学生は就寝する
23時:高校生も就寝する



平日と日曜祝日によって起きる時間や朝食の時間に余裕があるのは、子どもたちにとっても嬉しいですよね。
しっかりと勉強する時間も設けてあり、年齢ごとに就寝時間も分けてあります。
食べ盛りの中高生には夜食も出ます。

愛児の家の設立までの歴史は?

昭和20年11月1日にスタートしました。
当時は戦争孤児が大勢おり、前理事長が愛児の家の前身となる戦災孤児救護婦人同志会を結成しました。

戦災孤児救護同志会では、自宅を開放し私財すべてを投げだして救護に乗り出しました。
前理事長は結成前も支那事変~太平洋戦争にかけ出征軍人の留守家庭や遺族の慰問、傷病兵を見舞ったりする方でした。


そして昭和22年には"少年の町"建設者として有名なアメリカのフラナガン神父が来訪。
昭和23年には児童福祉法が施行され養護施設として戦災孤児以外の子たちも収容するようになり、この頃から愛児の家の建設期がはじまり、赤い羽根募金や米海軍人と触れ合ったりしました。
今もなお、年に1度アメリカンスクール1日入学という行事があります。


昭和27年12月26日に厚生大臣認可の社会福祉法人の組織になり現在の愛児の家となりました。
昭和28年基督教児童福祉法はキリスト教組ではなき愛児の家を"キリスト教と同じ精神をもつ"とし特別加盟を認め、アメリカのスポンサーからの援助金を寄附。
当時は非常に貴重な慈雨となったそう。

昭和36年にはテレビで"戦後16年間を立派に生きぬいた戦災孤児"とし愛児の家の卒業生が紹介されました。
また、昭和39年には東京共同募金会の企画で"ここにママさんがいる"というタイトルで映画1巻におさめられました。前理事長と子どもたちの日々の生活が描かれています。

愛児の家 概要

名称 児童養護施設 愛児の家(社会福祉法人 愛児の家)
所在地 〒165-0032 東京都中野区鷺宮3丁目2番13号
TEL 03-3330-4493
設立 昭和20年11月1日
園長 石綿徳太郎
事業 家がない子どもや恵まれない家庭を持つ子どもたちの養護・育成
事業 家がない子どもや恵まれない家庭を持つ子どもたちの養護・育成