ありえる楽考
(がっこう)

プロジェクト・対話を通じて、自分自身に孵る

争い奪いあうよりも助けわかちあうような世の中になったら、貧困や差別、紛争のない世の中になるのではないか?
そのために、多くの人が所属している組織や企業が変わればと考え組織コンサルタントをしてきました。

取り組むなかで、その本質は、

「自分だけでやろう」と思わせてしまう構造がある
ことだと思うようになりました。

利己的なだけでは、ムダが多くなります。
利他的なだけでは、報われることはすくない。

「誰」の「何」に「どう」役立つかの連鎖が起きれば、
無限に膨張することなく、必要な分だけで余裕がもてるかもしれない。

そのために、
日々の取り組みを振り返り、自分と他者を理解して、自分自身に孵り、
やることやらないことを明確にして時間と情熱を傾けるたまかつを決め、
進んでいることがわかる指標を決めて、進捗を励みにやり抜いて
才能を磨いくことにあるのではないかと思うようになり
『ありえる楽考』を始めました。

ありえる楽考は

魂から成し遂げたい活動「たまかつ」に取り組みます。

立場・役割のしがらみのない4人で、対等な立場で・率直な意見を言いあい・肯定の姿勢で関わり合い、
毎週1時間、12週間、お互いの「たまかつ」を応援しあいます。

ZOOMを使い空間的・時間的制約を超えます。

虚栄と自己欺瞞(卒業しない試験)と向き合います。

限界に挑み、振り返りを習慣化します。

3ヶ月毎に一緒に振り返るメンバーを変えることで、楽友の輪を広げます。

たまかつ(魂から成し遂げたい活動)

あぁ、自分はこれをやっている時に、生きている!っていう充実感を感じる!!
人の役に立ってて嬉しい!
魂が喜んでいる!!
と感じながら日々を過ごしたいと思っています。

皆がそうなったら、世界から紛争や奪い合い、いじめや過労死などもなくなるんじゃないでしょうか?

幸いにして、同じことを志している方がいます。
TPS勉強会にゲストとして来てくださった、ChangeWaveの佐々木さんの究極の震源地とは「自分が本当に成し遂げたいと思う未来に気づくこと」というお話、Inclusion Japanの服部さんのピアメンタリング、マイプロや町塚さんのワークル、2枚目の名刺も同じく、立場・役割を離れて、対等な関係の中で自分が本当に成し遂げたいことを見つめてゆく活動が増えています。

『自由からの逃走』などで知られるフロムによれば、「社会的自我」から「自分自身に孵る」ために必要なのは、自発的な活動です。私たちの幸福度を下げているのは「あれか、これか」と迷う「選択の自由」だといいます。
それに対して、自分自身の魂のままに生きる「積極的自由」では迷いがなくなります。それは、安冨さんによれば、孔子が『論語』で提唱した「道の完成」という生き方であり、ドラッカーのマネジメントでもあります。

自分自身に孵り、自分が魂から成し遂げたいことを自分事で進めるようになると、会社の仕事でも主体性・創造性が発揮されるようになります。時間が足りなくなる要因の多くは、決めるための情報収集や念のための準備ではないでしょうか?
即断即決できることが増えることで、精神的にも時間的にも余裕ができてきます。

卒業しない試験:虚栄と自己欺瞞

とはいえ、このような「たまかつ」に取り組む人がそれほど多くないのが現実です。

なぜなのでしょうか?

大抵の人、特に会社に勤めている方は、やらなければいけないことに追われていることが多いようです。周囲の期待に応える、あるいは顧客の要望に応えることに、時間とエネルギーのほとんどを費やしています。

私は大学以来「全員が主体性を発揮する創造的な組織づくり」に取り組んできました。コーチングや協力ゲームなどを使ってチームづくりをしています。しかし、目的やゴールを共有しているだけでは協力はおきません。一人ひとりが自分自身に孵ることを阻害する要因があるからです。

阻害要因の本質は、生まれもった才能や人格は変わらない。できる人はできるしできない人は努力してもむだ。だから、他者より優越していることを証明しなければいけないし、失敗してはいけないという不安や恐れだと考えています。

ワークショップ中に上下関係が思考停止を生む現象の直面し、「あ、これが卒業しない試験か」と気づきました。大学院の指導教官の田坂先生は、40歳位までに自分の中にあるコンプレックスと向き合わないと人間関係で失敗すると授業で語られていました。

私たちは生まれてからずっと、指示する⇔服従するという関係があたり前になりすぎていて、指示することで主体性や創造性を抑圧することに気づいていません。私も永らく気づいていませんでした。

安冨さん、深尾さんが取り組まれている魂の脱植民地化研究が気づきの伏線になりました。魂というとおどろおどろしい感じですが、自分自身というような意味です。植民地化というのは、ある価値観や考え方を押し付けられるということです。たとえば、日本人として、日本語を話している時点で植民地化されているということなのです。会社に入れば、社風に染まるというようなことも植民地化で、生きてゆくためには、少なからず植民地化されます。安冨さんはアリス・ミラーを引用して、その真の原因は、自分自身が隠蔽している子どもの頃に親からされたことにあるといいます。安冨さんは自分自身を振り返り、京都大学に進学し、研究依存症になって研究に打ち込んだのは、親が愛情からではなく、虚栄心のために自分に対して行ってきたハラスメントのせいである。自分がされたことを妻が子どもに対して同じようにしていることの共犯者だったということに愕然としたといいます。

問題なのは、植民地化されることによって、自分自身の感じ方がわからなくなってしまうことです。私たちは社会に適応するために「やりたいこと」よりも親や先生が勧める(場合によっては押し付けられて)「やらなければいけないこと」を優先し、何がやりたいのかわからないので、とりあえず、有利なポジションを取ろうとして、勉強に励み有名大学に進学し、有名企業に就職しようとします。

自分がどう感じたかよりも、この状況ではどう言った方が適切か、立場から考え、正解を探し、知識として学んだことを考えて対応する。このように行動すると商品やサービスは、どこも似たり寄ったりのものになり、価格競争に巻き込まれて、やればやるほど苦しくなり、精神的にも時間的にも常に余裕がない状態になり、やり場のない怒りが充満し、弱いものが更に弱いものをいじめる状況になります。

限界に挑み「振り返り」を習慣化する

自分の「たまかつ」を決めるために、自分自身に孵ることともう一つ「強み」が必要になります。

強み、才能を磨くための王道は「意図を持って取り組み、限界に挑み、直後に振り返ること」です。


振り返りをした方が良いことは誰もが知っていますが、

習慣化している人はまれです。

『超一流になるのは才能か、努力か?』
著者のAnders Ericsson博士によれば、答は才能、努力のどちらでもなく、適切な努力です。
適切な努力とは、Deliberate Practiceといって、目的を持った活動をコンフォートゾーンからはみ出した目標を立てて取り組むことです。

Anders Ericsson博士は長く経験しているだけではダメだとも述べられています。30年の経験のある医師の多くは、5年目の医師よりも劣っている可能性が高い。その理由は、経験の少ない医師は、日々挑戦の連続で成長しているものの、5年もすると症例の殆どは、コンフォートゾーンの中に留まる「これで充分」というレベルに達するとそれ以上の挑戦をしなくなってしまうということです。限界に挑まなくなったら、体が衰えるのと同じです。

田坂先生も『仕事の技法』で書かれていますし、易経でも「君子終日乾乾す」と書かれています。ドラッカーはフィードバック分析といい孔子は過ちてあらためると表現しています。これはあたり前といえばそうなのですが、実践している人はまれで、適切に継続し続けているとなると本当に少ないのではないでしょうか。

限界に挑まなくなり、衰えつつある人は、抜かれる不安から後進を抑圧します。卓越を目指すのが自明な、そこそこでは我慢できないという情熱を傾ける対象を持ち、限界に挑み続ける習慣を持たないまま、権力を持ってしまったら、自らが阻害要因となり、やがてその組織を衰退させてしまうのです。

これが卒業しない宿題の本質でもあり、スタンフォード監獄実験で示された、権力を乱用する罠でもあります。

 

立場・役割のしがらみのない4人で、対等・率直な意見・肯定の姿勢で関わり合い、毎週1時間一緒に振り返り、12週間お互いの「たまかつ」を応援しあいます。

ピクサーのブレイントラストや『ビジョナリー・カンパニー2』の評議会と同じく、対等な立場で、率直に感じたことを伝えあいます。扱うのは、自らのプロジェクト「たまかつ」です。


対等、率直に感じたことを伝えることが最も難しいのは家族です。その次に職場。自分はこういう人だという固定観念ができあがっていて、相手のありのままの姿を観ることが難しいのです。

感じていることを話すことも最初はなかなかできません。感じていることではなく、考えたことが多いのです。
率直な意見は、結局、自分自身への言葉でもあります。相手について気づくのは、自分自身が気にしていることであることの投影だからです。お互いに相手をよく映すとなるからこそ、率直に意見し、明らかに間違っているという事実がない限り、自分に見えていないことが見えているのかもしれないとその意見を受け止めて、試してみることができるのです。

このプロセスは英雄物語の主人公と仲間たちがたどる道のりでもあります。

「誰」の「何」に

GRITの著者のDuckworth教授は、GRIT PARAGON(やり抜く力の鉄人)は、誰かの役に立つから粘り強く取り組めるのだと述べています。私たちの人生を意味あるものにするのは、理念であり、目的です。利己か利他かはどちらかではなく、両方同時に追求できるのです。

「誰」の「何」に

「ありえる」と名づけた仮説を立てるフォーマットを使っています。
あい手の立場から観て、機会に気づく(現状) り念、目的を明確にする(目的)  えたい結果のイメージを描き期限を区切る(目標)るい推して、第3案を考えだす(手段)
編集画面では動画は再生されません。

ZOOMを使い

空間的・時間的制約を超えます。
 

自分自身に孵る活動の全体像

基本はかけはし

仮説をたて、意図を明確にして 限界に挑み、記録をもとに省みて省く発信して意見をもらい修正する指標を定義して、進捗を測ることから始めます。

事例共有会(第一月曜)

チームを超えて、学びあう場です。
「たまかつ」に向かって取り組む中で、学んだことを事例として言語化し聞きあいます。

たまどく(第3月曜)

自分自身に孵る読書会
月に1回、自分自身に孵るヒントになる本の読書会をしています。情報を仕入れるだけではなく、自分自身の変化に気づく機会にもなります。
自分と他者と心に残ることの違い、過去の自分と今、目に飛び込んで来ることに違いから自分を相対化します。

地域勉強会

地域が近い人同士でリアルに学びあう場。TTPSゲームなどオンラインではできない体験を共有しあいます。

喜楽利考房

ありえる楽考を通じて、自分自身に孵っただけでは、充分ではありません。自ら価値創造しなければお金に支配されます。自分の認知の弱点などを補完してくれる友とチームになって、商品やサービスをつくりだします。

4月17日(月)

自分自身に孵ること、たまかつを決めること、やり抜いて才能をつくることにつながる本を一緒に読んで語りあうことを通じて、自分と他者を理解することにつなげるオンラインの読書会です。
基本第3月曜に開催します。


イベントページ

5月8日(月)


2016年年末に1年間の振り返り動画を制作いただきました。
こういう機会を毎月持てると良いなぁと感じました。

振り返ることで、未来につながる兆しを見つけ
その兆しを展開してゆくことで、自然な流れに沿って
可能性を伸ばしてゆくことができるように思います。

イベントページ

参加費は『場への与贈制』

金額はご自身で自由に設定してもらっています。

金額が決まっていないと戸惑うことと思いますが、
決められた定価を支払う消費者ではなく、
自ら決定する価値創造者になるという意図で、
このやり方をしています。


決められた定価を支払うという形態は
上意下達の指示命令によるピラミッド型を強化すると
考えています。

自ら決定する価値創造者になるキッカケになればと思います。


なにより

場をより良くすることは、自分自身に戻ってきます。
他の参加者に好影響を及ぼすような積極的参加や
友人を誘っていただいたり、広報をするなど
場への貢献と差し引きして価値を考えてみて
いただけましたら幸いです。

多くの起業家を輩出してきた行動原則である
自ら機会をつくりだし、機会によって自らを変える
とはこのことなのですね。