キャプテンロッサムと
羊のメリーの編み棒

あらすじ

ロッサムは突然の暴風雪に見舞われ、飛行船ジーニー号は為す術もなく、雪原に墜落した。

ジーニー号のパーツを求め、近くの民家に辿り着いたロッサムが出会ったのは、年老いた羊のメリー。

メリーはある時から編み物ができなくなったという。

ロッサムは魔法の鍵と共にメリーの記憶の扉を開く。

旅が始まる、第一巻。


「お願いだよ、ジーニー。動いてくれよぉ」
 白猫のロッサムは途方に暮れていた。飛行船・ジーニー号はうんともすんとも言わない。
 昨日は突然の暴風雪に見舞われ、為す術もなく、この雪原に墜落したのだ。

 ロッサムのお気に入りの服は修理作業のせいで、すでに汚れていた。
 ロッサムは銅でできたヘルメットに継ぎ接ぎの茶色いポンチョ、チェックの緑色のズボンと革の赤いブーツという出で立ちだ。着替えの服はあまり持っていない。
 彼が愛するジーニー号は元々壊れた飛行船であったが、ロッサムが修理して改造した。そのため、空も飛べれば、水の中も泳げるし、陸も速く走れる。古い材料で作ったアルミの翼、錆びた鱗の鉄板に、ゴムの水掻きがついた足。
 そのせいか――ロッサムは絶対に違うと思いたいが――このように、よく故障するのだ。
「ジーニー、残念ながらパーツを買ってこないと君の体は直せないみたいだ」
 ロッサムは修理で黒くなった顔を拭きながら立ち上がった。

今は冬。
 早朝の雪は足元に20センチほど積もり、太陽に照らされてキラキラと輝いている。
 キンと冷えた風がロッサムの頬を撫でて、冬の厳しさを教えてくれた。
 ロッサムが辺りを見渡すと白く広い雪の中に一件の建物を見つけた。赤い屋根がうっすら見える。
 ロッサムはパーツ屋がどちらの方角にあるのかわからないので、とりあえずその建物まで歩き、ドアをノックして訊いてみることにした。
 ロッサムは白い息を吐きながら、雪をきしりきしりと踏んだ。足跡はジーニー号から赤い屋根の建物へゆっくりと伸びた。
 目の前まで行くと、その建物はこじんまりとした平屋の民家だとわかった。ストーブを炊いているのか煙突からは白い煙が出ていたので、中には誰かいるようだ。ロッサムは三回ノックをした。
「すみません。道をお尋ねしたいのですが」
 すると、すぐに中から年老いたメスの羊が出てきた。
「あら、お客さん。珍しいこともあるものねぇ」
「こんにちは、マダム。僕の名前はロッサムと言います。近くで僕の飛行船が壊れてしまってパーツを探しているんです」
「それは大変ねぇ。私の名前はメリーよ。ささ、ひとまず中にお入りなさい」
 ロッサムは寒かったので、言われた通り家に上がることにした。

 家の中には様々な編み物があふれていた。
 大きなクリスマス用の靴下、複雑な模様のマット、暖かそうな帽子……。
 ロッサムが感心して見ていると、メリーはキッチンからマグカップいっぱいの温かい牛乳を二つ持って現れた。
「どうぞ、おかけになってくださいな」
「ありがとうございます」
 ロッサムは二人用のソファーに腰かけた。もちろん、ソファーにも編み物のカバーがかけてあった。
メリーは牛乳をロッサムと自分の前に置き、一人用のソファに腰かけた。
「もしかして、こちらの編み物はメリーさんが作ったものですか?」
 ロッサムは牛乳を飲みながら質問した。
「そうよ。でも、もうずいぶん前になるわねぇ」
「ずいぶん前? 今はもう編み物をしないんですか? こんなに素敵な作品を作ることができるのに?」
「……編み物の仕方を忘れたのよ」
 メリーは目を伏せた。
「なにかあったんですか?」
 ロッサムは尋ねた。
「夫が亡くなったその日から、編み物をする手が動かないのよ。昔は止めよう、止めようと思っても、あと少し、あと少しって自然に動いていたのに。すっかり編み物の仕方を忘れてしまったの。寂しいわけじゃないの。むしろ、一人の生活は気に入ってるのよ。毎日のように息子も来てくれるし、好きな音楽もたくさん聞ける。こんな田舎でも生活には不便はしてないわ。でも、この手は編み物の為には動かないのよ」
 メリーは膝の上にあるシワが増えた自分の手を見つめていた。
「メリーさん、もしよかったら旦那様との記憶を開けてみませんか?」
「え?」
 メリーは顔を上げた。
 ロッサムは得意気に話し始めた。
「僕は記憶の扉を開ける鍵を持っているんです。動物の記憶ってすごく曖昧で、すぐに忘れてしまうでしょう? その閉まっている扉を開けるんです」
「そんなことができるの?」
「ただし、開けられるのは一生に一度だけ。編み物ができなくなったのが旦那様が亡くなってからだとすると、その記憶の扉を開ければ、メリーさんの編み物ができない謎も解けるかも!」
 メリーは頷いた。
「私、もう一度、編み物をしたいわ」
 ロッサムはその言葉を聞くと、すぐに立ち上がった。
「メリーさん、両手を出してください」
 ロッサムは自分の首にかけていた赤い紐から古びた鍵を外した。そして、メリーのしわしわの両手の上にその鍵を置いた。
「じゃあいきますよ。この鍵を見ていてください」
 メリーは言われた通り、その鍵をじっと見つめた。
 ロッサムはメリーの手をそっと包み込むように下から重ねた。すると、古い鍵はぽうっと光りを放ち、ゆっくりと空中に浮かび上がった。メリーの目の高さまで浮かび上がると、ロッサムは深く息を吸い込んだ。
「魔法の鍵よ、記憶の扉を開いておくれ……!」
 ロッサムは唱えた。
 たちまち光は強くなり、やがて辺りは真っ白になって何も見えなくなった。

「ここは……?」
 メリーが目を開けたとき、映画館のような場所にいた。
 どこまでも続く暗い広場に明るい大きなスクリーンが一つ。
 メリーはそのスクリーンの前に座ってた。
「ここはメリーさんの記憶の中です」
 ロッサムはメリーの横に立ち、答えた。
「ここが記憶の中……」
 メリーは不可思議な表情を浮かべた。
 スクリーンには若いオスの羊が現れた。
「あれが私の夫よ。随分と若いわねぇ……」
「その、何て言うか……。貫禄のある旦那様ですね」
 スクリーンの中のメリーの夫はふんぞり返ってソファーに座り、新聞を読んでいた。
「どうぞ」
 そう言って、マグカップがメリーの夫の前に置かれた。その声の主は若かりし頃のメリーだろう。
 メリーの夫はテーブルに置かれたマグカップをチラリと見てもありがとうの一言も言わず、いかにも亭主関白といった感じだ。
「はっきり言っていいのよ、偉そうだって」
 メリーはくすくす笑いながらそう言った。
 ロッサムは言葉に詰まり、「すみません」と言った。
 部屋の角にはクリスマスツリーが飾られている。
「もしかして、これはあの時の……」
 メリーがそう言うと、ラッピングを施された赤い素敵な包みがスクリーンに現れた。
「メリークリスマス。これは私からのプレゼントよ」
 その大きな黄色いリボンがかけられたプレゼントはメリーの夫に差し出された。しかし、メリーの夫は先程のマグカップと同様、チラリと見ただけで新聞を読み続けている。ほとんど無視だ。
「全くひどいわよねぇ。これ、私と結婚して初めてのクリスマスなのよ」
「そうなんですか? ありがとうくらい言えばいいのに……」
「でもね、見ててちょうだい」
 包みはマグカップの横に置かれた。スクリーンのメリーはそれ以上、何も言わなかった。
 そして、映像はキッチンへと移る。
 メリーの手は美味しそうな野菜がごろごろと入ったシチューを盛る。湯気が立ち上ぼるシチューを、香ばしそうなバケットと一緒にトレーに乗せた。それを両手で慎重に持ち、先程のリビングまで歩く。
「ふふふ!」
 年老いたメリーはロッサムの前にも関わらず、大声で笑い出した。
 メリーの夫はビリビリに包装紙を破いて部屋中に散乱させ、中に入っていたであろうセーターを着ようとしていた。しかし、セーターが小さかったのか襟が頭の部分で止まり、押すにも引くにも抜けずにもがいていた。
 その姿を見てロッサムもつられて笑った。
「おっかしいー!」
 スクリーンのメリーはトレーをテーブルに置いて、慌ててメリーの夫に近寄っり、セーターを脱がせるのを手伝った。
 やっとのことで脱げたと思ったら、メリーの夫は顔を真っ赤にして怒っていた。
「君は編み物が下手くそだ!」
「ごめんなさい。だってあなた、サイズを測らせてくれないんですもの」
「毎日見ていれば服のサイズくらいわかるだろう! まったく!」
 メリーの夫は怒りながら電話機の下の棚からある包みを取り出した。
 そして、それを片手で乱暴に差し出した。
「ふん!」
 メリーはその包みを受け取った。
「道具もいいものを使えば少しは上達するだろ」
 と、メリーの夫は元の服に着替えながら言った。
 メリーがその包みを開けると、その中には編み棒が入っていた。真っ直ぐで、色艶もよく、きちんと【メリー】という名前まで小さく書いてある。
「あなた、ありがとう」
 メリーの夫は無言でまたソファーに座った。
 そしてスクリーンは段々と明るさを失い、やがて辺りは暗闇に包まれた。

 目を開けるとロッサムとメリーは元のリビングに戻っていた。
「本当に憎たらしい夫よ。本当に、本当に……」
 メリーの目からは涙が溢れていた。
「私、清々したと思っていたの。あんなぶっきらぼうと結婚しなければよかったって、いつも思っていたわ。だから、寂しくないと思っていたの。でも、本当は私、私……。寂しかったのよ」
 ロッサムはメリーの肩を撫でた。
 メリーが泣き止むまで、何度も何度も撫でた。

「ありがとう、ロッサムさん」
 メリーは手の中にあった古い鍵をロッサムに返した。ロッサムは頷いて、自分の首にその鍵を戻した。メリーはやっと落ち着いたようで、静かに語り出した。
「私、夫から言われたことが悔しくて悔しくて、編み物をひたすら練習したわ。毎年、クリスマスには夫にセーターをプレゼントするの。どれくらい上達したかを示すためにね。子供ができてから、私は子供のための作品をたくさん編んだわ。服や靴下はもちろん、バッグや帽子も。それが評判になって、私は編み物の先生と呼ばれるようになって、生徒もできたの。本当に楽しかったわ」
 ロッサムはゆっくりと頷いた。
 メリーは立ち上がると、電話機の下の棚からある物を取り出した。
「全て、これのおかげだったのよね……」
 その手には古く、傷だらけの編み棒があった。
 それはきっと記憶の中で見たメリーの夫からの贈り物だろう。
「今なら編み物、できるんじゃないですか?」
「偶然ね。私も今、そんな気がしてきたところなの」
 メリーは奥の部屋から深い青色の毛糸を三玉持ってきて、目まぐるしい早さで指を動かし始めた。
「編めるわ……! あぁ、なんて幸せなんでしょう」
「うわぁ、すごい!」
 そして、あっという間にマフラーができた。
「きっと私は夫が亡くなった寂しさを受け入れることを忘れていたんだわ。ロッサムさん、思い出させてくれて本当にありがとう」
 メリーは出来上がったマフラーをロッサムの首にかけた。そのマフラーは色も長さもロッサムにぴったりだった。
「こちらこそ、素敵なマフラーありがとうございます。ところで、僕、パーツを探していて……」
「ああ、そうね。もうすぐ息子が来る時間だから、車で街に乗せて行くように言うわね。ちなみに、どんなものをお探しなの?」
「L21の16型経口3穴式ピン止め歯車なんですが」
「……ごめんなさいね。機械音痴の私にはさっぱりわからないわ。そうだ、温かい飲み物とサンドイッチはいかが? ほんのお礼よ」
「はい、ごちそうになります」

 しばらくすると、メリーの息子が家に入ってきた。
 息子の顔は父親にそっくりだが、笑顔と優しそうなところは母親そっくりだった。
 ロッサムはサンドイッチを平らげた後、メリーの息子の車で街に行った。そして、二件目のパーツ屋でL21の16型経口3穴式ピン止め歯車を無事に買うことができた。
 ロッサムがついでに他の買い物をしたいと言うと、メリーの息子は親切に店を案内して付き添ってくれた。そして当分の食料や燃料の買い物が終わると、メリーの息子はジーニー号がある場所までロッサムを送り届けた。
 翌日の朝、ロッサムはジーニー号を修理し、次の旅へと向かった。
 もらったマフラーはとても綺麗でもったいないので、特別な時にだけ首に巻くことにし、ピンで壁に飾った。
 ロッサムとジーニー号の冬は、まだ始まったばかりだ。 

おわり

キャプテン・ロッサム
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