地獄の底こそが「立ち上がる大地」である!
「即身成仏」「業」「瞑想」「悟り」「無願」など、弘法大師空海ゆかりの東寺で語った究極の40話を厳選収録した、渾身のシリーズ最終巻!
芥川龍之介は「人生は地獄よりも地獄的である」という言葉をのこしています。そうです、もう「この世は地獄である」という究極の覚悟をするしかないように思います。そういう覚悟の中にしか本当の「救い」はないように思います。「人生は地獄である。だから、この地獄に耐えられるような自分になるしかない」のです。
「はじめに」より
この本を手にしていただいた読者の皆さまの中には、「このタイトルは、少々厳しい表現だなぁ!」と感じられた方も多いのではないかと思います。実は、これは昨年(令和七年)の一月に私の身に起こった、なんともいえない苦しい体験に基づいてできあがったタイトルなのであります。
生来、身体が強いのがとりえの私でしたが、一年中で一番忙しいとされる一月八日から十四日までの「後七日御修法」という行事の間に体調をくずしてしまいました。ようやく後始末を終えた一月十五日に、自宅に一番近い救急病院の「宇治徳洲会病院」に、飛び込むように駆け込んだのです。
思った以上に症状は重く、即入院の手続きとなり、翌日には緊急手術ということになりました。私はあれよあれよいう間にさまざまな検査を受け、最後に全身麻酔の中で眠るように手術室に運ばれていったのです。
いったい何時間が経ったのでしょうか。気がついてみると、そこはこうこうと明かりのついたICU(集中治療室)でした。私は何がどうなったのか、わけがわかりませんでした。周りでは多くの医療スタッフの方々が、あわただしく、私やほかの患者さんたちのお世話をしています。
「山田さんよかったですね! ここ数日はおつらいですが、もう少しがんばってくださいね!」と、初めて見る医師が語りかけてくれました。私は「あーよかった。助かった、のか?」と、少し安心はしましたが、しばらくすると、麻酔がさめてきたのでしょうか、それこそ「地獄のような苦しみ」が突然襲ってきたのです。
とにかく呼吸が苦しく、命の要をハンマーで叩かれるような痛みが、吸う息吐く息ごとに繰り返し押し寄せてくるのでした。もうろうとした頭の中では、見たこともない真っ赤な世界が揺らぐように次々と形を変えて現れては消えていきます。
そうして、あとから考えると三日は経っていたようですが、何がどう幸いしたのか、私の地獄の苦しみは少しずつ少しずつ、不思議とおさまっていったのです。
症状が落ち着いてくると、担当の主治医の先生が、手術の概要を説明してくださいましたが、まだまだ混乱していて、うまく理解ができませんでした。
しかし、もう少しで本当に死ぬかもしれないところを、手術の前日に、今まで入ったこともない病院に飛び込んだ一人の男性を、医療チームの皆さんが一生懸命手を尽くして救ってくださったことに、なんとも言えないかたじけなさと感謝で、その夜は病室で一人密かに泣いてしまったのです。
よく臨死体験といいますが、うなされていた3日間は、すぐ隣に私の「死のベッド」があるように見えていました。「どんな人間も、死ぬときはあっという間だなあ。ふっと死のベッドへ、いとも簡単に移ってしまうのだなあ」と感じたのです。
幸い、再び命をいただいた私は、「この体験で私の法話の質がぐんと高まるぞ。いやいや、ひょっとしたら私は『即身成仏』したのではないか。もっと言えば『永遠の命』に触れたのではないか」と、早くも浅ましい煩悩が顔を出し始めたのです。
しかし、そのふとどきな「ぬか喜び」も時間が経つにつれて落ち着いてくると、今回の体験をどうしても信仰体験として見直し、「私自身が、このような目にあう意味は、いったい何だったのか? この今、その意味をどうしても突き詰めなければ、今まで何のために求道してきたのかわからない」と、必死に身の回りにある書物を読みあさり、考えに考え抜いたのであります。そして、ようやく次のような結論に達したのです。
それはつまり、「私は『即身成仏』したのでもない、『永遠の命』に触れたのでもない。この体験は、私にとっては通らなければならない道だった。どんな人も経験する必要はない、忍良私一人においては、遇わなければならない必然の業であった。ただそれだけである」ということがしみじみと、腹の底に落ちてきたのでありました。
今回のタイトル『地獄に落ちても悔いなし』は、以上のような私の拙いながらも、仏教信仰につながる体験によるものでした。つまり、本当の命の神髄に触れて、感謝の気持ちが心底湧いてくるような、今まで思いもしなかったような自分に出会うことができたならば、「たとえ自身は、地獄に落ちようとも、決して後悔はしない!」という覚悟が、仏道を歩む者にとっては一番大切ではないかと、私なりに感得したのであります。
さて、いったんは癒えたかのように見えた私の身体のほうは、まだまだ細心の注意が必要で、とにかく心配はしても「心痛」はせず、最期まで正しい生活習慣を維持するよう、主治医より固く指導をいただいております。
まさに生まれ変わった人間として、残された寿命を、お釈迦さまやお大師さまのように、衆生を救うために削っていこうと、誓いを新たにしております。
どうか、第一巻、第二巻、第三巻と読み進めてくださった皆さんにとって、この第四巻こそが、あなたの人生を根底からくつがえす「究極の仏教書」となることを心から願ってやみません。
真言宗総本山 東寺 山田 忍良
第1章 他力に触れて、自力を尽くす
第2章 地獄に落ちても悔いなし
第3章 自分を変えれば未来が変わる
第4章 人間は必ず死ぬ
<本文より 一部ご紹介>
■「自己否定」 〜分別の固執(こしゅう)を破る〜
仏教の面目(根本の真理)は「自己否定」です。それが「一般の考え」との違いだと思います。「一般の考え」というのは改めて言うと難しいですが、人間中心主義とかヒューマニズムというのが当たると思います。要は、普段の「考え」や「思い」を自分中心に延長したものです。これを仏教では「分別(ふんべつ)」といいます。
この「考え・思い・分別」を「自己否定」で破っていくのが仏教ですが、これはなかなか難しいので、まず人間が真っ先に考えるのは「苦行」です。苦行という形で体を苦しめて、同時に心のほうも戒めていく、という考え方です。
たとえば、険しい山へ登るとか、冷たい水で行をするとか、そういう形で自分を戒めていく方法もあります。キリスト教の修道院や仏教の加行道場というものはまさにその施設ですが、個人的にはなかなか徹底するのは難しいことです。
その証拠に、お百度参りとか霊場巡りなども、苦行の要素をもっているから人気なのでしょうが、心の底では、ちゃっかりと見返りの現世利益を期待していることがあります。病気が治るとか、試験に合格するとかの願いが、最初から期待されています。苦行をしても、欲望のほうは少しもおさまっていません。つまり、苦行を純粋に徹底して「自己否定」に至ることはなかなか難しいのです。
しかし、苦行そのものを批判することはできません。その動機は「なんとか自分を戒めて、悟りの方向へ進みたい」という宗教心であることは、まちがいないからです。
さて、この「自己否定」を仏教ではどう徹底していくのか、仏教の神髄はどこにあるかというと、「『分別』の固執(こしゅう)を破る」という言い方になります。苦行が外から自己の妨げを破ろうとするのなら、こちらは内面から自己の妨げを破ろうとする取り組みです。
自己の妨げは「固執」にあります。考えや思いや分別は止められません。考えを止めたらノホホンと生きるだけです。眠ったりお酒を飲んだりして考えない時間を多くつくっても、ちっとも悟りには至りません。ますます堕落するだけです。そうではなくて、分別を「冷静に見る」のです。「考えている自分」を見つめるのです。そのとき初めて固執を離れることができます。これを「見道(正しく見る道)」といいます。
分別は妄想です。客観的に見れば消えます。以前「宗教とは死んで生きる道である」と言いましたが、肉体に死ぬのではなく、心の妄想に死ぬのです。「死んで生きるとは、妄想に死んで真理に生きる」という意味です。これなら、喜んで死ねるでしょう。
そのとき見えてくる世界は「涅槃(ニルヴァーナ)」です。固執がないので、私と他の境目がありません。みんな一つに溶け合っています。これが平和です。戦争から涅槃は生まれません。これが私たちの願いであり、仏の願いであると思います。
Ninryo Yamada
山田 忍良(やまだ にんりょう)
1957年滋賀県生まれ。立命館大学卒業。1980年 生涯の師となる三浦俊良師(当時、洛南高校校長・東寺僧侶)と出会う。1985年より洛南高校・附属中学校で体育教師を務め、退職後は治療師の免許を取得し整体治療院を開設。1992年 真言宗総本山教王護国寺(東寺)に入寺、僧侶となる。
2008年「残りの人生を法話で生きたい!」と一念発起し、東寺大日堂で毎週日曜日に法話会を始める。2010年より月一回境内掲出の「お大師さまのおことば」を担当。2011年 東寺発行の機関紙『光の日日』の編集長に、2016年 教学部長に就任。2020年 法務部長を兼任。2021年より朝日カルチャーセンターにて法話講座を務める。現在、信者、学生、企業・団体、地域への法話を行いながら、東寺において「21日弘法さん法話」「東寺宝物館文化講座」などの公式法話を続けている。
<書籍基本情報>
「人間は何度でも立ち上がる」(東寺のお坊さんの法話集 第一巻) 著者:山田 忍良
発行:スローウォーター 希望小売価格:印刷書籍版 1,650円(税込)/ 電子書籍版 1,200円(税込)
印刷書籍版仕様:四六判/モノクロ/本文164ページ
<販売ストア>
印刷書籍:Amazon.co.jp、楽天ブックス、三省堂書店オンデマンドほか
電子書籍: Amazon Kindleストア
「苦を見つめて泥に生きる」(東寺のお坊さんの法話集 第二巻) 著者:山田 忍良
発行:スローウォーター 希望小売価格:印刷書籍版 1,650円(税込)/ 電子書籍版 1,200円(税込)
印刷書籍版仕様:四六判/モノクロ/本文164ページ
<販売ストア>
印刷書籍:Amazon.co.jp、楽天ブックス、三省堂書店オンデマンドほか
電子書籍: Amazon Kindleストア
発行:スローウォーター 希望小売価格:印刷書籍版 1,650円(税込)/ 電子書籍版 1,200円(税込)
印刷書籍版仕様:四六判/モノクロ/本文150ページ
<販売ストア>
印刷書籍:Amazon.co.jp、楽天ブックス、三省堂書店オンデマンドほか
電子書籍: Amazon Kindleストア
発行:スローウォーター 希望小売価格:印刷書籍版 1,650円(税込)/ 電子書籍版 1,200円(税込)
印刷書籍版仕様:四六判/モノクロ/本文151ページ
<販売ストア>
印刷書籍:Amazon.co.jp、楽天ブックス、三省堂書店オンデマンドほか
電子書籍: Amazon Kindleストア