東寺のお坊さんの法話集 第二巻
「苦を見つめて泥に生きる」
山田 忍良(真言宗総本山 東寺)

2023年10月発売開始!

 
 
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弘法大師空海が
真言密教の根本道場として定めた
「東寺」(世界遺産)で語り続けた法話から、

珠玉の42話を厳選して再編集したシリーズ第2弾
 

■「はじめに」より

 この3年間のコロナ禍で世界中の人々が見たものは、「この世の地獄」と言っても過言ではありません。しかし私は、たとえ地獄であろうとも、蓮の花のように、泥から逃げ出さず、泥に染まらず、自分だけの独自の花を咲かせて、みんなと共に生きていきたいと思っています。泥の下の根っこはいつもみんなとつながっているのです。

 今、まさに苦しんでいるあなたも、どうか本書をじっくりとお読みください。「はっ!」と我に返って、不思議と心が落ち着くはずです。(真言宗総本山 東寺・山田 忍良)

■「苦を見つめて、泥に生きる」(本文)より

 私たちは、どうしてこんな目にあったのか、と人を恨み、世間を恨みます。しかし、妄想だと気づけば、「本当は、因縁によってこうなったんだ」というところに落ち着くはずです。人を恨むことも世間を恨むこともありません。

 理屈では「あいつのせいだ」というのは正しいかもしれません。でも、気持ちが落ち着かないということは、それは「悟り」ではないという証拠です。悟れば「一切が私の責任」です。現在の私に「成るべくして成った」のです。
「今日の私は昨日の私が求めたもの」です。もっとさかのぼれば、この生は過去の私の歴史の結果です。そして、今も刻一刻と歴史を刻んで生きています。これが業です。

 以上、世間を恨んで自身に埋没するのでもなく、世間から逃げるのでもなく、世間にいて世間を超えて明るく生きる。まさに、泥に咲く蓮華のような生き方が私たちの目指す生き方です。
蓮はきれいな清水では決して咲きません。蓮は泥の中にいて、泥に汚れずに清浄な自分の花を咲かせるのです。あえて、泥を嫌わず泥を恐れません。汚れや暗さから逃げ出さないのです。これが私たちの本当の生き方です。

■目次

第1章 利他の心で生きる
社会のぞうきんになる、「もちすぎている」~身につけたものを脱ぎ捨てよ~、「発想の転換」~執着を破るには~ ほか
第2章 人生は苦なり
「献身」~自分の命を投げ出す~、「アンパンマンのマーチ」~正義とは何か~、人はなぜ勉強しなければならないのか? ほか
第3章 死んで生きる
「魂の救い」~得ることと捨てること~、「死んで生きる」~分別に死んで、真理や智慧に生きる~、「好きな道を歩む」~人生はいつでもやり直せる~ ほか
第4章 人生は戦いである
依存症からの脱出、「スキンシップ」~人は触れることで心身を癒す~、「アドラー心理学」~死の間際まで自分を変えていく~、「アンガーマネジメント」~自分の怒りを客観的に見る~ ほか
 
 
 

<本文より 一部ご紹介>

■社会のぞうきんになる


「ぞうきんは、自分自身が汚れてもすべてのものをきれいにするように、私たち人間も常にぞうきんとなって、世の中を磨いて明るい世界にしなければならない」とは、私の師、三浦俊良先生の遺言でありました。

この「ぞうきん哲学」は、大阪の仏教詩人、榎本栄一師が唱えていらっしゃったものです。師僧はその教えに触れて、すぐに、当時校長を務めていた洛南高校の教育に取り入れました。師僧は講話のたびにこの言葉を唱え、極めつけは、卒業式で一人ひとりにこの言葉をかけて社会へ送り出していました。きっと多くの卒業生が「社会のぞうきん」になってがんばっていることでしょう。

「社会のぞうきんになる」とは「菩薩になる」という意味です。菩薩は世のため人のため、一生懸命修行する人です。そして、「修行が成就したらに仏さま(如来)になる」というのが定説です。

しかし、私は師僧から「菩薩とは、仏さまが人間の形をとってこの世に降りてきているのですよ」と習いました。「その姿を見て、私たちは仏さまにはなれないかもしれないけれど、菩薩さまのようになって、人の嫌がることを進んで引き受けて、働くのですよ」と教えていただきました。

すなわち、「私たちの理想の人間像は菩薩である」ということです。菩薩という字を解明すると、菩提薩埵(ぼだいさつた)=菩提を求める衆生(しゅじょう)(人)です。菩提とは難しい言葉ですが、いわゆる「悟り」です。悟りとは「自利利他円満の世界」です。「自分の利益が他人の利益になり、他人の利益が自分の利益になる」ということです。自分と他人の区別がないのです。しかし、この自利利他円満の世界は、文章では成立しても現実には不可能です。

私たちは普段、少し人に親切にするけれども、ギリギリのところでは自分を守ります。ボランティアをするといっても、多くの人は余った時間を使ったり、自分の生活を確保したうえで活動しているのではないでしょうか。とてもマザーテレサのようにはなれません。

そこで、どうしたら損得勘定の強い私たちが菩薩になれるか? というと、それが「ぞうきんの心」なのです。自分が喜んでぞうきんになるのです。僧侶も、信者も、会社員も、主婦も、学生も、子どもたちも、お年寄りも、みんな置かれた立場のままで「ぞうきん」になれます。

ぞうきんは喜んで汚れをぬぐっていますよね! 嫌がっていません。ぼろぼろになればなるほど喜んでいます。これが自利利他円満です。このとき初めて人間が菩薩になれる瞬間であると、私は思っています。それ以外に菩薩は人間に成立しません。


 
 


著者紹介
 

Ninryo Yamada
山田 忍良(やまだ にんりょう)


1957年滋賀県生まれ。立命館大学卒業。1980年 生涯の師となる三浦俊良師(当時、洛南高校校長・東寺僧侶)と出会う。1985年より洛南高校・附属中学校で体育教師を務め、退職後は治療師の免許を取得し整体治療院を開設。1992年 真言宗総本山教王護国寺(東寺)に入寺、僧侶となる。
2008年「残りの人生を法話で生きたい!」と一念発起し、東寺大日堂で毎週日曜日に法話会を始める。2010年より月一回境内掲出の「お大師さまのおことば」を担当。2011年 東寺発行の機関紙『光の日日』の編集長に、2016年 教学部長に就任。2020年 法務部長を兼任。2021年より朝日カルチャーセンターにて毎月の法話講座を開講する。現在、信者、学生、企業・団体、地域への法話を行いながら、東寺において「21日弘法さん法話」「東寺宝物館文化講座」などの公式法話を続けている。

 
 
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