“The work of phronesis”

―グランドラインの渡り方、教えます―


こんにちは、矢野 孝一です。

 

平成も残りわずかとなり、日本では名実共に「新時代」へと突入するわけですが、今回はその「新時代」をより効果的に生き抜くセミナーのご案内をさせていただきます。

 

その前に僕の簡単な自己紹介をしておくと、戸籍上の名前は「石田」ですが、再婚を機に義娘の意向に沿って、いわゆる“通称”というものを使用することにしました。僕自身は、「石田」であろうと、「矢野」であろうと、ジェームスだろうと「僕は僕」なので、「僕自身の呼称」はさほど気にしません。

 

しかし、娘は別です。妻の連れ子で年長さんなので「私は私」という自我が根付く過程にあります。

 

そんな幼い彼女を、“顔も知らないオッサンが決めたルール(法律)”のために、彼女自身の自我を揺るがすことは、すでに「パパ」と呼び信じてくれる彼女との信頼関係に及ぶと思うので、彼女が「私は私」という自我がしっかりと根付くまでは彼女の意向を汲むことにしました。そして、小学校が同じになる次男も自ら“通称”を名乗ることまで提案してくれました。
あなたは驚くかもしれませんが、今の子供社会ではそれが理解され、可能な時代となっています。

 

僕のこの決断は求められたものでも、強要されたものでもありません。
あくまでも僕自身の“良心の選択”によって決断したものです。
そして、これはこれからご案内するセミナーにも通じるお話ですので、自己紹介を兼ねてお伝えした次第です。
セミナーにお越しになる気が無くとも、これを読んで頂ければ何かの気づきや学びを得られるように書いてみましたので、ご自由にお役立てください。

 

さて、今回ご案内するセミナーのテーマを一言で表すなら、

「陳腐さの下僕でいるか、偉大さを追求するか」

です。別な言い方をすれば、「従い続けるか、挑み続けるか」ということです。
ただ、誤解の無いように言っておくと、何も起業をしなさいとか、数か月で大金を稼ぐ方法とか、そういうことを語るつもりはありません。
これからの時代を“善く生き抜く”ための原則とか原理といったようなことを話すつもりですので、どんな立場にあっても使える内容だと思います。

 

僕が起業したのは2014年のことですが、当時の僕は

 

「今は情報社会の過渡期にあり、埋もれないためにも発信する」

 

と“ただ発信する”ことに必死でした。“ただ”なので、有象無象なものが多かったと思います。
当然「下手な鉄砲、数打ちゃ当たる」こともあったわけですが、そんなもの「いつかは弾切れをおこす」わけです。

 

もちろん、起業するにあたって当時の僕なりにコンセプトというか、それらしきものはありました。

 

しかし、“埋もれたくない”という不安には勝てず、必死にネタを探し、有象無象な発信をしていました。
僕は基本的に嘘が嫌いなので“ねつ造”はしませんでしたが、それでも今読み返してみると、あまりの“陳腐さ”に消してしまいたくなります。
実際には、それらも含めて今の僕があるということを知って頂くためにも消したりはしていませんが…

 

当然そんな“恐れと不安”から発信された言葉などに何の力があるわけでもなく、「数打ちゃ当たった」モノで“恐れと不安”が本質的に解決されるわけではありません。

 

「起業するとはそういうものとの闘いである」とビジネスをやっている人なら言うかもしれませんが、厚労省が発表した平成29年の国民生活基礎調査によれば、生活が苦しいと感じる世帯はおよそ6割に及び、同じく平成29年の労働安全衛生調査によれば、仕事や職業生活に関する強いストレスを感じる労働者もおよそ6割に及ぶとされています。

つまり、起業をするかしないかに限らず、少なくとも日本人のおよそ6割もの人々が何がしかの不安や恐れ、苦痛を感じているということです。

また、近年の世間を騒がせるニュースでは「非難と被害者意識」を訴えるようなものが目立つようになりました。
実際、2018年だけを見てもそうしたモノが多かったように思います。

 

2017年秋の相撲界の暴力事件を皮切りに、レスリング、アメフト、ボクシング、ゴルフ、体操、少年野球など芋づる式に浮かび上がったスポーツ界の問題などはまだまだ覚えている人も多いと思います。

 

そんなところだけを見ても、「今、何かがおかしい」少なくともそんなイメージの時代であることは何となく実感してもらえると思いますが、こうしたことは決して“対岸の火事”ではないということです。

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「誰も私を評価してくれない。仕事ぶりを認めてくれない。私の能力を少しも分かってない。」

「ストレスはたまり、やる気がそがれる」

「何もかも、【急ぎ】の仕事。ストレスで倒れそう。」

「多分、私には才能がないのだろう。」

「職場では腹が立つことばかりだが、先行きが不安だから職を失いたくない。」

「細かいことまでいちいち管理されて、息が詰まりそうだ。」

「達成すべき目標はあるのに、時間も手段も足りなくて結果だけを求められるプレッシャーが凄まじい」

「夫(妻)は私を理解しようとしないし、子供は言うことを聞かない。これじゃ、安らげない。」

 

それぞれがごく個人的な苦痛や苦悩であっても、こうした痛みはあなたも身近で、あるいはあなた自身が感じたことがあると思います。

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これでは、世界は日々いろいろな面で発展をしているにもかかわらず、それらを担う人々は少しも豊かさを感じていないということになります。

充足感もなければ、将来への希望も持てずにいる。

家族という最小のコミュニティから会社など大きなコミュニティまであらゆる組織で、何を目指して、どこへ向かっているのか、最優先すべきものは何なのか分からないまま暮らしている。
上から抑えつけられ、仕事に身が入らない。何よりも、こうした現状は自分で変えられるとは思えないでいるわけです。


果たして、本当にそうなのでしょうか?

 

確かに、今は決して楽な時代とは言えません。というよりも、長い歴史を見ても“楽な”時代というのは無いと言った方が良いかもしれません。

むしろ、“今のまま”では今後ますますこうした流れが加速するはずです。

 

ですので、今回そのあたりをどう“善く”していくのか、どうやってその苦痛から抜け出すのか、タイトルにあるように「知恵のなす業」とはどのようにしていくのかをお手伝いできればと思い、このテーマに至りました。

 


ドラッカーの”予言”

「もしドラ」と聞いてピンとくる人もいるかもしれませんが、かなり前に日本でアニメ化、映画化され、一大ブームを巻き起こした経営学者のピーター・ドラッカーです。

その彼が、こんな“予言”めいた事を述べています。

 「数百年後、歴史家が今の時代を述べるとするなら、彼らが着目するもっとも重要な出来事は、テクノロジーでもインターネットでもなく、電子商取引でもなく、人間を取り巻く環境の歴史上前例のない大激変であろう。【選択の自由】を手にする人間が急激に増えている。これは文字どおり歴史上初めてのことである。そして歴史上初めて、人間は自分自身をマネジメントしなければならなくなる。しかしこの社会は、それに対する備えがまだできていないのである。」

 

セミナーではこの辺りについて多少深くひも解いていくために、ちょっとした“タイムトラベル”をしていただこうかと考えていますが、およそ1万年続いているとされている人間の歴史はザックリと4つの時代に分けることができます。

 

・狩猟採集

・農耕時代

・産業時代

・情報時代

 

これは、経済が動いた方向で各時代を分けたもので、こうした流れをあなたもどこかで見聞きしたことがあるかもしれません。

 

生きるために狩猟採集を行い、定住しより安定した暮らしを行うために農業を営み、もっと世界を良くすることができるのではないか、そのために生み出すモノがあるはずだと産業の開発をすすめ、今に至るわけです。

 

これらの流れを生み出し、人々を突き動かしてきたものを探っていくと、マズローの「欲求の5段階」に通じるものを感じます。

 

情報社会と呼ばれる現代においては、facebook、Instagram、YouTubeなどで見られるように自分が社会に価値ある存在であることを認められようとする動きがあります。
つまり、承認欲求の段階です。
先ほど述べたように僕自身もそこに躍起になっていた時期がありました。
「認められる=稼ぐ=成果」と思っていたわけですから。

 

マズローのこの理論によれば、その先にある「自己実現」によって、帰結されると言われています。
つまり、今の情報社会が真に成熟する頃の状態で、まさに今がこの時期の入り口だと思います。
「数打ちゃ当たったけど、本質的には拭えない不安」という状態です。

 

では、ドラッカーの言う“備え”とはどういうものなのか?そして、ドラッカーはどうしてそうした“予言”ができたのか?

 

ドラッカーは、何も特別な超能力のようなもので有名になったのではありません。
膨大な情報と向き合い、人と向き合い、そうした中から“原則”とか、“法則”とかそういうものを見出し、“知恵”として人々を導き、社会に貢献してきた人です。

 

僕が今回お話したいのは「善く生き抜く業」であって、この業に関して大切なのは、ついつい忘れがちで、“後回し”にしがちな、原則とか法則といったようなことの再認識になります。

それがあって、初めて「知恵のなす業」がもたらされるからです。

 

“再認識”なので、聞く人によっては「取るに足らない」「今さら何を言ってる。」「そんなことは、分かってるよ」と思うようなことです。

 

ですが、僕の実体験、世間のニュース、そしてあなたも感じたことがある痛みとは、実はそうした原則や法則から、どこかで逸れてしまった結果にすぎず、それらを繰り返さず、さらなる高みへと引き上げるためにもここが重要なのです。

 

深く根を張った問題を理解できれば、人生の大半を過ごす家庭や職場などで多くの人が直面している問題を解決する糸口(知恵)が湧いてくると思います。そうしたことが今回のセミナーの目的でもあります。

温故知新

ということわざがありますが、ドラッカーの数々の“予言”の神髄はこの言葉を適切に理解していることにあると僕は思います。
かといって、多くの人が“誤った解釈”をしているということではありません。

 

シンプルに、解釈が“足りない”、ということです。では、“適切な解釈”とはどういうことなのかというと、

 

過去のことをよく学び、そこから新しい知識や“道理”を得ること。また、過去の事柄を研究して現在の事態に対処すること。

 

とされています。道理というのは、正論という意味のほかに、人として行うべき正しい道とか、物事の正しい筋道といったような意味で、人としての原則とか原理、法則といったようなものです。

 

つまり、この道理の部分も“併せて”次につなげることが、「善く生きる」ということであり、解釈が足りないところだということです。
そして、ドラッカーを始めとした数々の偉大な人物たちはこの道理と、新しい知識の両方のバランスがとれたものを高いレベルで生み出し続けたからこそ、偉大な功績を残し得たのだと思うのです。
そして、その偉大さの道は特別な力を持ったごくわずかな人間によるものではなく、誰もが選び渡れる道だということです。
それこそが、今を善く生きるために与えられた僕たち人間の責任であると思うのです。

 

そのお手伝いが出来たらという想いに駆り立てられ、こうしてセミナーを企画したわけですが、道理や原則といったものは、ついつい忘れがちで後回しにしがちなものであるために、なかなかに苦戦をしいられることになるかもしれません。

 

そんな簡単に実践でき、継続可能であれば、そもそも悩まされる必要もないからです。ただ、誤解しないでいただきたいことが1つだけあります。

 

多くの人が苦戦してしまうのは、道理そのものを理解し実践することよりも、「どこへ向かうのか」「何のためにするのか」というゴールを描き切れていないところにあるということです。

 

セミナーの中でも繰り返し尋ねていこうと思っていることですが、今から数時間後、明日死ぬと分かった時、あなたはどんなことを思いますか?

 

もっと多くの時間を仕事に使い会社に貢献しておけば良かった、あるいは見たいドラマや映画をもっと見ておけば良かったなどと悔やむ人はいないはずです。

 

そうした時に想うのは、家族や友人といった大切な人達のことだと思うのです。
先述したマズローも晩年には欲求の5段階の最上位「自己実現」よりも、子や孫たちの幸せや、社会への貢献といったことを願ったと言います。
そして、それを自己実現欲求の先にある自己超越と呼びました。

 

それは僕にとっても同じで、冒頭で述べた「呼称」で娘の意向を汲んだのは、娘の幸せを願いそれが必要であると判断したからです。
何よりも、娘から「パパきら~い」などと言われるよりも、大人になっても腕を組んで歩いてくれるようなそんな父親でいたいと思うからです。
そして、その案を妻に持ち掛けたとき、妻がまるでハトが豆鉄砲を食らったような表情になったことはここだけの話です。

 

つまり、偉大さを追求するということは、決して“特別なこと”などではなく、家庭レベル、個人レベルでも可能であるということです。

例えば…

今年の5月に、大学同士のアメフトの試合において悪質なタックルがあったという報道がありました。
ついこの間のことなのであなたも覚えているかもしれません。

学生という、言ってみればまだ世間的には未成熟と見られがちな社会のスポーツの試合で、故意に反則を行い、ケガ人が出たという話です。

この話で大きく注目すべき点は、反則を行った選手が、世間的には未成熟と見られがちな立場にありながら、誰よりも先に謝罪をしたことにあります。
それも、記者会見まで開き認めるべき点は認め、謝るべきことを謝ったわけです。

さて問題なのは、そこに指示があったのか無かったのかといったようなことではなく、その当該選手の行動そのものにあります。

これが、もしあなただったら?

そう聞かれたときにあなたはどういう行動をするでしょうか?
どういう服装で、どんな立ち居振る舞いで、どんな言葉で謝罪するでしょうか?
そもそも、素直に心からの誠実な謝罪ができるのかという不安や恐れ、疑いなどは無いでしょうか?

 つまり、彼がしたことは認めるべきを認め、謝るべきを謝るという道理を、社会が持つイメージやレベル以上に、当然のように誠実に勇気を出した行動という見方ができるということです。

それも、自分から率先して、です。

 このことは、彼よりも長く活きてきた僕たちも、僕たちがこれからの社会をどう創り出していくかを真剣に、切実に考えなくてはいけません。

 にもかかわらず、その「当然の道理」が通じない、実践できない状況があるのはなぜか?

そこにどんな力が働いているのか?

 そこのところを適切に理解しないといけないわけですが、実はそこに産業時代の“負の遺産”が大きく関係しています。僕たちが原則や道理と“勘違い”していたもので、ごく個人的な痛みから、世間を騒がす大きなニュースまで“ひとつなぎ”になります。
そして、それこそが人生を陳腐なものへと導いているのです。


陳腐さと偉大さを分かつ道

いま、アメフトを例に挙げましたが、彼が行った反則行為そのものは決して偉大な行為ではありません。
しかし、その後に行った行為は非常に重要で、偉大さにつながるということをまずは分かってほしいと思います。

 

人は誰しも、選択をして生きています。食べるか食べないか、朝起きるかいつまでも寝ておくかといったごく自然な行為から、結婚するのか独身でいるのかといった多少複雑なことまでです。

 

そこに年齢や性別、立場や貧富は関係していません。人生ももちろん同じです。
一方は整備され、陳腐さにつながり、もう一方は偉大で有意義な人生につながる道です。

 

繰り返しお伝えしている“偉大さ”というのは、地位や名誉、富や名声といったものではありません。
結果的にそういうものを手にすることもあるでしょうが、言ってみればそれはおまけのようなものであり、副賞のようなものです。そうしたものではなく、シンプルに“優れた人格”のことです。高い精神性、高い魂レベル、良心など、そう呼ばれる部分です。

 

陳腐さの道とは、可能性が抑えつけられ、その場しのぎの応急処置的な対処で安易な近道を取ることです。

 

先ほど、「実はそこに産業時代の“負の遺産”が大きく関係しています。
僕たちが原則や道理と“勘違い”していたもの」と書きましたが、これは、産業時代に根付いた「モノの見方」です。
正確には、産業時代“まで受け継がれてきた”と言ったほうが適切かもしれません。

 

組織コンサルタントとして知られるスティーブン・コヴィー氏が、その1つを適切に述べています。

 

「私たちは、物事を会計の観点から考えている。人は人件費という経費であり、機械は資産なのだ。その証拠に、従業員は損益計算書に経費として計上されるのに対して、設備はバランスシートに資産として計上されるのである。」

 

と述べています。
つまり、人はモノ扱いされていたというのがコヴィーの解釈というわけです。
例えば、僕たちは古くなったモノを取り換えたり買い替えたりすることがありますが、リストラはこれと同じことで、生産し利益を生み出す“人の身体”を産業時代の会社は求めていたのであって、人の知性、心、精神性といったものはほとんど必要としていなかったということです。

 

ではなぜ、そうなってしまったのか?

 

それには「マネジメントの解釈」が関係してくると思います。
先ほどのドラッカーはマネジメントを「組織に成果を上げさせるための道具、機能、機関」と定義していますが、このようにも述べています。

 

「マネジメントという語は、奇妙なほどに難しい言葉である」

 

つまり、定義どおりに解釈するのであれば、モノ(=道具)やシステム(=機能、機関)を管理するのであって、人を管理するのではないということをドラッカーは言いたいわけです。
とはいえ、道具を使うのも、機能を働かせるのも、機関を動かすのも人であるがゆえに、そこをどう区別し、理解し、実践していくかという点において“奇妙なほどに難しい”と述べているのです。

 

ここを適切に区別し、理解しないままにリーダーの立場に立つとどうなるか…人をコントロールしようとしてしまいます。
すると、組織の末端の人間も「そういうものである」と思うようになり、いつしかそれが“文化”としてしみついてしまうわけです。

 

すると、末端の人間は何かミスをした時に、「上司の命令に従っただけです」と言い、その直属の上司は、「システムに従っただけです」と言い、さらにその上の上司も…と延々と「責任があるのは誰か」となってしまうわけです。

 

まさに陳腐というわけで、「ありふれて、つまらない」人生になってしまうというわけです。

 

文化とは人が生み出したモノです。
つまり、原則や道理といったものは変えようのない法則であるけれど、文化はいつでも変えられるということです。
事実、人類が誕生してから現代にいたるまで、あるいは生まれてからこれまですらも、文化は変わり続けています。

 

その文化を“最初に”生み出した人、偉大さの道を選び人々を導いてきた人は社会や時代のネガティブな影響力をはねのけ、より善い文化を築く創造的な力になることを自分から選択してきたのです。

 

「人をコントロールすることはできない」というのは原則であり、「人をコントロールしようとしてはならない」というのは道理です。しかし、“自分”だけは違います。いつでも、何なら死ぬまで変え続けることができます。自分が変われば自然と周りへと影響を及ぼします。そういう意味でも、「今回のセミナーはどんな立場にあっても使える」と述べたわけです。

実は…

今回のセミナーの副題に【グランドラインの渡り方、教えます】とあるように、僕がこうしたことを学びなおそうと思ったきっかけは、漫画「ONE PIECE」に由来します。

「海賊王にオレは、なる!」というあの漫画です。

 

連載当初は僕自身高校生だったので気づきもしませんでしたが、起業し改めて読み返してみるとこれまでお伝えしてきたこと、学んできたことが、僕の中でまさに「ひとつなぎ」になったのです。

 

先ほど、【多くの人が苦戦してしまうのは、道理そのものを理解し実践することよりも、「どこへ向かうのか」「何のためにするのか」というゴールを描き切れていないところにある】と書きましたが、ルフィは「海賊王になる」と明確な主体性をもって、「ラフテル」という明確なゴールに向かっているわけです。
その道中に出逢うたくさんのトラブルを無視できないのは、「そんなのおかしい」と思うからで、「偉大な資質」をルフィなりに理解し、体現しているのだと思います。
そして、その場にとどまり続けることなく、「ラフテル」を目指して、航海を続けているのだと思うのです。

 

そのルフィは原作者の言葉を借りると、“旅の8割に到達”しているようです。
つまり、グランドライン(=“偉大”なる航路)の8割を制覇しているということです。
そんなルフィのキャラクターをよくよく見てみると、僕には“九州男児”に見えてきます。

 

原作者が九州男児なので、そうなるのも自然なことなのかもしれませんが、これほど長く、そして世界的にも人気があるということは、言い換えれば「九州男児を世界は、時代は受け入れている」と思うのです。

 

ただ、原作のままではあまりにも荒唐無稽すぎると思うので、セミナーを受講して頂いた方にはより現実的に落とし込める内容で、現実のグランドライン(偉大なる人生)を歩んで頂けるようになって頂きたいと思っています。

 

“ログポーズ”あるいは“レッドポーネグリフ”、そんな人生のコンパス(羅針盤)となるようなモノ

 

そのための知識、考え方などをお話しし、言ってみればあなただけのONE PIECE(ひとつなぎの大秘宝)を手に入れて頂くお手伝いをさせて頂くのが、今回のセミナーの目的です。

 

個人的には、ルフィに描かれているような人物像を【neo九州男児】と命名し、世界に拡散したいと目論んでいます。
そのためには“勝手に”ついていく海賊を含むと5000人は超えると言われている“麦わら海賊団”のような仲間が欠かせないので、1人でも多くの人にこのセミナーを受講して頂きたいと考えた次第です。

 

いずれ原作者の尾田さんとは対談をしたいと願っているのですが、「いじめのない自由で楽しい世界」になることが“ひとつなぎの大秘宝”の真意であると勝手に思っています。
未来を担う子供たちに、漫画を通してそのようにあってほしいというメッセージのような気がするのです。

 

僕には漫画を描くことはできないし、その能力はないので、僕が持ちうる能力で、僕にできることを通して「いじめのなに自由で楽しい世界」に人々を導きたいと、そして、それは可能であると確信しています。
それこそが、僕が起業し、セミナーを企画した本来の目的です。


セミナー概要

それでは、セミナーの概要について簡単にではありますが、説明させて頂きます。基本的には3つのコースからお選び頂きます。

 

1.基本コース(人数限定無し)

 

これが最もベーシックなコースになります。内容としては下記の通りです。

 

・facebook非公開コミュニティを利用したセミナー受講(全9回)

・セミナー資料のデータ送付

・コメント欄における質問権(回答には時間がかかる場合がございます。)

 

セミナーの内容は、これまでご説明してきたように、現代を善く生き抜く力、知恵を生み出す力、新時代の文化を築く力、そういったものを養っていただくために必要な基盤となる知識を、9回に分けてお話するものになります。

 

例えばですが、職場や家庭において何らかの不調和を感じている人は「不調和を生み出しているものは何か」とか「相手が抱えている悩み」といったようなことに気づけますし、あるいはリーダーの立場(親であるとか、役職についているとか)にある人にとっては、「やる気を引き出し、主体性をもたせる」といったことがご自身の力でできるようになります。

 

「やる気を引き出す」と言えば、長年多くの企業や親たちが抱える悩みの1つであると思いますが、これもまた産業時代に根付いた「モノの見方」が理解できると、導くことが可能となります。それには、あなたの“偉大さ”を少し広げていただくことになるのですが、それができれば導こうとせずとも不思議なほどに相手へ影響を及ぼします。

 

このコースの受講費は、45,000円(税込み)です。

 

2.上位コース(20名まで)

 

内容としては、上記基本コースに加え、

 

・ライブ受講確約(場所は福岡県内で計画しております)

・『グランドライン』配布

・セミナー参考文献一覧配布

 

になります。

 

補足しておく箇所があるので、それについてご説明しておきます。

 

まず、『グランドライン』ですが、これはあなたがどういった【航路】でこれからを進んでいくかという大きな枠組みを埋めて頂くものになります。

 

申し上げたように、陳腐さの道はすでに整備されていますが、偉大さへの道は“これから”整備をしていくことになります。ONE PIECEではログポーズ(コンパス)がありますが、あなたにとってのログポーズにしていただこうと思っています。

 

参考文献一覧というのは、文字通りこのセミナーに至るまでに気づきやヒントを与えてくれた文献です。言ってみれば、タネや仕掛けのようなもので、僕はそういうものもひっくるめて全てを包み隠さずあなたにご提供しようと考えています。

 

このコースの受講費は、100,000円(税込み)です。

 

3.最上位コース(限定10名まで)

 

内容としては、上記のコース全てに加えて、

 

・出張セミナー(あなたのコミュニティにお伺いしこのセミナーを行います。福岡県外へは別途交通費をいただきます。)

・質問権(メールなどによる個人的質問回答確約、有効期限特になし)

・1対1の面談(1回あたり90分程度、回数は3回まで、有効期限特になし)

 

になります。

 

基本コースの質問権との違いは、非公開コミュニティのコメント欄とはいえ、比較的オープンな環境における質問ではなく、個別な質問がある場合に受け付けるものとなり、確実にご返答をお返しいたします。

 

面談というのは、法や良心に反しないない内容でしたら、どのような内容でもかまいません。期限は特に設けておりませんので、話し相手が欲しいとき、相談できる誰かが欲しいとき、不測の事態が起こった時などご自由にいらしてください。

 

出張セミナーは、あなたが属するコミュニティ(プライベート、会社、NPO、PTAなど)にも教えたいという場合にあなたに代わってお伝えしに伺います。

 

このコースの受講費は、25万円(税込み)です。

 

申し込み方法

下記メールアドレスに、ご氏名を忘れずにご記入の上、参加の旨をご連絡ください。追って、振込先口座等をお伝えします。なお、基本コースにあるfacebook非公開コミュニティへのご招待の関係上facebookアカウントが別途必要となりますので、アカウントをお持ちでない方はご登録のうえ、アカウントリンクをご送信ください。すでにアカウントをお持ちの方は、下記メールアドレスではなく、僕のfacebookアカウントへメッセンジャーを通してご連絡いただいてもかまいません。

 

メール:jamsdean@outlook.jp

フェイスブックアカウント:

 

送って頂く際は、氏名を忘れずにご記載ください。振込確認で必要となります。


世はまさに、大海賊時代である

ドラッカーの言う「選択の自由を手にする人が急激に増えている」とはまさに、ONE PIECEのナレーション(現在オープニングナレーションは無くなりましたが)が巧みにまとめあげたと思います。

 

いかにも“少年の心”を刺激しそうな言葉で、“オトナになりきってしまった”人には「う~ん」と言えなくもないと思いますが、それでもこれらの言葉は“的を得て”いるからこそ、そして、明確に言葉で表せなくとも本能で感じ取っているからこそ多くの人々の心に刺さるのだと思うのです。

 

とはいえ、自覚があろうとなかろうと、臆病で、優柔不断で、行動力に欠けるという場面は多かれ少なかれ訪れると思います。

 

その裏にあるのは、「過ちを繰り返さない慎重さ」であるとか、「過ちを犯したくない慎重さ」といったものがあると思うので、個人的には「悪い」ことではないように感じていますし、僕自身もそういう時はあります。
むしろ、そうした「慎重さ」が不可欠であることすらあります。

 

それでも「宝くじは買わなきゃ夢すら見られない」と多くの人が語るように、最後は行動を起こさないことには期待のしようがないわけです。にもかかわらず、「慎重さの檻」からいつまでも抜け出せない状況があるのはなぜでしょうか?

 

それはやはり、

 

「道理や原則を忘れているから」

 

に尽きるのではないかな、と思うわけです。価値観や文化というのは、人それぞれにあり、犯罪者やテロリスト集団ですら価値観や文化を築いています。
しかし、道理や原則というのは時代を超えて普遍で不変なものであり、誰にもゆるがすことのできない真理です。
その道理や原則に反するモノ、コトが淘汰され、磨かれ続けて今があるわけですから、道理や原則を適切に理解すれば臆病になることも、優柔不断になることもなくなると思うのです。

 

勇気とは、奮い起こすものではなく、煥発(カンパツ:輝き現れる)されるものだと思います。
「義を見てせざるは勇無きなり」
と日本の言葉にはありますが、普段は臆病で優柔不断に見える、いわゆる草食系と呼ばれるような人たちも時にとんでもない行動を起こすことがあるのは、まさに煥発された勇気によるものだと思うわけです。
(その行動そのものが良いことか、悪いことかは別にしてですが)

 

ということは、まずは道理や原則を再認識することでが大事であり、その活かし方さえ身につけることができれば、川の流れがやがて大海に注がれるように、うまく流れていくのではないか、と。

 

そのためには、流れを遮っているものは何か、流れをより円滑にするには何が必要かということを理解する必要性があるわけで、道理や原則を再認識する、偉大さを追求し続けるという道からしか勇気というのは煥発されないのではないかなと思うのです。

 

作中の海賊王ロジャーいわく、

 

「受け継がれる意志、時代のうねり、人の夢、それらは止めることができないものだ。人々が自由の答えを求める限り、それらは決して止まることはない。」

 

のです。そして、それは現実社会にも当てはまると思うのです。
そんな“激流”の時代を、訪れる新時代を善く生き抜きたいという気になっていただきましたら、ぜひご連絡ください。

 

それでは、セミナーでお会いできればうれしいです。

 

そして、あなたの航海が素晴らしいものになることを心より願っています。

 

ありがとうございます!

 

矢野


追伸:最後の最後でONE PIECEを熱く語ってしまいましたが、コースと対応コンテンツだけ端的にまとめておきます。

 

基本コース:受講制限なし、受講費45,000円(税込み)

 

・facebook非公開コミュニティを利用したセミナー受講(全9回)

・セミナー資料のデータ送付

・コメント欄における質問権(回答には時間がかかる場合がございます。)

 

上位コース:20名限定、受講費100,000円(税込み)

 

・基本コース

・ライブ受講確約(場所は福岡県内で計画しております)

・『グランドライン』配布

・セミナー参考文献一覧配布

 

最上位コース:10名限定、受講費250,000円(税込み)

 

・基本コース、上位コース

・出張セミナー(あなたのコミュニティにお伺いしこのセミナーを行います。福岡県外へは別途交通費をいただきます。)

・質問権(メールなどによる個人的質問回答確約、有効期限特になし)

・1対1の面談(1回あたり90分程度、回数は3回まで、有効期限特になし)

 

 

です。詳しい説明は本文をご再読くださいませ。

 

最後にもう一度、お申し込み方法は、

 

メール:jamsdean@outlook.jp

Facebookアカウント:

 

に氏名をご記載の上、ご連絡ください。

Profile

Pera Ichiro

都内で働くエンジニアだったが、趣味の旅行・コーヒー好きが高じて、美味しいコーヒーを求めて世界中を回る旅に出る。世界各国を回って見つけた美味しいコーヒー、珍しいコーヒーを是非多くの人に届けたいと思い、2015年に念願のカフェをオープン。
好きなこと:コーヒー、旅行、読書、音楽、創作活動