リセットされた海辺の町に
モバイルハウスをつくり、暮らし、
地域を元気にしたい!

~世代をつなぐ、世界をつなぐ~
DEAL東松島プロジェクト
東日本大震災から7年。被災した町はどう変わったか?
早いものです。未曾有の被害をもたらしたあの震災は被災地のみならず、全国、世界中に大きな衝撃をもたらしまいた。

こんにちは、初めまして。
石原健次と申します。現在、仙台で一人暮らしをしている大学生です。幼少のころ名取に住んでいたというご縁で仙台の大学に進学を決めました。

実家は愛知県で、震災の時も愛知県にいました。ニュースでの映像がどこか遠くの世界のことのように感じたことを今でも覚えています。

2013年に仙台に来て以来、生活上震災の影響を感じることはほとんどありませんでした。同様に被災地を訪れることもありませんでした。しかし、卒業を控えた今年度に、実際に現場を見る、生の声を聞く、という思いに駆られて今年の3月に東松島の野蒜に足を運びました。

7年以上経過した今でも復興工事が続いている、震災のダメージがはっきりと残っていること、そしてそんな光景が仙台駅から1時間と少し車を走らせた場所に存在していることに、言葉が出なくなりました。

震災での出来事とその現状を世界に発信して行く必要がある、そう思いました。

津波により消失、原野と化し、今も復興工事が行われている町。
鳴瀬川の西部、小高い山が連なる宮城県東松島市野蒜地区。この町ではその山すそまで津波(15時40分ごろに10.35mの高さを観測)が襲いかかり、沿岸全域で壊滅的な惨状でした。高台に新しい生活区の造成、仙石線の復旧、学校の移転新設など、たくさんのご支援により復興は進んでいます。しかし、町を車で走るとその風景は原野と化した地域が広がり、ほんとうのに活気を取り戻していくにはまだまだこれからだなと感じるまで、長くかかりませんでした。
原野と化したここから再出発。
そんな思いをいだきながら、訪れた先である男性に出会いました。彼の名はウィル・B(←ニックネーム、れっきとした日本人男性48歳)。高台に新しく造成された野蒜ヶ丘に移らず、被災した家を修復し暮らしている人の一人です。
住宅設備業を営んでいた両親とともに被災後まもなくから自力で家屋を修復、水道復旧前から、万一のために備えていた井戸とガチャポンプで汲み上げた水でヘドロを洗い流したこと、まきを燃やして暖を取ったこと、偏屈者扱いされていた70代80代の方の知恵や経験があったから命をつなぐことが出来たことなど、彼の話はとても興味深いものでした。
今この場所だからわかること、気づくこと、体験できること。
彼は「今この場所だからわかること、気づくこと、体験できることがある」といいます。「IoT、AI、暗号通貨、めまぐるしく時代は変化していってるよね。それは全く否定しない。その変化は人間が根本的に持っている欲求の一つだから。でもちょっと乗り遅れたり間違えたりしただけで、生きることを諦めるほどのピンチになったり。でもどんなに追い詰められて辛い状況でもさ、生きていくことはできるし、それを楽しむことができるんだよ」

生きる底力を身につけよう!
なんにもなくなった状況だったけど、今もこうして生きている。それはどうやって生きてこれたのか、現地で、大地に根を張って、悲しい辛い体験だったけどやっぱり海が好きで、そこに今も暮らす、実際に生き抜いた人の生の言葉は、都会で暮らす者にとって大きな学びになるのではないだろうか。

モバイルハウスで生活体験
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山から薪をひろって火の扱いを身につける
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世代を超えたつながり、世界を超えたつながりを
「人とのつながりは今生きていて関わり合っている者たちとだけじゃないよ。長い長い時を超えて生き抜いてきた先人たちがいて、つないできてくれた命を私たちは受け継いで生きているよね。そして未来へつないでいくために今を生きて学んで恋をして成長していくんだよね」
「自分はいまモバイルハウスや民泊の準備をしたりしているけど、将来ここにたくさんの人が訪れて交流が生まれる場所にしたいと思っているんだ」
「モバイルハウスからキャンピングカー、トレーラーハウスと大きくしていく。宿泊や生活体験だけじゃなくて定住しお店を開いたり、農業をしたり、そんなふうに町ができていったらおもしろい」
たった一度の人生、やりたいことをやって悔いなく、楽しく生きるべき。
「たとえお金をすべて失ってしまっても、生きる底力を身につけて、何度でもはい上がれるようになったら最強でしょ。」
原野と化したここから再出発。
そんな思いをいだきながら、訪れた先である男性に出会いました。彼の名はウィル・B(←ニックネーム、れっきとした日本人男性48歳)。高台に新しく造成された野蒜ヶ丘に移らず、被災した家を修復し暮らしている人の一人です。
住宅設備業を営んでいた両親とともに被災後まもなくから自力で家屋を修復、水道復旧前から、万一のために備えていた井戸とガチャポンプで汲み上げた水でヘドロを洗い流したこと、まきを燃やして暖を取ったこと、偏屈者扱いされていた70代80代の方の知恵や経験があったから命をつなぐことが出来たことなど、彼の話はとても興味深いものでした。
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例えば、皆様からのご支援があれば

水タンクを設置 し、
何キロも先から水を運ばなくても
水を利用できるようになります
水タンクを設置 し、
何キロも先から水を運ばなくても
水を利用できるようになります
水タンクを設置 し、
何キロも先から水を運ばなくても
水を利用できるようになります
水タンクを設置 し、
何キロも先から水を運ばなくても
水を利用できるようになります
タンザニアからの手紙
タンザニア在住 エミリー(12歳)

私達の村では、雨水がたまってできた池や衛生的に問題のある蓋のない井戸で生活に必要な水をまかなっていました。特に乾季には数キロも離れた隣村の井戸まで水を汲みに行かなくてはなりませでした。水汲みは女の人や子どもたちの仕事で、何度も往復しながら重い水を運ぶことに多くの時間を毎日費やさなくてはなりませんでした。
今回、村に新しい給水のしくみができたことで、水汲み労働から解放され、もっと勉強ができるようになりました。プロジェクトでは勉強だけではなくて、病気にならないように手洗いをすることや、歯磨きの方法まで学ぶことができます。最近は、絵を描く方法を教えてもらいました。 一年中安全な水が使えるのは何物にも代えがたいことです。水汲みの労力と時間を省くことができます。私はいま毎日学校で勉強しています。これからも勉強を続けて、大人になったら先生になれたらいいなと思います。
このプロジェクトを支援してくれた人たちに幸福が訪れますように!

2016年3月30日 エミリー

支援者の方々の声

子どもたちの夢を実現できるような支援をしたいと思っていました。 一般的に、募金はどのように使われるかが見えないことがありますが、写真や手紙で実際に役に立っていることが分かって良いと思います。
20代 女性
子どもたちの夢を実現できるような支援をしたいと思っていました。 一般的に、募金はどのように使われるかが見えないことがありますが、写真や手紙で実際に役に立っていることが分かって良いと思います。
20代 男性
子どもたちの夢を実現できるような支援をしたいと思っていました。 一般的に、募金はどのように使われるかが見えないことがありますが、写真や手紙で実際に役に立っていることが分かって良いと思います。
20代 女性
子どもたちの夢を実現できるような支援をしたいと思っていました。 一般的に、募金はどのように使われるかが見えないことがありますが、写真や手紙で実際に役に立っていることが分かって良いと思います。
20代 男性
子どもたちの夢を実現できるような支援をしたいと思っていました。 一般的に、募金はどのように使われるかが見えないことがありますが、写真や手紙で実際に役に立っていることが分かって良いと思います。
20代 男性
プロジェクトを支援する
ご自由にお決めいただいた金額を月々の自動振替によって継続的にご協力いただく募金プログラムです。
継続的なご寄付により、長期的な視野で子どもたちの成長と自立を支援します。

よくあるご質問

ペラウォータープロジェクトは、最初の協力国としてなぜタンザニアを選んだのですか?
タンザニアでは急性栄養不良の子どもの割合が高く、貧困もいまだに深刻な問題となっているのが大きな支援理由です。ほとんどの住民が農業を営んでいますが、生産性の低さや気候変動による雨水不足の影響も受け、約67%の家族が年間を通して十分な食糧を得ることが難しい状況です。
ペラウォータープロジェクトは、最初の協力国としてなぜタンザニアを選んだのですか?
タンザニアでは急性栄養不良の子どもの割合が高く、貧困もいまだに深刻な問題となっているのが大きな支援理由です。ほとんどの住民が農業を営んでいますが、生産性の低さや気候変動による雨水不足の影響も受け、約67%の家族が年間を通して十分な食糧を得ることが難しい状況です。
ペラウォータープロジェクトは、最初の協力国としてなぜタンザニアを選んだのですか?
タンザニアでは急性栄養不良の子どもの割合が高く、貧困もいまだに深刻な問題となっているのが大きな支援理由です。ほとんどの住民が農業を営んでいますが、生産性の低さや気候変動による雨水不足の影響も受け、約67%の家族が年間を通して十分な食糧を得ることが難しい状況です。
ペラウォータープロジェクトは、最初の協力国としてなぜタンザニアを選んだのですか?
タンザニアでは急性栄養不良の子どもの割合が高く、貧困もいまだに深刻な問題となっているのが大きな支援理由です。ほとんどの住民が農業を営んでいますが、生産性の低さや気候変動による雨水不足の影響も受け、約67%の家族が年間を通して十分な食糧を得ることが難しい状況です。