BPWとは

<概要>

1951年、東京在住の働く女性の中核となっていた女性たちの間で横のつながりを持ち、女性の地位向上を目指しながら親睦を図りたいという小さなグループ『東京有職婦人クラブ』が誕生。その後横浜・名古屋などに同様のクラブが結成され、1958年には、日本有職婦人クラブ全国連合会が発足しました。1959年にはIFBPW(現BPW International)に加盟し、1994年世界各国の呼称統一の動きにあわせて、日本BPW連合会と改称しました。

2009年9月15日、「特定非営利活動法人 日本BPW連合会」として法人化し、2017年11月7日には、東京都より認定NPO法人として認定されました。(認定書はこちら)

現在の日本BPW連合会は、20のクラブ・アソシエーツ及び個人会員で組織され、会員は約400名です。会員は、職業を持っている、または、かつて持っていた女性が中心です。

日本BPW連合会は内閣府男女共同参画推進連携会議の構成団体です。


<沿革>

1951年 東京クラブ発足

1958年 全国連合会結成

1959年 BPW Internationalに加盟

1993年 名古屋コングレス開催

2001年 NPOとして法人化

2017年 東京都より認定NPO法人となる


理事長からのメッセージ

女性が自立して生きることを支える社会に

2019年1月、小4の女児が、父親の暴力で死亡するという事件があり、数日後、母親も逮捕されました。この事件について、児童相談所の対応その他問題点はいろいろと指摘されましたが、私は、なぜ母親が、娘を連れて夫の暴力から離れなかったのかという疑問を抱きました。もし、彼女が自立して生きることを支える社会であれば、そしてそのことを彼女が理解していれば、娘と共に自分で人生を切り開くことが出来たかもしれません。
でも、今の日本社会は、どうやら、男の暴力がまかり通り、社会もそれを半ば肯定する空気があることを、私は否定できません。
人口の半分は女性なのだから、女性たちの声を政治に反映させるために、「議席の半数を女性に」と願った活動は、「政治分野における男女共同参画法」の成立を実現しました。法律成立後初の選挙では、1人でも多くの女性が立候補し、議席を確保するよう呼びかけをしています。
しかし、週刊誌「AERA」の2月11日号に、女性議員に対する男性支持者からのハラスメント事件が少なくないことを伝える記事が掲載されていました。男性から女性へのハラスメント事件は、昨年の国会でも問題になりました。高級官僚による、女性記者に対するハラスメントです。日本の男女格差が、いわゆる経済先進国では際立っていることを理解されているか、総ての男性に問いかけたい。
2019年3月開催の第63回国連の女性の地位委員会の今年のテーマには、【差別を受けることなく、女性や女児が社会保障や制度の利用を可能にすること】が謳われています。つまり、女性が家族その他に縛られること無く、社会の支援を受けるためには何が必要かという議論です。
BPWも、【女性が自立して生きることの出来る社会】【自立して生きる女性を応援する社会】の実現に向けて今動き出しています。ご一緒に活動しませんか。


2019年2月
特定非営利活動法人 日本BPW連合会理事長 平松 昌子

歴代代表

1958~1959  山主 敏子  共同通信論説委員
1959~1961  久米 愛   弁護士
1961~1963  西 清子   評論家
1963~1965  金子 みつ  参議院議員
1965~1967  高力 寿美子 大阪府専門職員
1967~1971  北野 とみ  アメリカ文化センター次長
1971~1975  影山 裕子  国立電報電話局長
1975~1976  高橋 展子  駐デンマーク大使
1976~1979  橋本 綾子  衣笠学園園長
1979~1980  高橋 展子  駐デンマーク大使
1980~1983  安藤 はつえ あいふぉーらむ編集長
1983~1987  高橋 久子  最高裁判事
1987~1991  佐々 基子  NHKプロデューサー
1991~1995  安藤 はつえ あいふぉーらむ編集長
1995~1999  平松 昌子  就職情報誌編集長
1999~2003  出村 和子  弘前学院大学教授
2003~2005  平松 昌子  会社役員[AD1]
2005~2009  黒崎 伸子  外科医
2009~2013  松原 敏美  弁護士
2013~2017    名取 はにわ 元内閣府男女共同参画局長
2017~      平松 昌子  会社役員・ジャーナリスト