いのちの電話創設メンバー
齋藤友紀雄が語る
自殺対策の過去と現在

平成30年度 自殺予防週間特集
(9月10ー16日)
公益社団法人青少年健康センター

自殺予防週間とは

自殺対策を推進するためには、自殺について、誤解や偏見をなくし、正しい知識を普及啓発することが重要です。このため、平成19年6月に閣議決定された「自殺総合対策大綱」において、「9月10日の世界自殺予防デーに因んで、毎年、9月10日からの一週間を自殺予防週間として設定し、国、地方公共団体が連携して、幅広い国民の参加による啓発活動を強力に推進」することとされました。

 自殺予防週間は、当該期間中における集中的な啓発事業等の実施を通じて、国民に自殺や精神疾患についての正しい知識を普及啓発し、これらに対する偏見をなくしていくとともに、命の大切さや自殺の危険を示すサイン、また危険に気づいたときの対応方法等について国民の理解の促進を図ることを目的とするものです。(厚生労働省ホームページより)

 この度、青少年健康センターでは自殺予防週間特集として、いのちの電話の創設メンバーでもあり、国内で自殺対策の第一人者である当センター会長齋藤友紀雄にインタビューを行い、日本における自殺問題から自殺対策の過去と現在を振り返ってみたいと思います。

■「いのちの電話」はこうして始まった
――齋藤会長はこれまでに多くの自殺予防活動にご尽力されてきました。そのなかでもいまから約半世紀前にスタートした、わが国の自殺予防対策としては画期的であった電話相談「いのちの電話」でのご活動は、齋藤会長を語るうえで欠かすことのできないものだと思います。創設メンバーでいらっしゃるわけですが(現在は連盟理事)、最初にその当時のことをお聞かせください。

齋藤:そもそも「いのちの電話」というのは、〈自殺を防ぐ〉という目的をもって1953年にロンドンで始まったものです。これは国家主導じゃなくて民間主導でね。これが瞬く間に各国に拡がっていったわけですね。国際自殺予防学会とも連携して、この種の活動は当時の共産圏を含めて、全世界に拡大されていったんです。

 日本では、ドイツ人のルツ・ヘットカンプさんという女性が中心となって1971年に創設されました。宣教師として来日していた彼女は、特定の女性の保護活動をしていた。当時はまだ赤線というものがあってね、それは公式には廃止されたのですが(1958年「売春防止法」)、そのことで行き場を失った女性のためのホームを作り、社会復帰の支援をしていたんです。ところが、なかなか赤線の中に入り込んで、そういう女性たちに声を掛けるというのは難しい。暴力団なんかも絡んでいましたからね。それで「電話ならば気軽にかけられるだろう」という発想からね、そのころのドイツではすでに始まっていた電話相談を始めようというのが、そもそもの発端なんです。
 ヘットカンプさんは、「この活動に参画する人は遠慮なく誰でもどうぞ」という考えだったので、宗教のいかんを問わず、医者、教師、社会福祉関係者など、さまざまな人たちが参加して、あっという間に全国に拡がっていきました。

■社会のため、人のために
――そこに会長も当初からご参加されていたというわけですね。

齋藤:ええ。私自身、牧師でしてね、社会全体のために働くという、そういうモチベーションがありました。キリストの教えをただ伝道するということではなくて、社会のため、人のためというかね。そして、使命感を強く持ちながら全国各県を歩いて、「いのちの電話」のPRをしたわけですね。当時はずいぶんマスメディアも利用しました。
 私が関係者に声を掛けて始まった県というのは、ずいぶんと多い。まぁそれだけ苦労をしましたね。教会関係がすべての中心ということでもなく、仏教系が強い県もありますよ。「宗教のいかんを問わず」というこの原則を皆が承知して、公平な組織を作り上げたという実績があります。その地元の人たちがその気になって起ち上げるということが大事でね。
 そのときに、それぞれの地方が主体となって、その地域で人材をおこし、資金を集める、というモデルを提示しました。というのは、東京の本部からお金を送ったり、人材を送ったり……ということでは、やはりなかなか育たないわけですよ。
 それでもね、最初、あまり資金が潤沢ではないセンターなどには、私が古い家具やらなにやらを自分の車で運んで、それで最初の事務所を作ったなんていうところもありました。ですが、いまでは立派な組織になっていますよ。だから地域っていうものがその気になると、やっぱり優れた人材やいろんな寄付の提供があるものなんですね。
 そうして、すでに行政が中心となって組織ができていた北陸3県(富山・石川・福井)などをのぞいて、ほとんどの県で「いのちの電話」はできました(現在、全国に52ヵ所)。
 ですが、行政主導であっても民間主導であったとしても、いずれにせよこの活動は、ボランティア相談員の方々の力によって支えられているわけですよね。だから20世紀後半から21世紀初頭にかけて、自殺予防という課題は市民全体で担っていくことが大事であるという認識が拡大していった、そういう時代だったと思います。現在では、年間で80万件の相談が寄せられています。

■精神的な支え
――青少年健康センター創立者である稲村博先生は、「いのちの電話」面接相談室長でもいらっしゃいました。

齋藤:そうですね。自殺予防というのは、精神医学の見地も切り離せない問題ですから、そういった精神科の先生たちとも一緒に活動していました。「いのちの電話」が創設されてから1年半後に「精神科面接室」が設置されました。そのとき、目黒保健所長(当時)であり、「日本自殺予防学会」*の前身である「自殺予防行政研究会」を組織された増田陸郎先生とともに、稲村先生が面接室の責任者となられました。これがわが国最初の“自殺予防センター”となったわけです。残念ながらお二人ともすでに亡くなられてしまいましたが、自殺予防研究と臨床に情熱をかたむけられ、そして社会に向けて啓発的な発言を続けられた。お二人のご功績はひじょうに大きなものだと思います。

*…齋藤氏が2017年9月まで日本自殺予防学会理事長を務めた。現在は、張賢徳氏(帝京大学医学部)が新理事長に就任。
  張氏は東京大学医学部出身で稲村博氏の後輩にあたる。英ケンブリッジ大学臨床医学系精神医学博士号取得。
  わが国を代表する自殺学者の一人。
それから、ある国際会議に出席したさい、オーストリアの国際的にも大きな指導力を持った著名な精神医学者アーウィン・リンゲルに出会い、また彼の名を関した国際リンゲル賞(1996年)をいただいたりして、そのこともひじょうに私にとって精神的な励ましになりました。そのような場において日本の現状を報告したり、「日本ではこういうすばらしいモデルがある」というようなことを紹介すると、国際的にもひじょうに評価され、また仲間たちに喜んでもらえるわけです。また、国際会議ではその国のその地方独特の資源など、いろいろな情報も得ることができました。ドイツの大統領が目の前に座っていたなんていうこともあったりしてね、そういった経験は大きな精神的な支えとなりましたね。
 

■ようやく動き出した行政
――行政とのかかわりという面ではいかがでしょうか?

齋藤:行政が自殺問題に注目をして、大きく動き出したというのは2000年代に入ってからでした。80年代から90年代は、精神保健のひとつの分野として当時の厚生省などで動きがあったことはあった。ですが、たくさんの予算をつけて何か大きなことをやるということはなかったんですね。
 その前の70年代のことをお話ししますとね、増田先生や稲村先生たちと一緒に支援を求めて厚生省に行ったら、「自殺予防はうちの管轄ではない」と信じられないような発言をされた。当時、子どもの自殺が多かったものですから、文部省(当時)にも行きました。ですが、「子どもの自殺は精神保健の問題であるから厚生省に行け」と。たらい回しですよね。
 ついでに申しますと、鉄道会社にも行きました。人身事故、鉄道における自殺は当時も多かったですから。ですが、「縁起でもない」と門前払いでした。ポスターに「自殺」という言葉が使えなかった。これはだいぶ後までそうでしたね。現在では全国のJRが協力してくれるようになりましたけれども。とにかく「自殺」ということがタブー視されている、そういう時代でもあったんです。
 そんななか、1998年に自殺が3万人という急上昇をした。それまで自殺問題は厚労省の管轄だったところ、ことがことだけに一挙に内閣府の扱いになった。内閣府が2001年に自殺対策推進委員会を設けて、私もその委員会の一人になりました。自殺予防に関して、「いのちの電話」は民間ではあるけれども、ひじょうに先駆的な活動を始めたということを、まぁ行政側も評価してくれたのでしょうね。
 この委員会で責任を持つのは内閣の官房副長官ということでした。最初にお声が掛かったとき、私はたまたま海外に行っていてね、成田に着いたその日に官房副長官から「すぐ来い」という連絡があり、首相官邸までタクシーで向かいました。だから、それほど大変な時代なんだということを私自身もあらためて認識した。それからその委員会のとりまとめ役であった木村尚三郎氏が私の高校の先輩だったものだから、ひじょうに身近に感じましてね、「これはもう応じなきゃいけない」と、そんな思いをしましたね。
 そこには、かなり有力な識者が20数名集まったわけです。行政も最初は各省庁の次官級の人がずらっと並んでね。つまり、政府全体で取り組もうという、そういう意気込みがありましたね。各省庁からいろいろと意見が出された記憶があります。
 私自身も、「自殺予防は民間だけでできるものではない。やっぱり政府がきちっとした政策を立て、予算を投下して、全国民的な規模でしなくてはいけない」というようなことを何度も訴えました。事実、政府もそれに応えて、巨額な予算をつけてくれたわけですね。そういう意味では画期的なことだったと思いますね。
 自殺予防対策というものはどの国においても、やや堅苦しい言葉になるけれども「官民連携」で始まったといういきさつがあります。どの国でも、官民が一体となって対応している問題なんです。それが日本の場合は、2000年初頭から始まったと言えるわけですね。

■国際的に前例のない、劇的な減少
――ご経歴を拝見すると、2015年までこの委員会の委員をお務めになられたとのことですが。

齋藤:そうですね。最終的にこの委員会は数年続きましたね。そして徐々に内閣府から厚労省に差し戻されていきましたね。
 政府だけではなく、各都道府県単位でも対策委員会が始まっていきましたね。私も数年、東京都の対策委員を務めました。しかし、私が都の委員をしていたころにはもうかなり自殺率も下がってきて、たしか2012年ごろにはもとのレベル、つまり2万件台になった。今年度はひょっとすると2万件を割るかもしれないという状況なんですね。

 必ずしも行政の対策がすべてではないと思うけれども、これは国際的に見ても例のない、たいへん劇的な自殺数の減少です。そういう意味では、行政をはじめとする官民あげての自殺対策というのが、もう前例のない成果をあげたと言うことができると思いますね。
 ただね、やや皮肉な見方ですが、冷静な立場で言えば、自殺というのは流行があるわけです。これはどういう流行かわからないけれども、どこの国でも山があり谷があるという、そういう歴史を繰り返しているわけですね。だからこれは、「人為を超えた」と言うとやや曖昧な表現だけれども、人口というものにはやはり不思議なサイクルがあるんですね。
 たとえば伝染病を例にとってみても、一時、ものすごい流行をみせても、いずれ流行は必ず終わるわけです。ですが、カミュの『ペスト』ではないけれども、その病理は終わっても、またいつかどこかで新たな病理が発生する。自然というものはそういうものですよね。だから、そういう冷静な視点も必要だと思っています。だけれども、ただ何もしないでもいいというものではない。「人事を尽くして天命を待つ」ということですよね。それが私は公平な認識だと思います。

■伝えたいメッセージ――本当の治療者とは?
――いま目の前に、とても生きていくのがつらいと苦しんでおられる方がいらっしゃるとしたら、そういった方にどのような言葉をおかけになられますか? 

齋藤:そういうお気持ちを持っている方が、それこそいま目の前にいるとしたらね、とことんまで、いまのその方の気持ちをじっくり聞いてさしあげるということが基本ですね。私もかつては電話相談員もやっていました。そこで大切なことは、批評をせずに、分析をせずに、その人の言葉で率直な気持ちを話していただくということです。ただ、内面を語るということは、決してそれほど容易なことではないのですね。なので、「話しやすいことからでいいので、とにかくいまの気持ちを少し話してくれませんか?」という言葉をお伝えしますね。そして、その方の心に寄り添っていくことがいちばん大切なことです。

――社会全体としても、その人に寄り添い、批評や分析をしたりしない、そういった態度が必要であるということですよね。
齋藤:そうですね。ことにね、身近な人というのは、やはり励ましや説得に終わってしまうところがあるわけです。でも、やや距離を置いた関係であれば、たとえボランティアであっても冷静に話を聞けるものですね。専門家は、職業柄治療的な対応がすべてになってしまうことが往々にしてあるけれども、専門家といえどもじっくりまずは話を聞いてあげるということが、本当の治療者だと思いますね。危機の時こそ必要ですね。
 さきほど増田先生のことを少しお話しいたしましたが、先生が組織された「自殺予防研究会」は「自殺予防学会」となり、現在、数百名の会員がいます。私が世話役をしていた十年前ぐらいまでは細々とやってきましたが、いまでは学会としてひじょうにしっかりとしたものになりました。こうした学会などの専門性は専門性として、きちんと評価すべきものだと思います。
 自殺予防活動は、民間のボランティアなしにはできない事業ではあるけれども、一方でボランティアが何もかもを抱え込んでもいけない。そして、いろいろな専門機関を活用し、連携していくことが望ましいですね。専門機関のほうも「いのちの電話」をはじめとする社会資源、ボランティア活動を評価して、必要に応じて利用していただきたい。そういった両者の連携が今後さらに進むことを私は期待しています。

クリニック絆

青少年健康センターでは、平日13-18時まで無料の電話相談事業「クリニック絆」を運営しております。当センターでは相談員以外に、無料で精神科医との相談(*医師との相談は予約制)も実施しております。

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主催団体

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