Treasure every meeting, for it will never recur

TAKAHASHI YUKARI

プロフィール

高橋友佳莉(たゆさん)

初めまして、たゆさんこと高橋友佳莉です。

 この記事ではまだ私のことをよく知らない
という方に向けて自己紹介をしていきます。

 そして、それに付随して

 私が何を考え、何を思いながら生きているのか
そんな私の価値観や世界観もあなたに
共有したいと思います。

この記事をみて、少しでも私のことを
知って頂けたら嬉しく思います。

私は美容師、ドレスコーディネーター
アイリスト、飲食関係など10数種類の
サービス業を経験してきました。

 

10000人以上の方を接客しお客様
スタッフ、関係者など多くの方と出逢い
たくさんの学びと気づきを得ることができました。

『一期一会』

毎回の出逢いを大切にしなさい。
それは二度と起こらないものだから

私の好きな言葉のひとつです。



ただ最初から
人が好きだったわけではありません。
人間不信になった時期もありました。


私が当時、高校生の頃

4才の娘と2才の息子がいる叔母が
31才という若さで乳がんになりました。

 



入退院を繰り返してた叔母のかわりに

高校生で比較的時間の融通がきく、わたしは
ふたりのいとこを預かり面倒をみる日々でした。

学校帰りに幼稚園に迎えに行ったり
公園で遊んだり、お風呂に入れたり

プチお母さん状態でした。

トイレもひとりでゆっくり入れない状況に

「あー、お母さんって大変だな。
トイレにゆっくり入る時間もないのか」と。

17才の子供だった私が子供の面倒をみるのは
当時はとても大変に感じたのです。

でも嫌ではなかった。

大好きな叔母の病気が早く治ってほしいと
想ったらふたりのいとこと過ごす時間は
かけがえのないものだったのです。


しかし、想いとは裏腹に34才という
若さで亡くなってしまいました。

ベッドで息を引き取った姿をみて

「大丈夫。ふたりはみんなで守っていくからね」

と天国の叔母に誓ったのです。

 

ですが、その後 大人の事情で会えなくなりました。

住んでる家も連絡先もわからなくなりました。

「なぜ?」

私が気づかないうちに
気に障ることをしたのかもしれない

一家族に近い関係になりすぎたのかもしれない

 

しかし
「今まで多くの時間を共に過ごしてきたのに
亡くなったらはい。さよなら」なのかと思ったら
人間不信に当時はなりました。


それから8年の月日がたち…

 私と弟で
中学生になった、いとこを探してみることに。

 SNSツイッターを使い、捜索を始めました。

 すると意外とすぐ見つけることができました。
「こんな形で見つかるんだ」と思ったら

SNSの拡散力、情報量って
すごいなと怖くなりました。

色々、試行錯誤し
いとこと会うことが出来たのです。

 

おばあちゃんが
「孫に逢いたい、孫に逢いたい」と
ずっと言っていたので
8年ぶりに会わせることも出来ました。

 

会っていることをヒミツにしないといけないので
今でもバレないようにたまに会う関係を続けています。


こうしてSNSを使って
『出逢いたい人と出逢えた』
これをなにか困っている
人の為に活用できないかと思い

『0起業したばかりで周りに
価値観の合う相談できる人がいない』

という人の為に
『情報共有できるコミュニティを作ろう!』
と思ったのです。

 

向上心のある仲間と共に業種は違えど
同じ目的地を目指している者同士

舵をきって、大航海を渡り
人生という荒波を乗り越え支えあうこと


これが私の使命だと気づいたのです。

ということで長くなりましたが
私が伝えたいことやなにを考え
生きてるのかをぼんやりと
感じることができたでしょうか?

 

この記事を通じて
あなたの人生において

何かきっかけになるような
情報を発信できるように

私自身もさらに進化し続けながら
精進していきますね。

 最後まで読んで頂きありがとうございました。

 


高橋友佳莉(たゆさん)