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☆尾崎明夫神父のカトリックの教え(公教要理詳説)第1版

少しでもカトリックの教えに関心のある方々が、この要理を読んでカトリックの信仰が
論理的に堅固であり、十分に説得的であることを理解してもらえば本望です。

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目次

1.はじめに

2.公教要理とは

3.公教要理について一言

4.神の存在-1

5.神の存在-2

6.無神論-1

7.無神論-2

8.神はいかなるお方かー1

9.神はいかなるお方か-2(神の全知と人の救い)

10.神はいかなるお方か-3(神の全能)

11.神はいかなるお方かー4 

12.創造―1

13.創造―2

14.創造―3(主宰)

15.天使―その1

16.天使―その2(悪魔)

17.人間―1

18.人間―2

19.人間―3(堕罪)

20.人間―4(堕罪の結果)

21.旧約時代-1

22.旧約時代-2

23.イエス・キリスト-1(ナザレのイエスは実在の人物である)

24.イエス・キリスト-2(福音書はフィクションか、その1)

25.イエス・キリスト-3(福音書はフィクションか、その2)

26.イエス・キリスト-4(聖伝について)

27.イエス・キリスト-5(その年代)

28.イエス・キリスト―6、(イエスの人となり)

29.イエス・キリスト-7

30.イエス・キリストー8(復活)

31.イエス・キリスト-9(三位一体)

32.イエス・キリスト-10(キリスト論-1)

33.イエス・キリスト-11(キリスト論-2)

34.イエス・キリスト-12(ご昇天)

35.イエス・キリストを知る

36.聖母マリア

37.聖霊-1

38.聖霊ー2

39.教会―1(その起源)

40.教会-2(位階制度)

41.教会-3(預言職、1)

42.教会-4(預言職、2:聖書と聖伝)

43.教会-5(預言職、3)

44.教会-6(預言職、4)

45.教会―7(祭職)

46.教会-8(統治する権能:王職)

47.教会-9(教皇様)

48.教会-10(教会の四つの特徴、一なる教会)

49.教会-11(構成員、キリスト信者)

50.教会-12(キリストの神秘体)

51.神の恩恵-1

52.神の恩恵-2

53.神の恩恵-3

54.神の恩恵―4

55.罪―1

56.罪―2

57.罪―3(思いの罪)

58.罪―4(大罪)

59.罪―5(小罪)

60.死-1

61.死-2

62.私審判

63.地獄―1

64.地獄―2

65.煉獄

66.天国―1

67.天国―2

68.天国―3

69.体の復活

70.最後の審判

 

(省略記号)

 ●DS:デンツィンガー、シェーンメッツアー『カトリック教会文書資料集』エンデルレ書店。

 ●CCE:『カトリック教会のカテキズム』1992年

                                                  
1.はじめに

「信じる者は救われる」と誰かが言ったら、それはキリスト教をからかっていると考えられます。でもよく考えると、この言葉はキリスト教の本質を捉えていると言えませんか。キリスト教は信仰をとても重視する宗教ですから。イエスはいろいろな 機会に「私を信じなさい」と言われました。聖書には「信仰がなければ、神に喜ばれることはできません」とあります(ヘブライ 、11章、6)。ただ、カトリック教会はその信仰が盲信でよいとは言いません。なにを信じるのか、なぜ信じるのかを、ちゃんと筋道を立てて説明できないといけないと言うのです。

 

昔ある友人に聞いた話です。彼は大学生のときにカトリックの洗礼を受けた人で仏教にも興味を抱いていました。そして、あるお寺に高名なお坊さんが定期的に講話に来られ、講話の後には質問を受けてくれると聞き、一度聴講に行きました。話しが終わったときにこう質問しました。「阿弥陀如来が存在するとはどうやってわかるのですか」と。それに対する答えは「阿弥陀如来が存在するかどうかは問題ではない。阿弥陀如来が自分を救ってくれると信じることが大切なのだ」というものだったそうです。

 

これを聞いて私は不思議に思いました。阿弥陀如来が存在するかどうかはまず第一に問うべき問題ではないかと。なぜなら、もし存在しないなら、存在しないものを信じることは無意味だし、ましてや存在しない者なら、どうやって私は救ってもらえるのだろう、と考えたからです。

 

カトリック教会は、神を信じる前に、その神が存在することをまず説明します。そうして、神がどういうお方か、そして宇宙万物の創造、人間の創造と堕落、イエス・キリストの受肉(人間になること)と救いのみ業、そのイエスが建てた教会のこと、死後どうなるかなどなど、信じるべき事を示し、同時になぜ信じるのかを説明しようとします。

 

「あなたがたが抱いている希望について問いただす人には、いつでも、答えられるように用意していなさい」(第一ペトロ、 3章、15)。これは初代教皇の使徒聖ペトロが信者たちに書き送った勧めです。平たく言えば、「キリスト教の教えについて尋ねる人があれば、ちゃんと説明してあげなさい」ということです。このことは、初代教会の時代からキリスト教の信仰は「理論的に説明されるべき」と考えられていたことを示しています。つまり、「神父さんがこう言っているから信じなさい」とか「今までみんなこう信じていたのだから、あなたも信じなさい」というように頭ごなしに教えることを良しとしないのです。また、カトリックの教えは一部の限られた人たちだけに秘密裏に伝えられる秘教ではなく、なにも隠すことなくすべての人を対象とし、かつ何を信じているのか、 なぜ信じているのかを喜んで説明しようとしていたことを表します。

 

ここで忘れてはいけないことは、カトリック教会が神の啓示の中には、理性では理解できないが神が啓示されたという理由で信じる真理(それを奥義(おくぎ)と言います。ラテン語でミステリウム)というものがあると認めていることです。例えば、三位一体の奥義、受肉の奥義などです。ただ、教会は、このような奥義の場合も、理性によってそれが矛盾ではないと説明できると教えます。また同時に、信仰は超自然的なもので、人間理性の力だけで到達できるものではないことも主張します。信仰は神のたまもの(無償で与えられる恵み)なので、「信じることが出来るよう助けてください」と神に謙虚に願わねばなりません。ただ繰り返しますが、その信仰の内容を、信じるに価すると納得することは大いに勧められることなのです。

 

数学などで答えが分かった後だと、その答えにたどり着く方法(解法)が、よりすんなり理解できたとい経験はありませんか。これと同じように、一旦、答えである啓示の内容(信仰の神秘)を受け入れて、その後で、理性によってそれにギリギリまで近づき、可能な限り合理的に理解する努力が勧められるのです(これが神学にほかなりません)。

 

カトリックが主張するように、「信仰と理性は調和する」ということです(1)。このことは教会の不変の教えですが、この点に関しては特に13世紀のトマス・アクィナスが際立っています。しかし、近代になると主観的な哲学が生まれ(2)、この調和を否定しました。それに対して、教会は第一バチカン公会議において「信仰は理性を超えるものですが、信仰と理性の間に矛盾はあり得ない」と宣言しています(教義憲章「デイ・フィリウス」。DS.3015~3020。1870年)。

 

それでは一体、信じるべき事としてカトリック教会が示していることは、どこを見れば分かるのでしょうか。

 (1)信仰と理性の調和という問題についての教導職の教えは、聖ヨハネ・パウロ2世回勅、『信仰と理性』にまとめられています。

(2)歴史的に言うと、この主観的哲学は中世後期の唯名論に淵源(えんげん)をもちます。稲垣良典、『神とは何か』講談社現代新書によく説明されています。

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2.公教要理とは

もし外国人から「日本の歴史を勉強したいのですが、何かよい本はありますか」と聞かれたらどう答えますか。私なら中学校の歴史の教科書をお薦めします。なぜなら、縄文時代から現代までの日本の歴史が手際よくまとめられているからです。「いやいや、歴史を勉強したければ原典に直接当る必要がある。だから、まず『日本書紀』から初め、『平家物語』、『吾妻鏡』、『太平記』などを読み進みなさい」と言う人はまずいないでしょう。というのは、確かに原典に直接触れることによって昔の人の考えやものの見方を肌で感じて知ることができますが、それだけでは歴史の全体像をつかむのは困難ですし、またなによりも時間がかかります。まず教科書を勉強し日本史の概略を頭に入れ、それから興味のあるテーマや人物などを調べるために、専門書や史料に当たるのが妥当でしょう。

 

似たようなことがカトリックの教えの勉強にも当てはまります。カトリックの教えはイエス・キリストの教えですから、キリストの言行録である福音書を読むのは必須ですが、それよりも前にそれらをまとめた教科書のようなもの(カテキズム)を勉強し、全体像を頭に入れるのが賢いやり方と言えます。というのは、福音書はイエスの言行を伝えることを目的とした記録であるのですが、イエスは「今日は神について。次は人間について、その次は秘跡について・・」というふうに順序立てられた形ではなく、その場その場の状況に合わせて教えを述べられたからです。この一見ばらばらの教えを、使徒たちは絶えず黙想し理解を深めより分かり易く教えられるようにまとめていきました。このようにしてキリストの教えが体系づけられ、後にカテキズム(公教要理)が生まれたのです(1)。

 

今を去ること90年くらい前、深い学術的な公教要理の解説を書かれた岩下壮一神父はこう言っています。「私がここに解説を書いている公教要理という小冊子は、全世界のカトリック信者が教理について知らねばならぬ最小限度の知識を含むものなのである。・・本文があまり通俗的なので、生意気な青年なぞはつまらないと言う。しかしこの小冊子に、いかなる高尚な哲学や宗教の大冊よりも多くの人間に必要な真理が含まれている。大学教授なぞも、カトリックの信仰について何か書こうというような場合には、まずこの小冊子を読むのが一番早道である」(『カトリックの信仰』、ちくま学芸文庫 352~353頁(2))。

 

もちろん、聖書は神様のみ言葉であって、福音書は直接イエス様の教えを知り信仰を深めるため欠かせないものであることを否定するわけでは毛頭ありません。ただ、その理解を容易にするために、まずまとめを利用することは賢明であると言いたいのです。

 

このように話すと、「キリスト教は愛の実践にあるのであって、知識を詰め込むことではない。私は頭でっかちな信者にはなりたくない」といった反論が叫ばれるかも知れません。なるほど、信仰とは愛の実践であって知識を持つことではありませんが、同時に「知らなければ愛せない」のも本当です。『万人のための神学』(中央出版社、稲垣良典訳)の著者フランク・シード氏が、キリスト教の伝道をしていたとき「ロザリオの祈りを唱えている年老いたアイルランド人の方が、いろいろと学問している君よりずっと聖なる者だ」といやみを言われ、次のような答えをしたそうです。「おそらくそのとおりだろう。彼のためにもそうあってほしいものだ。しかし、その証拠は、彼が私より神学を知らないことだとすると、そんな証拠は彼も私も納得させない。それは彼を納得させない ―なぜなら私がこれまでに知り合ったロザリオや聖櫃(せいひつ)(3)を愛好するアイルランド老人たち(私の先祖にもそんな人が沢山いるのだが)はすべて信仰についてもっともっと悟りたいと熱望していたからである。また私もそれでは納得しない ―なぜなら無知な人でも有徳でありうることは明白であるが、無知が徳でないことも同様に明白だからである」と。知識のない方がよりよく愛の実践ができるということはなく、反対に、信仰を実践すればするほど、知識を必要とするものです。

 

このカテキズムは、信じるべきこと(信教)だけを教えるのではなく、信者はいかに生きるべきか(道徳)、その途上で人は神からどのような助けを受けるか(秘跡)、人は何を神に頼むべきか(祈り)についても説明します。つまり、この勉強は決してただ頭を鍛えるためだけではなく、信者としての生活にもしっかりした指針を与えてくれるのです。


(1) 簡単なカテキズムの歴史については、CCE 4~10を参照)。

(2)岩下壮一神父(1889~1940)に関しては、伝記として小坂井澄、『人間の分際』、聖母文庫、1996。日本の思想史における思想的価値については、半澤孝麿、『近代日本のカトリシズムー思想的考察』、みすず書房、1993を参照。

(3)聖櫃(せいひつ)。教会堂の中のよく目立つ場所に設置される櫃(ひつ)で、その中に聖体が安置されている。聖体が中にある場合、その近くにランプが灯されている。

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3.公教要理について一言

先に進む前に、この「カテキズム(公教要理)」について少し説明を加えるのは無駄ではないと思われます。なぜなら、「公教要理」については以前かなりの批判があったからです。

 

教会の歴史を眺めると、教会が産声を上げたときから、その教えは様々な攻撃を受けました。まずはユダヤ教徒から、次に様々な流れの異教の哲学者から。これらの攻撃に対し、キリスト教が子どもだましの迷信ではなく、論理的にも説明が出来ることを証明しようとする試みが現れました。これを護教学と言います(1)。また洗礼を志願する人々に、キリスト教は何を信じているのか、どう生きるべきなのかを教える必要があり、その教えを体系的に提示する必要も生じました。こうして、「カテキズム」(ギリシア語で「口頭で教える」)がつくられていきました。日本ではそれを「公教要理」(公教とはカトリック教の意味)と言いました。

 

16世紀、大航海時代に日本にやってきた宣教師たちも、日本語のカテキズムをつくりました(2)。その完成版とも言えるものが『ドチリナ・キリシタン』(ポルトガル語で「キリスト教の教え」という意味)と名づけられました。これは師と弟子の問答形式の形をとっています。冒頭に師匠が「キリシタンの掟は真実の教えであるから、キリシタンになる者はその理由を聞くことが大切である」と問い、弟子が「私は『公教要理』を聞いて道理の光を受け、キリシタンになった者です』と答えると、さらに「理解したと思うか」と尋ねています。つまり、キリスト信者になるためには、教えをよく聞き、理解する必要がある、と言っています(3)。この前置きに続いて、信仰の教えの説明が行われているのです。

 

明治になり禁教令が解かれると再び宣教師が来日し、様々な活動に従事します。その一つがカテキズムの作成でした。昭和初期、東京の大神学校で教鞭を執っていた岩下壮一、戸塚文卿、野田治助の三司祭が分担してこのカテキズム(公教要理と呼ばれた)の解説を執筆する計画が生まれ、岩下師は信仰箇条を、戸塚師は秘跡の部を、野田師は掟の部(倫理)を分担されました(4)。このうち岩下神父様の解説(残念なことに、公教会の項で終わっています)は最近になって講談社学術文庫、さらにちくま学芸文庫から出版されています。

 

1960年代に行われた第二バチカン公会議の後、その教えの誤解に基づく思想から、公教要理が種々の厳しい批判に晒され、一時はほぼ絶滅状態になりました(5)。公教要理などは暗記中心の不毛な教育法だとか、伝統にしがみつき新しい信仰の態度には支障になるとか言われ、多くのところで要理教育は影を潜め、それに代わって聖書の勉強、体験や感想の分かち合いが広まりました。その批判には真実な面もあることは否定しません。しかし、要理の勉強をしなくなると、信仰の知識と理解が曖昧になるのは避けられません。私自身が、このことを痛感しました。小学生の頃は教会の日曜学校で「公教要理」を習っていました、その後その勉強から遠ざかり、高校生から大学生になると、カトリックの教えや教会の歴史に対する近代科学や歴史学からの批判を知り、自分の信仰は教会内では通用しても一般社会ではおとぎ話のように思われることが少なくないのではと一種の引け目を感じるようになりました。幸いにその頃、ある神父様と出会い、小学生の時以来離れていた公教要理の復習をすることができて、小学生の時習ったことは嘘ではなかったと信仰に自信を取り戻すことができたのです。

 

同じような不安定な気持ちに悩んでおられる信者の方もおられるのではと思います。これから書き連ねる拙文は、20年ほど前、京都のある教会の信者さんから「神父さん、誰でもわかるような簡単な信仰の説明を書いてくれませんか」と言われ、その教会の月報に連載したものが土台になっています。少しでもカトリック要理に関心のある方々がこの拙文を読んで、カトリックの信仰が子供だましではなく、論理的に堅固なものであることを理解してもらえれば本望です。同時に、読めばすぐ分かることですが、本文はまだまだ説明の足らない部分があります。より理解を深めたいと思われる方には、教皇聖ヨハネ・パウロ2世の下で編集された浩瀚(こうかん)かつ最新の神学の成果がまとめられている『カトリック教会のカテキズム』(1992年、邦訳は2002年)と『カトリック教会のカテキズム要約』をお勧めします。また私の知る限りですが、参考文献を挙げておきますので、それに目を通して頂ければとも思います。

 

(1)護教論者と言われる人に、聖ユスチヌス(100?~165)やテルトゥリアヌス(160?~220?)がいますが、この二人の護教的作品は教文館の「キリスト教教父著作集」から出版されています。同じシリーズの8,9に掲載されているオリゲネスの『ケルソス駁論』のケルソスはキリスト教を攻撃した2世紀のギリシアの哲学者です。

(2)宣教師たちは、多大の困難の中でも聖書を日本語に訳する作業にも手を付けていました。バルバロ、『聖書』講談社、全聖書序論、30頁。

(3)『ドチリイナ・キリシタン ー キリシタンの教え』現代語訳、聖母文庫、13頁。原文は『どちりなきりしたん』、海老沢有道校注、岩波文庫。

(4)戸塚文卿著作集『神の恩恵』、中央出版社、1966年の解題にこの計画の経緯について簡単な紹介があります。野田時助、『カトリックの信仰』第二部倫理編、中央出版社1956年。

(5)第二バチカン公会議の誤った理解については、この時代の中心におられたベネディクト16世が「多くの出版物はしばしば第二バチカン公会議文書を示すのでなく隠蔽してしまいます」と言っておられます。「第二バチカン公会議文書について」(『霊的講話集2012・2013』ペトロ文庫、256頁)

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4.神の存在-1 

カトリックの第一の教えは「天地の創造主、全能の父である神」が存在するということです。これを認めなければカトリックの教え全体が崩壊しますので、まず神様についてしっかり見ていきたいと思います。

 

むかしノーベル物理学賞の授賞式でインタビューされた受賞者が「物理学を深く研究していくと、どうしても神の問題に突き当たる」と言いました。するとテレビキャスターは少しそわそわし始め話題をそらしたのです。神の話がそのような場には場違いであると考えたからでしょう。現代社会の大きな特徴は神を公の場から追放しようとすることですが、でも実際はこの地球上のほとんどの人間は何らかの神を信じていて、正真正銘の無神論者はごく少数です。ただ、無神論はインテリといわれる人たちの中に広がっているので、無視できない影響を世界に及ぼしているのです。

 

インテリの中に無神論者が多いということは、神は無教養な大衆には信じられるものかもしれないが最先端の科学に通じた者は神など信じなくなる、という印象を多くの人に与えているようです。言い方を変えれば、「科学が未発達の段階では多くの自然の謎が解明されず、それらの神秘を神という存在によって説明する。しかし、科学が発達すれば自然界のすべての謎は解かれ、神を信じる人はいなくなる」という考えです。実はこのような考えは19世紀に広がったもので、彼らは20世紀には科学の発達によって人類は真の幸せに達し宗教は消滅すると夢見ていました。20世紀後半に書かれた手塚治氏の『火の鳥』という作品に、未来の世界の住民が「聖書なんて、とっくの昔になくなっているよ」というような台詞が出てきますが、それはこの思想を端的に表しています。しかし、20世紀に宗教はなくなるどころかかえってその力を増しており、逆に科学に対する「信仰」(科学が人類を救うという信仰)は弱まりつつあるのです。

 

宗教と科学は矛盾するものではありません。科学と宗教は異なった分野を扱うものだからです。つまり、科学は物質を相手にします。物質を観察し、その構造や働きを調べていくのです。他方、宗教は究極的には見えないもの(物質ではないもの)を相手にします。科学は見えないものは対象にできません。それゆえ、科学がいかに進んでも神が存在しない、あるいは存在するという結論を出すことはできないのです。

 

科学と宗教は相反するものでないことを証明するには、一流の科学者で神を信じている人が珍しくないことを示すのが手っ取り早いでしょう。古いところではコペルニクスはカトリックの司祭で、ガリレオも熱心な信者(娘の一人は修道女)でした。遺伝の法則を発見したメンデルはベネディクト会の修道士、ニュートンはプロテスタントですが聖書に従ってアダムの年代を計算しようとしたほどです。この他、ボルタ、アンペアー、ファラディーなどの電気の研究者も、昆虫の研究家ファーブルやワクチンの予防接種の開発者パストゥールも深い信仰の持ち主でした。ダーウィンも神の存在は認めています。新しいところでは、ビッグバン理論の発見者のルメートルはカトリック司祭(1)、量子論の父といわれるマックス・プランク、ノーベル賞受賞者の医師エックルスも神への信仰を公言しています。

 

もちろん、科学者で無神論を唱える人も珍しくないのですが、その無神論はその科学者の科学研究の結論ではなく、科学と関係のない世界観から出てきた結論だということです。でなければ、科学を研究する人は軒並み無神論者になるはずですから。

 

信仰は非科学的であると言うことこそ迷信であると理解していただければ幸いです。

 

(注1)ルメートル神父については、ジョン・ファレル、『ビッグバンの父の真実』日経BP 2006年。また科学と宗教については、三田一郎、『科学者はなぜ神を信じるのか』、講談社 2018年。ガリレオの裁判については、シーア、M.アルティガス著、『ローマのガリレオ』大月書店 2005年 参照)。

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5.神の存在-2

公教要理には「神が存在することは道理によっても、また神の啓示によってもわかります」とあります。つまり、神の存在は、たとえ教会の教えや聖書を知らなくても、分かるというのです。しかし、それはどのようにしてでしょうか。神の存在がはっきり分からないわけは、ひとえに神が見えないからですが、見えないものならそれがあることはどうやって証明できるのでしょうか。

 

見えるものから見えないものに導く頭の働きを推理といいます。頭のよい刑事や探偵が推理によって犯人を見つける推理小説というものがありますが、その犯人探索の手順は神の存在証明の仕方を理解するために参考になると思います。推理小説では主人公の探偵や刑事は犯罪の現場を直接見ることはありません。もし見るなら現行犯で逮捕して、それで終わってしまいますから。それではどうやって犯人を捜すかと言えば、事件の現場に残った証拠や関係者のアリバイといった「見える事実」を拾い集め、それをもとに「見えない犯人」に迫っていくわけです。しかし、この当たり前のやり方の裏には、これらの「見える事実」には何かの「見えていない」原因があるという大前提があることに注意してください。つまり、刑事は死体を見つけたら、その死が他殺か自殺か自然死かとまず考える。他殺であると判定したら、次にでは誰が殺人犯かを考える。この行動の裏には、死ぬということの裏に必ず何らかの原因があるという確信があるのです。

 

これを神の存在証明に当てはめてみましょう。まず我々がこの目で確かめられる自然界から出発します。例えば、自然界を少し観察すれば、そこに秩序があることが分かる。そして秩序はなんらかの知性が存在していなければあり得ない。爪楊枝のような単純な形のものでも、偶然に樹木から落ちてきたと考える人はなく、誰かそれを作った人がいると考えるでしょう。それゆえ、自然界には作者がいると考えられる。これを「神」と呼ぶ、というわけです。

 

つまり、人間が自分の目で見て直接知り得る自然界の分析から始まって、因果律(あらゆる結果には原因がある)を頼りにして、最終的な原因(神)に至るわけです。神の存在という問題は、人類が始まって以来無数の思想家が証明しようと試みた大問題で、トマス・アクィナス(1274年没)は当時知られていた証明法を五つにまとめました。これが有名な「五つの道」です(1)。この五つは、みな上の手順を踏んでいます。

 

ところが、デカルト(1650年没)に始まる西洋の近代哲学は、まず人間は自分の外にある世界を知ることが出来ないとしました(内在論)。そうすると五つの道は出発点で頓挫します。さらにカント(1804年没)は感覚を超えたものには因果律は適用できないといました。言い換えるなら、五感で感知できない存在は人間の理性では知り得ないと主張するのです。そうであれば、私たちの信仰は理性では説明の出来ない、盲目的なものとなってしまいます。人間の理性には外の現実を知る能力がないと断言するのは、日常の経験に反しますし、実は矛盾があります。なぜなら、その結論を出すための道具が、まさにその能力を否定されたばかりの理性なのですから。

 

この考えが広まってきたのを見て、教会は第一バチカン公会議(1870年)において「すべての物の始まりであり終局である神を、人間の自然的理性の光によって被造物を通して、確実に認識することができる」(DS.3004)と宣言しました。これは実はすでにパウロが「世界が造られたときから、目に見えない神の性質、つまり神の永遠の力と神性は被造物に現れており、これを通して神を知ることができます」(ローマ 、1章10)と明言しているようにまごうことのない聖書の教えなのですが、反対の意見が広がったので、教会が公に宣言する必要に迫られたわけです。

 

トマスの五つの道に戻りますと、この道は神の存在を示すだけでなく、神がどのようなお方かをも少し教えます。そこから引き出される結論は、神は他を動かしながらも自らは動かない「不動の動者」、第一原因、純粋現実態(まったく変化しない)などです。さて、このような知識は神という重大な問題に一定の答えを出しますが、何か冷たい感じを拭い得ないと感じるでしょう。実際、パスカルやキルケゴールといった信仰者が、このような「哲学者の神」に反発しました(2)。

 

この反感は理解できるところがあります。けれど、神について話すことがあたかも非科学的な迷信であるかのように考える人の多い現代社会で、神の存在が論理的に説明できること、神について学問的な考察ができることを知るのは十分意味のあることです。また神についての哲学的考察を行った人々の中に、神との深い実存的な交わりを生きた人も珍しくなかったことも言い添えねばなりません。

 

他方、この推理による知識には大きな限界があることも事実です。前述の第一バチカン公会議は、理性による神の把握を可能と宣言した後で、「すべての人がすみやかに、確実に、そして少しの誤りもなく」神をより簡単にしる知るためには啓示が必要であると強調しています(DS.3005)。我々はキリストの啓示のおかげで、神について、人類史上卓越した哲学者が知恵を絞って考えた末至った結論よりもずっと豊かな知識を得るのです。

 

(1)『神学大全』、I, q.2, a.3。中央公論社の「世界の名著」『トマス・アクィナス』の山田晶の注を参照。

(2)「愛の神」と「哲学者の神」の問題は、稲垣良典『問題としての神』創文社、「第三日、理性と信仰」に詳しく取り上げられています)。

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6.無神論-1

前回「神が存在することは考えればわかる」と言いました。しかし、それではなぜ世間には神が存在しないと言う無神論者がいるのでしょうか。無神論は昔からありましたが、近代になって無視できない影響を振るうようになり、第二バチカン公会議(1962)はこれを現在の最も重要な課題の一つに挙げています(『現代世界憲章』19番)。

 

無神論者と言っても色々なタイプがあり、大雑把に戦闘的無神論、理論的無神論、実践的無神論の三つに分けられます。最初の二つは神は存在しないと言い切る人たちですが、戦闘的無神論者とは、それだけでなく、神を信じることこそ人間と社会を悪くしている、それゆえ宗教は撲滅しないといけないと信じるマルクスの考えに忠実な人々です。このように無神論を確信している人は少数派のようですが、この人たちは「なぜ私は神を信じないか」をはっきりさせるので、彼らの主張を少し見てみましょう。

 

しかしその前にはっきりさせておきたいことは、「神が存在しない」ことを証明した人はいまだかつていないということです。かつて「神が存在しないことはもう証明されている」という中学生(信者でした)がいてびっくりしたのですが、彼は科学が発達すれば神の存在が否定されると考えていたようです。この幼稚な誤解についてはすでにお話しました(4項参照)。

 

確信的無神論者は神と宗教は人間が作ったものだといいます。その代表であるフォイエルバッハという人は「人間には理想的存在をでっち上げる習性がある。『神』とは、人間がこの習性に従って、全知や全能や永遠といった完全性を備えるものとしてでっち上げられた存在だ」というような説明をしました。この説明は結構世間で受け入れられています。しかし、彼は何かの具体的な証拠からこの結論を導き出したのではなく、その結論こそ何の根拠もない想像の産物です。また、万一この仮説が正しいとしても、「それでは一体この宇宙はどうしてできたのか」という疑問は依然として残ります。

 

もう一つ、神の存在を否定する人がよく言うのは悪の存在です。「神が善なら、どうしてこの世に悪があるのか」というものです。つまり、悪があるから神はいない、という論理です(1)。しかし、ここでも先ほどと同じ理屈が通るでしょう。つまり、万が一彼らの議論が正しいとしても、もし神が存在しないなら、悪が起る舞台であるこの世はどうしてできたのか、という根本の問題は何にも解決されずに残るということです。確かに、善の神がいるならこの世界にどうして悪があるのかは誰の頭にも浮かぶ疑問で、教会の中でも最初から大いに善意の人々を悩ました問題です。この問題は避けて通ることはできません。この先「神様とはいかなるお方か」を見るときに、もっと突っ込んだ議論をしましょう。

 

ということで、神の存在を完全に否定したければ、この世が神以外のものに原因をもつこと、そして、その原因が何かを示さなければなりません。そこで、神を否定する人は結局「この世が永遠である」、あるいは「この世は偶然に生まれた」のどちらかの仮定に頼るしかありません。しかし、もしこの世が永遠であったとしても、それではなぜこの世にかくも完璧な秩序があるのかは無限の知性を考えることなしには説明できないでしょう。それを偶然のせいにするのは、前回見たように無理があります。

 

ではなぜそのような無理のある考えに固執するのか。その根底には人間の高慢が潜んでいます。すなわち、神を認めると人間は自由でなくなる、「好き勝手できなくなる」、あるいは人間の価値が下げられると考えるのです。自分の思い通りに何でもしたいという人は、何が何でも神を否定しようとするのです。しかし、神を否定すれば、人間は解放され真の自由を得ることになるのでしょうか。この考えがいかに酷い誤りであったかは、20世紀にソ連を初めとする無神論を国教とした国々で、どれほど非人間的で残酷極まる社会が生まれたかを見ればわかります。(ノーベル賞作家、アレクサンドル・ソルジェニーツィンの著書、中でも『収容所群島』新潮文庫を参照)。

 

(1)この問題は、山田晶『アウグスティヌス講話』新地書房、第四話「創造と悪」にわかりやすく
   説明されています。

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7.無神論-2

前回は、「神様なんかいない」と言う人たちの考えを取り上げました。今回は、難しい言葉で言うと実践的無神論者、分かりやすく言うと「神様はいてもいなくても同じ」と考え、「あたかも神がいないかのように」生活する人々について見ていきたいと思います。

 

『日本人はなぜ無宗教なのか』(阿満利麿、ちくま書房)という本があります。著者は日本人は宗教的だと主張します。つまり、圧倒的多数の日本人は自ら無宗教と言いながら、お守りを買ったり、仏滅を気にしたり、縁起を担いだり、といったような非科学的なことを平気でしている。また毎年正月には一億人を超える日本人が初詣に行く。どうしてそんなことをするかと言えば、この人たちは唯一の創造主を認めないにしても、この世で起ることは「何か目に見えない力」(お守りや日の吉凶や星座など)に影響されると心の底では信じているからでしょう。実際驚くべきことに、日本では何らかの宗教団体に属している人は2億人以上いるそうです。実は、この現象は、人間が生まれつき宗教的であるというカトリックの主張を証明しているに過ぎず、なんの不思議もありません(1)。言い換えると、確信的な無神論は人間の本性に反することなのです。

 

しかし、だからといって日本が宗教的な国だと言えば、誰もが首をかしげるのではないでしょうか。大多数の日本人は、「神やあの世のことなんか考えてもしょうがない。それより豊かな生活を目指して楽しく暮らすのが一番」と考えているのでは。もちろん、この中で「いや物質的な豊かさは人の心を満足させない」と気づいて、もっと深いものを探している人もいることも疑いありませんが。

 

さて、この現実世界だけに目を向ける種類の人間は、日本だけでなく欧米諸国に多く棲息し、その影響は発展途上国にも恐ろしい勢いで広がりつつあり、またカトリック信者の中にも見られます。でも「神様はいようがいまいが、どうでもよい」存在なのでしょうか。

 

前回無神論の根底に人間の高慢が潜んでいると言いましたが、神のことを避けようとする人々にも同じ病根が見られます。これはちょうど何の不足もない生活をしているのに「親はうるさいから独りで生活をしたい」と思う裕福な家庭に育った若者のようです。神のことをまじめにとると「勝手気ままな生活」はできません。例えば、礼拝、祈り、罪を避けるなどの義務が生じます。また「神様は何でもお見通し」ですから、悪いことから手を引かねばなりません。このような人にとっては、確かに「神はうるさい邪魔者」でしょう。

 

でも、それでは子供にとって親を無視し自分勝手な生活は幸せへの道なのでしょうか(もちろん、普通の親らしい親の場合です)。親から逃れて得る自由が本当の幸せではないということは、「放蕩息子のたとえ話」(ルカ、15章、11~32)を読めばよく分かると思います。

 

また、「神はいてもいなくても同じ」は本当でしょうか。神がいないならば、この世界は偶然の産物になります。ということは、人間も偶然の産物、つまり偶然に生まれてきて偶然に死んでいく存在です。言い換えれば、人間の存在には何の意味もないということです。無神論を心から信じるなら、こういう結論に達します。ただ、人生は無意味だと考えて平気でいられる人はよほど強い人で(「神は死んだ」と主張したニーチェは気が狂ってしまいました)、大部分の人は神以外に何か人生をかける価値のあるものを無理やり作り出さずにはいられないようです。でも、どう考えても、永遠無限の存在以外に人生をかける価値のあるものはありません。

 

神に愛され生かされている、神の摂理の中で生きていることを知るのは、幸せな生き方ではないでしょうか。この幸せをあまり感じないならば、それは神との付き合いが冷たいものだからという可能性があります。ちょうど、親と一緒に住んでいながら、ほとんど口も聞かずに他人のような付き合いをする子供が、自分の親のありがたさを感じないように。私たちは日々の生活の中で神様がどんな位置を占めているか、少し考えてみたらよいかもしれません。

 

最後に、前述した『現代世界憲章』では、無神論が生じた原因の一つに信仰者の責任を指摘しています。つまり信仰者が自分の生活によって「神と宗教の真の姿を示すよりもむしろ隠している」と(『同憲章』19)。これも私たち信者に真摯な反省を促す言葉だと思います。

(1)CCE.28では「人間は宗教的存在者といわれてよい」と言っています。

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8.神はいかなるお方かー1

前回まで数回にわたって神様の存在について話しました。今回からそれでは「神はいかなるお方か」を見ていきたいと思います。

 

その前に一つ質問です。無限と有限の間にはどれくらいの距離があると思いますか。「無限と有限の間の差は無限」というのが正解でしょう。さて、神様は無限で、対する我々は有限な存在。ということは、神と人間の差は無限ということになりますよね。そこで、人間が無限の神様については何も知ることができないと考えた人もいました。彼らは「神様については、例えば、神様は物質でない、時間的、空間的制限がない、欠点がない、など≪何でないか≫を知ることができても、≪何であるか≫を知ることはできない」と言うのです(これを「否定の神学」と言います)(1)。

 

カトリックの神学はこの「否定の神学」を認めつつも、それを乗り越えようとしました。神様の存在を証明する仕方を覚えておられますか。それは私たちが目にする被造物を観察して、結果から原因に遡る仕方で被造物の最終の原因に至るものでした。この世界は神の作品ということができますが、それならこの作品にはその作者である神の特徴の一部分が反映されているはずです。ちょうど、芸術家の作った作品(音楽でも、絵画でも、彫刻でも、建築物でもかまいません)に、その作者の何かが反映されているように。こうして、我々の限られた知性にもかかわらず、≪神が何であるか≫を、きわめて不完全な仕方とはいえ、知ることができると言うのです。

 

例えば、被造物を観察すると、全ての被造物は「存在している」ことがわかります。そして、存在するものはみな、善である(意志を引きつけるもの)、真である(知性によって把握できる)、美(知性と意志を引きつける)などというようなことが言えます。存在や善や真や美などの被造物がもっている特徴は、創造主である神が最高限度に持っているはず。なぜなら、誰も持っていないものを他のものに与えることはできないからです。真、善、美、存在などの中で、神様の本質を最もよく言い表しているものが、実は「存在」なのです。神様がモーセにお教えになった名前「我は有る者」(ヘブライ語でヤーウェ。出エジプト記、3章、14)には、非常に深い意味が隠れているのです。「存在そのもの」であるものは、無限に完全なもので、それゆえ遍在(どこにでもある。空間を超越する)、永遠(時間を超越する)で、また全知全能(無限の知性と意志、能力をもつ)であるはずです。

 

ただしここで、先ほど話しましたように、神様と私たちの間には無限の隔たりがあることを思い出す必要があります。つまり、私たちの知っている「存在」、「善」、「真」、「美」などは、「有限の存在」であり「有限の善」であり「有限の真」なのですが、それに対して神様は「無限の存在、善、真、美」なのです。つまり、私たちが「神様は善です」というとき、「私たちの知っている善」を無限に超越した「善」であるということを忘れてはなりません。たとえば、何か不幸な事件が私たちに起った場合、「なぜ善である神様がこのような不幸を私にお与えになるのか」と考えるのは、初歩的な間違いなのです。その場合、正しい考え方は、「善である神様がこのような不幸を私に望まれたのなら、その不幸はきっと何かの善のためであろう」ということです。神様は私たちの限りある頭では完全に理解できないことを、しばしば思い出す必要があります。

 

(注1)否定の神学については、山田晶、『世界の名著。トマス・アクイナス』中央公論社、138頁の注(2)
    参照。

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9.神はいかなるお方か-2(神の全知と人の救い)

神が全知全能であるとはよく知られた教えかと思います。同時にこの点については様々な考察や疑問が提出されてきました。今回はそれらを少し紹介したいと思います。

 

全知というのは、「過去、現在、未来」のことをすべてご存じであることを意味します。神が過去と現在をご存じだというはいいとして、未来をご存じというのは引っかかるところがあるのではないでしょうか。というのは、聖書の教えによれば、人間は死んだ後、審判を受けて永遠の報いか罰を受けます。もし神が未来をご存じなら、一人一人の人間をお造りになる際に、すでにその人が最終的に天国か地獄に行くかを知っておられるのですから、永遠の罰を受ける人は最初からそうなることに決まっていたということにならないでしょうか。もしそうなら、ちょっと恐ろしいですね。この考えは予定説と呼ばれ、特にプロテスタントのカルヴァンが強調したものです。

 

また聖書にも予定説に見える箇所があります。たとえば、『エフェソ人への手紙』1章4では「神はわたしたちが神のみ前で聖なるもの、非のうちどころのないものとなるように、世界創設以前から・・私たちを選びだしてくださいました」とあり、あるいは最後の審判の描写の中でイエス様は救われる人たちに向かって「世の初めからあなたがたのために用意されている国を受け継ぎなさい」(マタイ、25章、34)と言われています。

 

しかし、カトリック教会は予定説を断罪しました。まず、聖書ははっきりと神がすべての人の救いを望んでおられると教えています。テモテへの第一の手紙に「神はすべての人が救われて、真理を深く知るようになることを望んでおられる」(2章4)とあります。また上述した最後の審判の場面で、イエス様は滅びる人々に対しては「悪魔とその使いたちのために用意された永遠の火に入れ」と言われ、「あなたたちのため用意された」とは言っておられない。

 

では神様が未来を知っておられるゆえに、永遠の滅びに入る人のことを最初から知っておられることはどう考えたらよいのでしょうか。教会の教えはこうです。後でゆっくり見ますが、神は人間が自由に自分の人生を選ぶことを望まれた。人間はこの世に生きている間、自分に与えられた自由を使って、神に従うか従わないかを決めることができる。神は無理矢理ご自分に従うことを強制されない。それゆえ、地獄に落ちる人は、地獄に落とされるのではなく、自分で進んで行く(ちょうど『蜘蛛の糸』の泥棒のように)。それを神は最初からご存じだが、それはその人を最初から地獄に落とすためにお造りになったというわけではない、と言うのです。また救われる者が予定されているとしても、この地上では誰も自分が救いに予定されているという確信を持てないというのも教会の教えです。

 

この説明を聞かれても合点がいかないかも知れません。この問題は奥義(ミステリー)に属します。ただ、私たちが毎日している無数の決定は、自由にしているというのが率直な感じだと思います。また神は私たちを救うために自ら人間になって十字架の上で死ぬことさえなさったのです。私たちは生きている間、何度も神から「改心しなさい」という呼びかけを聞いています。でもそれを最後まで無視するなら、その人が永遠に滅びるのはその人の責任だと言えると思いませんか。

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10.神はいかなるお方か-3(神の全能)

もう一つ神の全能に関してよく言われる反論も紹介しておきます。

 

一つは、神は完全に善いお方で悪を行うことができないなら、どうして全能だと言えるのか、という反論です。何かの芸能や技術に優れた人がいるとします。しかし、いかに優れていると言っても人間である限り失敗はします。もしその人が決して失敗しないなら、それは完全な能力を持っていると言える。つまり、失敗するというのは能力があるからではなく、能力が不足しているからです。同じように神が悪を犯さないのは、能力がないからではなく、むしろ能力が無限だからなのです。

 

もちろん、例えば「神は丸い三角形を書くことができるか」と言われれば、できません。それは矛盾であって、矛盾は不可能、あり得ないものだから。ある人は「人間の世界にある善悪の基準は、神がそうお決めになったからということにある。もし神が無垢の人の命を奪うことを善だと言われたら、それは善になる」と主張しました(有名なのは14世紀の神学者ウイリアム・オッカムという人)。しかし、これも矛盾です。神は悪を善にすることも善を悪にすることもできません。善は世界の秩序にそっているから善、言い換えれば善は正しいことだから善なのです。

 

もう一つの神の全能に対する反論に、この宇宙は最善のものかどうかという問題があります。「最善だ」と言えば、「神は全能なのだから、現在の宇宙より良い宇宙をお造りになることができるはずではないか」と反論し、「最善ではない」と言えば、「最高に善いお方である神は、どうして最もよい宇宙をお造りにならなかったのか。神はケチではないか」と反論するというジレンマです。

 

この問題に対する伝統的な答えは、この宇宙は体系としては完全だが、別の体系の宇宙(どういうものか想像がつきませんが)をお造りになることは造作の無いことなのだ、というものです。

 

ただこの世界を見ていると神は全能なのかと疑いたくなることがあります。多くの人間が神に堂々と逆らっているではありませんか。これは神が人間を自由な存在としてお造りになり、常に人間の自由を尊重されるからです。自由な存在を作った時点で、ご自分の全能の力を故意に制限されたと言えるでしょう。神がそこまでされて私たちの自由を尊重されると考えると、私たちは自分の自由を正しく使う義務のあることを痛感しないでしょうか。

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11.神はいかなるお方かー4 

ここ数回にわたって説明した「神の特性」は人間が自分の知恵を絞った末に得る知識でした。無限の神について有限の人間が得る知識や理解はきわめて乏しいものです。それだからこそ、神様はご自分を人間に示してくださいました。これが啓示です。この啓示は、旧約時代から始まり、イエス様によって完成されます。イエス様は、人間が思いもよらなかった神様の真の姿をお教えになりました。今回はイエス様が、神様はいかなるお方かについてどのように教えられたかに目を移していこうと思います。

 

キリスト教は神様が御子を通じて、私たちにご自分がいかなる者であるかを啓示してくださったと信じます。「神はかつて預言者たちによって、多くの形で、また多くの仕方で、先祖たちに語られたが、この終りの時代には、御子によって私たちに語られた」(ヘブライ、1章、1)。すでに見ました神様が真、善、美そのもの、全知全能で唯一のお方であるというのは、キリスト教以外でもそのように教える宗教や思想家はあります。ではキリスト教だけにある教えは何でしょうか。

 

もっとも深遠で、神の啓示がなければ人は絶対に知りえない真理が、神は三位一体であるという奥義です。ただ、この奥義についてはまた別の機会に説明することにして、今回はもう一つのキリスト教の特徴、「神は愛である」(1ヨハネ、4章、8)ということについて少し見てみたいと思います。

 

イエス様は神様が人間の父であると教えられました。神が人間の父であると教える宗教は他にもあるそうですが、イエス様が御父を「アッバ」(小さな子どもが父親を呼ぶ際に使う言葉で「おとうちゃん」というようなニュアンスをもつ)と呼ばれたような、親しみにあふれる親子関係はどこにもありません。イエス様の教えの特徴は、神がいかに深く人間を愛される父かを如実に示したところにあります。神は、人間を愛によってお造りになり、近くから見守り、贖(あがな)い、また赦されます。もちろん、罪人が悔い改めない場合は正義によって裁かれることも真実なのですが、神様にとって人間とはかわいくて仕方がない存在だということがイエス様の教えから分かります。教皇フランシスコの言葉を借りれば、「神はあなたが大好きなのです。人生に何があろうと、決してこれを疑ってはいけません」(『キリストは生きている』、112)。「神が私を愛している」という事実を最もはっきり示すのは、主のご受難です。

 

ただし、この教えは私たちには普通のことのように思えても、実は驚天動地の真理であることを頭に入れておきましょう。例えば、イスラム教は神と人間の間に横たわる距離を強調し、神が人間になるということ自体が神に対する冒涜だと言います。彼らの言い分はある意味で正しいと思います。大会社の社長が平社員と一緒に釣りに興じるという映画がありますが、このような気さくな社長を現実にはまず存在しないでしょう。しかし、私たちは会社の社長より無限に偉大な神様が人間になり、さらにはパンの外観の下にお隠れになってくださったことに対しても無頓着にさえなります。今言いましたイスラム教徒の主張を聞くと、この無頓着には陥ってはいけないことが理解できるのではないでしょうか。

 

時に信仰は苦境に立ったときの慰めになる、例えば永遠の命を信じていると臨終が近づいてくるような状況でも希望を持つことができるというような意味で、信仰は役に立つと言われます。これは本当だと思います。しかし、キリスト教の信仰は、イエス・キリストを通じた神との個人的な親しさを深めることが出来るなら、気休めの効果として役に立つというよりもっと深い喜びをもたらすものです。

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12.創造―1

今まで神様が存在することと神様がどういうお方であるかを簡単に見てきましたが、その次は神様がご自分の外に向かって何をされたかを見ます。神様の最初のみ業が天地万物の創造です。

 

聖書は「初めに神は天と地を作られた」という言葉で始まっています。ご存知のようにこれに続いて6日間で神様は天地万物を整えられていきます。これを読んで「あれ、ビッグバンや恐竜のことが出てないぞ」といぶかしがる人もいます。聖書の教えは現代の科学の教えと相容れないように見えることは否定できませんね。

 

しかし、この違いに教会は目をつぶってきたのではありません。すでにローマ時代からカトリックの神学者たちは、聖書を文字通りにではなく比喩的に解釈するべき箇所もあることを教えています。また近代になって自然科学や歴史学や考古学が進むにつれ、聖書と科学はどう調和するのかが問題になってきました。このような問題を研究するために20世紀の初めに教皇聖ピウス10世は「聖書委員会」という機関を作りました。この委員会に当然のように創世記が語る天地創造や人間の創造の箇所をどう解釈すべきかが問い合わされたのです(1909年。DS.3512~3519)。

 

その解答は今でも変わらない教会の教えです。天地万物の創世については、神が全てを無からお造りになったことと人間は特別に神の介入を受けて造られたことは信じるべきことだが、その表現のし方には比喩的なものがあり、文字通りとる必要はないということです。言い換えると、創世の物語はまったくのフィクションではない、つまり、宗教的教訓を教えるためにでっち上げた作り話ではないということです。

 

では、どうしてもっと科学的な書き方をしなかったのでしょうか。この問題を考えるとき、まず聖書が科学の書物ではなく宗教の書物であることを理解せねばなりません。科学とは物質の性質や構成などを考察するものですが、宗教は神と人間の救いについて教えるものです。例えば、聖パウロはスポーツが好きだったようで、その手紙にもときどき陸上競技や格闘技のたとえが出てきます。しかし彼は宗教的な見地から、スポーツ選手が勝つために色々なことを我慢するとか、参加者の中で賞をもらうのは一人だというような教訓的な面を見ているのであって、どうすればより速く走れるかとかの技術の問題には興味を示していません。彼の関心は、第一に霊魂の救いでしたから。同じように創世記をまとめた著者(おそらくモーセ)は、人々にどのような科学的なプロセスでこの宇宙ができたのかを教えたいと思ったのではなく、神がいかにこの宇宙と人間に深い関係を持っておられるかを教えたかったのです。

 

また、創世記が書かれたのは紀元前13世紀くらいで、それはそれよりさらにはるか昔から伝えられてきたことだということも忘れてはいけません。つまり、科学的な知識においては現代の幼稚園児のような人々(と言っても決して馬鹿だったわけではありません)に、ビッグバンやDNAやアミノ酸の話をしても、あくびをして寝てしまうのが関の山でしょう。それよりも、彼らに分かりやすくまた想像力を刺激する文体で、神の偉大な業を伝えようとしたモーセは天才と言わねばならないと思います。

 

次回は、では聖書の創世の物語に含まれる宗教的な教えとは何かを見ていきましょう。もしできれば、『古事記』や『ギリシア神話』の天地開闢の物語と、『創世記』の第一章を一緒に読んでいただきたいと思います。どの民族の神話も美しい文章で書かれていますが、読み比べることによってその内容において聖書の唯一無二の性格を実感できるかと思います。

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13.創造―2

『創世記』は「はじめに神は天地を創造された」という文で始まります。聖書を他の民族の神話と同じように考える人もいますが、この最初の文だけでも聖書がどれほど特別なものかが分かります。この文は、神が無から、つまり何の材料も使うことなく、この宇宙をお創りになったと言うのですが、この無からの創造を教えるのは聖書だけです。他の神話はすべて、何か混沌とした、形のないものがすでに存在していて、それを使って神がこの宇宙を形作っていった(あるいはその混沌から神が生まれた)と説明しています。どうも、無からの創造という教えは神様が啓示されなければ、人間は思いつかなかった真理のようです。

 

現代でこそ、宇宙は無限ではないことが知られていますが、科学の発達がなければ宇宙を無限と考えても無理はないでしょう。それほど大きなこの宇宙を無から創るなんて、実際考えられないことではないでしょうか。そう考えると、聖書以外の神話が宇宙が永遠から存在したという神話を語ったのもうなずけると思います。

 

この無からの創造という教えから若干の重要な結論が生まれます。まず、それは神の全能を表しているということです。マジックでは「種も仕掛けもございません」と言いますが、その言葉を信じる人はいないでしょう。もし種も仕掛けもなしに、思いのままに物を取り出すことができるなら、その者は何でもできる、つまり全能のお方になる。無と存在の間には無限の距離が横たわっているので、この距離を越えることができるのは無限の能力をもつ者だけです。

 

人間も何か新しい物を作りますが、その場合は必ず何かの材料を使います。例えば彫刻家は、材料の木を削って作品を作るのですが、彼は作品に「存在」を与えるのではなく、「形」を与えるだけです。ですから、作品は作者がいなくなっても存在し続けます。これに対して、無からの創造の場合は、神は「存在」を与えるのですから、もし神が手を引けばその作品は無に帰してしまうのです。このことは私たちも実感できることです。ちょっと考えてみてください。私は今存在しようと思って存在しているのではないことを。別の言い方をすれば、誰も存在するために苦労しているのではない、つまり、「存在させてもらっている」ということです。日本でもときどき「生かされている」という言葉を聞きますが、もう一歩進んで、誰に生かされているのかを考えればいいのにと思います。

 

でも、神は存在を無に帰することがあるのでしょうか。答えは聖書に出ています。「あなたは存在するものすべてを愛し、お造りになったものを何一つ嫌われない。憎んでおられるなら、造られなかったはずだ。あなたがお望みにならないのに存続し、あなたがお呼びにならないのに存在するものが果たしてあるだろうか。命を愛される主よ、すべてはあなたのもの、あなたはすべてをいとおしまれる」(知恵の書、11章、24~26)と。

 

ここから出てくる結論ですが、私たちは神が望まれたので生命を受けたのです。つまり、誰も偶然に生まれ、偶然に死んでいく(もしそうなら人生は無意味となります)のではなく、神に望まれたので存在している、そしてもし私たちが良心に従った生活を送るならば、永遠の生命に招かれているということです。日々の忙しい生活の中で、このような深い真理をときどき思い出すことは、つまらない悩み事から解放されるためにも良いのではないでしょうか。

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14.創造―3(主宰)

18世紀から盛んになった啓蒙思想には、神は万物を創造した後は、まるで昼寝でもしているようにこの宇宙や人間の変遷には関わりをもたないと言います(こういう考えを理神論と言います)。しかし、キリスト教はそうは教えません。宇宙がこのようにあるのは、神が宇宙を創造した後も絶えず存在を支えておられるからです。つまり、神は万物の動きも統治されておられるということです。これを神の主宰と呼びます。このことをイエス様は美しい文章で教えられました。「今日は野にあって、明日は炉に投げ込まれる草でさえ、神はこのように(栄華を極めたソロモンよりも美しく)装ってくださる」(ルカ、12章、28)と。万物を神様が治めておられるならば、盲目の運命などはありません。またいわゆる偶然もありません。つまり、すべては神の思し召しのままに、ということになるのです。

 

しかし、ここで大きな難問に突き当たります。もしすべてが神の思し召しのままならば、どうして悪が存在するのか、という問題です。この議論は昔から根強くあるもので、教会の聖人たちを始め、古今東西の正直な人間はみな頭と心を悩ましてきました。ご興味があるならば、例えば『ヨブ記』、あるいは『小さき聖テレジアの自叙伝』をお読みください。

 

話を混乱させないために、悪には二種類あることを確認しましょう。一つは、人間の罪で、これこそ正真正銘の悪ですが、これについては原罪の項で見ます。もう一つは、災害や事故や病気などのような、人の自由意志から生まれるのではなく自然現象が原因となるものです。これは物理的悪と言われ本当の悪ではありませんが、今回はこちらを見てみましょう。

 

なぜ自然災害が本当の悪ではないかというと、それらは直接に人間の霊魂を滅ぼすことがないからです。しかし、そうだからと言って、たとえば、地震のニュースを聞くと、どうして神様はそのような場所に地震が起きることをお許しになるのか、という疑問が起るのではないでしょうか。何の罪もない人々がそのために命や財産を失いひどい生活を強いられる。神様が全能ならば、その地震をなくすか、せめて別の場所で起すとかできるはずなのに、と。

 

私たちにわかっていることは次の二つのことだけです。つまり、一方で神がすべてを動かしておられるがゆえに災害なども神と無関係ではないこと、他方で神が人間を愛されていることです。難しいのはこの二つが矛盾するように見えることです。ある人は「神が人を不幸に陥れるような災害を起すなら、私はそのような神は信じない。私の信じる神はそのような災害とは関係がない」と言いますが、これは人情としてよく理解できるし、そう理解したいとも思いますが、神の主宰を考えれば、災害ですら神と関係があることは否定できません。

 

カトリックの教えでは、例えば、聖パウロが「現在の苦しみは将来私たちに現されるはずの栄光に比べると取るに足らない」(ローマ、8章、18)とか「神を愛する者たち、・・には万事が益となるようにともに働く」(同、28)と言って、それらの災難の裏に人知を越える神の計画が隠されていると説明します。つまり、神はそのような悪からも善を引き出すことをお望みだ、ちょうど親が子供を鍛えるためにわざと厳しい環境を与えたりするのと同じだ、というのです。

 

なるほどこれは正解なのですが、この問いがヨブの昔から今に至るまで考え続けられているという事実は、人間には納得するのがとても難しいことを示します。そして、きっと世の終りまでこの問題を解決できることはないでしょう。それはなぜかと言えば、無限の神のなさることを有限の人間がすべて理解することは不可能だからです。もし、神のなさることすべてを理解できるならば、その神は人間の作った神だと言って差し支えない。何も悩みもなくすべてがうまく行くときに神を信じることは簡単ですが、苦しみの中にあるとき神を信じることは謙遜な人にしかできない価値のある行為です。神が苦しみを送られる一つのわけは、人間の信仰をより価値あるものとすることにあると言えるでしょう。苦しみの中に価値を見つけるのはキリスト教の特徴です。日々の生活の中で、試みてはいかがでしょうか。十字架のイエス様を見つめるのは役にたつかも知れません。なぜなら、イエス様こそ、「これっぽちも悪いことをしていないのに、これ以上ないほどひどい死に方をした」お方だからです。

 

(参考、なぜ苦しみがあるかという問題については、聖ヨハネ・パウロ2世の教皇書簡『サルヴィフィチ・ドローリス』。また神の御旨は分からないが神の愛は変わりがないということについては、東北大震災のあとに東京の少女がした質問に対するベネディクト16世の答え(『霊的講話集2011』134~136頁を参照)。

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15.天使―その1

神が創造されたものの中でもっとも高貴なものが天使です。と言うと、「この科学の世紀天使を信じる人がいるのか」と驚く人はいるでしょう。2年くらい前のことですが、ある信者の人がミサの説教で守護の天使について話されるのを聞き、「守護の天使は第二バチカン公会議で廃止されたと思っていました」とコメントしたそうです。信者の中にも、天使を何か非現実の存在と考えている人もいるでしょう。

 

『天使論序説』(稲垣良典著、講談社学術文庫、1996年)という本があります。この本によれば、つい19世紀まで「天使」を学問として扱うことは珍しくなかったそうです(同書 17、18頁)。目に見えないものを学問からはずすという考え(これを実証主義といいます)はきわめて最近のことなのですね。

 

とは言っても、体をもたない純粋な霊が存在するとはどういう理屈で言えるのでしょうか。以前神様の存在については、結果からさかのぼって原因に到るという方法で証明できると言いました。これは神様が全存在の第一の原因だからです。他方、天使は他の被造物を創造した原因ではありませんから、このような証明はできません。つまり、天使の存在は理屈では証明できないのです。ただ、この世界を眺めてみると、無生物、植物、動物、そして物質と霊魂を併せ持つ人間がなにかピラミッドのような仕方で存在している。それならば、その人間と神の間に、物質を持たない純粋な霊が存在するのは、存在界全体の調和を考えれば、きわめて可能性が高いのではないか、という議論が昔からされていたことを紹介しておきます。また、キリスト教以外でも純粋な霊を考えた人々(たとえばギリシア人はそのような存在が天球を動かしていると考えていました。日本では幽霊とか)も少なくありません。

 

ともかく、天使が存在すると信じる根拠は聖書です。聖書には、創世記の最初から黙示録の最後まで天使と悪魔がいたるところで登場します。天使と悪魔を何か善と悪を擬人的に表していると考えるのはカトリックの教えには反します。天使はときどき体をもって現れ、神のメッセージを人間に伝えるという使者として登場します。

 

イエス様は小さな子供たちを軽視しないように注意し、「彼らの天使たちは天でいつも私の天の父のみ顔を仰いでいる」(マタイ、18章、10)と言われました。これは人間には守護の天使がついているという信仰を表しています。『使徒言行録』には初代教会の信者が天使への強い信心をもっていたことを示す箇所があります。ヘロデ王によって牢獄につながれていたペトロが、天使によって奇跡的に助けられ、信者たちが集まっていた家に帰ってきたときのことです。門をたたくとロデという女中が出てきますが、彼女は喜びのあまり門を開けないで中にいた人々に知らせますが、彼らは彼女を信ぜず、「それはペトロを守る天使だろう」と言ったとあります(使徒言行録、12章、15)。

 

「しかし、聖書には出てきても、現代社会の我々とは関係がないのでは」と思われる方もあるでしょう。もし、そうならばカトリックの信仰は「絵に描いた餅」ですね。ところで、信仰の生き方について参考にすべきは聖人たちや強い信仰を生きた人々です。ちょうどスポーツを志す人は一流のプロの選手を参考にするように。

 

彼らの模範を見ると、見えない守護の天使と付き合っています。ある人は時計が壊れて直すお金がなかったので、毎朝天使に決まった時間に起こしてもらっていたそうです。数年前に聞いた話しですが、アメリカでカトリック要理を習っていた若い女性が、守護の天使の話を聞いて、「私はこれは信じられません」と言って家に帰りました。その途中急いでいたので、普段は通らない人気の少ない公園を通ることにしました。すると向こう側から怪しい男が近づいてきます。思わず「守護の天使、もしいたら助けて下さい」と心のうちに祈念。その男は陰気な目つきでこちらを見ながら、何もせずに去っていった。翌日その公園でその男が殺人を犯し逮捕されたと新聞記事で知ったその女性は、留置所に行って犯人に尋ねた。「なぜ私を襲わなかったの」と。すると「あんたの側には大柄な男がいたじゃないか」と答えたそうです。

 

本当かうそか、試してみる価値があると思いますが。もちろん、私たちのするべきことをちゃんとした後でのことですが。でないと「神を試みる」ことになりかねません。

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16.天使―その2(悪魔)

聖書とカトリック教会は、悪魔という見えない純粋な存在があると教えます。またこの悪魔は天使が罪を犯してそうなったとも(2ペトロ、2章、4。ユダ、6参照)。ただ聖書の中には、天使がどのように罪を犯したのかを詳しく伝える(ちょうど人祖が最初の罪を犯したときのように)個所はありません。すばらしい知性を備えた天使がどうして罪を犯すのか理解しがたいですが、それは高慢の罪であったと考えられています。

 

罪の問題は自由と大いに関係があります。この被造界には鳥獣や木石のように自由をもたない存在と、人間や天使のように自由な存在があります。神が自由な存在をおつくりになったわけは、それらが「自由に」神を愛するようになるためでした。というのは、愛という行為は自由でなければできないものだからです。ある人に包丁を突きつけて「私を愛しなさい」と言えば、「わかりました、愛するから殺さないでね」と言われ「よしよし」と満足する人がいるでしょうか。強制されて愛するならば、それは本当の愛ではない。ところが、自由であれば、「愛さない」と決心することもできます。ここに罪が生まれるのです。

 

さて、天使は自由なものとして造られたために、自由に神を愛するか愛さないかを決める必要がありました。そこで、数はまったく不明ですが、天使の一部は「私は神には仕えない」と決めたのです。

 

ところで、純粋な霊は一度決めたことを取り消すことができないのです。肉体と霊魂からなる人間は、一度決心したことをあとで翻すことができます。しかし、天使や、肉体から離れた人間の霊魂はそれができない。ということで、「私は神には仕えない」と言った天使たちは、永久に神に反抗する意志をもつようになったのです。神は人間の救いをお望みですから、悪魔はこれをなんとしても阻止しようとするのです。映画やドラマに「悪魔くん」というような人間の友達になるような悪魔のキャラクターが登場することがあるかも知れませんが、これはまったくのでたらめです。「悪魔は最初から人殺しであった」とイエス様は教えています(ヨハネ、8章、44)。

 

さて、悪魔の存在は私たちの内面と周囲を少し観察すれば、合点が行くことではないかと思います。人類の歴史、あるいは毎日のニュースを見ていると、常軌を逸した残酷な行為を目にすることがあります。ナチスによる600万に及ぶユダヤ人(この他、ジプシーやカトリックの聖職者も多数)の虐殺。スターリンが粛清した人間の数は2000万人とも言われます。最近ではカンボジアのポルポトがわずか3、4年の間に200万人(同国の人口は700万くらい)を虐殺。まだ多くは闇に包まれていますが、毛沢東は何百万ではきかないくらいの大勢の同国人を殺害したようです。また現在もこの国は国内の少数民族に対して民族浄化を進めているようです。ところで、これらの虐殺に荷担した人はみな鬼のような人であったかというと、ナチスを裁いたニュールンベルグ裁判で重大犯罪人には普通の人間のように見えた人が多かったそうです。では普通の人間のような人がどうしてそのような残酷極まりない事件を引き起こしたのか。そこに人間の憎しみ、嫉妬心、恐怖心などに火をつけて、さらに炊きつける存在がいたと考えられないでしょうか。

 

また私たち自身の経験にも手がかりが見つかります。つまり、自分はまったくそれを望んでいないのに、とても醜い考えを頭に浮かべることはありませんか。この悪い考えはどこから来るのでしょうか。自分からではないはずです。自分が望んでいないのですから。だとすると自分の外からであって、そのような悪い考えを人間の頭に吹き込む存在が垣間見えてきませんか。

 

悪魔は天使の堕落したものですから、決して全能ではありません。悪魔が働けるのは神がお許しになる範囲内でのことです。聖書には「神は・・あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう逃れる道をも備えてくださいます」とあります(1コリント、10章、13)。ですから、悪魔を過度に恐れる必要はありません。しかし、霊的な生活において、このような敵がいること、そしてその敵は人間の高慢心や弱さを上手に利用して、私たちを神から離れさせようと絶えず狙っていることは知るべきでしょう。「我を知り、敵を知れば百戦危うからず」です。英国国教会の作家C.S.ルイスの『悪魔の手紙』(新教出版)には悪魔の戦略が見事に説明されています。

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17.人間―1

私たちはみな人間で、人間社会の中で毎日無数の人間と顔をつきあわせて生きていますが、それでも「人間とは何か」と改めて問われれば、答えにつまるのではないでしょうか。ルルドで病人の治癒の奇跡を目撃し改心したノーベル賞受賞者アレキシス・カレル氏(1944年没)に『人間、この未知なるもの』という著書がありますが、このタイトルは今も色あせていません。この難問に対する教会の答えには非常に深いものがあります。今回からは「人間とは何か」についてのカトリックの教えを見てみましょう。

 

人間について考えるとき、最初にぶつかる質問は「人間はどこから来たか」という問でしょう。ご存知のように、聖書と教会は人間の創造には神が特別に介入されたと教えます。これに対して、自然科学者の多くは、人間はサルのようなものが進化して生まれたと主張します。聖書と科学は対立するのでしょうか。宇宙の創造の際にも説明しましたが、この問題は現代の信者にとって避けて通ることができない問題なので、もう一度見てみたいと思います。

 

信仰と科学(正しい方法によって進められる科学)は両立するというとき、はっきりさせないといけない事実は、両者は守備範囲が異なるということです。つまり、信仰は目に見えないものも扱うが、科学は物質しか対象にしないことです。ですから、物質を越える存在や出来事については、科学は何かを断言する権利を持たないのです。たとえば、科学によって宇宙はどのように変化してきたかを調べることができますが、宇宙が始まる前は何があったかは科学の口出しできるところではないのです。

 

これを人類の発生に当てはめて見ましょう。教会の教えの元となるのは、特に『創世記』の最初の3章です。この箇所は何か宗教的な教えを教えるためにでっちあげた創作ではなく、歴史的な事実(つまり実際に起こったこと)の宗教的な意味を太古の人間にもわかるように語った箇所である、ということです。では何が「教えたかった内容か」というと、人間に関して言うと、「人間が特別に造られたこと、・・人類が一つであること、義の状態における人祖の幸福」(DS.3514)などだと言います。

 

「特別に造られた」とは、「我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう」(創世記、1章、26)という神様の言葉に表現されています。神は万物を創造されましたが、天体や動植物の創造のときは、「我々に似せて」とはおっしゃりませんでした。上の言葉は人間が他の被造物とは本質的に異なる存在であることを意味しています。しかし、神に似ているとは何を指すのでしょうか。

 

もちろん、神は純粋な霊ですから、人間の体を指すわけではありません。人間を神の似姿にするものは、霊的な魂です。つまり、「主なる神は土の塵で人を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きるものとなった」(前掲書、2章、7)とあるように「命の息」と言われた霊魂を持つ点です。

 

カトリックは「人間とは肉体と霊魂から成るもの」と定義します。霊魂は物質ではありませんから(次回に霊魂があるとどうして言えるかについて説明しますが)、物質から進化することはできません。他方、肉体は物質ですから、他の物質から進化しても何らおかしくありません。ですから、化石が示すように、現代の人間ともサルとも異なる生物があって、それに神が霊魂を注入した、とも考えられます。ヨハネ・パウロ2世が1996年に、「進化論はかなり信頼のおける仮説」とし、また進化論と創造論が矛盾しない(これはすでにピウス12世が宣言されています)と言われたのはこの意味です。

 

生物の種(しゅ)は、確かに時代とともに変化してきました。しかしこの事実は神の存在を否定するどころか、むしろそれを支持する事実です。単純なものから複雑なもの(生物組織の複雑さ、生物界の複雑さは科学の発展によりますます明らかになるばかりです)ができるならば、それは偶然の結果ではなく、外からの知性の働きによると考えるのが正常な頭脳の出す結論でしょう。

 

科学で言う証明とは、実験によるものか、その現場を見せるものでなければなりません。偶然の結果としての進化論を証明するには、今現在たとえば鳶(とんび)が鷹(たか)を産む例を見せるか、あるいは実験室でハエが蝶に変わる変化を起こさせるか、のどちらかですが、いまだにそれはできておらず、この謎(どうして種(しゅ)が進化するのか)は解けてはいません。

 

また人間を動物と異なる生物にしているものが霊魂ならば、それがどのように生まれたかは科学では解くことができません。つまり、肉体の部分がどのように進化してきたのか、という問題は科学の研究によって明らかにされる可能性がありますが、霊魂がどのように生まれたのかは科学を越える問題なのです。

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18.人間―2

カトリック教会は「人は霊魂と肉体から成る」と教えます。これに対して世間には、「霊魂などない。人間が高度な精神活動を見せるのは脳が発達しているからだ」(唯脳論)と言う意見が見られます。ただそうは言っても、精神科医の中で人間の脳だけを研究の対象にすることの限界を認め、「こころ」の問題に目を向けようとする人も珍しくないようです(1)。

 

霊魂とは、あってもなくてもどちらでも良いというものなのでしょうか。もし霊魂がなく人間が肉体だけならば、まず人の命はこの世に限られる。つまり、人が死ねば無に帰るということになります。また、人の幸せとは、肉体の幸せとなり、「精神的な豊かさ」とか言うものは幻想にすぎなくなります。ですから、社会も個人もひたすら物質的な豊かさを求めるべきだ、という結論がでてきます。

 

逆に霊魂があるならば、人間は死後も不滅の可能性が出てくる。そして、人間が物質的な楽しみだけで満足できないことも当然になってくるでしょう。イエス様はこのことをはっきりと宣言されました。「体を殺しても、魂を殺すことの出来ないものを恐れるな」(マタイ、10章、28)。また「天の国」や「永遠の命」ということも、魂の不死がないならば絵に描いた餅になります。

 

ということで、霊魂の存在とそれが何であるかは、人生の目的を考える上できわめて重要な問題です。そこで今回はこの問題を考えてみましょう。

 

霊魂は物質ではありませんので、直接その存在を示すことは無理です。神の存在の証明と同じく、間接的にしか示すことはできません。さて、魂とは生物を生かしている原理だと定義されますので、動物や植物にも魂があるはずです。ただ、人間以外の生物の場合、その活動はすべて何らかの形で物質と関係していることを見ると、その魂は物質に依存するもので、完全な霊(非物質的な存在)ではないと考えられます。これに対して、人間の場合、その様々な活動の中で、物質に頼らない活動がある。たとえば、自分を反省すること、善悪を判断すること、美や価値を認識すること、概念を考えることができること、などが挙げられます。

 

美ということを見てみるなら、動物も美しいものを見て引かれる(立派な羽を見せたり、きれいなさえずりを聞かせたりしてメスをひきつけるオスの鳥)こともあるようですが、「こころの美しさ」を理解する動物はいない。動物も食事をしますが、食べ物のおいしさや量とは直接関係のない、たとえば盛り付け、食器、テーブルクロスなどに気を配って、より食事を楽しくさせる動物はいません。動物にも住居を持っているものもありますが、雨露と寒暖をしのぐことと直接関係のない、内装や家具の心配をするものもいません。人間も肉体を持ち動物と共通点がありますが、異なる点(上述のもの以外にもたくさんあります)にも注目すると、その異なり方の大きさに驚いてしまいます。この大きな違いはどこから来るのでしょうか。単に脳の発達段階の違いだけでは説明ができない、霊的な魂を人間が持つからという説明が最も納得のいくものだと思います(唯脳論者の人々は、なんとか脳を解明することで説明しようと努力しているわけですが)。

 

ところで、霊魂と肉体を比べると、上記のイエス様の教えのように、霊魂が肉体よりも大切であることは確かです。人間の場合、その人の価値は肉体の優秀性にではなく霊魂の美しさ、強さにあります。しかし、では肉体は軽視すべきものでしょうか。古代ギリシア人の間には肉体を否定的に見る考えがありました。その影響を受けて、初代教会の時代に信者の中にも肉体は悪だと考えた人も出ました(彼らはイエス様の体は幻であったと考えた)が、教会は常に肉体も神によって造られたものであり善であると教えました。人間は肉体あってこそ人間なのです。

 

霊魂と肉体の関係は、運転手と車の関係のようなものではありません。霊魂と肉体は非常に密接に結びついているので互いに影響し合うのです。ですから、心の病と言っても肉体とまったく無関係ではない。肉体が疲れれば霊魂も元気を失う。霊的生活の向上のためにも、健康にもある程度気を配る必要があるのです。

 

とは言っても、肉体には細心の注意を払うが、霊魂の世話は疎かにしがちな人の方が多いのではないでしょうか。「心が美しい、醜い」とか言うように、霊魂にも美醜がありますが、体を美しく保つための運動、食事、化粧、衣服に気を配るのと同じように、霊魂を醜くする利己主義や罪を警戒すべきことが理解できる人は少ないのではないでしょうか。かつて、ソクラテスは自分を裁判にかけたアテネの市民に対し、彼らが金儲けなどのことばかり気にして、霊魂のことを気にかけないと非難しました(『ソクラテスの弁明』)。この警告の正しさは現代世界に住むキリスト信者なら、よく納得できるのではないでしょうか。

 

(1)1963年にノーベル医学賞を受賞したエックルス博士は霊魂の存在を主張する科学者です。その著作のいくらかは、『心は脳を超える』紀伊国屋書店などのように邦訳されています)

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19.人間―3(堕罪)

 

聖書は人間が神の似姿に造られたと教えますが、「でも人間って神よりも動物の方に似ているのでは」と考える人もいるでしょう。事実、毎日の新聞やテレビで伝えられる事件を見ていたら、人間ってどうしようもない悪い代物だと思っても不思議ではありません。「人間とは、もし神の作品ならばそれは欠陥品だが、自然が作り上げたものとするなら傑作品だ」という言葉があるそうです。これは言いえて妙と思いませんか。聖書はその間の事情をよく説明しています。

 

聖書によれば、最初の人間は今の人間とはかなり異なっていました。たとえば、アダムとイブは「裸であったが恥ずかしくなかった」とあります。また、二人の堕罪の後に、女には生みの苦しみ、男には仕事の労苦などが罰として与えられましたが、これは堕罪の前にはそのような苦しみや男女の緊張関係はなかったことを示しています。

 

この幸福な状態にあったことを聖書は「エデンの園」という場所で表しています。しかし、このエデンの園に狡猾なヘビがいました。ヘビはもちろん悪魔を表しています。すでに見たように悪魔は神を憎んでいます。人間が幸せな状態にあり神に愛されていることは我慢がなりません。そこで女に「園の中にあるどんな木の実も食べてはいけないと神が言ったのは本当か」と尋ねます。女は「いや、食べてはいけないと言われたのは、園の真ん中にある木の実だけです」と正しく答えます。そうするとヘビは「いや死にはしない。それどころか食べると目が開けて、神のようになると神は知っているのだ」と言う。女はそう言われれば、木の実は美味しそうで食べると何かよいことが起こるのではと思い、木の実を取って食べ、男にもそれを食べさせます。すると二人の目は開かれ、「裸であることを知った」と創世記にはあります。

 

この箇所は、人間がいかに罪を犯すのかを極めてリアルに描いています。まず誘惑が来ます。誘惑を感じることは罪ではありません。イエス様も荒れ野で悪魔から誘惑をお受けになりました。しかし、即座に誘惑を拒絶されました。ヘビが話すこと自体怪しいことですから、イブは無視するか拒絶するべきでした。しかし、彼女は答えます。これをキリスト教の伝統は、「誘惑と対話する」と言います。そうすると次なる誘惑が来る。これは前のよりもっと厚かましくなります。「いやそんなことで死にはしない」というのは、神が嘘をついていると言っているわけです。あるいは神は厳しすぎる、必要もないのに掟を与えて人間の自由を制限している、と言うのです。(1) また「それを食べると神のようになる」というのは罪を犯せば楽しい経験、よいことが待っているという印象を与えるのです。罪には必ず何か魅力的な面(人を満足させるもの)があります。それがなければ人は罪を犯しませんから。しかし、その魅力的な面は実は見かけだけなのです。木の実を食べたら、「神のようになる」どころか、自らの裸、すなわち惨めな現実を知ることになったのです。こうして見事に詐欺に引っかかったのです。

 

この後、神が彼らを探しに来られますが、二人は隠れます。これは罪を犯した後、人間は神から遠ざかろうとすることを表しています。神が「禁じておいて木の実を食べたな」と尋ねると、男は「そうです。お赦しください」と罪を認めて赦しを乞うのではなく、「あなたが私の側に置いてくださった女が薦めたので、食べました」といいわけをします。また何か神様が悪いかのような口ぶりです。女も素直に自らの非を認めずに「ヘビにだまされて食べました」と言います。この二人の態度は、もう最初の無垢さを失って、私たちとまったく同じ人間になったことを表しています。

 

『創世記』が語る人祖の原始の状態と堕罪の物語が何を意味するのかについては、新約の啓示に照らされて明らかにされました。神学はそれらをまとめて次のように説明します。人祖の状態とは「成聖の恩恵」という超自然の賜物(人間を神の愛子とする)に満たされていた。それだけでなく、知性が体を完全に支配しており、苦しむことも死ぬこともないという「自然外の賜物」をもっていた。しかし、これらの賜物を人祖は罪によって失い、さらに人祖の子孫全員は欠陥をもった人間の状態で生まれる、と。

 

聖書によれば、この嘆かわしい結果を引き出すことになった罪とは、「禁じられていた善悪の木の実を食べたこと」でした。この箇所を読むと、「なぜ神様はそんな掟を与えたのか。もし掟がなければ、人間は罪を犯すことがなかったのに」という思いが出てくるのではないでしょうか。

 

しかし、この掟はなければならなかったのです。人間が「神の似姿」に造られたということは、人間が知恵と意志をもつ自由な存在として造られたということを意味します。それは天使と同じように、人間も自由に神を愛することを神は望まれたからです。しかし、自由に愛することができるためには、自由に愛さない可能性も与えねばなりません。

 

自由とは選択の能力(正確には、よりよい善を選択する能力)なのですから、自由であるためには複数の選択肢が与えられねばならない。たとえば、あなたが招待客として友人の家に行ったとして、そこで「何でもご自由にお食べください」と言われたけれど、「どんな料理があるかな」と見てみたところたこ焼きしかない。それなら、「自由に選べと言われても、たこ焼きしかない」と不平を言うでしょう。自由に食べるためには、少なくとも二品以上の食べ物が必要です。それと同様に、「自由に神様に従うように」と言われても、神様に逆らう機会が与えられなければ、本当に自由に神に従うことはできない。そこで、神様は人祖にひとつだけ簡単な掟を与えたわけです。

 

この掟を守ることは造作のないことでした。なにせ彼らには食べ物はたくさんあり、一つの木の実を食べられなくても食料に困ることはなかったのです。それゆえに、その掟を破ったことは、一見するよりはるかに悪い行いなのです。それは弱さによる罪ではなく、自分たちが神に逆らうことをしているとはっきり知っていた上で行った、いわゆる確信犯なのです。

 

次回は、この罪の正体とその結果について見ていきましょう。

(注1)教皇フランシスコのコメントも参考になります。
   『十戒・主の祈り ー 教皇講話集』ペトロ文庫、27~28頁)。



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20.人間―4(堕罪(だざい)の結果)

前回、人祖の罪、人類最初の罪について見ました。でも、人祖は私たちとは違う完成品として作られたのに、どうして罪を犯したのでしょうか。禁断の実を食べたという罪の正体は何なのでしょうか。

 

この罪は貞潔に反する罪だと言う人が昔も今もいます。たとえば統一原理の創始者、文鮮明もそのひとり。しかし、教会は高慢の罪だと教えます。悪魔がイブに語った「それを食べると、神のように善悪を知るようになる」という言葉がそれを示しています。だいたい、罪を犯す前の人祖では、理性が体を完全に支配していたので、体の欲望に引きずられることはありえません。

 

イブは知能も優れていたのですから、「神のようになる」ということが全知全能の神になる事を意味するとは考えたはずがありません。「神のように善悪を知る」とは、善悪の基準を神から与えられたものとして服従するのではなく、自分が善悪を決めるものとなるという意味です。平たく言えば、「自分のすることの良し悪しは自分で決める。もう神からとやかく言われる筋合いはない」という態度を取ることです。反抗期に突入した子供が親に対して取る態度と似ていませんか。神中心でなく、自分が世界の中心になろうとしたこと、これが人祖の罪の本質です。まさに高慢の罪です。

 

創造された世界は、最初は秩序に満ちていました。秩序のあるところには序列があります。被造物は神に従っていました。人間の内部でも体は理性に従い、被造界でも「地を支配せよ」と言われた人間に自然界は従っていたようです。ところが、人祖の罪によって、まず人間が神に逆らいました。すると人間内部では体が理性に反抗し、自然界も人間に対して牙を向くようになったのです。つまり、下克上の世の中になった。最初にあった調和は崩れ、今私たちが目にしている矛盾や苦しみが生まれたのです。

 

人間は聖性の恩恵を失っただけでなく、本性に傷を負ってしまいました。そして、今後人祖から生まれる人間はすべてこの状態(これを原罪と言います)で生まれてくるのです。つまり人祖の罪は遺伝するのです。これを聞くと当然、「なんで親の罪を子供がかぶらんといかのんか」と言う疑問が湧いてくるでしょう。このことも奥義なのですが、少しは理解できることです。

 

大金持ちの親がいた。その子供は親が死んだら莫大な遺産が相続されることを期待していた。しかし、この親はギャンブルかなにかで財産を失ったどころか借金をつくって死んでしまった。すると、この借金は子供の肩にのしかかります。子供はもちろん文句を言うでしょうが、財産を相続する可能性があったのだから、借金も相続しなければならないとあきらめねばなりません(現実には相続放棄という手もあるそうです)。いいものは受け取るが、悪いものはいや、では通りません。アダムとイブが二人だけ存在していたとき、彼らは人類を代表していました。ある意味で彼らの中に、全人類が入っていたのです。

 

原罪にはもう一つ問題があります。それは、先ほど「人は欠陥品になった」と言いましたが、どれくらいの欠陥品かという問題です。つまり人間に起った内部分裂のひどさはどのくらいかという問題です。地震で建物が損壊したら、その被害の程度を全壊か半壊かに判定するそうです。全壊なら立て直さねばならないが、半壊なら修理すればまた住めるようになるわけです。この概念を使えば、人祖の罪の結果、人間の本性は半壊したというのがカトリックの教えです。それに対して、ルターを始めいわゆる宗教改革者たちは全壊だと主張します。つまり、「人祖の罪の結果、人間の本性は完全に腐りきり、もう良いことをすることができなくなった」と言うのです。でもキリストが救ってくれると信じさえすれば救われる。これが「信仰のみ」の教えで、ルターが「これこそ福音だ」と呼んだ中心的な教義です。

 

それに対してカトリックは、人間は確かに体の反抗に苦しむようになったが、まだ自由は残っていると主張します。これは私たちの経験とも一致するのではないでしょうか。良いことをするのは簡単ではないことが多いが、でも頑張ればできる(本当は神の助けがあるのですが)。聖パウロは「私たちはこのような宝を土の器に納めている」(2コリント、4章、7)と言っていますが、自分の弱さを自覚しながら神の助けに希望を置いて、神と人々に仕えて生きることは可能だという結論が出てきます。

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21.旧約時代-1

人類の堕罪からイエス・キリストの誕生までを旧約時代と呼びます。この時代が一体何千年、何万年続いたのかは聖書からは分かりません。『創世記』に出てくる系図と寿命をもとに、かの近代物理学の父ニュートンは天地創造からキリストまでの年代をおよそ4千年あまりと算出したそうですが、聖書の系図はアダムからアブラハムまでの全成員を網羅しているのではないのは明らかです。

 

『創世記』の記述が、歴史や考古学の資料によってかなり正確に検証されるようになるのは、12章でアブラハムが現れて以降です。おそらく紀元前19世紀ころ神はアブラハムという人をお選びになり、彼の子孫(ユダヤ民族)に特別の祝福をお約束になりました。神とユダヤ民族の関係の歴史こそ、旧約時代の中心テーマです。これを知ることはキリスト教を理解するために不可欠な重要事項ですが、旧約聖書を全巻読破するのは容易なことではありません。そこで、犬養道子女史の『旧約聖書物語』(新潮社)など、聖書を忠実にまとめた本を読むことをお薦めします。

 

アブラハムの子孫の中から、紀元前13世紀ころモーセが現れ、神は彼を通じてユダヤ民族に律法を与え、彼らと契約を結びます(旧約)。この契約はユダヤ人が神の律法に従って正しい道徳生活を送るならば、神は彼らを特別に守るという内容でした。しかし、彼らはあろうことか、神から直接選ばれ愛されながら、その愛に応えようとしない忘恩の民となることがしばしばでした。このたびたびの不実にも関わらず、神は彼らとの約束に忠実で、最後にはメシアをお送りになるのです(イエス様のされた「ぶどう畑の農夫」のたとえ話を参照。マタイ、21章、33~46、他)。

 

さて、「旧約の神は怒りの神、新約の神は愛の神」と言う人が時々います。これはすでにローマ時代、マニ教という宗教が主張し、教会が断罪した教えです。確かに旧約聖書を読むと、神様はある町の破壊を命令されたり、また罪を犯したユダヤ人が厳しく処罰されたりすることも珍しくありません。しかし、この事実は神の教育法のためと考えられます。すなわち、旧約時代、中でも時代が古ければ古いほど、ユダヤ人は(他の民族も同じですが)未開で野蛮でした。そのため神は後の時代とは少し違う接し方で彼らを導かれたのです。ちょうど、子供が幼児、少年、青年と成長していくにつれ、親や先生の接し方も異なっていくのと似ています。

 

他方、旧約聖書にもよく読めば、「ゆるす神」、「愛の神」もいたるところで見つかります。逆に新約聖書にも、罪に対する神の厳しい裁きについてのイエス様の言葉も見られます。当然のことなのですが、神は唯一ですから、旧約の神も新約の神も同じ神様です。ヨハネ・パウロ2世は、キリスト教は「人が神を探すのではなく、神が人を探す」宗教と言われましたが、それは旧約時代にも見事に当てはまる事実です。神から特別の愛を受けながらしばしば神に背くイスラエル人は、私たち信者の象徴とも言えるでしょう。その忘恩、不実を見るとき、私たちも、これを他山の石とするために、また神の愛の深さと強さを理解するために利用できればと思います。

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22.旧約時代-2

福音書を読んでいると、「それは預言者を通して言われていたことが実現するためであった」という文句が時々出てきます。これは、旧約聖書にかかれているメシア(救い主)についての予言がイエスにおいて実現したのだ、という主張です。実にイエスが他の宗教の創始者と大きく異なる点は、その出現が前もって予告され、人々から期待されていたという点です。洗者ヨハネがイエスに尋ねた「来るべきお方はあなたですか、それとも他の方を待たねばなりませんか」という問いは、この事実をよく表しています。

 

旧約時代、ユダヤ民族に預言者と言われる人々が現れました。そのうちイザヤやエレミアのように彼らの名前を冠した預言書がある人もいますが、エリアやエリゼオなどのように書物を書き残さなかった人もいます。預言者とは、神様の広報官のような役割を担った人で、最大の役目はイスラエルの民を神の道から逸れないよう導くことでした。将来の予言は量的にはそれほど多いものではありません。しかし確かに、神は彼らを使って将来のことを民に教え、イスラエル人が望みを捨てないように計られました。そのおかげで、ソロモン王(紀元前10世紀の末)以降、衰退の一途をたどったこの民族は、長い異民族による支配にもかかわらず(紀元前6世紀には、なんと約70年間国を失いました)、民族としての自覚も先祖の信仰も保つことができたのです(これは世界史の中で他に例を見ない出来事です)。

 

それらの預言者は、メシアの生まれる家系、誕生の場所、その教え、受難、死去、復活、教会などについて予言しています。しかし、これらの大部分は極めてあいまいな表現で、ことが起ってから初めて「これは預言者を通して云々」と理解できるものです。新約聖書は旧約の予言を下敷きにして書かれたフィクションである言った人がいますが、それはどんなに優れた想像力を持つ人にもできないと断言できます。実際に予言の言葉を読んでみれば、そのことは一目瞭然です。

 

予言の中心主題は、民を救うはずのメシアでした。しかし、このメシアがいかなるお方か、つまり、人間なのか、天使なのか、神ご自身なのか、は不明でした。また、一方で「その王国は滅びることがない」(サムエル下、7章、13)とか、「地の果てまでお前の領土とする」(詩編、2章、8)のように偉大な権力を備えた王のようかと思えば、他方では「捕らえられ、裁きを受けて、彼は命を取られた」(イザヤ、53章、8)のように苦しむ人として描かれている個所もある(イザヤの50章以降の「主のしのべの歌」や『詩編』22章、参照)。これらの一見矛盾するメシア像が、イエスキリストにおいて過不足なく実現したのです。

 

予言のほか、旧約聖書には「前表」(ぜんぴょう)ということもあります。これは、イエスが啓示する様々な奥義(おくぎ)を、言葉によってではなく、イスラエル民族がたどる歴史の中の出来事や人物によって前もって示すというものです。これも予言と同じく未来を完全に知っておられる神の配剤です。たとえば、イスラエルの民が紅海を渡って救われたのは水で人間を救う洗礼の前表、彼らが砂漠で空腹を満たしたマンナはご聖体の前表、というわけです。こちらは予言よりもずっとあいまいで、ことが実現してからでないと決して気付くことはできません。

 

まともな教育機関にはカリキュラムというものがあります。これによって、生徒に適切な時期に適切な内容を教え、緩やかな坂を上るようにして、簡単なことから少しずつ難しいことを教えていけるようになります。小学生に微積分を教え、中学生に九九を教えたら、子供は混乱しますよね。神様はよき教育者として、イスラエルの民の宗教教育のカリキュラムを持っていたと考えてみてください。旧約聖書は、新約時代にイエス様がお教えになることを理解できるように考えられた準備期間です。そのことを教会は「新約が旧約のうちに隠され、旧約が新約のうちに明らかになる」(第二バチカン公会議、啓示憲章、20)と表現しています。新約聖書の注に示されている旧約聖書の個所を読んでみるのは、新約聖書をよりよく理解するためにとても役に立つでしょう。

 

(参考、旧約のメシアの預言を詳しく吟味したものに、ヴィットリオ・メッソーリ、『イエスの仮説』、ドン・ボスコ社、1997年があります)。

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23.イエス・キリスト-1(ナザレのイエスは実在の人物である)

もう10年以上も前のことですが、ラジオを聞いていたら、「エルサレムで見つかった石棺に『ヤコボ、ヨセフの子、イエスの兄弟』という銘が刻まれていた。もしこれがイエス・キリストを指すのなら、聖書以外で初めてのイエスについての資料となる」との放送がありました。ヤコブやイエスはユダヤ人によく見られる名前で、また兄弟という言葉は親戚も含むことから、イエス様のことである可能性は少ないらしいですが、それはともかく、イエスについては聖書以外に証拠がないと、全国ネットの放送で平気で言っていることに驚きました。

 

イエス・キリストについては聖書以外にも多くの言及が存在します。19世紀、キリスト教が情け容赦なく攻撃されたときはイエスの実在を否定した人さえ出て、今でもこの化石となったような珍説を振り回す人もいるので、この点を確認することも無駄ではないかと思います。

 

ナザレのイエスという人物は、間違いなく世界史の中で最も多くのことを書かれた人物です。もちろん、イエスについての最良の資料は新約聖書ですが、聖書はキリスト信者の手になるものだから信じられん、と言う人もいるでしょうから、非キリスト教徒の手になるものを紹介したいと思います。

 

最も有名なものは、紀元100年ごろに書かれたフラビウス・ヨセフスというユダヤ人の『ユダヤ古代誌』という本です。これは70年のユダヤ戦争でローマ軍の捕虜になった著者が後に書いた同胞の歴史です。少し長いですが、引用する価値があるでしょう。「さてこのころイエスという賢人(―実際に彼を人と呼ぶことが許されるならば―)が現れた。(彼は奇跡を行うものであり)、また喜んで真理を受け入れる人たちの教師でもあった。そして、多くのユダヤ人と(少なからざるギリシア人と)を帰依させた。(彼こそはキリストだったのである)。ピラトは彼が我々の指導者たちによって告発されると、十字架刑の判決を下したが、最初に彼を愛するようになった者たちは彼を見捨てようとはしなかった。(すると彼は三日目に復活して、彼らの中にその姿を見せた。すでに上の預言者たちは、これらのことや、さらに彼に関するその他無数の驚嘆すべき事柄を語っていたが、それが実現したのである。)なお彼の名にちなんでクリスティアノイと呼ばれる族は、その後現在にいたるまで連綿として残っている」と(1)。

 

これはヨセフスの「キリスト証言」と呼ばれるもので、括弧内の言葉は後世の書き入れと考えられていますが、それを除いてもイエスの実在を十分すぎるほど示しています。この他、この本にはイエスの時代のユダヤ社会を牛耳っていた二大派閥ファリサイ人とサドカイ人の説明だけでなく、ヘロデ王、洗礼者ヨハネ、大司祭カヤファ、総督ピラトなど福音書でおなじみの人物も登場し、福音書が歴史的な書物であることを裏付けてくれます。

 

この他、ユダヤ人のラビ(教師)の教えを記録した『タルムード』には、「彼の名前はナザレとのヨシュア(注、イエスはヘブライ語でヨシュアと発音する)で、魔術を行い、イスラエルを惑わし、知者たちを愚弄し、ファリサイ人と同じ仕方で律法を解釈し、5人の弟子を持ち、自分は律法の一点一画も変えるために来たのではないと言い、過越祭りの前日に異端者、扇動者として十字架刑に処せられ、彼の弟子たちは彼の名前で病人を治した」とあります。『タルムード』は当然イエスがメシアであったというキリスト教の主張を否定しようとし、この場合、弟子の数など間違いがありますが、さすがにその実在までは否定しませんでしたし、奇跡にも言及しています。

 

また、キリスト教についてもユダヤ教についても興味を示さなかったローマ人も証言を残しています。最も有名なのは2世紀の初頭にローマの歴史を書いたタキトゥスの『年代記』です。彼は皇帝ネロの時代の有名なローマの大火の記述に関して、その当時帝都にいたキリスト信者に言及し、「この一派の呼び名の起因となったクリストゥスなる者は、ティベリウスの治世下に元首属吏ポンティウス・ピラトゥスによって処刑されていた」と記しています(2)。

 

不正確なところもありますが、イエスが実在の人物であったことを証明するには十分でしょう。それではそのイエスなる人物はいかなる事績を残した人物かを考えるべきですが、その前にまずイエス様の言行録である福音書について、その歴史性について、つまり福音書は本当にあったことを記録した書物であることを見ていきたいと思います。

 

(1)フラウィウス・ヨセフス、『ユダヤ古代誌』ちくま書房、6,34頁)。

(2)タキトゥス、『年代記(下)』、岩波文庫、第15章、44)。

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24.イエス・キリスト-2(福音書はフィクションか、その1)

前回、聖書以外にもイエスに言及した書物があると言いましたが、それにしてもイエスの生涯と教えを最も詳しく伝えているのは四福音書です。ところで福音書を開くと、ここかしこに奇跡の話が出てきます。これを見て、福音書をおとぎ話と同類のものと早とちりする人も珍しくはありません。以前働いていた小中学校で先輩の神父様から、「子供たちに福音書が歴史的な事実を書いていることを納得させたら大成功だ」と言われましたが、子供だけでなく大人にもこの点をはっきりさせることが必要だと思います。

 

インテリが奇跡を信じなくなった近代ヨーロッパで、プロテスタントの聖書学者の中から次のような解決策が生まれてきました。すなわち、福音書の描く奇跡を行うイエス・キリストは初代教会の信者たちが信仰によって作り上げた人物(「信仰のキリスト」と呼ぶ)で、これとは別に現実に存在したイエス(「歴史のイエス」と命名)がいた。聖書学者の使命は、この「信仰のキリスト」から信者のでっちあげた部分を取り除き、「歴史のイエス」を復元することである、と。実は、こうして、「これは歴史、これはフィクション」とか言って各自が好き勝手に聖書を切り刻んでいった結果、最終的にはイエスは存在しなかったという結論まで出てきて、彼らの間でさえこの考え方に見切りをつけた人が出ました(1)。

 

これはゆゆしき問題です。もしこの説が本当なら、福音書はフィクションとなり、キリスト教は2000年もの間、初代教会の想像の産物を信じてきたことになります。荒唐無稽(こうとうむけい)の作り話のために世界のあらゆる場所あらゆる時代に無数の人が命を失い(殉教者)、もっと多数の人がこの作り話のために一生を捧げ、ある人々は宣教師になって遠い異国に赴いたということになり、果てはこの私もその詐欺師の一団の末席を汚すものになります。毎日曜日ミサの中で恭しく福音書を読み「神のみ言葉」なんて言うのは、馬鹿げたお芝居になるでしょう。というわけでこの問題を取り上げたいと思います。

 

それでは、福音書がフィクションなのかどうかを調べるわけですが、書物の真実性を判断するには、その書物についての記録など外的な証拠を元に考察するのと、その書物の内容を検討していく内的考察の二つがありますが、今回は外的な考察を見てみましょう。

 

歴史書といわれる書物が本当に歴史を書いているのかどうかを判断するのに大切な点は、その書物の成立年代と作者です。「信仰のキリスト」論を主張した学者たちは、福音書の成立年代を2世紀に置きました。なぜなら福音書ができるのが遅ければ遅いほど、彼らの理論には都合が良いからです。しかし、100年前後に書かれた『教皇クレメンスの書簡』や『アンチオキアの聖イグナチウスの手紙』や『ディダケ』(これは一世紀中のものと言われる)には福音書が引用されています(2)。

 

また、その作者はマタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの4人ですが(これも初代教会が勝手にその名前を付けたという学者もいるのですが、この4人はヨハネを除けばいわば二流の使徒もしくは弟子です。もし教会が勝手につけたなら、なぜペトロやパウロなどのものにしてその権威を高めようとしなかったのでしょうか)、マタイとヨハネは主と3年間共同生活をした使徒、マルコは少年時代にイエスを知り、のちにペトロの宣教に同伴し、その教えをもとに福音書を書いたと古い記録にあります。ルカだけ生前の主を見たことがなかったので、彼は「はじめから詳しく調べ」(1章3)て筆を起こしました。というわけで、福音書は直接の目撃者か、目撃者から聞き取り作業をした人、すなわちイエスの同時代人によって、書き残されたものです。

 

言い換えると、福音書が世に出たとき、まだイエスと同時代人が少なからず生きていたのです。福音書に記録されているイエスの言行の大部分は大勢の人々の前で行われたこととして書かれていますから、もし嘘なら、激しくキリスト教を攻撃していたユダヤ人の格好の攻撃の的になり、キリスト教徒は「嘘つき集団」とされ恥ずかしくて福音書のことを語ることもできなかったでしょう。また初代教会の信者の中には、洗練されたローマ文化の中に育った一流の教養人も多く存在していました。彼らがこの新しい宗教(辺境の無教養の民族から生まれた宗教)の土台となる福音書の真実性について何ら確かめもせず、その宗教に帰依したとはちょっと常識では考えられません。

 

歴史学は証拠を元にして結論を引き出す学問です。例の「信仰のキリスト」を主張する聖書学者たちは、福音書が初代教会の信仰から生まれたと言うのですが、彼らの説こそ、彼ら自身の根拠のない信念(奇跡はありえないという)から生まれたものというべきです。

 

次回は福音書の内容を検討して、この問題を考えてみましょう。

 

(1)この考えは18世紀末にドイツの自由主義プロテスタントから生まれたもので、聖書の高等批評とも呼ばれる。岩下神父は、『カトリックの信仰』において何度もこの仮説に言及し鋭い批評を加えている。また、イエスの歴史性については、前述の『イエスの仮説』の他に、前教皇ベネディクト16世の『ナザレのイエス』、春秋社の「はじめに」も参照。

(2)これらの文書は、荒井献編『使徒教父文書』講談社文芸文庫、またニコロ・タッサン『古代教会の声』聖母文庫に収録されています。

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25.イエス・キリスト-3(福音書はフィクションか、その2)

前回は、福音書がイエスを直接知った人か、もしくは目撃者たちに取材をして資料を集めた人によって書かれたものだ、ということを見ました。今回は福音書の内容を調べて、前回の結論を確認できたらと思います。まず、福音書を読んで目に付くのは、地名や人名、また当時の社会の制度や習慣についての描写の多さです。地名や人名を出すフィクション(歴史小説)を書くのは至難の業です。それが事実を知らなければすぐばれてしまうからです。たとえば、私が明治時代の東京を舞台にした小説を書こうと思っても、東京の地理にもその時代の風俗習慣や制度にも通じていないので、いたるところで誤りを書くでしょうし、専門家が読めばすぐに「この著者は自分が書いている舞台の中で生活したことはない」と気づくでしょう。それに対して福音書と使徒言行禄は、歴史学や考古学の情け容赦のない批判にも耐えてきました。福音書がイエスの時代のパレスチナに生きた人(もしくはその人々から取材した人)によって書かれたことは、疑いの余地がありません。

 

もう一つ、四福音書を読み比べると、マタイ、マルコ、ルカは似た記述が多く(それゆえに共観福音書と呼ばれる)、ヨハネ(最後に書かれた福音書)は前の三つに比べてかなり異なった内容であることがわかります。これらの福音書の中には似てはいるが細部は異なる箇所が珍しくありません。これをもって「だから福音書は信用できない」と鬼の首でも取ったかのように言い切る人がいます。しかし、この事実も福音史家が自分の目で見、自分の耳で聞いたことを正しいと信じて書いたことを示しているのです。というのは、もし自分の書くことが正しいという自信がなければ、どうして前の人と違うことをわざわざ書くでしょうか(これは特にヨハネの福音書に言えます)。裁判官は複数の証人が全く同じ証言をすると、口裏を合わせたのではと怪しむそうです。というのは、同じ出来事に複数の人が遭遇しても、後でそれを回想するときそれぞれ微妙に違う思い出を語るのが当たり前だからです。数人でハイキングに行ったとして、後でその思い出をみんなに書いてもらえば、まったく同じことを書くはずがないでしょう。

 

さらに、福音書には奇妙な現象があります。それは『イエスの仮説』(ドン・ボスコ社)の著者、ヴィットリオ・メッソーリが「都合の悪い事実」と呼ぶもので、初代教会の時代から異教徒への宣教を考えれば、できれば書いて欲しくなかった箇所のことです。上記の各福音書の相違点もそうです。相違点がある箇所は非キリスト教徒から批判を浴びるだろうと容易に推測できますね。それなら、どうして初代教会はそういう箇所を手直ししなかったのか、と不思議に思いませんか。私たちもときどき信者でない人に説明するとき困惑を感じる箇所があるでしょう。自由主義神学者たちは、福音書が初代教会によって捏造(ねつぞう)されたというのですが、それならもっと宣教に有利になるように捏造するはずでしょう。

 

この他にも「都合の悪い事実」は福音書に枚挙に暇がありません(上記のメッソーリの著書を参考にして下さい)。ここでは紙面の関係上、一つだけ紹介します。それは復活の日曜日の朝、イエスの復活が最初に婦人たちに告げられたという個所です。実は当時の社会では、女性の証言は裁判では価値がないとされていたのです。だから、主の復活を弟子たちに告げ知らせたのが女性であった、ということは復活を主張するためには不利なことでした。もしその話が「作り話」なら、もっと違う風に書くべきでしょう。福音書全体にこの指摘が当てはまるのです。メッソーリは福音書がフィクションなら「それを作った人は、奇妙なショーの無能なディレクター」(前掲書、314頁以下)であると言っています。

 

最後に、福音書のもう一つの特徴として「無感動性」を挙げておきましょう。またメッソーリの言葉ですが、「四福音書を通して私たちが見出すのは、出来事を公平に記録する年代記作者の超然とした語調です。・・ここでもまた私たちが認めなければならないのは、このような文は神話や伝説を物語っているという印象を感じさせないということです。むしろ飾り気のない新聞記事のようです」(前掲書、346頁)。

 

もう一度、素直な目で福音書を開き、読んでみたらいかがでしょうか。これはフィクションなのか、と問いながらでも構いません。

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26.イエス・キリスト-4(聖伝について)

新約聖書には、四つの福音書に続いて『使徒言行録』が出てきます。これは第三福音書の著者ルカが書いたもので、福音書の続き、つまりイエスが昇天されてから使徒たちがどのようにその教えを伝えていったかを記録したものです。もっとも、使徒たちの中でその消息が詳しく伝えられるのは、ペトロとパウロだけです。

 

この書物を読みますと、キリスト教が始まったばかりとき、使徒たちはどのように異教徒に教えを伝えていたかが明らかにされます。彼らがキリストを知らない人に最初に教えたことは何でしょうか。それは「ナザレのイエスは十字架上で死んだが、三日後に復活した。このお方によって罪のゆるしが与えられた」と言うことでした。つまり、まずキリストの生涯のエッセンスを説明したのです。言い換えれば、イエスの生涯の具体的なことではなく、結論から先に教えたのです。もちろん結論を教えた後で、イエスの人となりや教えについて説明したはずです。でないと弟子たちは満足しなかったでしょう。

 

現在ならばイエスの言行を知るためには福音書を読めばいいわけですが、当時はまだ福音書が存在していませんでした。それならば、信者たちはどのようにしてイエスの生涯を知ったのでしょうか。言うまでもないことですが、イエスと直接つき合った人々、すなわち目撃者から聞くことによって、です。目撃者の証言の方が、書き残された記録より迫力があったはずです。

 

使徒たちが健在だった時代に福音書はまだ必要ではなく、いざとなれば十二使徒やその他の生き証人に聞けばよかったのです。しかし、福音が遠くの国々にも広められ、また生き証人が一人また一人と亡くなっていくにつれ、彼らの証言を書き残す必要が痛感されるようになったはずです。そこで、福音書が生まれたと考えられます。もちろん、十二使徒の時代から、あるいはイエスが生きている時代から、師の教えをメモの形で書きとめていた可能性はあります。しかし、福音書が本の形にまとめられるのは、教会が生まれてから数十年後のことでした。

 

つまり、教会の誕生直後、いわば文字の記録がない空白の時期、あるいは文字の記録に頼らなくてもよかった時期があり、その時期にはイエスの教えは口頭で伝えられたのです。この口頭で伝えられた教えを聖伝と言います。福音書は聖伝をまとめたものと言えます。ルカは福音書の冒頭に「私たちの間で実現した事柄について、最初から目撃して御言葉のために働いた人々が私たちに伝えてくれたとおりに、書き連ねようと・・」と書いているのは、まさにこのことです。

 

たとえば、私たちが紀元50年頃のローマに住んでいたと想像してみましょう。そこにペトロというユダヤ人が来て、ナザレのイエスについて宣教を始めます。神の恩恵のおかげでその教えを信じるに至った私たちは、ペトロに「そのイエス様が何を教え、どういう生活をしたのか、もっと教えてください」と言うでしょう。ちょうど、驚くような体験をしたおじいさんに、孫たちが話を聞くように。そもそも、その話を全部書き留めることは不可能です。聖書の中に聖伝がすべて書き込まれたのではありません。ヨハネが福音書の最後に「イエスのなさったことは、この他にもまだたくさんある。私は思う。その一つ一つを書くならば、世界もその書かれた書物を収めきれないであろう」と言っているとおりです。

 

つまり、私たちがイエスの生涯と教えを知りたければ、福音書だけでなく聖伝に注意する必要があるということです。それでは聖伝はどこにあるのでしょうか。聖伝は大部分が福音書、使徒言行禄、使徒たちの書簡、すなわち新約聖書に記録されましたが、それ以外のものは使徒たちから後継者に伝えられました。それが教皇と司教からなる教会です。教会の教えは聖書と聖伝に基礎を置いているのです(より詳しくは第二バチカン公会議の「啓示憲章(神の啓示に関する教義憲章)」を参考にして下さい)。

 

ここ数回、福音書に表れるイエス・キリストは、目撃者が見た通り、聞いた通りに書き記したもの(もちろん、起こった出来事の神学的な解釈を加えながら)で、初代の信者たちが、「こうあってほしい」と願いつつ創作したものではないと言ってきました。奇跡もせず、ましてや復活もしなかった人が、実は神の子であって、その証拠は彼が死後に復活したからだ、という荒唐無稽な話が生まれるということはどう考えてもあり得ないでしょう。

 

ところが、使徒たちの教えを直接伝える『使徒言行禄』やパウロやペトロたちの書簡は、教会が始まった直後から(実際は教会の始まりと同時に)この信仰が存在していたことを示します。この不思議な事実は、教会が信じてきたこと、福音書に堂々と書いてあることは、歴史的に本当に起った出来事であった、と考える以外に説明の仕様がありません。私たちが、毎週日曜日のごミサの中で唱える「信仰宣言」の骨子は二千年前の信者の信仰と寸分の違いもないものなのです。

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27.イエス・キリスト-5(その年代)

今まで数回にわたって福音書が歴史的な書物であることを話してきましたが、今回はそれではイエス・キリストの生涯はいつどこで展開されたのか、を見てみましょう。

 

「どこで」は簡単。福音書によれば、イエスの活動範囲はほとんど現在のイスラエルとレバノン南部という狭い地域に限られます。なかでもイスラエル北部のガリラヤ地方と南部のユダヤ地方が、その宣教の舞台でした。

 

「いつ」については、イエスの誕生、宣教の開始、ご死去の三つが分かれば十分でしょう。イエスの誕生は西暦一年ではありません。これは次の事情によります。キリスト教が生まれた頃は西暦という暦はなく、ローマ建国(紀元前753年)を元年とする暦を使ったり、皇帝の治世やギリシアのオリンピックを基準にしたりして年を示していました。ルカ自身、洗者ヨハネの活動開始の年を「皇帝ティベリウスの治世の第15年・・」と言っているのはその例です。6世紀にある修道士がイエスの誕生を人類史の中心にしようと考え、自分の知っていた史料をもとに「ローマ建国から754年」を西暦一年と計算しました。ところが残念なことに、これには誤差があったのです。

 

福音書はイエスが「ヘロデ王の時代」に生まれたと言っています。ところがこの王はローマ紀元750年に死んでいることが、以前お話したヨセフスの『ユダヤ古代誌』に載っているのです。つまり、イエスの誕生は遅くても紀元前4年ということになります。同じ『古代誌』では、ヘロデ王は死ぬ前に約半年間病気療養のためにエルサレムを離れていたと記しています。マタイによれば、東方の博士たちがエルサレムに到着したとき、ヘロデ王は元気でエルサレムにいた、また「お生まれになったユダヤ人の王」を殺すために、ベトレへム近郊に住む「二歳以下の男の子」を殺させたとあり、これらのことを総合すると主の誕生は紀元前5,6年ころ、と計算されるのです。それ以上前に遡らせると、たとえば紀元前8年にすると、今度はイエスが公生活(宣教生活)を始められたとき「およそ30歳」(ルカ、3章、23)であったという記述から少し無理が生じてきます。

 

次に公生活の開始時期はどうでしょうか。これについては、上述のようにルカが「皇帝ティベリウスの治世の第15年、ポンシオ・ピラトがユダヤの総督・・」(3章、1)と、洗礼者ヨハネの活動がいつ始まったかをかなり正確な年代を示してくれています。多くの学者も指摘しているように、福音書の記述を読むと、ヨルダン川での洗礼者の活動の開始と、イエスの洗礼との間にそれほど時間差がないという印象を受けます。それで、上述のルカが示す年代は、イエスの活動の開始時期とほぼ一致すると考えてよいでしょう。

 

このティベリウス皇帝は前帝アウグストゥスの治世の晩年、紀元後12年から共同統治者としてローマ帝国に君臨しましたので、第15年目は紀元27年に当ります。もしこの年にイエスが宣教を始めたのなら、そのとき33歳前後で、ルカのいう「およそ30歳」と合致します。ピラトがユダヤ総督の任にあったのは、紀元26年から36年のことで、これも福音書の記述と合致します(但し、ティベリウスが唯一の皇帝となった年から数えると第15年目は紀元28年にあたり、この可能性もある)。

 

もう一つ興味深いのは、エルサレムの神殿で商売人たちを追い払ったイエスに向って、ユダヤ人たちが「この神殿を建てるのに46年もかかった」(ヨハネ、2章、20)と言っていることです。ヨセフスによれば、その神殿の建設は紀元前20~19年に着工されたそうで、それならその完成は紀元26-27年になり、イエスの宣教が27年以降であったことの証明となります。

 

最後に、イエスのご死去の年。福音書によれば、主のご死去はニサンの月の金曜日、しかも過越祭の前日であった、と言っています(正確に言うと、当時過越祭を金曜日に祝った人と、土曜日に祝った人々があったようですが、今はその問題に立ち入りません)。紀元30年の前後で、過越祭が金曜日に当っているのは30年と33年だそうです。この二つのどちらをとるかですが、福音書からイエスの宣教(公生活)は3年くらいしかなかったという点を重視すると、十字架の惨劇は紀元30年の4月7日(あるいは8日)という可能性が最も高い、というのが現在の研究の結論のようです。

 

イエス様の生涯の時間的、空間的舞台を定めた後で、次回からその人物像、ご生涯に迫ってみたいと思います。

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28.イエス・キリスト―6、(イエスの人となり)

前回見ましたように、イエス・キリストは約二千年前にこの地上に生きた人物であるということは、今では疑うことのできない事実です。それではこのナザレのイエスという方は、どのような人だったのでしょうか。聖書で目撃者が語るところから、その肉体的、精神的外観を見てみたいと思います。

 

まず、イエスの肉体的外観については、残念ながら聖書には直接の描写が一切ありません。ただ間接的な言及は少しあります。たとえば、顔については、イエスに幼い子供たちが近寄ってきたという場面は手がかりになるかもしれません。つまり、少なくともイエスは幼児に恐れられるような顔、たとえばフランケンシュタインのような顔ではなかったと思えます。

 

身長については、聖書には手がかりすらありません。ただ、6世紀にコンスタンチノープルの皇帝が等身大の十字架を作るために、キリストの身長を調べに行くように部下をパレスチナに派遣したが、彼らは帰国してそれは180センチだと報告しているという記録があります。一体その部下たちが何を計ってその答えを得たのか謎なのですが、一つの仮説は現在イタリアのトリノにあるいわゆる聖骸布に写る人物の像が同じ背丈なので、その布が当時パレスチナにあったのではないか、というものです(1)。

 

体型については、死刑の前夜ゲッセマニの園で逮捕されるとき、裏切り者のユダが「私が接吻する者がそれだ」と兵士たちに言っておかねばならなかったことが、その場が暗かったということの他に、イエスが体型や服装で回りの弟子と目立った違いがなかったことを表しています。服装は、洗礼者ヨハネが長年荒野でらくだの毛皮を羽織り、一見して預言者だとわかる格好をしていたのに対し、イエスは普通の村人として生活しました。しかも、下着は「縫い目がなく、上から下まで一枚織り」で十字架刑を執行した兵士たちが「裂かないで誰のものになるかくじ引きで決めよう」(ヨハネ、19章、23)と言ったくらい良質のものだったようです。これはマリア様が息子のために織られたものではないか思われます。

 

健康は優良だったはずです。40日の断食に耐えましたし、3年間パレスチナの各地をしばしば野宿しつつ旅し、またどのくらい頻繁かわかりませんが、夜を徹して祈ることもあったのに、一向に肉体的にも精神的にも衰弱したりした様子が見えない。それだけで死ぬこともあったというローマの鞭打ちと拷問の後で、約3時間も十字架上で苦しみに耐えられたことなど、肉体が強壮であった証拠でしょう。

 

また精神的には、完全に自制が利きました。たしかに受難の直前ゲッセマニにおいて血の汗を流すまで「死なんばかりに憂えた」のですが、それ以降の言語を絶する拷問の連続の中で、恐怖を表すことも暴言や愚痴を吐くことも皆無でした。

 

だからと言って、無感情無感動な冷たい人間でもありませんでした。友人の死に際して涙を流し、喜びを声に出して父なる神に感謝し、偽善に凝り固まった宗教上の指導者たちに怒りをあらわにされたこともあります。ただ、イエスが笑ったという記述はありません。しかし、きっと愉快に笑われたことでしょう。イエスの模倣者である聖人たちはみなユーモアある人たちだったのですから。

 

高尚な神学的議論をする一方で、庶民には好んで平易なたとえを使って話しました。それらのたとえ話を読むと、イエスが非常に現実的な感覚の持ち主で、生の人々の生活をよく観察していたことがわかります。ひょっとしてこれには、聖ヨセフの影響を見て取ることができるかもしれません。実にイエスのたとえ話には、農夫、畑の主人、漁師、羊飼い、建築家、主婦、遊ぶ子供、下男、金持ちの財産管理人、裁判官、王など当時の社会の上から下までのあらゆる身分の人が登場します。

 

イエスは公の宣教を始めてからもあらゆる人と交際しました。金持ちも貧しい人も、病人も健康な人も、教養の高い人も低い人も、そして、同時のラビ(教師)たちが相手にしなかった女性や子供も、イエスの友人になったのです。

 

この人間的な魅力に溢れた人物は、しかし、単なる人間ではありませんでした。ですから、あるとき弟子たちに「人々は私のことを誰だと言っているのか」(マタイ、16章、13)という不思議な質問を投げかけたのです。次回にはこの質問の意味を考えてみましょう。

 

(1)ガエタノ・コンプリ著『聖骸布』、サンパウロ、31頁。この聖骸布の人の顔が、6世紀頃からイコンや聖像に描かれるキリストの顔になった可能性についてもこの本に紹介されています。

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29.イエス・キリスト-7

前回まで、福音書が歴史的な書物であることを説明し、次にその福音書に基づいて、歴史的人物としてのイエスがどのような人物であったかを見ました。しかし、キリスト教の真髄は、このナザレのイエスが単なるすばらしい人格者、宗教家であっただけでなく、神であったというところにあります。「信じる者は救われる」というけれど、何を信じるのでしょうか。そう、イエスが神であると信じるのです。

 

福音書を読むと、イエスとは一体誰なのかと不審に思った人たちがあったことがわかります。これはもしイエスが普通の人なら、絶対に起るはずのない疑問です。もし「君は誰ですか」と尋ねられたら、自分の名前と職業や出身地を言えばすみます。人々は、イエスが「ナザレ出身の大工であり、父はヨセフ、母はマリア」と知っていたのですが、それだけでは納得できない何かがあったのです。このなんとも言えない不思議な印象はイエスの敵さえ表しています。ファリサイ人たちは、あるとき「あなたはどなたですか」と質問し、ピラトは「お前はどこから来たのか」と聞きました(ヨハネ、8章、25:19章、9)。

 

この疑問が生まれるのは、主が普通の人間なら当然できないことをされるからです。それは奇跡だけでなく、主の教えや起居に普通の人間の域を超えた何かがあったからでしょう。たとえば、主は自分の権威を、旧約聖書のそれより上に置きます。「昔の人は○○と命じられている。しかし、私は言う」と言われて。あるいは自分が律法や預言者、すなわち旧約聖書を、なんと「完成するために来た」と宣言される(ともにマタイ、5章。ベネディクト16世の『ナザレのイエス』第四章を参照)。あるいはあの世のことを、推測するのではなく、まったく逡巡されることなく明快に断言して話される。罪を赦す権能を持っているとか、自分は安息日の主であるとか、時には天の父と自分は同じだとも言われる。福音書を読めば、「これは人間にはできんぞ」と思われる行為を、主が簡単にされている箇所を随所に見つけることができます。人々が、「この人は一体誰か」と疑問を持ったのは当然のことでした。では、その答えは何でしょう。

 

あるときイエスご自身、使徒たちに「あなたがたは私を何者だと言うのか」と直接尋ねられ、ペトロが「あなたはメシア、生ける神の子です」と答えました。この答えに対するイエスの反応は注目に値します。つまり、「愚か者!何と言う冒涜を言うのか。死ぬべき人間に過ぎない私を神と呼ぶとは」とは言われず、ペトロの答えを受け入れられたのです。「あなたは幸いだ。あなたにこのことを現したのは、人間ではなく、私の天の父なのだ」と(マタイ、16章)。つまり、イエスご自身自分は神だと自覚しておられたのです。

 

このことは大衆を前にして公言できることではありませんでした。と言うのは、神の唯一性を固く信じているユダヤ人にとって、人間が自分を神だと言うのは最も忌むべき罪だったからです。イエスがそれを荘厳に表されたのは、ユダヤ人の衆議所での裁判のときで、その結果、死刑判決が下ったのです(マタイ、26章、66)。言い換えれば、イエスはそう言うなら死刑になると重々承知の上で、ご自分の神性を宣言されたことになります。死ぬ事がわかっていて、敢えて嘘を言う人がいるでしょうか。

 

神が人間になったということは、よく考えると(よく考えなくても)、人知を超えることです。ですから、これを否定する教えは初期の時代からありました。この考えはキリスト教を破壊することになります。というのは、イエスの死が全人類の罪を贖うだけの価値(無限の価値)を持つのは、それが無限に尊い御方の死であるからで、単なる人間なら十字架上の死はいかに英雄的な死であっても有限の価値しか持たず、全人類の罪が赦されるというのは嘘になってしまうからです。

 

そこで、教会はこの考えをきっぱりと否定しました。新約聖書、中でも四つの福音書、とりわけヨハネの福音書は、「イエスとは誰か」という問に対する答えと言えます。ともかく、イエスが神であるという信仰が初代教会の誕生の時点からあったことをもう一度確認しましょう。つまり、「徐々に」イエスが神であるという信仰が出来上がったのではなく、最初からその信仰があってその上に教会が建てられたのです。

 

では、一体どうして使徒たちとその仲間たちはキリストを神だと信じたのでしょうか。それは第一に、イエスに同伴することによって、上述した奇跡や教えに接したからです。ただし、彼らがこの信仰に至るには時間がかかりました。主が奇跡をなさるのを何度見ても、よく「信仰の少ない者よ。なぜ疑ったのか」と叱責されています。一度は主の神性を告白したペトロは、主のご受難の時には主を三度も否み、十字架から逃げました。ヨハネを除いて他の9人も同じでした。

 

この使徒たちが、イエスが神であることを確信したのは、なによりも復活したイエスを「目で見て、手で触れ」(ヨハネ、20章、19)てからです。この復活の事実こそ、キリスト教の信仰の土台となるものです。イエスが十字架で死去しそれでお仕舞いであったなら、キリスト教は生まれなかったのです。

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30.イエス・キリストー8(復活)

キリスト教が生まれたのは紀元1世紀の前半です。この新宗教はユダヤ教から生まれたのですが、ユダヤ教との違いはどこにあったのでしょうか。それはナザレのイエスこそ、ユダヤ人が旧約聖書の預言をもとに長い間待ち望んでいたメシアであるだけでなく、神の子であると信じる点にあります。でも、なぜ初代の信者たちは、ナザレのイエスが神の子であると信じたのでしょうか。その最大の理由が、イエスの復活の事実です。実にキリスト教信仰の土台は、「イエスが死んで葬られ、三日目に蘇った」という点にあります。事実、生まれたばかりの教会が、いかなるメッセージを人々に伝えたのかは、『使徒言行録』に記録されていますが、それを読むとペトロたちは何よりもまずキリストの復活を告げたことがわかります(2章32、3章15、4章10、5章30など)。一度実際に読んで確かめてもらえれば幸いです。

 

キリスト教を攻撃する人々が、イエスの復活を否定しようとしたのは実に当を得たことでした。というのは、もしそれに成功すれば、キリスト教は自らが立っている土台を破壊されるからです。かくして、20世紀の長きにわたって、「復活なんぞは嘘じゃ」と主張する様々な理論が発明されたのです(1)。それらの説をざっと二つにまとめますと、一つは弟子たちが嘘をついたとする説。もう一つは、弟子たちには悪意はなかったが騙されたのだとする説です。

 

前者には、

①弟子たちが墓に葬られていたイエスの死体を盗んだという盗難説。

②イエスは実は死んではいなかった。墓の冷たい空気に触れて息を吹き返したのだという仮死説(こんなばかばかしいことを偉い学者が言うのは信じがたいですが、本当です)。

後者には、

③弟子たちがイエスの幻を見たという集団幻視説。

④中近東の古い宗教に見られる復活した神の神話から影響を受けたとする作り話説。

⑤弟子たちの心の中にイエスの教えと人格が復活したとする心理的復活説。

以上に分類できるようです。

 

これらの説を提唱した人々は、はなから「復活はありえない」という決め込む合理論者です。まず「復活はない」という大前提(これは彼らにとっては証明する必要のない事実なのです)があるので、初代教会に見られた復活の信仰がどのようにできたかを、なんとか自然の仕方で説明しようとするわけです。

 

復活否定論に対する最も効果的な反論は、弟子たちの単純素朴な態度でしょう。彼らは反対論にいちいち反論する代わりに、自分の命を捧げました。パスカルは「私は、その証言のために己の首を差し出すことを辞さぬ証人を喜んで信用する」と言います。人が嘘をつくのは、自分の利益になる場合だけで、自分が損をする、いわんや殺されるのを知りながら、嘘をつき通す人はないでしょう。それゆえに、①②の説は常識外れで、反論する価値もありません。

 

弟子たちが騙されたとする説については、新約聖書をもう一度よく読むべきでしょう。そこに現れる復活の信仰は、非常にリアルな復活、つまり血と肉からなる体の復活です。復活したイエスが初めて11人の弟子に出現したとき、彼らは「幽霊を見ているのだと思った」ので、イエスは「触れて確かめよ」と言い、手と足を見せる必要があったほどです(ルカ24章、37~40)。聖書のどこにも、この復活が「霊的な復活」であったと匂わせる証言はありません。③と⑤は、これで反駁されると思います。

 

④はいわゆる比較宗教学の説ですが、比較をする場合、類似点だけでなく相違点にも注意しないといけません。つまり、死んで蘇る神について語る宗教があったとしても、それを固く信じて多くの人が殉教し、しかも現代にまでその信仰が生き生きと伝えられている、という宗教はキリスト教以外にありません。他の宗教の影響でこの信仰が生まれるのは、よく考えれば、鳶が鷹を産むよりも難しいことだとわかるはずです。

 

それにしても、「確かに復活の信仰がどうやって生まれたかは説明できないにしても、復活なんてことは、今から二千年前の、まだ科学が未発達で迷信が広くはびこっていた時代の人間には信じられるかも知れないが、この科学の時代に生きている我々には信じられない」と言う人も珍しくありません。それなら、もう一度福音書に目を向けてください。

 

福音書によれば、イエスの復活の現場を目撃した人はいません。復活の最初の証人は、数人の女性たちです。日曜日の早朝、墓に駆けつけ、墓が空っぽになっているのを見つけ、そこで天使に「イエスは復活した」と告げられたのです。前にも見たように、当時のユダヤ人社会では女性の証言は法律的に無効でした。もし福音書がこの話をでっちあげたのなら、これは実に愚かな創作と言わざるを得ません。より注目すべきは、この婦人たちの証言を聞いた弟子たちの態度です。「そうか、やっぱり復活されたのだ」と喜ぶ代わりに、「彼らにはその言葉がたわ言のように思えて、彼女たちの言うことを信じなかった」(ルカ、24章、11)のです。有名なことですが、イエスの最初の出現の場に居合わせなかったトマは、「私はその手に釘の跡を見、指をそこに入れるまで信じない」と言いました。例の婦人たちも早朝に墓に行ったのは、「遺体に香料を塗るため」で、つまり彼女たちも復活を夢想だにしていなかったのです。同じ福音書によれば、イエスは生前少なくとも3回は「復活」を予言していたのですから、弟子たちは復活を待ち構えているべきだったのに…。彼らが復活を信じるには、どうしても復活したイエスを自分の目で見る必要があったのです。つまり、彼らは決して「なんでも信じる」たぐいの人間ではなかったのです。

 

使徒言行録は復活の教えがギリシア文化圏の人にどのような反応をひき起こしたかも伝えています。パウロが、ギリシア文化の中心地アテネの広場でキリスト教の教えを説明したとき、聴衆は最初は好奇心から耳を傾けていたのですが、「死者の復活という言葉を聞いたとき、ある者はあざ笑い、ある者は『それについてはまたいつか聞こう』と言った」(17章、32)。復活はギリシア人にとって「馬鹿げたこと」だったのです。

 

イエスの復活は21世紀に生きる我々は言うに及ばず、紀元1世紀の文化人にも、非常に宗教心の篤かったユダヤ人にも、信じられない出来事だったのです。では、どうして、このような信仰が生まれた、しかも広がって行ったのでしょうか。聖書の語ることをそのまま受け取れば、問題は造作なく解決するのですが・・。

 

(1)詳しくは、岩下壮一神父の『カトリックの信仰』、ちくま学芸文庫、第12章を参照。

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31.イエス・キリスト-9(三位一体)

ここ数回にわたってイエス・キリストが人間であると同時に真の神であったという点を見てきました。これがキリスト教の信仰の核心です。イエスが神であると信じる最大の理由が復活であって、パウロは「キリストが復活しなかったのなら、私たちの宣教は無駄であるし、あなた方の信仰も無駄です」(1コリント、15章、14)とまで言っています。

 

さて、ここで新たな問題が出てきます。つまり、もしイエスが神ならば、イエスが「天の御父」と呼ばれた神はどうなるのか。また御父とイエスが弟子たちにお送りになると約束された聖霊はどうなのか。神はお三方おられるのか、という問題です。

 

イエス自身、「イスラエルよ聞け。われわれの主なる神は唯一である」と神が唯一であるというユダヤ教の信仰を断言されました(マルコ、12章、29)。しかし、しばしば自分が天の御父の子であるとも主張しています。確かに「神の子」という身分は人間にもあてはまることで、イエスも弟子たちに、祈るときは神に対して「天におられる私たちの神よ」と呼びかけるように薦められました。しかし、イエスは自分が神の子であることと、使徒たちがそうであることとは本質的に異なることも教えられました。「私の父、あなた方の父」と区別されたのはそのためです(ヨハネ、20章、17)。また、父と自分と並んで聖霊(霊、父の霊、真理の霊、慰め主、弁護者などとも呼ばれます)も別の神であると示されました(ヨハネ、14~16章参照)。

 

それで、教会は最初から神は唯一であると同時に、父と子と聖霊をそれぞれ神として信じたのです(聖パウロ、ペトロ、ヨハネの手紙を参照)。ですが、単純に考えるなら、父が神、子が神、聖霊が神ならば、神は三柱おられることになるわけで、このことについて誤った教えが出てくるのは避けられませんでした。

 

その異端の中で最も影響力を持ったのが、3世紀末に出たアリウスという司祭の説です。彼によれば、「本当の神は父なる神なのだ。イエスはその父なる神から生まれた二番目の神で、もっとも神に近い方だが、父なる神には劣るお方なのだ」というのです。その根拠として、イエス自身が「その日、その時を知る者は一人もいない。天にいる使いも子も知らぬ。父だけは知りたもう」(マルコ、13章、32)とか、「父は私よりも偉大なお方」(ヨハネ、14章、28)と言っておられる、と主張しました。アリウスの説なら、神は御父だけで、神の唯一性を守るのに何の問題もありません(1)。

 

しかし、「このアリウスの教えはどこか変や。教会が最初から教えてきたことと違う」と気づいた人たちが、聖書には父と子が同じであると示す箇所も沢山あると言って、異議を唱えました。時はローマ帝国の迫害が終わったばかりのころで、教会の中で分裂があることを嫌った皇帝はこの問題を議論するために公会議の開催を示唆。そこで325年、二ケアという場所に全世界から318人の教父が集まり、このアリウスの教えを討議しました。そして、次のように宣言し、アリウスの説を排斥しました。「我々は信ず、全能の父、すべての見えるものと見えないものの創造主である神を。神の子、我々の主イエス・キリスト、すなわち父の本性より神のひとり子として生まれ、・・・父と同一実体である。・・。また聖霊を(信ず)」と。

 

この信経で大切な言葉は、イエスが「父と同一実体である」という言葉です。実体とは「それは何ですか」と聞かれたときに答える言葉です。たとえば、「太郎は何か。次郎は何か」と聞かれれば「二人ともヒトだ」と答えます。これは太郎と次郎がヒトの実体を持っているということなのです。しかし、太郎と次郎は、同一実体ではありません。ともにヒトの実体を持っていますが、その二つは異なる実体です。でなければ、太郎は次郎だ、という奇妙なことになってしまいます。ところが、神様の場合、父とイエスは同じ実体なのです。では、父はイエスと同じなのかと言うと、違うのです。それを表すために、「子は父から生まれた」と言っているのです。では、父と子の違いを表すものは何でしょうか。

 

父と子の違いを表すために、キリスト教の神学者たちは「ペルソナ」という概念を発明しました。「ペルソナ」とはもともとギリシアの演劇で使った「お面」のことでした。役者が弁慶のお面をつければ弁慶になるが、義経のお面をつければ義経になる。というわけで、ペルソナとは、「それが誰か」を表すものという意味を与えられました。この言葉を使って、神学者たちは、「父と子は、実体は同じだが、ペルソナは違う」と説明したのです。言い換えれば、神様に向かって「あなたは何ですか」と尋ねると、「我は神なり」という答えしか返ってきませんが、「あなたは誰ですか」と尋ねると、「我は父なり」「我は子なり」「我は聖霊なり」の三つの異なる答えが返ってくるというわけです(2)。

 

ここで言っておかねばならないことは、この教えは「人間の頭では理解ができないが、神が教えられたので信じる真理」、つまり奥義(ミステリウム)であるということです。すでに見たように、キリスト教には奥義というものがいくつかあるのですが、三位一体はその中でも最大の奥義です。これは神様がご自分の内部の生活をお教えくださったものと言えるでしょう。ちょうど、私たちが特に親しくなった友達に自分の家族を紹介するのに似ています。そう考えると、私たちは感謝をもって、父、子、聖霊を区別して、それぞれのペルソナに話しかけるのは当然のことと思われるでしょう。

 

また、三位一体は、神が孤独な存在でないことも教えてくれます。唯一の神は自己を無限に愛するのですが、自分で自分を無限に愛するなんて何か嫌なナルシストに見えませんか。実はそうではなくて、異なる三つのペルソナ、父と子と聖霊の互いの愛なのです。人間の家族の愛は、その神の愛を反映していると言われます。

 

(1)アリウス派の主張と正統教会との論争については、山田晶『トマス・アクィナスのキリスト論』、長崎純心レクチャーズ第一回、創文社、1999年、32~39頁を参照)。

(2)ペルソナの語源については、山田晶『アウグスティヌス講話』、新地書房、92~93頁を参照。

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32.イエス・キリスト-10(キリスト論-1)

前回、イエス・キリストが神であることは、325年のニケア公会議によって確認されたことを見ました。すると新しい問題が発生します。つまり、イエスは神であることはわかったが、それではイエスは人間でもあるのかどうかという問題です。

 

二ケア公会議が終わって一世紀が過ぎようとしたころ、コンスタンチノ-プルの総主教ネストリウス(380年ころ~451年)が、「マリアを神の母と呼ぶのは間違いだ」と言い始め、教会内に動揺を引き起こしました。この主張の裏には、イエスには「神のイエス」と「人間のイエス」の二つのイエスがいる(言い換えれば、二つのペルソナがある)という誤ったキリスト論がありました。もしそうならば、マリア様は「人間イエス」を生んだが、「神のイエス」は生んではいない、それゆえ聖母を「神の母」と呼ぶことはできない、と言うのです。

 

「なるほど、そうなのか」と感心しないでください。聖書を丹念に読んでみましょう。そうすると、イエスが決して「神の私」とも「人間の私」とも言ったことはありません。イエスは「一つの私」しかなかったようです。またもし「二つの私」があったなら、イエスが人間としてなされた活動、特にご受難とご死去は有限の価値しかなくなり、全人類を救うだけの十分なお恵みを得ることはできなかった、となります。また、聖書ではエリサベトがマリア様を「私の主のお母様」と呼んでいるのです(この場合の「主」は神の意味)。

 

この問題を議論するため、小アジアのエフェソで公会議が開かれました(431年)。その結果、イエスは一つのペルソナ(それは神のペルソナです)しか持たなかったと宣言されます。ところで、親と子、あるいは夫と妻といった人間関係とはペルソナとペルソナの関係であるので、神の第二のペルソナがマリア様の胎内で人間性をお取りになった瞬間から、マリアを「神の母」と呼ぶことができると言うわけです。もちろん、マリア様は神性を生んだのではありません。

 

この公会議の教えでは、ペルソナという概念の他に本性(nature)という概念が使われました。本性とは、本質という概念と同じなのですが、少しニュアンスが違います。つまり、本質とは「ものが何であるか」を示すもの(この意味で前回説明した実体と同じですが、正確に言うと本質は実体を別の観点から見ているのです)です。その本質をもつが故に、そのものは特定の働きをします。本質をこの特定の働きの根源として考えるとき、それを本性と呼ぶのです。例えば、人間は動物とは違って笑ったり話したりできます。それらの活動は人間の本性を持つ故にそのような行為ができると考えるのです。イエスの場合、神の本性(神性)を備えた三位一体の第二のペルソナが聖母の胎内で聖霊によって宿ったとき、人間の本性(人性)を取った、と説明するのです。

 

しかしエフェソ公会議の後、今度はイエスの一性を強調するあまり、「イエスの人間性は、神のペルソナに取られたとき、神性の中に吸収されてしまった」といような考えが出てきました。つまり、ペルソナだけでなく本性も一つであるというわけです(キリスト単性論と呼ばれます)。そこで再び小アジアのカルケドンで公会議が開かれ(451年)、イエスが二つの本性を持っていたことが公言され、キリスト論は一応終結を見たのです。

 

キリスト論については、山田晶『トマス・アクィナスのキリスト論(前掲書)』に、素晴らしい総括的な説明があります。また、ペルソナや本性という哲学的概念について、山田晶、『アウグスティヌス講話』の「第三話ペルソナとペルソナ性」にわかりやすく説明されています。

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33.イエス・キリスト-11(キリスト論-2)

イエスが真の神であり、真の人間であったという真理を、教会は「イエスには神のペルソナが神性と人性の二つの本性を持っていた」と説明することを前回見ました。ペルソナと本性を区別するのは簡単ではなく、そのためネストリウス派や単性論といった異端が出たわけです。しかし、この区別から目をそらさなければ、イエスの奥義が少し理解できるようになります。

 

本性は行為の根源です。つまり人間は人間の本性によって笑ったり泣いたり考えたりするのです。しかし、その行為の責任者はペルソナです。例えば、私が手で花瓶を割ったとします。それを注意されて、「いや花瓶を割ったのは私の手です。手を叱ってください」と言ったら「おまえは頭がどうかしたのか」と言われるでしょう。花瓶を割った責任者は私というペルソナです。これをイエス様に当てはめると、奇跡をしたのも、群衆を魅了するような素晴らしい教えを述べられたのもイエス様のペルソナ、すなわち神様なのです。他方、御受難で苦しまれたのも、十字架で死なれたのもイエス様、神様なのです。たしかに神は苦しみも死にもできないのですが、人間の本性によって苦しみ死なれた。つまり、苦しみ死なれたお方は神であるイエス様なのです。

 

話しが複雑で頭痛がすると思われる方もあるでしょう。これがペルソナと本性を区別することの難しさです。ともかく言いたいのは、イエス様の苦しみと死去は、神のペルソナのなさった行いなので、その行いは無限の価値をもつという結論が出るのです。もしイエス様にネストリウスの言うように二つのペルソナがあるなら、苦しみ死んだのは人間のペルソナだけで神のペルソナは何の関係もないわけです。それなら主の苦しみと死去は無限の価値を持たず、十字架は全人類のあがないの業にはならないのです。

 

次に見たいのは、本性は能力を含むという点です。ですから、イエス様は神性によって神の知性と神の意志を、人性によって人間の知性と意志を持っておられた、言い換えれば、一つのペルソナの中に二つの知性と二つの意志があったのです。これも偉大な奥義ですね。イエス様は神の知性を持っておられたのですから全知なのです。すべてのことを知っておられました。しかし、人間としては、すべての人間と同じく学んで行かれたのです。聖書に「イエスは知恵も増し、背丈も伸び、ますます神と人とに愛された」(ルカ、 2章、52)とあるとおりです。全知でありながら、物事を学んで行かれるとはどういうことなのか。それが奥義です。私たちには分かりません。

 

またイエス様には神の意志と人間の意志がありました。このことは、ゲッセマニの園で御父にされた祈り、「父よ、・・・私からこの杯を取りのけてください。しかし、私の思いのままにではなく、おぼしめしのままに」(マルコ 、14章、36)という言葉に明白に現れています。神様としては十字架の死を望まれたが、人間としてはそれを避けたいと思われたのです。

 

このキリスト論は、時間つぶしに楽しむ「頭の体操」ではありません。神と人間の間には無限の溝が横たわっています。この無限性を強調するイスラム教やユダヤ教は、託身(受肉)は神にあるまじき行為であるとします。この考えの方がよほど常識的であると思いませんか。託身を認めるキリスト教の教えは、神がどれほど人間を愛しておられるかを、そして人間がそれほど捨てたものではないことを示すのです。「この地上の人々と共に楽を奏し、人の子らと共に楽しむ」(箴言、8章、31)という言葉はその神の愛を表わしています。これは熟考に値することではないでしょうか。

 

また、イエスがナザレという寒村で、家庭生活を営みながら職人としての仕事の生活を30年間も送られたことに深い意味があることも分かります。なにせ、そのようなことをされたお方が神様だったのならば、神様が平凡な仕事の生活をされたということになります。なら、ほとんどすべての人間が毎日している単調な仕事には大きな意味があるわけです。また神様が平凡な家庭生活をされたのですから、家族生活は宗教的に見ても大きな意味がある、という結論になります。神の母であるマリア様が、妻として母として夫と子供の世話に従事されたのですから、専業主婦という仕事は非常に高貴なものである、こともわかります。

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34.イエス・キリスト-12(ご昇天)

イエス様は復活の後40日目に、エルサレム郊外のオリーブ山から天に上られます。(ルカ、24章、51.マルコ、16章、20)。この出来事によってイエスの地上での生涯は幕を閉じます。主は復活されて以降は、以前のように弟子たちと一緒に生活されず、何度か出現されたにとどまりました。それは本当に復活したことを事実によって示すためと、また弟子たちに様々なことを教えるためでもありました。おそらく弟子たちは、主が生前教えてくださったが、まだ十分に理解できなかったことを質問したでしょう。例えば、「どうやって罪を赦すのか」、「最後の晩餐で『私の記念としてこれを行え』と命じられたことは、どのように行うのか」など。

 

こうして弟子たちが教会という新たな宗教団体を統治して行くことができるのに十分な信仰と知識が備わったと思われたとき、この地上から姿を消されました。その仕方は旧約時代のエリアのように火の車で天に引き上げられたのではなく、自分の力で昇天されます。その後「神の右の座に着かれ」ました(マルコ、16章、19)。「右に座する」とは御父と同じ権威をもって納める共同統治者になるという意味です。また、あれほど苦しまれた御子に御父がお与えになったもう一つの栄誉であると考えられます。これから後、世の終わりに今度は栄光のうちに再臨されるまで、主は私たちの前にそのお姿をお見せになることはありません(奇跡的な出現を除いて)。

 

「でも、もしイエス様がずっとこの地上にい続けられたら、もっと上手に順調に福音宣教が進んだのではないか」と思いませんか。確かに最後の40日間に弟子たちの教育の総仕上げをされましたが、とは言ってもペトロたちが人間であることに変わりはなく、福音宣教は苦難に満ちたものとなりましたし、教会の歴史を見てもいたるところに人間の弱さによる嘆かわしい出来事が目に付きます。しかし、主はそれを十分ご存知で、教会の指導を使徒たちに任されたのです。ご自分でインドや中国やヨーロッパに行く代わりに、ペトロたちが苦労して宣教旅行をすることを望まれたのです。もちろん、まったく放ったらかしにしたわけではありません。第一に聖霊を送られました。ご昇天以降、教会の見えない指導者は聖霊です。この他に、イエス様ご自身もご聖体の中に残られました。またマリア様を信者の母としてお与えになりました。このような超自然的な助けをちゃんと確保されたのです。だけど、それらは絶体絶命に見えるピンチになって初めて現れる水戸黄門一行のようで、普段は人間だけが教会の舵取りをしているように見えるのです。どうしてもっと助けてくれないのでしょうか。

 

小学校の先生のことを考えてください。先生は色々なことを児童にさせます。例えば運動会の応援。もし先生が最初から「こうしなさい、ああしなさい」と言って指導したら、きっと子供たちだけでするよりずっと早く上手な応援ができあがるでしょう。が、これでは子供たちは何も学びません。上手な先生とは児童を手際よく動かす人です。そして、見かけは何もやっていないように見えて、実はちゃんとお見通しなのです。先生から簡単な指示を受けて、試行錯誤を重ねてやっていくうちに、子供たちは応援の仕方やみんなで協力することを学び、一つのことを達成した自信を身につけるのです。神様はこの先生のようなお方です。私たちに難しい福音宣教をお任せになって、私たちが苦労することによって成長することをお計らいなのです。現代は「できるだけ楽して、もうける」のが理想とされるようですが、昔は「苦労は買ってでもせよ」と言われていました。どちらが本当でしょうか。苦労した方が、自分の身につく何かを得て、自分が成長することは間違いないと思います。つまり、本当は苦労した方が得なのです。

 

しかし、苦労と言っても、私たちのする苦労はそう大したことではないでしょう。半端ではない苦難の生涯を送った聖パウロは言います。「現在の苦しみは、将来わたしたちに現れされるはずの栄光に比べると、取るに足りないと私は思います」(ローマ、8章、18)。イエス様は先に天に行かれて、私たちのために場所を用意すると言われました(ヨハネ、14章、3)。ご昇天は、私たちの本当の祖国がどこにあるかを教えています。私たちを取り囲む現代社会はこの地上のことしか話しません。そんな環境の中にあって、本当の祖国を見失う不幸に陥らないため、ご昇天のことを考えるのは有意義なことかと思います。

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35.イエス・キリストを知る

キリスト信者とは、いくらかの信心の業を果たすこと、すなわち毎日何度かの祈り、日曜のミサ、年に何度か赦しの秘跡を受けることを目標としているのではありません。ベネディクト16世は、「人をキリスト信者にするのは、倫理的な選択や高邁な理想ではなく、ある出来事との出会い、ある人格との出会いです」と言われました(1)。その人格とは、もちろんナザレのイエスです。教皇フランシスコは「私はすべてのキリスト者に・・イエス・キリストとの人格的な出会いを新たにするよう呼びかけたい」と言っておられます(2)。つまりキリスト信者とは、キリストと出会い、付き合い、親しくなる人と言ってもかまわないでしょう。これが目的であって、祈り、ミサにあずかり、赦しの秘跡はそのための手段と言えます。

 

でも、なぜイエスを求める価値があるのでしょうか。それは、イエスが神だからです。換言すれば、見えない神が人間になることによって、私たちの前に姿をお現しになったからです。聖ヨハネ・パウロ2世は、「神が存在するなら、なぜ現れないのか」という挑発的とも見える質問に対して、神は人間になることによって「可能な限り人間に近づかれた」と言われました(3)。最後の晩餐の最中にフィリポが「主よ、私たちに父をお見せください」と頼んだとき、イエスは「私を見た人は父を見た。・・私が父におり、父が私にましますことをあなたは信じないのか」と言われました(ヨハネ、14章、8~10)。イエスを知ることは神を知ることなのです。

 

それゆえ、聖パウロは「実に主イエズス・キリストを知るという優れたことに比べれば、その他のことは何でも丸損だと思う」と言っています(フィリピ、3章、8)。このパウロの言葉は言いすぎだと思われますか。もし神が人間になられたなら、その人間を知ること以上に素晴らしいことはないと言えませんか。もしイエスが神であることを信じないなら、せめてこの教えが真実かどうかを調べてみる価値はあるのではないでしょうか。もしこれが本当だったら、絶対的な真理を獲得したことになります。もし嘘だったら、この世には絶対的な価値は存在しない、すべては相対的だという結論になるでしょう。

 

ところで、イエスは今から20世紀も前に、日本から遠く隔たったパレスチナで一生を送られた方です。どこでどうやってその方と出会うのでしょうか。どこを探せば、キリストを発見するのでしょうか。キリストは神ならば、上述したように神はどこにでもおられますから、どこでも発見できるのです。しかし、特にと言えば、ご聖体と福音書に、と言えるでしょう。ご聖体については秘跡のところで説明したいと思います。今は、地上に現れたイエスの言行を記録した福音書に目を向けましょう。

 

以前、福音書の歴史性について少し詳しく説明しました。福音書がフィクションなら、そこにイエスを探すのは骨折り損のくたびれもうけになりますから。福音書に現れるイエスの言葉や行いは、それを目撃した人か、目撃者から聞いた人が記録したものです。もちろん、神学的な解釈を加え、表現を変えていることもありえます。しかし、福音書を読むことで、実在したイエスを知ることができるのです。以前、公教要理の重要性についてお話ししたとき、聖書を過小評価していると思われた方もあるかも知れません。公教要理は聖書の教えをまとめているもので、聖書の理解を助けてくれます。ただ聖書、特に福音書を直接読むことは、イエスを知るため素晴らしい手段です。

 

教皇フランシスコは、ポケット版の聖書をいつも携帯し、時間があれば読むようにと勧められています。ただ、日本語聖書にはポケット版のものはないと思います。ですけど、新約聖書なら、ある程度軽くカバンに無理なく入る大きさのものはあります。ぜひ教皇様の勧めに従って聖書を身近なものにして、時間があれば開いて読む習慣を身につけてください。できれば、「その(福音書の)場面に入って、登場人物の一人となるのです。聖母マリアのように、12使徒のように、聖なる婦人たちのように、イエスの周りに押し寄せた群衆のように、イエスの側にいてその御跡に従う」よう努めてください。日々この努力を少しずつ続けていけば、「キリストのみ言葉は心の底までしみ通り、私たちを変えてしまうでしょう」(4)。

 

ところで福音書は紀元1世紀に成立した書物です。普通古い書物を読む場合、適切な注が必要でしょう。でなければ、その時代の背景や地理、人々の考え方などを知らないまま読むことになり、多くのことについて理解が困難になります。そういう意味で、カトリックの注のある聖書をお選びください(5)。

(1)回勅『神は愛』1。教皇フランシスコ、使徒的勧告『キリストは生きている』129に引用。

(2)使徒的勧告『福音の喜び』3。

(3)『希望の扉を開く』43~49頁参照。

(4)聖ホセマリア・エスクリバー、『知識の香り』精道教育促進協会107)参照。

(5)聖書に付けられている注以外に、福音書の時代のパレスチナの地理や社会や文化をもう少し知るために良書が沢山あります。地図と年表では、和田幹男神父の『聖書年表・聖書地図』女子パウロ会など多くの手頃な書籍があります。社会や文化についての解説は大部ですが、古典的なダニエル・ロップスの『イエス時代の日常生活』山本書店、1964年は今でも有益です。

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36.聖母マリア 

神の第二のペルソナが人間性をお取りになったことを受肉(託身)の神秘と言います。神はいきなり人間になることもおできになりました。しかし、神はより普通の仕方を望まれたと言えます。すなわち、母の胎内に宿ることで人生を始めるやり方です。このために、母になる人が必要でした。そこで選ばれたのが聖母マリアです。普通の人間の場合、自分の母親を選ぶことはできませんが、神には可能です。そして、選んだ女性に神の母にふさわしい特典をお与えになりました。

 

それは、健康や美貌や富や高貴な血筋など、普通の人間が渇望するものではありません。「罪がない」という特権です。何十億というアダムとイブの子孫の中で、聖母だけが原罪を免れました。これが教義に定められたのは1854年のことです。ただし、それ以前から聖母の無原罪の御宿りという教えは教会の中にありました。福者ドゥンス・スコトゥス(1308年没)は、「神の母が無原罪でお生まれになることはふさわしいことであった。神にはそれがおできになった。それゆえそうされた」という論法で、この教えをつよく主張しましたし、17世紀の画家ムリリョは「無原罪の聖母」の絵を沢山描いています。

 

大天使ガブリエルによる聖母へのお告げの場面は、一見するともう決まったことを聖母に伝えたような印象を受けるかも知れませんが、事実は天使が聖母に神のご計画を知らせ、それを受諾するよう頼んだということです。つまり、マリアは断ることが出来たのです。しかし、聖母は神のみ旨を果たすことだけを望んでおられたようで、しっかりと天使のお告げに耳を傾けます。そして分からないことがあったので、質問します。「(私が子どもを産むと言うことですが)、どのようにして(どのような仕方で)そうなるのですか。私は男を知りませんのに(一生処女を守るつもりですのに)」(1)と。天使の答えは「聖霊があなたに下り・・」でした。すなわち、「受胎は聖霊による」というのです。この点に関しては、普通の人間の誕生とは異なります。イエスの人間性はマリアと聖霊の働きの結果なのです。イエスは本当の人間ですが、ただの人間ではないと言えます(2)。

 

聖母が救い主の母となるということは、救い主に人間性を与えるということだけでなく、イエスを育て、ご受難と十字架の死の際に近くから同伴することによって、あがないの業にこれ以上ない仕方で協力するということでした。「御言葉のとおりになりますように」と答えられ、神の御子を胎内に宿してから、聖母は喜びに満たされたようです(それはマグニフィカトの賛歌によく表れています)が、同時に神の母になることの重い責任と苦しみを覚悟されたでしょう。イザヤ書には救い主がひどい苦しみによって民を救うとありますが、聖母はこの不気味な預言の意味を理解されていたと思います。その苦しみの予感は、御子の生後40日目、エルサレムの神殿に浄めの式のために詣でたとき、老シメオンから「あなたの心も剣で貫かれるでしょう」との預言を受けて、確認させられました。子どもがすくすくと育っていくのを見る喜びと、いつの日かこの子は恐ろしい目に遭うという予感と表裏一体になっていたということは残酷なことだと思いませんか。聖母は不平一つ言わず、この神のみ旨をしっかりと生きられたのです。それゆえ、聖母は「天におられる父の御旨を果たす人」として真に神の母であり、あがないの協力者で、私たちの母なのです。

 

カトリック教会は聖母に特別の崇敬を捧げます。もちろん聖母は神様ではありません。しかし、恵みの源ではある神の母として、御子に取り次いでくださるなら、御子は必ず御母の願いを聞き入れられる、と信じています。それゆえ、聖母は「全能の嘆願者」とも言われるのです。第二バチカン公会議以後聖母への信心が下火になったように見えたことがあります。しかし、第二バチカン公会議は「教会憲章」の最後の章を「キリストと教会の神秘の中の神の母、聖なる乙女マリアについて」と題して聖母の救いの業における役割を詳しく説明しています(3)。

 

聖母信心を強調すると「それはキリスト教ではなくマリア教だ」と揶揄する人がいます。上に見た理由で聖母はキリストと最も強く結びついています。それで聖母に近づけば、必然的にイエスに近づくのです。また私たちがマリア様に愛情を示すとき、イエスが嫉妬とするとでも思うのでしょうか。イエスは御母があがめられるのを見てとても喜ばれるはずです。

 

(1)フランシスコ会訳聖書は、この聖母の言葉を「どうしてそのようなことがあり得ましょうか」と訳していますが、「どうして」はラテン語ではquomodo(how)、つまり理由ではなく方法を尋ねているので、僭越ながら敢えて「どのようにして」と表現しました。


(2)なぜ聖母が処女を守る決意を持ちながらヨセフと婚約したのか、などについて教皇ベネディクト16世はいくらかの仮説を紹介したあと、「文章の謎は残ったままです。あるいは神秘は残ると言った方がよいのかも知れません」と言っておられます(『ナザレのイエス ―プロローグ』47頁)。

(3)「教会憲章」のこの章にはロザリオについての言及がないということで、もうロザリオは古いという誤った解釈が広がったので、教皇聖パウロ6世は使徒的勧告『マリアーリス・クルトゥス(聖母マリアへの信心について)』(1974年)を出されました。ロザリオについては教皇聖ヨハネ・パウロ2世の使徒的書簡『おとめマリアのロザリオ』(2002年)もお読みください。諸教皇の聖母とこの祈りへの深い信心が一目瞭然です。

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37.聖霊-1

ふつう、手当たり次第に人を自分の家に招待して家族を紹介するようなことはしないと思います。本当の友達になった人だけを招待するのではないでしょうか。家族とは自分のプライバシーに属するもので、その中にある親密さや信頼は大切にしたいと思うのが人情でしょう。神様も同じようにされました。長い旧約の時代に、神様はご自分が唯一のお方であることを啓示されました。新約時代になると、まず第二のペルソナを紹介されます。そして、この第二のペルソナが今度はこの世を去る前に、第三のペルソナを紹介されたのです。

 

イエス様は生前に何度か聖霊についてお話しになりましたが、詳しく説明されたのは最後の晩餐のときでした。それは、主と使徒たちだけの送別会のような雰囲気がある親密な食事でした。イエス様はそこで多くのことを使徒たちに語られますが、その中で自分がこの世から去れば御父に頼んで「真理の霊」とも「弁護者」とも呼ばれる霊を送ること、その方が使徒たちを真理に導かれること、この世はこの霊を知らないこと、霊はこの世の誤りを明らかにされるであろうこと、などをお教えになりました(ヨハネ、14~17章参照)。そうしてご受難に向かわれます。復活の日曜日の夜、使徒たちに出現され、彼らに息を吹きかけながら「聖霊を受けなさい」と言われます(ヨハネ、20章、19~23)。

 

このように、聖霊を信じるためには、まずイエス様を信じる必要があるのです。あるいはイエス様はご自分を愛する人々だけに聖霊について紹介されたとも言えます。イエス様を愛さない人に聖霊のことを紹介しても、彼らは聖霊を侮辱するだけでしょうから。

 

さて、以前見ましたように、教会が誕生した直後から、イエス・キリストが神であることを否定する人々が教会の中に現れ、聖ヨハネを筆頭に使徒たちにことごとく断罪されましたが、最終的にその問題に確実な回答を与えるのは325年のニケア公会議でした。しかし、イエス様の問題が解決したと思ったら、今度は「聖霊は神ではなく被造物だ」と言う人々が現れました(ニケア信経でも「我々は聖霊を信じる」と言って、その神性を明らかに示しているのですが、いつの時代にも「明らかに教えられていることを素直に信じるほど俺は馬鹿ではない」と、珍奇な考えを発表して自分は賢いと思い込む自称神学者がいるものです)。そこで381年、コンスタンチノープルで公会議が開かれ、この場で聖霊の神性が次のように宣言されました。「主であり生命の主である聖霊を(信じる)。父から出て、父と子とともに礼拝され、尊ばれる。預言者によって話した」と。余談ですが、この二つの公会議の信経を合わせたニケア・コンスタンチノープル信経がキリスト教の基本的な信仰宣言となっています(1)。

 

この信経でこれでもかと言わんばかりに強調されたのは、聖霊が御父と御子と同じく神であるという点です。ですから、全知全能、始めも終わりもない永遠の存在、真善美そのもの、といった属性は聖霊にもぴったり当てはまるのです。

 

イエス様はまた最後の晩餐で次のようにも言われました。「私はあなた方といたときに、これらのことを話した。しかし、弁護者、すなわち、父が私の名によってお遣わしになる聖霊が、あなた方にすべてのことを教え、私が話したことをことごとく思い起こさせてくださる」(ヨハネ、14章、25)。「実を言うと、私が去っていくのはあなた方のためになる。私が去って行かなければ、弁護者はあなた方のところには来ないからである」(同16章、7)。

 

どうも、三位一体の神様の間で役割分担のようなものがあったようです(誤解のないように言っておきますが、神様が被造物に働きかけるとき三つのペルソナはともに働かれます。ですから、役割分担と言っても、一つのペルソナだけがその仕事を受け持つのではなく、三つのペルソナがともに働かれますが、言うならば主役は誰か、という問題です)。つまり、イエス様は弟子たちに救いの教えを啓示し、ご受難によって人類の罪の購いを成し遂げるという局面で主役の役割を果たし、それが終わればバトンを渡すように主役の座を聖霊に渡す、ということです。もう少し具体的に言いますと、イエス様は教会の土台を作り、それに聖霊降臨の日に聖霊を送られることによって、生まれた教会の指導を聖霊にお任せになり自分は脇役の地位に控えたと考えればよいでしょう。私たちは聖霊の時代にいるとも言えます。では、その聖霊と私たち一人一人との関係はどうなのでしょうか。それを次回に見ていきたいと思います。

 

(1)5世紀の教皇聖レオ1世は、「聖霊は父と子から出て・・」という表現を教義として公言しました。これに対して東ローマ帝国に広がっていた東方教会は、「父と子から」(ラテン語でフィリオクエ)という表現はコンスタンチノープル公会議の決議書にはないという理由でこれに反対し、それが後の東西教会の分裂の原因の一つになりました。この問題については『カトリック教会のカテキズム』246、248、また山田晶『トマス・アクィナスのキリスト論』48~54頁を参照してください)。

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38.聖霊ー2

前回は、イエス様と聖霊の関係を見ました。つまり、イエス様はご自分が天に上られた後はバトンを聖霊に渡された、と。もしそうなら、イエス様の昇天の後は聖霊が主役となり、今はいわば「聖霊の時代」ということになります。それなのに、聖霊は私たちキリスト信者の生活の中でどれほどの重みを持っているのでしょうか。残念なことに、聖霊が「知られざる偉大な御方」と呼ばれることは真実に近いと認めざるを得ないでしょう。

 

その一つの理由は、聖霊がご自分について語らないことですが、「聖霊」という名前自体が、固有名詞というより普通名詞のような響きがあることも問題かと思います。

 

この困難を頭に入れながら、聖霊のことをもう少し思い出したいものです。例えば、信者は一日の中で何度か、十字架の印を切りながら「父と子と聖霊の・・」と言ったり栄唱を唱えたりしますが、その際「聖霊」という言葉に注意することができれば、聖霊を思い出すことになります。(これは簡単そうですが、なかなか難しいですよ)。そしてもう一度、聖霊についての根本的な真理、つまり聖霊が三位一体の第三のペルソナであること、つまり御父、御子と同じく神であることを思い出さねばなりません。

 

ところで、聖霊はイエス様からバトンを受け継いでから、どのような働きをされるのでしょうか。それを少し見ていきたいと思います。

 

最大のものは教会の指導です。『使徒言行録』は教会の一番初めの歴史を書いていますが、至る所に聖霊の導きが現れます。教会については後でじっくり見ますが、私たちの信仰を指導し世界に信仰を伝えようとする教会は、その目もくらむような大仕事を聖霊の導きの下に行っているのです。

 

教会の生活の中でも極めて重要な秘跡の中で働かれるのは聖霊です。例えば、ごミサの中でどれほど聖霊への言及があるか、一度ミサの祈りの文をゆっくりと検討されるといいと思います。なかでも聖変化の直前に、祭壇の上にあるパンとぶどう酒を「キリストの御体と御血」に変化させてくださいと聖霊に頼む祈り(エピクレシスと言います)にご注目ください。

 

次に、聖書があります。聖書は、聖霊がマタイやヨハネなどの聖書記者に働きかけてできた書物です。聖書を読むときに、私たちは聖霊の声を聞いていると考えられます。ただし、主観を排して正しく理解できるように聖霊に頼む必要があります。またこの2千年の間、教会の聖人たちがした解釈を参考にすることも役に立ちます。

 

教会の建設に真実に貢献している聖人たちの行いに聖霊の働きが見られます。よく「尊敬する人は誰ですか」というアンケートがありますが、人間にとって自分の模範となる人物を持つことは役に立つことでしょう。それゆえに昔から青少年に「偉人伝」を読むことが勧められました。キリスト信者にとって模範は聖人です。しっかりした聖人伝を読むことは、信仰生活の進歩のために大きな貢献をしてくれます。聖人たちも私たちと同じ欠点をもつ人間でしたが、聖霊の助けによってあのような偉大な人生を送ったことを知ることはよい刺激になるはずです。

 

最後に、私たち一人一人の信仰生活自体が聖霊の働きの表れなのです。「誰も霊によらなければ、イエスを神の子と呼ぶことは出来ない」と聖書にあるように、イエスを信じ愛そうとするなら、聖霊に頻繁に助けを求める必要があります。その第一歩が聖霊に対して、「聖霊」という名前で呼びかけることです。有名な祈り、「聖霊、来てください」もそうしています。

 

しかし、「なかなか聖霊の火など感じない」と言う人もあるかもしれません。そういう場合、ひょっとして霊魂が罪によって濁っているからかもしれません。私たちの霊魂を冬の日差しを浴びるガラスの大窓を持つ部屋と考えて下さい。外では太陽の光が差しているのですが、ガラスが曇っていたらその光は部屋の中に入らず部屋の温度も上がりません。この場合、まずガラスをきれいに拭くことですよね。それと同様に罪の濁りに曇った霊魂には、せっかく外から聖霊が照らしているのだけれど、光も熱も中に入ってこないのです。信仰生活の第一歩はこの曇りを取ること、すなわち赦しの秘跡でしっかり霊魂の大掃除をすることです。そして、その後も定期的に掃除をしてガラスを常にきれいに保つことが大切です。教会が頻繁な告白を勧める理由はここにあります。一度試してみてはいかがでしょうか。

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39.教会―1(その起源)

 

現在は人生80年の時代だそうですが、織田信長の時代は「人間50年」だったそうです。戦国時代の平均寿命に比べても、30才台の前半で天に昇られたイエス様は、駆け足で一生を終えられたという感じがします。その短い一生の最後の3年間だけを公の宣教に当てられました。この3年間にすべきことはたくさんありましたが、その中でも最も大切な仕事はご受難とご死去とご復活(過越の神秘)によって罪の赦しを勝ち取ることでした。しかし、それと勝るとも劣らない重要な課題が、ご自分の教えと救済の実りを地の果て、世の終わりまで伝えることのできる組織を残すことでした。

 

何かの事業を創始し成功した人は、自分の引退後を考えるとき何をするでしょうか。その事業が継続されることを望むならば、組織を作り、自分の後継者を指名し、指揮を任せ、できれば社訓のような決まりも残すでしょう。イエス様も同じ。12使徒を選び、ペトロを自分の後継者にし、愛の掟を与えたことがそれです。福音書を読めば、宣教に忙しい中で、イエス様が使徒だけと過ごす時間を作っていたことが分かります。それは昇天の後、使徒たちが自分の代わりとなることができるように、彼らに特別の教育を与えるためでした。使徒たちの集団は、未来の教会の卵だったのです。

 

プロテスタントの学者には、イエス様は世の終わりが近いと考えていたので、教会を建てる意志はなかったが、後で使徒たちがなかなか世の終わりが来ないのを見て、「こんなことしとったら我々も死んでしまう。そうなってからでは後の祭りだ。今のうちに何らかの組織を作っておかないと」と言って建てたのが教会だ、と言う人もありました(1)。もしそうならば、教会はイエス様によって建てられたのではなく、人間によって作られた組織となります。そもそもこの説は福音書が伝えることと違います。一番問題なのは、「イエス様が世の終わりの時期について間違えた」という前提です。もしそうなら、イエス様は神でなかったことになります。また、すでに言いましたように、福音書にはイエス様が12使徒を選び特別に教えたことがはっきり出てきます。極めつけは、主がペトロに「あなたはペトロ(岩)。私はこの岩の上に私の教会を建てる」(マタイ、16章、18)という有名な文言です。(これがあまりに明白なので、上述の学者たちの中にはこれが後代の書き入れだと言った人もありますが、そのことはまた後で説明します)。

 

ともかく、教会とは神であるイエス様によって建てられた組織です。ですから、普通の人間の組織とは異なるところがあります。人間が作る会社や政治団体ならば、時代の推移によって様々なことを修正していかねばなりません。人間ならいかに賢い人でも、何百年も先を見通すことはできませんから。しかし、教会の場合、創立者が世の終わりまでのことをご存知の神様ですから、最初に決められたこと、教えられたことには修正を加える必要はありません。イエス様の後継者たちがするべきことは、それを忠実に保ち伝えることにあるのです。そして同時に、絶えず変化する時代の要請に応えるように、啓示された真理を解釈し適応することです。

 

しかし、その恐ろしくなるような重大かつ困難な事業を、イエス様は弱い人間の手にお任せになりました。この意味では人間が管理する組織でもあります。教会はこの神的な面(見えない面)と人間的な面(見える面)が絡み合ってできています。教会は深遠な奥義(神秘)です。それゆえ、色々な角度から理解を深めて行かねばなりません。

 

(1)『ナザレのイエス』第3章「神の国の福音」を参照。

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40.教会-2(位階制度)

 

(第二バチカン公会議『教会憲章』の第三章を参照。〔 〕内の数字はこの文書の番号です。)

 

教会は見える人間の組織でもあります。人間の組織がスムーズに機能するためには、どうしてもリーダーが必要です。教会も例外ではありません。イエス・キリストは、教会をお建てになる際に、使徒たちの中でペトロを後継者として任命されました(1)。前回に見た「あなたはペトロ(岩)。私はこの岩の上に私の教会を建てる」(マタイ、16章、18)という言葉によって。福音書と使徒言行録を読めば、いたるところにペトロが他の使徒たちの上に位置していたという場面に出くわします。またこのペトロの首位権は他の使徒たちにも抵抗なく認められたことは、『使徒言行録』の最初の部分にはっきり現れます。このガリラヤの漁師は、こうして教会の責任者、キリストの代理者となって、後にローマの司教となり皇帝ネロの迫害のときにこの永遠の都で殉教します。このペトロのお墓の上に建てられたのがバチカンの聖ペトロ教会です。20世紀の中頃、この教会の祭壇の真下の発掘調査が行われた結果、ペトロのお墓が見つかり、この伝えが真実であることが証明されました。

 

ではペトロの死後、彼の指導権は誰が受け継いだのでしょうか。それがペトロの後にローマ司教の座に着いた人でした〔23,25〕。ペトロの死後、首位権を誰が引き継ぐかについては、新約聖書には言及がありません。しかし、面白いことに、ペトロの死に際して後継者争いのようなものはありませんでした。またペトロから数えて4代目のローマ司教聖クレメンス(在位88~97年)の時に、コリントの教会で内紛が起こったのですが、それを解決するために聖クレメンスが書簡を送っています。それを読むと、地方の教会内部のことに干渉する権利と義務がローマ司教にあるという意識があったことがはっきりと見て取れます。この時代には小アジアにまだ使徒聖ヨハネが生きていて、格から言えば聖ヨハネが教皇クレメンスと比べれば段違いに上であること(ヨハネは主の愛された弟子。クレメンスはイエスの直弟子ではない)、またコリントは交通の便からも距離の点からもローマより、ヨハネがいたであろうエフェソの方がはるかに近いことなどを考えると、ローマの司教が全教会の責任者であるとの認識があったことがわかります。

 

ローマの司教(教皇)は、主がペトロに約束された「私はあなたに天の国の鍵を与える。あなたが地上でつなぐことは、天上でもつながれ、地上で解くことは天上でも解かれる」(マタイ、16章、19)権能と、「あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい」(ルカ、22章、32)という責任を受け継いでいるとの自覚があり、また全教会もそう信じているのです。

 

しかし、この「つなぎ、解く権能」はペトロだけでなく、主は使徒たち全員にお与えになりました(マタイ、18章、18)。使徒たちも全世界に散らばって、各地に自分の後継者を立てていきました。それが司教です。「つなぎ、解く権能」とは、教会の統治権(法律を作ったり、必要ならば裁判を行ったり、罰を与えたりすること)のことです。全教会の統治を任されたのは教皇ですが、各地方の教会の牧者とされたのは、この使徒たちの後継者である司教です。司教は自分の司教区で、教皇の代理として統治するのではなく、イエス様から使徒たちが受けた権能をもって統治に当たります。ただ、使徒たちがペトロと一致していたように、司教は教皇と一致していなければなりません〔22、23〕。

 

イエス様は使徒たちに、統治権(王職)のほかに「教える権能」(預言職)と「秘跡をつかさどる権能」(祭司職)をお与えになりました。この三つの権能が、聖職の権能と言われます。この権能を「キリストの名によって」、つまり権威をもって行使するのは聖職位階、すなわち教皇、司教、司祭です。ただし、司祭は自分が従属する司教の指導の下にこれらの権能を行使するのです〔28〕。つまり聖職者は、教会の権威をもってこの三つの権能を行使します。実は、一般信徒も洗礼によってこれらの職務に参与する権利と義務を与えられます。ただ、信徒の場合、教会を代表してではなく、聖職位階と一致しつつ一信徒として遂行します(2)。

 

言い換えると、神は教皇、司教という目に見える牧者を通じて教会を治めるように望まれました〔18〕。「あなたたちに耳を傾ける人は、私に耳を傾けるのだ」(ルカ、10章、16)と言われています。ただし、教会の統治は、「ゆだねられている人々に対して権威を振り回す」ことによってではなく、仕えることによって実行されます。それゆえ、聖職位階のことを奉仕職と呼ぶのです。イエス様は何度も次のことを注意されました。「一番先になりたい者は、すべての人の後になり、すべての人に仕える者になりなさい」(マルコ、9章、35など)。6世紀末の教皇、大聖グレゴリウスは自らを「僕(しもべ)の中の僕」と呼びましたが、これは上のイエス様の教えによります。人の上に立つことがどれほど大変なことかは、組織の中で管理職に就かれている方や家庭で子供を育てられている方にはよくわかるのではないでしょうか。

 

(1)ペトロの首位権や教皇のそれについては、岩下壮一、『カトリックの信仰』第十五章に詳しい説明があります。

(2)CCE.897~913 第1編、2部、3章、9項、4節ー2、信徒を参照。

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41.教会-3(預言職、1)

 

昔の公教要理に「宗教とは何ですか。―宗教とは神に対する人の道です」という問答がありました。この定義はきわめて適切だと思います。イエス様が教えられたのはまさにこれ、人の道です。そしてイエス様が使徒たちに教えるように命じられたのも。前回、教会はイエス様から「教える権能」を受けたと言いましたが、教える内容は天文学や心理学や社会学ではなく、宗教、すなわち人の道なのです。別の言葉でいうと「信仰と道徳」となります。

 

人は色々なことを教えたり学んだりしますが、その対象はすべて「真理」という言葉で括ってしまうことができるでしょう。しかし、この真理には「小さな真理」と「大きな真理」の二つに分けられます。前者は、「去年の紅白歌合戦はどちらが勝ったか」とかいうどちらでもよいような問題から、ピタゴラスの定理や英文法などのように知らなければ試験の時に困るものもあります。それゆえに学校でしっかりと教育されるのです。ではそれならどうして「小さな」と言うのでしょうか。それらの真理は、人生を変えるものではないからです。ピタゴラスの定理を知ったからといって、「明日から僕は人のために働こう」なんて決心をする人はいないでしょう。それに対して、「大きな真理」とは「人は何のために生きるのか」とか「神は存在するのか」とか「死後はどうなるのか」など、人生の最も根本的な問いに関するものです。確かに、普段の生活においては「大きな真理」はどうでもいい問題かもしれません。しかし「何のために生きているのか」を知らねば、良い大学や会社に入っても、大金を儲けても、本当はむなしいだけです。ただ、そのむなしさから目をそむけて目の前の楽しみにふけることはできますが、それにはいつか終わりが来ます。そういう生き方は、『星の王子様』が言うように、「どこに行くかを知らない電車に乗っているようなもの」です。「大きな真理」を見つけると、人は自分の人生をそれに賭けるというような大きな変化を見せることがあります。ペトロやパウロ、その他の無数の聖人のように。宗教はまさにこの「大きな真理」を教えるのです。それゆえに宗教はもし誤ったことを教えたら、恐ろしい結果を引き起こします。しかし、だからといって、宗教は「恐ろしや、恐ろしや」と言って全面否定するべきものではなく、「正しい宗教を教えるべきだ」と考えるのが筋でしょう。

 

教会の教える権能が信仰と道徳についてである、ということから二つの結論が出てきます。ひとつは、この二つについては全信者(教皇、司教も含めて)が教会の教えに従わねばならないということ。もうひとつは、信仰と道徳以外の分野では、教会は権威をもって教えることはなく、信者がそれぞれ自分の頭を使って考え、判断し、決定することができるということです。なかでも政治や経済や文化の問題において、具体的な決定を教会は信者に押し付けることはできません。それらは「議論が許される分野」ですから、各信者は一般の国民に認められているのとまったく同じ自由を享受します。ただし、言うまでもないことですが、「自由」は「責任」を伴います。自分で決めたことは、自分で責任を取らねばなりません。

 

ここで再び「ただし」が登場します。政治や経済や文化も、人間の活動である限り、どうしても倫理(道徳)と無関係ではないのです。政治や文化の問題でも、道徳に触れることがあれば、そのとき教会が口をはさむことがありますし、それはむしろ教会の義務なのです。と言うのは、道徳に反することをするとき、その人と社会は「人の道を踏み外し」社会と自分自身に害を生じさせることになるからです。ちょうど、子供の生活に細かいことは口をはさまないが、子供が何か危険なことをしようとするとき出て行って注意する良い親のようです。この親心を感謝せずに不平を言うなら、もう少し精神的に成熟する必要があるでしょう。

 

教会が出す文書には、家族、結婚、教育、労働、生殖医療といった身近な問題から、地球環境、途上国への援助など幅広い分野に及びますが、それらは決して細かい具体的な指示をするものではありませんが、どれも倫理的な視点から問題を分析して、取るべき方向性を示しています。この複雑な現代社会で、人はいかに生きるべきかを示すありがたい光だと思います。一度、教皇様の出された文書(すごく多いですが、ほとんど日本語に訳されています)に目を通して見られたらと思います。

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42.教会-4(預言職、2:聖書と聖伝)

 

教会が信仰と道徳について教えると言いましたが、教会は「新しい信仰」「新しい道徳」を考え出すのではなく、「イエス様の教えられた信仰と道徳」(これを教会は福音と呼びました)を教えるのです。この点、パウロははっきり言っています。「私が告げ知らせた福音は、人によるものではありません。私はこの福音を人から受けたのでも教えられたのでもなく、イエスキリストの啓示によって知らされたのです」(ガラテヤ、1章、11~12)。繰り返しますが、教会は神の啓示を元に教えを垂れる、言い換えれば、啓示を解釈するのであって、その啓示を増しも減らしもできません。ですので、例えば、以前お話ししましたが(15、天使-その1)、守護の天使が存在するという啓示された真理をいかに第二バチカン公会議であっても「廃止する」ことはできないし、あり得ないのです。

 

問題は「そのイエスの啓示とはいったいどこにあるのか」です。啓示とは神が「世の初めから隠されたこと」を人間に伝えることです。ではどのようにして神は啓示をお与えになったのでしょうか。ヘブライ人への手紙の冒頭に答えがあります。「神は昔、預言者たちを通して、いろいろな時に、いろいろな方法で先祖たちに語られたが、この『終わりの時代』には御子を通してわたしたちに語られた」。ところで、この「語られた」ことはどこを見ればわかるのでしょうか。「それはすべて聖書の中にある、聖書の中だけにある」というのがルターの答えでした。それに反して、カトリックは「聖書だけでなく、聖書と聖伝の中にある」と教えます。この問題はとても重要で、第二バチカン公会議は『啓示憲章』という文書で詳しくこれを説明しました。

 

以前(23、イエス・キリスト-1)で少し話したのですが、イエス様はご自分では何の書物も書かれず、12使徒たちに「行いと言葉によって」教えられました。主のご昇天後、使徒たちは「全世界に行って福音を述べ伝えた」のですが、最初は口頭で伝えられました。しかし、そのうち12使徒の中で、あるいは使徒たちの近くにいた人の中で、この口頭の教えを書き残そうとした人が出ました。こうして聖書ができたのです。簡単に言うと、最初の伝え(聖伝)があってその一部が文字になり聖書が生まれたのです。

 

まず聖書について見ましょう。聖書とは「神の霊感による書物」(2テモテ、3章、16)と定義されます。しかし、神の霊感とはなんでしょう。教会の教えは、「著者に書きたいという望みを起こさせ、その知恵と意志を書くべきものに向かわせ、書くときに誤りのないように導く神の超自然の御助け」ということです。こう言われても、私たちは誰もその霊感を感じた経験がありませんので、正確にはわかりません。ただ、認められない二つの極端の間にあることはわかります。一方の極端は、霊感を受けた著者がまるで催眠術にかかったように夢心地で聖書を書いた、という意見です。これだと聖書の著者は機械のようなものです。そうではなく、神は著者に霊感を与えますが、彼の個人的な才能や傾向を使って聖書を書いたのです。だから例えば、徴税人だったマタイの福音書にはお金や税金関係のことが少し詳しい、医者だったルカの福音書には病気やその治癒に関する描写が正確だ、というような著者の個性が聖書に残っているのです。もう一方の極端は、霊感はちょっとしたインスピレーションのようなもので、聖書は他の人間による文学作品と異ならないとするものです。もしそうなら、聖書の主要な著者は神であるというという教会の教えは否定されます。

 

次に大きな問題が出てきます。つまり、では誰がどのように聖書と言われる書物が霊感を受けていることを宣言するのかということです。言い換えると、聖書はなぜ聖書として広く認められるようになったのかという問題です。というのは、聖書に納められている書物の他に、例えば、『ペトロの福音』『ユダの福音』『トマスによるイエスの幼児物語』など題名も中身も聖書のように見える書物(これらは外典と呼ばれ、ほとんどが2世紀以降の書物です)や、聖書に似た霊的修徳的な教えがある『ディダケ』(1世紀後半のものと言われる)などの本がかなりあるからです。どうして、これらは聖書として認められず、4福音書やパウロやペトロの書簡は認められたのでしょうか。聖書の書物の中に、例えば「この書は私、マタイが神の霊感を受けて書いた」というような著者による証言はまったくありません。実は4福音書の中には著者の名前すら書かれていないのです。

 

新約聖書の書物は1世紀の後半に書かれました。ちょっと想像してください。マルコの福音はローマで書かれたそうですが、それはすぐに他の地方にも広まったはずです。エフェソにいた聖ヨハネのもとに小アジアの信者が来て「ヨハネ様、このマルコの福音と言われる書物は聖書としてミサの中で読んでもよいでしょうか」と尋ね、ヨハネはそれを読んで「これは正しい。大切に扱いなさい」と答える。似たような手続きがあちこちの教会で行われ、またその結果が伝わって、聖書の一覧表(正典目録)が成立していったと思われます。つまり、聖書の真贋を決めたのは、実際にイエスを知った12使徒かそれに近い弟子たち、すなわち教会であったのです。これが使徒伝承と言われるものの一つです 

 

では、聖伝、すなわち教会の教える権能を認めないプロテスタントは、この点についてどう説明するのでしょうか。熱心なプロテスタントの神学者で後にカトリックに改宗したスコット・ハーンが彼自身の経験を述べています。すなわちまだ彼がプロテスタントの神学者として大学で教鞭を執っていたとき、ある学生に「しかし先生、『聖書のみ』が私たちの唯一の信仰の権威であるということを、聖書はどこで教えていますか?」と尋ねられ、それまでその問題を考えてもみなかったことに気がついて愕然とした。しかし、答えが見出せなかったので彼の信頼する先生に質問したら「それは触れてはいけない問題だ」と言われた、と(『ローマ・スイート・ホーム』、ドン・ボスコ社、89~96頁)。ルターやカルヴァンは、結局「読めば人の信仰心を強めてくれるものが聖書だ」というような主観的な基準を考えたようです。また、ルターは自分の「福音(救いは信仰のみという教え)」をよりはっきり示す書や箇所はより優れた聖書であると言い、聖書の書物や箇所の間に霊感の段階を設けました。例えば『ローマ人への手紙』や『ガラテヤ人への手紙』は優れているが「行いのない信仰は役に立たない」とある『ヤコブの手紙』は軽視しました。カトリックはそれに対し、すべての聖書の書物に、そしてそれらのすべての箇所に同じ霊感が与えられているとします。確かに神学的、あるいは修徳的な見地から、重要性には差がありますが。

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43.教会-5(預言職、3)

 

イエス様は紀元1世紀の人間です。それゆえ教会の教えは、今から2000年前に始まったものです。言い換えると、すごく古い教えです。現代、なんでも「新しいもの」がもてはやされる風潮がありますが、「進歩するもの」についてはそう言えるかもしれませんが、世の中には「変わらないもの」もあるのです。たとえば、数学。ピタゴラスの定理はギリシア時代に発見されたものですが、現代でも変わりませんよね。「こんな古い式は現代には役に立たん」と言う人はないでしょう。真理が真理たる所以は、普遍的、すなわち時間と場所を超越する点にあります。信仰と道徳もまた同じ。神と人との関係、人間と人間との関係は、石器時代も21世紀も変わらないからです。古代ギリシアの文献に、「近頃の若者は」と言って嘆いている大人の愚痴が記録されていますが、それを読めば人間が今も昔もまったく変わっていないことが納得できるでしょう。

 

それゆえ、ローマ時代の教会も現代の教会も、教えていることは基本的に同じです。第二次大戦後、日本では教育方針ががらりと変わり、学校では今まで「鬼畜米英」と叫んでいた先生が、掌(てのひら)を返すように民主主義を礼賛し戦前の日本を「軍国主義」として一刀両断にするのを見て、疑問をもった子供たちの話を読んだことがあります(この豹変は教師だけでなく、新聞なども同じだったそうです。現在リベラルで通っている新聞が戦前では和平を模索していた政治家たちを弱腰外交と言って非難していたのですから)。逆に、同じ時期にカトリックの女学校で学び、シスターたちの教えることが戦前と戦後で変わらないのを見て信者になった女子学生の話もあります。これはカトリック教会が「いつもどこでも」イエス様の教えを伝えている結果です。

 

それでは、教会はキリストの教えをオウムのように20世紀の間、繰り返してきただけなのか、と言うともちろんそうではありません。教会は、神の啓示(前回見たように、聖書と聖伝に含まれる)について理解を深めるために絶えず反芻し、必要ならばより正確でわかりやすい説明の仕方を考えます。こうやって信仰の理解を深めるのです。これが神学の営みです。たとえば、マリア様が救いの歴史の中で果たされた役割、恩恵と自由の関係、秘跡の意味などについては、初代教会よりも、現在の方がずっと深く理解されています(これについては、第二バチカン公会議の『啓示憲章(神の啓示に関する教義憲章)』を参照してください)。

 

あるいは道徳において、たとえばクローン問題や体外受精の問題のように技術の進歩によって新たに生まれた道徳上の問題があります。しかしこれらの問題も、モーセの十戒に示された原理を考察していくことによって解決できるのです。なぜかと言うと、道徳の問題は、神の似姿として創られた人間の権利と義務の問題だからで、いかに人間を取り巻く環境が変化しても、変わらない質の問題だからです。

 

他方、教会の教えることのなかには、制度やミサのやり方(典礼)などのように、時代の流れの中で変化するものもあります。イエス様が直接定められたことでなければ、教会が状況に応じて変えることが出来る事柄があります。たとえば、司教、司祭、助祭という品級はイエス様と使徒たちが決めたものですから、もうこれを変えることができません。しかし、その後生まれた枢機卿、大司教などの職務や副助祭などの聖職者の品級などは、もし教会が不必要と考えたり、もっと適したものがあると考えたりしたならば、変更を加えることができます。しかし、それらは信仰と道徳とは直接関係のない(だからと言って、どうでもよいことではありませんが)副次的なことです。 

 

上に話した神学の営みについて一言。以前、三位一体やキリスト論について見たとき、ペルソナや本性など聖書にはない語彙が出てきました。たしかに啓示を完成したイエス様はこのような哲学的用語をお使いになりませんでした。そこで、カトリック教会は神学を深めるという名目で元々のイエスの教えを変えてしまったと非難する人がいます。別の言い方では、元来はユダヤ的であったキリストの教えは、パウロなどギリシア文化の影響を受けた知識人の介入によって、本来の内容を変えられてしまった。このゆがめられた教えをカトリック教会は真正の教えだと主張している。故に、公会議などによって決定された教義など忘れて原点、まだ教義もなにもなかった初代教会と聖書に戻れ、と(初代教会にもちゃんとした教義がありました。パウロはそれを守るために必死になっていたのです)。

 

なるほど、ペルソナや本性、恩寵、大罪小罪、七つの秘跡、はては三位一体などの言葉は聖書には見当たりません。しかし、これらの概念は、聖書と聖伝の教え、すなわちキリストによる啓示を説明し、わかりやすいように提示するために、進学者たちがギリシア哲学から借りてきたり、編み出したりしたものです。つまり、キリストの教えをゆがめたのではなく、より鮮明にしたのです。ちょうど、物理の法則を数式で表したら、自然界の現実をゆがめたとは誰も言わないのと同じです。

 

さて、人の道、人を幸せに導く道に関しては、教会の教えは変わりません。マスコミや政界学会の多くの有力者のように世論を気にして、風見鶏のように意見を変えることはありません。ユダヤ人にキリストを伝えることを禁じられたペトロは、「人間に従うよりも、神に従わねばなりません」と言いました(『使徒言行録』、5章、29)。教会が世間から攻撃されるわけもここにあります。世間に迎合しないことに。私たちはもっと教会の教えに自信を持つべきだと思いますが、そのためもそれをよく知って納得することが大切かと思います。

 

(注)ここで言う教会の教えとは、当然「教会の聖職位階が公に教えている教え」です。それを教導職の教えと言います。

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44.教会-6(預言職、4)

 

世の中には様々な不祥事がありますが、その中でも一旦明るみに出ると、もう人生は終わったと考えられるようなものもあります。それらの多くは、人の道(道徳)を平気で無視した仕業です。もし何か技術的な失敗であるならば、それを犯した人の力量が疑われますが「悪人」とは呼ばれません。ところが道徳に反した場合には、その人は人として失格の烙印を押され、社会で普通の待遇を受けることができなくなるのです。こういうことを考えると、人間の最大の不幸は善悪の判断を誤ることだということがわかるでしょう。実は、道徳的な判断の正誤は、単に社会生活において大変な結果を生じせしめるだけでなく、その人の幸せ、そして永遠の命を左右すると言う意味できわめて重要な問題なのです。この道徳と密接な関係にあるのが信仰です。

 

実に教会が教えることは、この信仰と道徳についてです。この二つの点は、今言った理由で間違いが許されないものです。そこで、わざわざ神が旧約時代は預言者を通じて、新約時代には御子を通じてお教えになりました。しかし、イエス様はご自分ではこの仕事を完成されずに、弟子たち(教会)に世の終わりまで全人類にこの教えを伝えることをお任せになりました。しかし、人間ならば間違いを避けることはできません。イエス様がこの重要な使命を教会に任せたときに、教会が「信仰と道徳」について教えるとき間違うことがないように特別の約束をされました。「世の終わりまで、いつも私はあなたたちと共にいる」と(マタイ、28章、20)。問題を解いている生徒の後ろにそっといて、生徒が間違えかけたら直そうと待ち構えている先生のようですね。

 

これを不可謬性(ふかびゅうせい)の賜物と言います。これは神様のみが持っておられる能力ですが、それをイエス様はご自分の体である教会の聖職位階にお分けになったとも考えられます。しかし、どのようなときにこの特能が発揮されるのか。それは次のような場合です。①全世界の司教がローマ教皇と一致して教えるとき(これは特に公会議の場で現れます)。②教皇が単独でも、「教皇の資格をもって、全教会のために、信仰と道徳に関する教義を決定するとき」に。この②を教皇座宣言と言います。この②が宣言されたのは第一バチカン公会議(1870年)ですが、もちろん昔からこの信仰がありました。(詳しくは、第二バチカン公会議の『教会憲章』18~25をお読みください)。

 

しかし、このようなケースは稀にしかないことです。公会議は100年に一度くらいの割合でしか行われませんし、教皇座宣言もここ200年で二度だけ(1854年のピオ9世による聖母の「無原罪の御宿り」の宣言〔この3年後ルルドに聖母が出現され、この宣言の正しさを保証されました〕。また1950年のピウス12世による「聖母の被昇天」の宣言)です。そこで、私たちがより注目すべきは、教皇様や、ペトロの後継者と一致して全世界の司教が、通常の教え導く職務の遂行(教導職)によって、啓示をよりよく理解させるための信仰・道徳に関することで示される教えです。最近特に強調されている教えには、命は受精から死の瞬間まで尊ばれるべきこと、家族の制度を国家は守る義務のあること、教育の権利は両親が持つこと、といった道徳の問題から、教会一致運動、ロザリオやご聖体の信心、主日のミサと赦しの秘跡の大切さなど信仰生活に関する教えなどがあります。これらの教えに対して信者は「ローマ教皇の真正なる教導職に対しては、格別の理由で、たとえ教皇座宣言でないときにも、意志と理性のこの敬虔な従順を現さねばならない」と(『教会憲章』、25)。カトリック中央協議会から出ている、諸教皇の回勅、使徒的書簡などの文書を、少なくてもその題名を見れば、教会が一体どういうことを伝えようとしているのかがわかります。それを実際に読み深めようと努めるなら、少しでもこの敬虔な従順を実行していることになるでしょう。

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45.教会―7(祭職)

 

教会では正月に「神の母なる聖母の祝日」をお祝いします(以前は10月11日でした)。十年あまり前、この祝日は日本では「守るべき祝日」、つまりミサに行かなくてはならない日となりました。その頃のことですが、正月にある教会でこの祝日のミサをたてさせてもらったことがありました。ミサが終わるとある信者の人から「どうしてローマはこのようなこと(正月を守るべき祝日と)を決めることができるのですか」と尋ねられて、びっくりしました。と言うのは、その方はなにかローマが日本のことに余計な干渉していると言いたかったような印象を受けたからです。教会(ローマ教皇庁)はミサや典礼に関して決める権限(責任)をイエス様から与えられたというのは、カトリック信者にとって常識的な教えでしょう。また日本では、普段はまったく無宗教の生活に浸っている人でも、正月だけはどこかの神社か寺に初詣をするではありませんか。それなら信者がミサに出て「今年もよろしくお願いします」と神様に頼むように義務付けられても、なんら特別な重荷を負うことを要求されるわけでもないと思います。ローマは同様に、カトリック国なら平日に祝う「ご聖体の祝日」、「聖母の被昇天」、「諸聖人の祝日」などの守るべき祝日を、日本では日曜日に祝うことを許可してくれています。

 

第二バチカン公会議の『典礼憲章』22番にはこの点についてはっきりとこう書いてあります。

 

「聖なる典礼の規制は、教会の権威だけに依存している。この権威は使徒座にあり、また法の規定によって司教にある。法によって与えられた権能によって、典礼に関することの規制権は、一定の地域内において、合法的に構成された種々の地域所轄司教団にも属する。したがって、他の何人も、たとえ司祭であっても、自分の考えで、典礼に何かを加え、除去し、変更してはならない。」

 

典礼についてはまた後でゆっくり見たいのですが、とりあえずミサを始めとする秘跡(洗礼、堅信、赦しの秘跡、病者の塗油、叙階、結婚)に関する儀式と考えてください。これらの儀式の本質的な部分は、イエス様によって制定されたもので、それは教会といえども変更を加えることはできません。例えば、ミサの中の聖変化の言葉とパンと葡萄酒の材料、洗礼式の洗礼を授けるときの言葉と水を流すこと、など。しかし、それらの本質的な部分を飾る祈りや動作や規則などは、教会が作ったもので、教会のみがそれを決めることができるのです。

 

ミサのときに司祭が使う「ミサ典礼書」という大きな赤い本の最初に「ミサ総則」という部分があって、そこにミサの仕方が細かく決められています(また「ミサ総則」は別冊で販売されています)。今の日本のものは暫定的なもので、将来変更される可能性が高いのですが、一度それを読まれたら、教会がミサをどれほど大切にしているかの一面がおわかりになるかと思います。ときどき、「そんな規則を重視したら、大切な自主性が損なわれる」とか「型にはめられて生気を失う」とか言う反対論を聞いたことがあります。もちろん心が伴わなければ、いくら立派な型があっても無意味です。でも、世間では「型が内容を作る」例が掃いて捨てるほどあるのではないですか。以前、昭和天皇の葬儀の式をテレビで拝見しましたが、なんと細かいところまで決められているかびっくりしました。その種の細かさは、行なっている行事に払う尊敬の念と比例しているといえるでしょう。それでは、主の受難と復活と昇天が記念されるミサなら・・・。会社の上司など社会の上長に対する礼儀作法を気にするなら、神様に対する礼儀作法は・・・。信仰の先生である教会が、いかに振舞うべきかを教えてくれます。

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46.教会-8(統治する権能:王職)

 

 教皇ベネディクト16世がペトロの後継者に選ばれてから間もないころ、故郷のドイツ(バイエルン)からの巡礼団と謁見されました(4月25日)。そのとき、まず少し遅刻してきたこと(直前に行なわれたエキュメニズムの会議がとても盛り上がって、時間が長引いたため)について「ドイツ人は時間厳守で有名ですが、私はイタリア人的になりました」と冗談を言って赦しを願い、ドイツ全土からのお祝いや温かい言葉についてお礼を述べてから、こう言われました。

 

 ― コンクラーベ(教皇選挙)が進むにつれ徐々に、いわばギロチンが私の上に降りてくるように私が感じ始めたとき、どうしていいかわからなくなりました。もう私は一生分の仕事を十分に果たしたので、晩年を静かに過ごすことができるだろうと思っていました。正直に主に打ち明けました。「私をお選びにならないで下さい。教会にはもっと若くもっとすばらしい人材がおります。その人たちなら、私とは全く違う熱意とバイタリティーでこの偉大な任務を遂行することができるでしょう」と。しかし、枢機卿様の一人が私に送られたメモに強く胸を打たれました。その方は、ヨハネ・パウロ2世の葬儀ミサでの私の説教を思い起こさせました。説教の中で、私は主がガリラヤの湖の岸辺でペトロに投げかけられた『私についてきなさい』という言葉を主題にしました。そして、ヨハネ・パウロ2世が(若いときから)いつもこの主の言葉を新たな思いで受け容れ、「はい、あなたについていきます。たとえ、私が望まないところに連れて行かれようとも」と答えることで、いつも多くの事柄を放棄せねばならなかったことを説明しました。そこで、その枢機卿様は「もし主が今回あなたに『私についてきなさい』と言われたら、あなたの説教を思い出しなさい。逃げてはいけません。あなたは、御父の家に戻られたあの偉大な教皇様がいかに従ったかを語りましたが、それと同じように従いなさい」と。・・・主の道は楽な道ではありません。しかし、私たちは安楽な生活をするために作られたのではなく、偉大なことのために、善を行なうために作られたのです。こうして、最後に頭を下げるしかありませんでした。私は主に信頼します。私は、愛する友人であるあなたたちに信頼します。

 

このベネディクト16世の述懐は、教会が政治的団体とも経済的利益を追求する会社とも大きく異なることを教えています。イエス様は自分が「仕えられるためではなく、仕えるために来た」と言われましたが、教会の中の権威は「奉仕職」、つまり「みんなの奴隷となる職」なのです。結婚した人は、もう自分のためではなく家族すなわち配偶者と子供たちのために生きるので、そのために自分のしたいことをしばしば我慢する必要がありますが、これと似ているかも知れません。

 

しかし、教会が人間の団体でもあることは事実です。どのような団体も一定のルールとそれの違反に対する罰則が定められています。それと同様、教会にも規則や罰があります。イエス様はペトロたちに「あなたがたが地上でつなぐことは天でもつながれ、地上で解くことは、天上でも解かれる」と言われ、その権限を教会にお与えになりました(マタイ、18章、18)。

 

教会の統治は、ただただ人の霊魂の救いを目的としています。それゆえ、例えば教会の中で教会の教えと異なることを教える者が出れば、それを見逃すことはできません。教皇庁がこのような介入をするならば、それを不当な圧迫、圧力と考えるのは大違いです。もし何らかの感染症にかかった人を見つけた保険所の人が、黙って何もしないなら無責任と責められるでしょう。それと同じです。ただ、教会では「人々の霊魂の救い」を考えて行動します。ですから、もし本人が非を認めて赦しを願うなら赦しを拒否されることはありません。もちろん、罪の軽重に従って罰を科されます。個人のことだけでなく、全体のことも考えねばなりませんから。このカトリック教会の決まりは、『カトリック新教会法典』(有斐閣)という本に記されています。一度目を通されたらいかがでしょうか。

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47.教会-9(教皇様)

 

ヨハネ・パウロ2世が帰天されました(2005年4月2日)。教皇様の容態が悪いというニュースが流れてからテレビでもしばしば全世界で教皇様のために祈る人々の姿が放映されましたが、あれを見て、カトリック教会は一つの家族で、ローマ教皇は信者の上に君臨する君主ではなく、「お父さん」であるということは本当だと思いました。

 

いまから15年くらい前に聞いた話です。夜になって疲れきっている教皇様に、ある人が「教皇様お疲れのようですね」と声をかけると、教皇様は「この時間になってもし私が疲れていなければ、信者のみなさんに申し訳ない」と答えられたそうです。また、別の人が「無理をされずにお休みになったらどうですか」と言うと、「休むのは天国で休みますから」と答えられました。多くの人が証言しているのですが、まさに教会と人々のためにだけ考えて精魂尽き果てた姿だと思いました。聖パウロの「私は、戦いを立派に戦い抜き、決められた道を走りとおし、信仰を守り抜きました。いまや義の栄冠を受けるばかりです」という言葉がぴったりと当てはまるでしょう。(教皇様のお人柄を知るのには、教皇様に日本語を教えられたフランシスコ会の西山達也神父様の『日本語で話しつづけた教皇ヨハネ・パウロ二世』、カトリック南山教会広報委員会、があります)。

 

カトリックの人口が全体のわずか0.4%にも満たない日本でも、マスコミはこのことを大きく取り上げています。私の読んだ新聞には、ヨハネ・パウロ2世が世界の平和と諸宗教間の壁を克服しようとされた努力を「革新的」あるいは「寛容」と褒め上げる一方、「生命の誕生や死を人が操作し決定するのは人類のおごり、と退けた。クローン研究、妊娠中絶、尊厳死(注、教会は尊厳死を認めています。認めないのは安楽死です)、そしてエイズ予防のコンドーム使用にもこの原則を譲ることはなかった。・・・・女性司祭の登用や同姓婚も認めなかった」と言い、「保守的」という否定的な評価を下しています。

 

実は日本ではあまり知られていませんが、教皇様は一方でとても人気のある方でしたが、他方で特にマスコミからひどく批判を受けた方でもあります。その理由は、上記の新聞の記事にもはっきりと現れているように、「道徳の面で本当のことを言いつづけたから」です。上のような問題で「ああ、そういうことは時代の流れにそって変えたらいい」と言っていれば、マスコミからは「物分りのいい進歩的な人」と拍手喝采を浴びたかもしれません。しかし、何度も言いますが、保守的か進歩的かという基準は正しいことと誤っていることの基準ではないのです。上のような問題で「進歩的」といわれる意見は、結局「どんなことでも人間の好きなとおりにできる」と主張することで、この人たちは「人間の自由は絶対ではなく、神から定められ、それゆえ人間には勝手に越えることができない一線がある」と言われることが我慢ならないのです。こういう人々は、知識人、オピニオンリーダーと言われる人々、金持ちでマスコミを握っている人々に多く見られます。先進国でカトリック教会(その代表が教皇様)がしばしば激しい批判の対象となるゆえんです。

 

落ち着いて考えて見てください。あの記事を書いた記者は自分の家族の誰かが上に言ったような「進歩的な」生き方をすることを心から望んでいるのでしょうか。このような進歩的な道徳が善と考えられる社会になったら、人は幸せな人生を送れるのでしょうか。世界中に向かってそうではないと声を上げて断言した一人がヨハネ・パウロ2世でした。教皇様は若い人々に向かってよく話され、どこに行っても若者に人気を博した方です。これは非常に不思議です。スローモーな動きしかしない、だぶだぶの服を着たおじいさん、話す内容は厳しいこと(教皇様は若者に純潔や夫婦の忠実を守る大切さをよく話されました)なのに。これは、若い人も悪いことは悪いとはっきり言うのを聞くこと(現代の世界でめったに見つけることのできないこと)を期待しているからかと思います。

 

教皇様がよく言われたことにひとつに「恐れるな」ということがあります。ヨハネ・パウロ2世が最初に訪問された三つの国はアイルランド、メキシコ、ポーランドでした。この三つの国はみんなカトリック信仰のために非常に苦しんだ国です。教皇様は共産党政権の下で迫害されていたポーランドの民衆に勇気を与え(そのために命を狙われました)、長年の反カトリック政策の下で苦しんでいたメキシコの信者、同じく数世紀に渡って信仰のために差別されていたアイルランドの人々の信仰を守った苦労をねぎらったのです。この励ましの言葉を聞くことは、信者の少ない日本にも有益なことではないでしょうか。

 

「恐れるな」は「恥ずかしがるな」とも言い換えることができます。正しい倫理は、現代において人気のないことかも知れません。現代ではなにか悪いことをする人のほうが威張っていて、正しい生活をする人が笑われるような現象があります。が、私たちは、弱さのためにいつも完全にできるわけではないが、良心に従って(神の教えに従って)生きようと努める限り、背筋を伸ばして生きるべきではないでしょうか。このことも教皇様が身をもって教えてくださったことの一つかなと思います。

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48.教会-10(教会の四つの特徴、一なる教会)

 

16世紀に宗教改革が起こりました。これを始めたのが修道司祭であったマルティン・ルターです。その主張の核心は、人が救われるのはただ信仰のみによる(イエスが私を救ってくださると信じるだけでよい)ということでした。彼はこれを福音と呼びました。しかし、この教えはカトリックの教えと異なる部分があり(この重大問題は、後で恩恵についての項で見ましょう)、すぐさま教会との対立が生じます。ルターは、カトリック教会が啓示を判断し教えるという権威を持つことを否定しました。啓示はただ聖書のみにあり、その解釈は教会ではなく、各個人が自由にすればよい、と。もしそうなら、10人いれば、10の異なる聖書の解釈がでてきてもおかしくないわけで、事実すぐにルターの教えとは異なる主張をする人たちが出てきました。彼らはカトリックだけでなくルターをも否定するのです。聖書解釈は各自が自由に、というこの原則によって、雨後の竹の子のように様々なプロテスタントの宗派が生まれました。それぞれ自分はキリストの教えを正しく解釈していると主張するわけです。こうして多くのキリスト教会が生まれ、現在も絶えず生まれ続けているのです。

そこで、カトリック教会としてはこの多くの教会の中でどれが本当のキリストの教会かを示す特徴を明示することになったのです。その結果、「一、聖、公、使徒的」という四つの特徴が取り出されました。これを一つずつ見ていきましょう。

 

1)一なる教会

繰り返しになりますが、教会はイエス・キリストによって設立されました。主が二つ三つの教会をお建てになったはずはありません。キリストの教会は一つだけです。この教会の目的は一にも二にも人間の救いです。この救いは秘跡と教えによって得られます。それゆえ、教会は同じ秘跡と同じ教えを持たねばなりません。人間の組織の場合、同じ目的のために組織が一つになるためには何が必要でしょうか。一人のリーダーを持ち、その下にまとまることでしょう。それゆえに、イエスは教会が一致を保つためにペトロを自分の後継者に任命しました。ペトロのこの地位は、すでに見たように彼の後継者であるローマの司教(教皇)が引き継いでいます。

教皇は単なる一致の象徴ではなく、全教会に直接の統治権を持っています。東方教会(正統教会)はローマ司教の名誉的な地位を認めますが、実効的な首位権は認めません。それ以外の教え、礼拝、秘跡においてはほとんど同じなのですが・・。

ところで、カトリック教会は一つとはいえ、あらゆる民族や言語や文化の人間を抱えています。それは聖霊降臨の時にすでに示されていました。それゆえ、頭は一つ、信仰は一つ、礼拝は一つとはいえ、多様性に溢れています。例えば、ミサの仕方になくする典礼の面では、ローマ典礼以外にも極めて古い伝統をもつビザンツ典礼、マロン典礼(レバノン中心)、インド・シリア典礼など多様な典礼があります。キリスト教がパレスチナから全世界に広がるにつれ、行く先々の文化の中で丹精込めて作り上げられたものです。ただ、ミサがご聖体におられるイエスを父なる神に捧げる生け贄であるという本質は変わりません。「典礼、とくに秘跡の典礼には、不変の部分があります。神によって制定されたものとして教会はこれを守り続けます。しかしまた同時に生えることの出来る部分もあって、教会はこれを新しく福音を受け入れた諸民族の文化に適応させる権限、時にはその義務があるのです」(1)。この識別と適応の仕事は、前述のように教会の聖職位階にまかせられているもので、たとえ司祭でも自分勝手に変更することは出来ません。外国に出かけ、カトリックの教会で肌の色や言葉の異なる人々と肩を並べてミサにあずかり、教皇のために祈り、同じ神を礼拝しながら、この教会の一致を肌で感じられた人は少なくないでしょう。

キリストは最後の晩餐において、ご自分の弟子たちの一致のために強く祈られました(ヨハネ 17章参照)。しかし、すでに使徒の時代から分裂の動きがありました。その後、11世紀に起こった東西教会の分裂、そして16世紀のプロテスタント教団によって、キリストの教会は大きく分裂しました。この分裂がどれほどキリストの望みに反しているか、また信者ではない人々に害を与えるかは、信仰を持つ人ならすぐにわかります。それで分裂が始まった最初から、一致に向けて働く人たちがいました。ただ、この動きは20世紀に入ってより強くなり、第二バチカン公会議はこの問題を重要課題の一つとして取り上げました。私たちとしては、別れた兄弟たちと、互いの違いを認識しつつも相手の正当な自由を尊重し、兄弟として誠実に付き合うことが大切かと思います。また別れていない兄弟、つまりカトリック信者に対してはより大きな尊敬と愛情を持つよう努めるのが筋でしょう。教皇フランシスコがされた「教会の中でも悪口がある」という注意には心が痛みませんか。

(1)CCE.1205。

 

(2)聖なる教会

「教会は聖だ」と言うと、「それはあまりに傲慢と違いますか」と抗議されるかも知れません。しかし、教会の聖性は、教会がキリストによって建てられ、花嫁としてキリストから愛されているということからの必然的な結論です。聖書には「キリストがそうされた(教会を愛し、教会のためにご自分を渡された)のは、教会を水で洗い清め、言葉によって聖なるものとするためでした」(エフェソ 5章26)とはっきり書いてあります。また教会の教えも秘跡も聖だと言えるでしょう。

「でも、歴史を見たら、あるいは現在でも教会の中に沢山の悪いことがあるじゃないですか」と指摘されるでしょう。それは残念ながら事実です。コリント人への第一の手紙を読むと理想的に見える初代教会の信者の間にも、ひどい罪があったことがわかります。それである人は「真の教会は聖人だけの集まりで、それは目に見えない教会だ」と不可視的教会論を展開しました。しかし、イエス様は最初から教会の中に罪人がいることを認めておられます。だから、「もしあなたの兄弟が罪を犯したなら、行って二人だけの間で、彼をいさめなさい」(マタイ 18章15)と弟子たちの間で罪を犯すことがあることを前もって教えられました。

問題の根源は、教会は人間によって構成されていることにあります。人間であるからには皆罪人です。でも私たち信者が罪を犯すなら、それは教会の教えが悪いからではなく、ただただ私たちが教会の教えを実行しないからでしょう。第二バチカン公会議は「教会は自分のふところに罪びとを抱いているので、聖であると同時につねに清められるべきものであり、悔い改めと刷新との努力をたえず続ける」と言います(「教会憲章」8)。聖ヨハネ・パウロ2世は2000年の大聖年を前に、過去にカトリック信者が犯した罪の赦しを世界に乞いました。

他方、もう一つの事実も忘れてはいけないと思います。それは教会から多くの聖人が輩出されていることです。最近ではマザーテレサのような世界的に知られた聖人もいます。マザーの偉大さを過小評価するつもりはありませんが、世界中にマザーと似たような無私の奉仕をしている修道士や信徒が無数にいます。昔インドネシアで大きな地震があった後、ある大学の先生が、「災害があるとキリスト教徒はいつも援助に出かけるが、私の宗教の人がそういうことをするのを見たことがない」と言ってくれました。これは客観的に真実ではないでしょうか。

また興味深い事実は、例えばイスラム過激派がテロを起こすと、「これはイスラム教徒の一部の仕業で、大部分のイスラム教徒は平和的だ」という弁護がなされるのを聞いたことはありませんか。これは真実だと思います。しかし一方、カトリックの聖職者の不祥事があるとき、マスコミが「しかし大部分の聖職者は真面目に人々に奉仕している」と言うのは寡聞にして知りません。別に弁護して欲しいと言うのではありません。また私たちは他の宗教の人より優れているなどと考えているわけでもありません。私たちは惨めな存在です。それゆえミサの最初に「たびたび罪を犯しました」と告白し赦しを願い、キリストに「あわれんでください」と祈るのです。ただ言いたいのは、カトリック教会に対する非難を見聞きするとき、全体像を忘れず公平な判断をして欲しいということです。そして私たちも教会の顔を汚さないよう、謙虚になって神の助けを願いつつ福音の教えの実行に努めねばならないということです。

 

(3)公教会

教会をカトリックと呼んだのは、2世紀初頭のアンティオキアの聖イグナティウスのようです。この言葉は「普遍」と訳されます。でも「普遍」とはどういう意味でしょうか。普遍と反対の意味が「個別」や「特殊」です。普遍は時代や場所の違いを超えてすべてに及ぶことを意味します。たとえば、真理は普遍です。なぜなら、数学の真理を例にとるなら、三平方の定理は古代ギリシアでも現在でも千年後でも、あるいは日本でもアメリカでもどこでも妥当する真理ですから。教会には、救いのための教えと手段(秘跡など)がすべてあり、また時代や場所を超越してすべての人に開かれているという意味で、普遍(カトリック)と言うのです。この普遍は「公」とも呼ばれるので、カトリックは公教会とも訳されるのです。

キリストは人類の救いのためにこの世に来られ、この救いの業を世の終わりまで続けるように教会をお建てなりました。教会は救いのための不可欠な手段なのです。それで昔から「教会の外に救いはない」と言われます。聖書にも「この方(イエス)以外の誰によっても救いは得られません」(使徒言行録 4章12)とあります。これは簡単な真理です。そもそも人間は自力によって自己の救いを達成することはできません。人間は幅が100メートルある流れの速い川の岸にいて、平和な生活が出来る向こう岸を眺めているようなものです。あちら側には船がなければ行けません。この船こそ教会で、この船に乗らなければ助からないのです。

ただし、二つの留保があります。一つは、船に乗っていても真面目に船長の指示に従いまた船の営みに協力しないなら、その人は助かりません。精確な言葉づかいをすると、カトリック教会に属していても、信仰宣言、秘跡、教会の統治者との一致や交わりを持っていないなら、助からないのです。主は「私に向かって『主よ、主よ』と言う者が皆、天の国に入るのではない。天におられる私の父のみ旨を行う者だけが入るのである」とはっきり宣言されました(マタイ 、7章、21)。

もう一つは、この船は他に多くの小さな小舟も引っ張っているとも言えます。つまりカトリック教会に目に見える形で属していなくても、他のキリスト教会(例えば正教教会)の秘跡や教えによって、また聖書によって(新教の場合)、またキリスト教とは無関係ながら良心によって不完全であるとは言え、キリストと結びついている人々は、この小舟に乗って向こう岸まで引かれていくと考えるのです。このことはまた洗礼の箇所で説明したいと思います。

イエス様は使徒たちに「全世界に行って福音を述べ伝えよ」と言われました。この命令には人種や民族の垣根などありません。教会は最初からすべての人に宣教を試みました。使徒言行録にはパウロによるローマ帝国内の宣教の様子が描かれていますが、他の使徒たちは、インドから中近東、黒海沿岸、北アフリカ、イベリア半島までの当時知られていた「全世界」に宣教したようです。

宣教とは単に教会の教えを説き、洗礼を授けるだけでなく、人々の人間的な善を促進する(例えば、良質の教育を授ける、飢餓や貧困や不衛生や病気と闘い生活環境を改善するなど)ことも含みます。この教会の宣教活動は、人種や言語や文化の差別、さらに宗教の差別さえなしに、あらゆる人々に向けられています。「そこにはもはや、ユダヤ人もギリシア人もなく、奴隷も自由人もなく、男も女もありません。あなた方は皆、キリスト・イエスにおいて一つだからです」(ガラテヤ 、3章、28)とは1世紀中頃パウロが宣言したことですが、カトリック教会はこの教えを忠実に実行していると言えます。現在の日本の教会にラテンアメリカやフィリピンやベトナムの信仰の兄弟姉妹たちを目にすると、教会が普遍的であることを肌で感じられるのではないでしょうか。

 

(4)使徒継承(使徒的)教会

   

教会が使徒的と言われるのは、キリストから直接学び派遣された「使徒たちの土台の上に」(エフェソ2章20)建てられ、使徒たちの教えを受け、ペトロの後継者(教皇)と一致する、使徒たちの後継者である司教たちを通じて統治されるからです。つまり、教会の教えや組織のもとを探して時代を遡っていくと12使徒に行き着くというわけです。例えば、試みにあなたに洗礼を授けてくれた神父様は、誰から叙階の秘跡を受けたのか調べて見てください。そしてその神父様に叙階を授けた司教様は、誰に叙階してもらったのでしょうか。このように遡っていくと、最後に12使徒にたどり着くというわけです。

でもどうして、この使徒継承ということは大切なのでしょうか。それは、使徒たちこそイエス・キリストからすべての啓示を学び、教会を教え統治する権能を授かったからです。彼らだけが「あなたたちに聞く人は、私に聞くのである」と言われたのです。2世紀後半に、「キリストの真の教えは完全な人々だけに密かに隠れて教えられた」と主張していた異端があり、それに対して聖イレネウスは「使徒たち以来の伝承と、人々に告げ知らされた信仰が司教たちの継承によって私たちまで至っている」と反駁しています(『異端反駁』第三巻3,1~4,2)。言い換えれば、カトリックの教えは、教会の聖職位階(教皇と司教たち)が伝えているということです。これは今も役に立つ基準です。もし教会の教えについて疑義が生じれば、ネット検索をしたり世俗の本を調べたりするのではなく、『カトリック教会のカテキズム』を見ればよいということです。

教会が使徒の後継者(司教)の上に建てられているということは、司教をいただく部分教会(京都教区などの教区)は「その中に、・・キリストは存在しておられ、キリストの力によって、一、聖、公、使徒継承の教会が集まるのです」(教会憲章 16)。これは理解するのが難しいですが、全教会は単なる部分教会の連合体ではなく、部分教会はそれ自身でキリストの教会が持つべき必要な要素をすべての持っているということです。ちょうど小さな細胞の中にも人間全体のDNAが保持されているのと似ています。ただし、その一つでもあるローマ教会との交わりを保つ必要はあります(CCE 832,833)。リオンの司教であった聖イレネウスは、「ローマの教会は、より優れた起源を持つので、各教会、すなわち、世界中のすべての信者は、当然、この教会と一致していなければなりません」と言い切っています。つまり、司祭団、奉献生活者、信者は、自分の教区の司教と、そしてローマ教皇との交わりを大切にすることによって、キリストと結びつくということになります。

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49.教会-11(構成員、キリスト信者)

 

第二バチカン公会議は教会のことを「神の民」と呼ぶことを好みました。この神の民には誰が属するのでしょうか。それは「洗礼によってキリストに合体されたことにより神の民とされた者です」(1)。神の民の間には、神の子としての完全な平等性がありますが、差異もあります。すなわち、教会は①聖職者、②信徒、③奉献生活者の三つの身分からなるのです。聖職者についてはすでに見ました(第40項)ので、ここでは信徒と奉献生活者について見てみましょう。

信徒については、第二バチカン公会議は今までにないほど深く幅広い考察を行いました。そして、「信徒の固有の特徴は、世俗に強く関わっているということである」と定義しました。(2)。この信徒の中から聖職者と奉献生活者の召し出しが生まれることを考えれば、信徒の身分の重要性が分かるでしょう。

同公会議は「信徒の召命」という言葉を使っています(教会憲章、第5章)。すなわち、信徒は、「司祭にも修道者にもなれなかったので、仕方なく信徒の身分に甘んじている」のではなく、神によって信徒になるように呼ばれているのです。公会議は「すべての人は、聖職位階に属している人も、それによって牧されている人も、皆聖性に召されている」と宣言しました(3)。前に、聖職位階には「教える権能(預言権)、聖化する権能(祭司職)、統治する権能(王職)」の三つの権能があると言いました(第40項)が、この三つの権能は、洗礼によって信徒にも与えられています。聖ペトロは信者を「聖なる祭司」と呼んでいます(第一の手紙 、2章、5)。これを信徒の共通祭司職と呼び、叙階の秘跡による役務的祭司職と区別します。他方、信徒がその祭司職を生きる生き方は、聖職者や修道士とは異なり、世俗で生活する市民にふさわしい仕方で生きるのです。このことを信徒の使徒職について見てみましょう。

私は司祭ですが、近くのスーパーで働く人たちに福音宣教をしようとして、そこに行って「みなさん、聖書の勉強をしませんか」と言ったとします。おそらく、誰も耳を貸さないでしょう。ところが、もしそこで働いている人に信者がいて、彼が同僚に同じ事を言ったとしたら、相手にされないとしても少なくとも「俺と同じ仕事をしている奴が神を信じているのか。ということは、キリスト教を信じるということは馬鹿げたことでも奇妙なことでもないのかもしれない」という印象を残し、ひょっとしたら後で何か個人的な悩みが生じたとき相談に来るかも知れません。そのとき信仰の見方を紹介することができるでしょう。よそ者である司祭の場合、誘いに応えてくれなければそれで終わりです。聖職者は説教やクラスを通じて福音宣教をするのが普通ですが、信徒は同僚や友達として相談や雑談の形で福音を伝えるのです。ちょうど、面白い映画を見たり、美味しいラーメン店を知ったりしたら、「この映画、見てみろ」とか「あのラーメン屋で食べてみろ」とか誘うように、自分がよいと思い、あの人にも役立つだろうと思ったものを紹介するという仕方です。もし興味を示すなら、色々と説明して、後で司祭に紹介することができるでしょう。ちょうど、復活の後、ガリラヤの湖で漁をして釣り上げた魚をイエス様のもとに持ってきた使徒たちのように。

教皇ピウス12世は「信徒は教会生活の最前線に立っています。信徒によってこそ、教会は人間社会に生命を与える源となります」と言われました(4)。この世間には聖職者と修道者には禁じられていたり、そこに行くのがふさわしくなかったりする環境がありますが、信徒はそのような場所でも周囲の人たちと肩を並べて働くことが出来ます。社会にある、まっとうなすべての職業に従事し、その職場の同僚や仕事によってつながりが出来る人々や集団との関わりの中で、同僚として友人として福音宣教をするよう呼ばれているのです。

また多くの信徒にとって重要な福音宣教の場は家庭です。家庭は社会の細胞、小さな教会です。健全な家庭が社会にどれほど貢献するか、もっと考えるべきだと思います。キリスト教的な家庭から、多くの司祭、修道者の召し出しが生まれます。しかし、明るくキリスト教的な家庭を作るのは、楽しいことも一杯ありますが、だからと言ってそう簡単なことではありません。しかし、それが信徒の召し出しであり、使命なのです。家庭生活と仕事や他の社会生活を通じて福音宣教を進めるには、それ相応の養成が欠かせません。

奉献生活という言葉は、修道生活という方がなじみがあると思います。ただ、『カトリック教会のカテキズム』では、奉献生活の中に在俗会や使徒的生活の会など、いわゆる修道生活とは多少異なる生活も含んでいます。この生活の本質は、「福音的勧告(清貧、貞潔、従順)を生きることを誓うこと(誓願)によって成立する身分です。つまり、出発点は、神の国のための独身生活における貞潔ならびに清貧、従順を実行することを神に約束することです。そこからの生活の仕方は「驚くべき多様性」を示しています。人里離れた場所で、祈りと労働に専念する修道会、教育や病院や宣教活動に従事する修道会など。いずれにしてもその生き方で、人間の目的地はこの地上ではなく天にあることをすべての人に示すと言えます。信徒は聖職者や修道士が行けない場所に行くことが出来ると言いましたが、逆に修道者は信徒が行けないような危険な場所で働くこともあります。『神々と男たち』という映画ではイスラム原理主義者に虐殺されたアルジェリアの修道士が出てきますが、今も同じように危険を顧みずイスラムの国で働き続けている司祭、修道士が沢山います。この人々のため、また修道者の召し出しが沢山出るようにも祈る必要があります。

召し出しという言葉は、普通は神の国の独身を生きる生活に召された人の場合に使われます。しかし、召し出しは、すべての人が受けているのです。なぜなら、神は人間を十把一絡げにではなく、一人ひとりをお造りになるので、人が生まれるとき神から直接何かの目的を与えられているのです。その神から与えられた各自の目的が召し出しです。ですから、「私は召し出しがあるのか、ないのか」と問うのではなく、「私は一体何に呼ばれているのだろう。神は私に何をお望みなのだろう」と祈りの中で神に問いかけていくことが大切です。大部分の場合、普通の結婚の召し出しでしょう。その場合は神は特別に大きな声でお呼びになりません。生まれながらの傾向に従うことですから。ただ、善い人に巡り会わせてくださいと祈るのは良いことでしょう。他方、神の国のための独身に呼ばれている場合は、神は少し強く呼ばれる必要があります。自然の傾向とは異なる生活に呼ぶからです。独身の召し出しを犠牲と考える風潮がありますが、これは実は大きな恵みなのです。ですので、その召し出しを感じたら、「見えますように」と祈りつつ、経験のある方に相談して導いてもらってください。神のお望みに従って生きるのが、最も良い生き方、幸せな生き方であることは間違いありませんから(5)。

 

(1)CCE 871。

(2)「教会憲章」31。

(3)「教会憲章」第5章。洗礼を受けた人は皆、聖人になるように召されているという教えは、第二バチカン公会議の30年以上前からオプス・デイ創立者聖ホセマリアによって告げられていました。1934年に出版された『霊的考察』には(のちに加筆修正されて『道』と題される)、「だれでも自らを聖化する義務を負っている。あなたにもその義務があるのだ。司祭や修道者だけの仕事だというのか。主は例外なくすべての人に仰せられたのだ『天の御父が完全であるように、あなたたちも完全な者となりなさい』」と書いています。(『道』291)。

(4)聖ヨハネ・パウロ二世『信徒の召命と使命』(9項:信徒とは)に引用されています。

(5)教皇フランシスコ、『キリストは生きている』第八章を参照。

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50.教会-12(キリストの神秘体)

 

教会がまだ生まれたばかりの頃、この新宗教に激しい怒りを抱いていた青年サウロ(後の聖パウロ)は、エルサレムだけでなくダマスコの町にいるキリスト信者を捕縛しようとこの町に向かいました。しかし、城門の手前で光に包まれ地に倒れます。そのとき「サウロ、サウロ、なぜ私を迫害するのか」と言う声を聞きます。「主よ、あなたは誰ですか」と尋ねると、「私はあなたが迫害しているイエスである」との答えが来ました(使徒言行録、9章、3~5)。

 

イエス様は変なことをおっしゃると思いませんか。パウロが迫害していたのはイエス様ではなく、キリスト信者ですよね。でもイエス様はこう言われることによって、自分と信者がいわば一心同体であると宣言されたのです。回心のきっかけとなったこの言葉はパウロの頭から離れなかったと思われます。そして、この言葉を黙想しさらに神の啓示を受けた結果、信者の集まりである教会がキリストの体であって、イエス様はその頭であるという奥義を悟りました(コロサイ、1章:1コリント、12章:ローマ、12章などを参照)。この意味で、教会は「キリストの神秘体」と呼ばれます(「キリストの御体」であるご聖体と区別するために「神秘体」と言うのです)。イエス様と信者は強く結びついているというこの教えは、イエス様自身も少し話されました。最後の晩餐の席で使徒たちに「私はブドウの木、あなたがたは枝である」と言われたときなどです(ヨハネ、15章、6)、

 

今まで、教会はイエス様によって建てられた組織であることを強調しましたが、この組織はイエス様の外側に建てられたものではなく、いわばイエス様に引っ付いて、イエス様の延長として建てられたものなのです。だから、創立者とこの組織は切り離すことができないのです。無教会主義という考えがあります。つまり、「私は、イエス・キリストは愛するが、人間の組織である教会には属さない。直接にイエス様と関係を持つことで十分だ」と言う人々です。でも、これは上に言った理由で矛盾です。イエス様を愛するならば、教会も愛するはずです。「あの人の頭は好きだけど、あの人の体はきらいだ」なんてことはありえないことでしょう。ある人が好きならば、その人の全体が好きなはずです。ただ、教会という組織は人間によって構成されており、その人間がイエス様の御心を反映しない醜い姿を現す場合もあり、残念ながら無教会主義にもそれなりの理があるとも言えるでしょう。 

 

教会がキリストの神秘体であるということは、我々信者は、まず頭であるキリストと直接結ばれ、次に信者同士も結ばれていることを意味します。人間の体の場合は、体の各部分は神経や血管によって結ばれていますが、神秘体の場合この神経や血管に当たるのが恩恵なのです(恩恵については46~49で説明します)。神の恩恵を受けているのはこの地上の信者だけでなく、天国と煉獄にいる魂も含まれます。それゆえに、教会という集合体は天国と煉獄とこの地上の目に見える教会も含む大きな集まりなのです。最近はあまり聞かれなくなりましたが、天国は「勝利の教会」、煉獄は「浄めの教会」、地上の教会は「戦う教会」と呼ばれています(注)。

 

パウロは神秘体の教えを説明しつつ「もし体の一つの部分が苦しめば、すべての部分もいっしょに苦しみ・・」と言います。足の小指の先が傷ついた場合、私全体が苦しむということは誰でも経験があるでしょう。このことは信者一人一人の霊的な健康度は、その人だけのものではなく、教会の全体の健康に何らかの影響を及ぼすということを示します。一人のがんばり、あるいは一人の怠けが、他の信者たちの霊的な強さに良い、あるいは悪い影響を及ぼすのです。また、天国の霊魂は、煉獄で苦しんでいる霊魂と地上で苦労している我々を助け、地上の我々は煉獄の霊魂を助けることができるという結論も出てきます。全教会を考えて働き祈ることは単なる慰めではなく、実際に遠くに離れた兄弟たちを助けることになる、という教えが出てきます。この教えが「聖徒の交わり(諸聖人の通功:信者の間で功徳を譲り合うことができるという意味)」と呼ばれるものです。 

 

全世界で10億人以上のカトリック信者の中には、信仰のために迫害や差別を受け殉教したり、また戦争や病気や経済的問題、家庭の問題で苦しんでいたりする人も大勢います。また、職務上、大勢の信者の司牧に当たる教皇様や司教様も重い任務を背負っていて、たくさんの助けを必要としています。「教皇様のために祈りましょう」とか「司教様のために祈りましょう」と言うのは本当に必要なことなのです。もちろん、まず各自が頭であるキリストと一致し、その次に一番身近で小さい共同体(家族、小教区の教会)の仲間のことを忘れないよう努めなければなりませんが。

(注)『カトリック教会のカテキズム』はこの用語を使いませんが、内容的には同じ事を教えています。954、962参照。

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51.神の恩恵-1

 

日本の鎌倉仏教には大きく分けて他力本願の宗派と、自力本願の宗派に分けられると中学や高校の日本史の教科書は教えています。その教科書によれば、他力本願とは救いを得るためには人間の力ではどうしようもないので、仏様(阿弥陀仏)に願うしかないという教えで、自力本願とは人間の修行によって悟りに至ることができるという考えだそうです。それでは、キリスト教は自力本願なのでしょうか、他力本願なのでしょうか。

 

まずキリスト教で「救い」とは何を意味するかを復習しておきましょう。聖書には、神は最初人間を特別に恵まれた状態におつくりになったが、人間が神に従うことを拒んだためにその状態を失ってしまった、とあります。特別に恵まれた状態とは、一言で言うと恩恵の状態にあったということですが、恩恵は目に見えないので分かりやすくするために、それをお金にたとえてみましょう。卑近な例になりますが、自分には何の功徳もないのに、いきなり何百億円を与えられた人が「ふん、こんなもの」と言ってお金をどぶに捨てたと考えてください。これは全くその人の落ち度ですから、彼の方からお金の与え主にもう一度あのお金を返して下さいとは言える義理はありません。しかし、このお金の与え主である神は人間とは違って無限に寛大なお方で、人間を赦しもう一度やり直させる計画を持っておられました。その計画と言うのは、神の第二のペルソナが人間になって彼が全人類に代わって自分の命を捧げることによって父なる神に赦しを乞うというものでした。この結果、人間は最初に失ったものを取り戻すことができたのです。

 

ただし、これによって、イエス様は人祖がどぶに捨てたお金をそのまま私たち全員に返してくれたのではありません。主は私たち一人一人にお金を直接渡す代わりに、銀行にそのお金を積み立ててくださったといえます。人祖を創造されたときはその無限のお金を一方的にお与えになりましたが、今度は私たち側でも少し協力するようにされたのです。つまり、少なくとも銀行に行って預金をおろすという手間は省いて下さらなかったわけです。

 

ここで再び最初の質問に戻りましょう。キリスト教は他力本願か自力本願か。上の説明では、どぶに捨てたお金を取り戻すことは人間の力を超えているという意味で他力本願ですが、イエス様が銀行に預けてくださった預金を引き出しに行くのは私たちの責任だという点で完全な他力本願ではないといえます。しかし、問題は予想以上に複雑なのです。イエス様の「私を離れては、あなたがたは何もできない」(ヨハネ、15章、5)とか、「父が引き寄せて下さらなければ、誰も私のもとに来ることはできない」(同、6章、44)とか言われた言葉を思い出してください。これらの言葉は、もし私たちが銀行に行って預金をおろして神様の救いの業に協力できたとしても、実はそのよい行いは私たちの力だけでできたのではなく、神様の助けを得てできたのだということを意味します。それに気づかない私たちは、ちょうど初めて自転車に乗った子供が、後ろで親が自転車を支えてくれていることに気づかず、自分は一人で自転車を動かしていると思っているようなものかもしれません。

 

上に言いましたように預金は恩恵のことです。この預金の引き出しを可能にする手段が秘跡です。秘跡については、また後でゆっくりと説明する機会がありますので、今回から数回にわたって恩恵(恩寵)とは何かを取り上げたいと思います。人間にとって救いとは自分の罪を赦され神と和解することになります。この恩恵の問題は、救いの問題と直接関係のある重要な問題です。ただし、この世では常に再び罪の状態に陥る(恩恵を失う)可能性があるので、真の救いは天国でしか与えられないことは確かです。

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52.神の恩恵-2

 

人間は自力で救いに至ることはできない。ただ、神の助けによる、と前回言いました。この神の助けが恩恵にほかなりません。恩恵とは、日本語では恩寵、聖寵、恵みとも言いますが、ラテン語のgratia(グラチア)の訳です。有名な明智光秀の娘ガラシャ夫人の名前もここから来ます。この言葉は「ただで与えられる贈り物」を意味します。とは言え、よく考えてみると、私たちはすべてを神様からただで与えられています。命、体、才能、家族などなど私たちの持っているもので、自分で自分に与えたものは何一つありません。しかし、正確に言えば、これらのものは神の恩恵とは呼ばれません。実は私たちの生きている世界には、「自然のレベル」の上に「超自然のレベル」があるのです。これはキリストの啓示によって初めてわかった真理、キリスト教に独特の真理です。

 

自然とは、生まれたまま加工されていない状態ということができるでしょう(“nature”とは「生まれた」を意味する“natus”というラテン語から来る)。人間は、自然の能力を備えた体と霊魂をもって生まれてきます。そして、この生まれたときに与えられていた能力を使って、自分の目的に達しよう(人格の完成を目指そう)と生きる、これが自然のレベルの人生です。キリスト教以外の宗教や哲学思想の中にも、この自然的なレベルで人はいかに生きるべきかについて貴重な教えを示しているものもあります。

 

ところが神様は、人間にはこの自然のレベルの上に超自然のレベルがあることを啓示されました。つまり、超自然の目的があるのです。自然レベルの人間の目的が人格の完成であるとすれば、超自然レベルの目的は永遠の命です。人格を完成するとは、神を知り神を愛することなのですが、自然レベルではその神は唯一の神にとどまります。それに対して超自然レベルの人間の目的は、三位一体の神を知り愛すること(実はこれが天国の至福なのです)と言えます。

 

さて、人間は自然のレベルに留まる限り、超自然の現実があることすら知りえません。それゆえに、当然超自然の目的に達することは不可能です。知らない目的地に行くことは不可能ですから。実は神は最初の人間をお造りになったとき、いきなり彼らを超自然のレベルに上げてお造りになりました。ところが人祖はその恵みを捨ててしまったので、人祖の子孫は傷ついた本性をもって、純然たる自然の状態で生きることになったのです。神はこの状態を哀れに思われ、御子イエスを送られ十字架の死と復活によって、再び超自然のレベルをお与えになろうとされたのです。言い方を変えると、恩恵を与えようとされたのです。

 

ですから、恩恵とは「ただで与えられる超自然の贈り物」と言わねばなりません。「ただで」とは、人間の側には何の功徳もないのに、神が与えてくださるからです。つまり、恩恵の源泉は神以外にないのですが、父なる神はイエス様が私たちの身代わりになって受けてくださった十字架の受難を考慮に入れて、何もしなかった私たちに恩恵をお与えになるのです。とは言え、今度は人間がポカンと口を空けていたら、神が食べ物を口に入れてくれるというような仕方ではありません。人の方からも食べ物の方に歩いて行くよう要求されます。このことはいずれ秘跡の箇所でお話しましょう。

 

今回お話した自然のレベルと超自然のレベルの区別は極めて重要で、これを曖昧にすると、キリスト教は単なる有益な思想か道徳の教えになってしまいます。ただ、この区別は厳然たる事実にせよ、その二つのレベルは水と油のように対立するものではありません。聖トマス・アクィナスの有名な言葉によれば、「超自然は自然を破壊するのではなく、完成する」のです。つまり、自然は超自然の建物の土台だと言えましょう。ですから、よいキリスト信者になる(超自然のレベル)ためには、まずよい人間になる(自然のレベル)ことが絶対に必要なのです。よく祈り、ごミサに与るのと同時に(あるいはその前に)、ちゃんとした人間(勤勉でやさしく、協調心があり、人の悪口は言わないなど)になる必要があるわけです。また「良いカトリック信者であることと、忠実に社会に使えることとの間に対立があると言うのは事実に反する」(聖ホセマリア、『拓』、301)と言うように、信者はよい市民として社会に貢献しようと望むべきです。逆に言うと、信者ではないが人格者である人は、もしキリスト者になれば、立派な信者になる可能性を秘めているとも言えます。

 

恩恵が超自然レベルということは、恩恵によって人は超自然の能力を発揮することができるということになります。しかし、実は恩恵には二種類あるのです。このことについては次回に詳しく見たいと思います。


(注)この自然と超自然の関係、また自由と恩恵の関係に関するトマス・アクィナスの深遠な思想について、
   稲垣良典、『トマス・アクィナスの神学』創文社、2013年に深い考察があります。



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53.神の恩恵-3

 

前回、自然レベルの他に超自然レベルというものがあることを見て、恩恵とは超自然の贈り物だと言いました。そこで恩恵を定義してみると、「神が人の救いのために、イエス・キリストの功徳によって、お与えになる超自然のめぐみ」ということになります。それでは、この恩恵は聖書ではどのように現れているのかを見てみましょう。

 

聖書には「恩恵」という言葉が直接使われていなくても、神の助けを表す箇所があります。たとえば、「父が引き寄せてくださらなければ、誰も私のもとに来ることはできない」(ヨハネ、6章、44)とはイエス様の言葉です。または「あなたがたの内に働いて、御心のままに望ませ、行なわせておられるのは神です」(フィリピ、2章、13)というパウロの言葉。これらは人がよい行いをできるように助ける恩恵のことだと言えるでしょう。あるいは、パウロがフィリピという町の川のほとりで説教したとき、それを聞いていたリデイァという婦人は「主が彼女の心を開かれたので」、彼女は一家そろって洗礼を受けたという話もあります(使徒言行録、16章、14)。リディアは恩恵に動かされて神を信じたというわけです。

 

これらによって、神を信じることや神の気に入られる行いをするには、恩恵が必要であることがわかります。これらの恩恵は、人間が超自然的に良い行いができるように神が一時的にお与えになる助けです。これを「助力の恩恵」と呼びます。人間は自然的な行いをするにあたっても実は神の助けを必要(神に存在を支えてもらい、動かしてもらう必要がある)なのですから、ましてや超自然的に働くために特別の恩恵がいることは当然でしょう。助力の恩恵は、信者ではない人にも与えられます。でなければ、「だれもキリストのもとには行くことができない」ので。神は「すべての人の救いをお望み」(テモテ後、2章、4)ですから、全ての人に助力の恩恵をお与えになるはずです。「神の御助けを祈り求めましょう」というとき、助力の恩恵を指しているのです。

 

ここで大きな難問にぶつかります。それは助力の恩恵と人間の自由との関係です。例えば、ある人の頭に「これからはもっと人のために生きよう」という良い考えが浮かんだとしましょう。それは今見たように、助力の恩恵のおかげです。でも次の段階で、その人はその良い考えを実行に移す場合と、その考えを無視し何もしない場合があるでしょう。なぜその違いが起るのでしょうか。よい考えを実行に移すという行為も、結局は恩恵の助けを受けています。しかし、よい考えを無視した場合はどういうことが起ったのでしょうか。少ししか恩恵しか与えられなかったからでしょうか。

 

実は、この問題は最終的には奥義(ミステリー:人間知性を超えているが、神が啓示されたという理由で信じる真理)です。ただ、確かに言えることは、恩恵を断る、あるいは恩恵の勧めに逆らう場合、それは人間の自由意志によってなされた決断で、神がそうさせたというのではないということです。神は、人間の自由を尊重されます。逆に恩恵の勧めに従った場合、なるほどその行為も別の助力の恩恵に助けられたものですが、その人の協力があったことは確かで、その人は功徳を積むことになります。

 

歴史的には、この問題がルターとカトリックの根本的な教義面での対立点でした。ルターは、人間は原罪によって芯まで堕落したので、良いことは何一つ出来ない。ただ、キリストが私を救ってくれると信じるだけで救われる、と主張します。簡単に言うと、助力の恩恵がすべてであって、人間の協力はゼロであるということです。でも、もし人間が良い行いをできないなら、聖書にしばしば見られる励まし、例えば「酒宴と酩酊、淫乱と好色、争いとねたみを捨て、主イエスキリストを身にまといなさい」(ローマ、13章、13)というような言葉は無意味でしょう。「そんなこと言われても、どうせ何もよいことなんかできないだから」と反抗されるのが関の山でしょうから。これに対し、カトリックは、確かに人間は原罪の結果として悪に傾くようになったが、まだ善を行なう力は残っている。ただ、それも神の恩恵の助けを受けてできることであると言うわけです。ですから、謙遜に神の助けを頼みながら、日々平凡な生活の中で奮闘努力を続けねばならないということです。 

 

さて、助力の恩恵に対して、もう一種類の恩恵があります。それは「成聖の恩恵」と呼ばれるものですが、それについては次回に回したいと思います。

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54.神の恩恵―4

 

前回は、助力の恩恵について話しました。それは神が適宜にお与えになる助けのことです。しかし恩恵はそれだけではありません。新約聖書では洗礼を受けると人は「神の子」になると言われています。神の子であることは、一時的なことではなく、一度その身分を与えられれば安定的に続く状態です。この神の子の身分にあることは、まったく人間の力を超えたことですから、恩恵のおかげでなくて何でしょう。この人を神の子とする恩恵を、「成聖(せいせい)の恩恵」と呼びます。

 

もちろん、人間が神と同じ本性をもつ子になるはずがありません。聖ペトロはそれを「神の本性にあずかる」というふうに説明しています(2ペトロ、1章、4)。「あずかる」というのはその一部をもらうという意味で、人が神の本性の一部を受けるということです。よりわかりやすいたとえで言うなら、聖パウロの教えるように、成聖の恩恵を得た人は神の「養子」になるのです。でも、養子ならば、また父の遺産を受け継ぐことも可能です。神の遺産とは何ですか。それは神の家、すなわち天国です。成聖の恩恵とは、天国への切符ともいえます。

 

成聖の恩恵は一つの状態ですが、この状態にいる人間は自然のレベルを超えた行いをすることが可能になります。つまり、三位一体の神を信じること、愛すること、希望することが可能になるのです。そして、その結果、父なる神をお喜ばせることができます。実は人間は自然のレベルにいる限り、どんなにすばらしいことをしても、それで神をお喜ばせすることは不可能なのです。幼い子供が野原の花を摘んで花束を作ったとしましょう。他人ならば、それをもらってもありがたいとは感じないでしょう。でも、その子のお母さんなら、本当は何の価値もない花束でも、愛する我が子が自分のために作ってくれたと、心の底からうれしく思うのではないでしょうか。同じように、成聖の恩恵のおかげで神の養子になった人間のする善行を見て、父なる神は喜んで下さるのです。つまり、本当に神の子として生活できるようになるのです。成聖の恩恵とは、超自然の生活を可能にする「超自然の命」とも言えます。

 

以前見たように、アダムとイブが罪を犯して失ったのがこの成聖の恩恵でした。それを回復するために、神の第二のペルソナが人間になり、十字架の上で苦しみ亡くなり、復活されました。しかし、この後では人間は自動的に成聖の恩恵を受けるのではありません。イエス様はニコデモという学者に「誰でも水と霊によって生まれなければ、神の国に入ることができない」(ヨハネ、3章、5)と言われました。つまり、洗礼の秘跡を受ける必要があるのです。洗礼の秘跡とは、人が新たに神の子に生まれ変わるものなのです。

 

ただ、この成聖の恩恵は、大罪を犯せば失われます。あるいは逆によい行いによって増えます。ちょうど、同じ命をもちながら、生き生きと生きている人と、そうでない人がいるように、超自然の命にも差があるというわけです。

 

こういうカトリックの教えに対して、ルターは、「恩恵とは、神が人間を優しい目で見てくれると言うことで、人間の方は全然変わることはない」と言いました。それは上に見た聖書の言葉とは違います。しかし、人によっては、「自分は洗礼を受けているけど、神の子であると感じられない」と言う人もあるかもしれません。もしそうなら、次のように考えたらいいかもしれません。私と神との関係はどうか、一日に何度くらい神のことを思い出すか、赦しの秘跡を受けて恩恵を取り戻したり増やしたりすることはしばしばあるか、と。ある人がすばらしい人の養子になったが、彼はその義理のお父さんとは一緒に住まず、会いに行くこともなく電話をしたり手紙を書いたりすることもないとしましょう。その人に、自分のすばらしい父親の子供である自覚が生まれなくても当然でしょう。

 

この助力の恩恵、成聖の恩恵という言葉は、聖書には出てきません。以前見ましたように、神の啓示は聖書と聖伝に含まれていますが、そこに含まれた啓示をもとに黙想と考察を重ねるのが神学という学問です。この神学の不断の努力によって、神の啓示の理解が少しずつ深まるのですが、恩恵に関する知識も同じです。

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55.罪―1

 

キリスト教は人間をきわめて高く評価します。その根拠は、人間が「神の似姿に創造された」という事実ですが、また前回見たように神の恩恵によって「神の子」となるという事実にもあります。しかし、同時にこの社会を見ていると、あるいは私たち自身の内部を見ると、人間がとても神の子には見えないと思えることもあるのではないでしょうか。

 

この人間の暗い面の底にあるものが「罪」という現実です。罪とは何でしょうか。罪にはいろんな定義があるのですが、ここでは「悪いことと知りながら、自由に神の掟に背くこと」という定義をとりたいと思います。

 

ところで、ずっと以前、(14、 創造ー3)「神はよいお方なのに、どうしてこの世に悪があるのか」という問題を説明していたときに、悪には二種類あると言いました。つまり、自然災害などの「物理的悪」と呼ばれるものと、人間の自由意志から生まれる「罪」。そして、後者、「罪」が本当の悪である、と。ある聖人がこう言っています。「我が子よ、忘れてはならない。この世において、神の恩恵の助けを得て避けるべき悪、おまえが恐れるべき悪は一つだけだ。それは罪である」と(聖ホセマリア、『道』、386)。この聖人は子供の時、お母さんの友達が家に訪問してくるのが大嫌いで(というのは、そのような場合、子供は玄関に出て行って訪問客にキスをするのが礼儀だったのですが、ご夫人方の中にはすごい厚化粧をした人やヒゲをはやしていた人もいたからだそうです)、来客が玄関のベルを鳴らすとベッドの下に隠れました。そうするとお母さんがやってきて、やさしく「ホセマリア、恥ずかしいのは罪を犯すことだけです」と言ったそうです。この言葉には神学的に深い意味があると大きくなって理解できたと言っています。

 

でもなぜ罪はそれほど悪いことなのでしょうか。その理由は三つあると言えます。一つは、罪(特に大罪)を犯すと成聖の恩恵を失い、その状態で死ねば永遠の罰を受けるからです。永遠の罰を受けるということは、人生の唯一最大の失敗ですから。しかし、これは消極的な理由です。罪を恐れる本当の理由はあとの二つにあります。 

 

二つめの理由は、上に定義したように、罪が「神に背く」ということです。このことの悪辣さは、親不孝の子供を考えると理解が容易になるかも知れません。親から生命を受け、立派に育ててもらい、生活費と学費を出して貰っている大学生が親を軽んじるならば、「こいつは何という恩知らずか」と情けなくなるでしょう。人は神に対し、子が親に対するよりももっと絶対的な依存の状態にあります。人は神様からすべてを受けているのです。それなのに神に逆らうというのは、これ以上嘆かわしい悪はないと言えます。

 

と言うと、「しかし罪を犯すとき、人は必ずしも神様を侮辱しているという意識がわるわけではない」と言われるかも知れません。確かにそれは事実です。しかし、こう考えてください。ある家族で両親が、「これからは毎日みな一緒に夕食をしよう」と決めたとします。しかし、ある子供がそれをまったく無視して、毎日自分の好きなときに好きなところで勝手に夕食をしたとしましょう。それで彼が「いや僕はお父さんたちを侮辱したいと思っているわけでは全然ないよ」と言ったら、どう思いますか。「いや、ご両親の決めたことを軽んじるなら、それはご両親を軽んじていることになる」と言うでしょう。同じことで、意識の中には神様はなくても、「神の掟に背くこと」を行うとき、人は善悪をお決めになった神を侮辱しているのです。

 

「罪を避けるようにしましょう」というと、「それは消極的な生き方だ。そうと違ってもっと積極的に愛によって生きねばいかん」という反論が聞こえてきそうです。確かにそうです。でも、親を喜ばせたいと願う子供なら、まず親を悲しませることを避けようとするのが当然ではないでしょうか。罪の恐ろしさには、もう一面がありますが、それは次回に回したいと思います。

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56.罪―2

 

最近、世間をだまして金儲けをしていたケースが次から次へと発覚しました。これらの事件の論評を読むと、必ずと言っていいほど「モラル」の欠如を嘆いています。これは面白いと思いませんか。と言うのは、マスコミや世論自体がモラルに反することを必要悪として許容しているのではないでしょうか。またよく「モラルなんて人間社会が作ったもので、時代や場所によって変化する」と言っていたのではないでしょうか。

 

最近話題になっている本に、「正論を述べる人は嫌われる。と言うのは、世の中は正論では食っていけないからだ」というようなことが書いてあるそうです。そう言われると反論するのに勇気がいりますよね。でも、例の建築士さんは、「偽装を断れば仕事が取れなくなる」と証言していました。これは正論を嫌う人にとって、「生活のためには許されること」なのですよね。それならば、もっと弁護してあげてもいいのではと思ってしまいます。

 

「世の中はどろどろしている。だから『罪を避けよ』なんて言っていたら、生きていけないよ」とは時々子供でも言うせりふです。けれど、聖書も教会も「罪は避けなければならない」と言って一歩も譲りません。というより譲れないのです。もし「教会は実現不可能な理想を言うとる」と言うなら、耐震強度が基準の半分のマンションを買った人に、「仕様がないからあきらめなさい。彼らも生活のために仕方がなかったのですから」と言ってください。確かにこの世の中で罪を避けるのは時には英雄的な努力がいるにしても、それを許容したらひどい世の中になってしまう、ということをちょうど今の日本が示してくれているようです。

 

しかし、罪を避けるのは「他人様に迷惑をかけないため」だけではありません。実は罪はそれを犯す本人にも害を、それも多大の害を及ぼすのです。これが「罪こそ恐れるべき唯一の悪である」ということの三つ目の理由です。

 

このことは、神の掟は何のためかを考えるとわかります。つまり、神の掟は人間に堅苦しい生活を迫るためのものではなく、人間を完成させる(よりよい人間になる)ための道しるべであるという点です。だから平気でこのおきてを破る人、つまり罪を犯すことに平気な人は目的地に行けないだけでなく、自分をも堕落した人間にしてしまうのです。そういう人が、実際どんな人かを想像すればわかります。イエス様が言われた罪のリスト、つまり「みだらな行い、盗み、殺意、姦淫、貪欲、悪意、詐欺、好色、ねたみ、悪口、傲慢」(マルコ、7章、21-22)などの行為をして平気な人が魅力的な人でしょうか。そういうことに専念する人を見て感動するでしょうか。

 

以前言った事ですが、人間の行為の中には自由にするものとそうでないものがあります。自由にする行為は、良い行為か悪い行為になり、それらは終われば消えてしまうのではなく、私たち自身に跡を残すのです。例えば、繰り返し嘘をつく人は「うそつき」になり、逆に本当のことを言う人は「正直もの」になる。義務を怠けて果たさない人は「怠け者」になり、楽をしたい心に打ち勝って義務を果たす人は、「勤勉な者」になるのです。

 

ところで、この世での人間の目標は何でしょうか。戦後、教育基本法の準備委員会で働いたカトリック信者の田中耕太郎氏は「教育の目的は人格の完成と真理の追究」と提案しましたが、この定義は「真理なんてない」と言う人たちから拒否されてしまったそうです。でも氏の定義が正しいことは現在の日本を見たらうなずけるのではないでしょうか。「人格の完成」をなおざりにした教育の結果を私たちは目の当たりにしていますから。ともかく、人格の完成とは、簡単に言えば「よい人になる」ことと言えます。罪とは、よい人にならない行為、言い換えれば「人の道を踏み外した行為」となります。「みだらな思い、盗み、殺意、姦淫、貪欲などなど」は人らしくない行為なのです。ということは、そういう行為をする人は、人として「壊れていく」、「人でなし」になって行くわけです。人が人でなければ、どうやって幸せになることができるでしょうか。罪を繰り返し犯すことによって「罪人」になるわけですが(もちろん、我々みんな罪人なのですが、罪と戦っているなら、事情は少し違って来ます)、それは周囲だけでなく自分をもダメにしてしまうことなのです。

 

ただ、罪にも色んな種類があります。次回は、その点を見てみたいと思います。

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57.罪―3(思いの罪)

 

これまで二度にわたって「罪こそ唯一恐れるべき悪である」ことを見てきました。今回から「罪にも色々ある」ことに目を向けたいと思います。

 

ごミサの最初に罪の赦しを願う祈りがありますが、そこで「思い、行い、怠りによって、たびたび罪を犯しました」と言うふうに罪を三つに分類しています。その中で今日取り上げたいのは「思いの罪」です。実は、「思いの罪」は普通考えられている以上にひどいものなのです。イエス様のあの非常に厳しい注意を覚えておられると思います。「あなたがたも聞いているとおり、『姦淫するな』と命じられている。しかし、私は言っておく。みだらな思いで他人の妻を見る者はだれでも、すでに心の中でその女を犯したのである」(マタイ、5章、27~28)。あるいは、「殺すな」という掟は、他人に腹を立てることも禁じているのだ、と(同上、21~26)。 

 

世間には「他人に迷惑をかけさえしなければ、何をしてもいいでしょう」という考えが広くあるようです。そのような考えなら、思いの罪は存在しません。「女の人を不潔な思いをもって見ても、その人に何か迷惑をかけることにはならん」とか「誰かに腹を立てても、その人の体は何も傷つかないじゃん」と言うわけです。でもそうでしょか。人の行いは、心の「思い」から生まれます。まず「ラーメンを食べよう」という思いがあり、それからラーメンを食べるのです。何も考えずに、いきなりラーメンを食べる人はいません。「思い」と「行い」の関係をたとえるなら、行いは地上に現れている木や草で、「思い」は地下に隠れている根になります。「思い」は人間の一番根っこのようなところで、そこが腐っておれば、人間全体も腐っていると言えるでしょう。表面的には何も悪いことをしないけど、心ではいつも不潔なことや他人を侮辱することを考えて、こっそり喜んでいる人がいるならば、不気味を通り越して「いやな奴や」と感じてしまうのではないでしょうか。人間の行いとは外に現れるものだけでなく、心の動きも立派な行いです。だから、心で姦通するだけでも人は姦通者になり、心で殺人をするだけでもその人は殺人者になるのです。

 

ここで重大な区別があります。以前、「罪とは、知りながら神の掟に背くこと」と定義したのを覚えておられますか。非常に大切なことは「知りながら」という点です。心の中に何かの思いが浮かぶプロセスに二つあります。一つは、自分でわざとあることを考えようとする場合。もう一つは、自分は望まないのに、自然にある思いが浮かぶ場合です。前者は、自ら進んであることを考えるわけで、「知りながら」に当たりますが、後者はそうではありません。だから、「自然に浮かぶ思い」は、たとえ悪い思いであっても罪ではないのです。だから、ふっと悪い考えが浮かんでも心配しないで下さい。ただし、その思いが浮かんでから、「これは楽しいから、この思いを楽しんでやろう」としたら、そのときに罪を犯します。 

 

そこで、大切なことは、「思いをコントロールする」ということです。私たちは普通何かを口に出すときは、それを言うべきかどうかを考えてから、言ったり黙ったりします。それは何かを言うと、それが他人にも聞こえて自分の言ったことが知られてしまうからです。それに反して、「思い」の場合は、何を考えているのかは外からはわかりません(ただ、神様はよくご存じです)。そこで、私たちは自分が何を考えているかには無頓着になる傾向があります。ところが、イエス様も言われたように、「悪意、殺意、姦淫、みだらな行い、盗み、偽証、悪口などは心から出る。これが人を汚す」(マタイ、15章、19~20)。だから、心の中に悪い思いがはびこらないように見張る必要があるのです。畑で花や野菜を作っている人は、畑に雑草が生え出てこないように見張っているのではありませんか。それと同じことです。

 

最期にもう一つ考えて頂きたいことですが、人の思いというものは、外からの刺激に影響を受けるということです。先ほどは、思いが根で行いが草や木だと言いましたが、地上の葉っぱから光を受けて光合成を行い根にデンプンを送るように、行いが思いに影響することもあります。たとえば、下劣な例ですが、性犯罪で逮捕された人の自宅には、どういうものがいっぱいあるかは常識があるならすぐに察しがつくでしょう。つまり、普段から眼などの五感に注意することが重要なのです。五感から様々な情報が頭に入りますが、その情報の中で「人を悪い行為に向かわせるようなもの」があるなら、それを中に入れないことです。これはちょうど港や空港に「検疫所」が配置され、そこで外国から入って来るものに悪いバイ菌やウイルスがないかどうか調べ、もし見つかれば中に入れないのと似ています。

 

それよりも積極的な態度は、頭と心を良いことでいっぱいにしておくことです。家族のことを考える親は仕事場でよく働くでしょう。勉強やクラブや趣味などのことをしばしば考えている若者なら、非行に流れることは少ないでしょう。「小人閑居して不善を為す」とは実に至言ですね。(もっとも、健全なことに夢中になれるためには、健全な家庭で育つことが大切でしょう。親の愛を知らずに育った若者が非行に走ったとしても、その非は大部分両親と社会が負うべきだと思います)。

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58.罪―4(大罪)

 

罪とは霊魂に害を及ぼすものですが、それはどのような害でしょうか。霊魂と体を比較すると、この害について少し理解が深まると思います。人間の体は普通の状態では健康ですが、病気になることもあります。でも病気には危険な病気とそうでない病気があります。危険な病気とは、体に深刻な害を与え、一つ間違うと死に至らせるかも知れないものです。

 

同じように、霊魂に害を及ぼす罪にも、軽重の差があります。聖書を読むと、罪には「神の国から除外される罪」とそうでない罪、の二種類の罪が出てきます。聖ヨハネは「死に至る罪」と「死に至らない罪」(第一の手紙、5章、16~17)と表現しており、教会はこの二つを「大罪」と「小罪」というふうに呼んできました。つまり大罪とは「霊魂を死に至らしめる」、すなわち「神の国から除外される」罪のことで、それが「霊魂を殺す」ということです。

 

しかし、大罪とは具体的にはどういう罪でしょうか。聖書には「それは姦淫、わいせつ、好色、偶像礼拝、魔術、敵意、争い、そねみ、怒り、利己心、不和、仲間争い、ねたみ、泥酔、酒宴、その他このたぐいのものです。以前言っておいたように、・・このようなことを行う者は神の国を受け継ぐことはできません」(ガラテヤ、5章、20~21)とありますように、大罪を犯す人は天国から除外される、言い換えれば地獄、永遠の滅びに落ちることになります。これが、この世の中で唯一の本当に恐るべき悪です。別の言い方をすると、大罪を犯すとき、人は天国への切符ともいうべき成聖の恩恵を失うのです。

 

ただし、すでに見たように、「罪とは悪いことと知りながら神の掟に背く行為」です。つまり、知性と意志を十分に発揮して自由に犯す場合に成立するものです。ですから、たとえ重大な悪い行為をしても、十分な知性の認識か、または意志の明白な同意がなければ大罪にはなりません。そこで、教会は大罪というものが、「重大なことがら、十分な認識、完全な同意」の三つの条件がそろったときに成り立つと教えています。

 

これに対して、ある人たちは「はっきりと神様を排除して自分を選択(基本的選択と言います)して犯す罪」だけが大罪だとしました。もしそうならば、たとえば姦淫を犯す人も、別に神様を憎んでいるわけではない場合もあるわけで、そのような場合は大罪を犯したとは言えません。ということで、この考えなら大罪は極めて稀にしか犯されないものとなります。

 

しかし、教会は1984年の『和解とゆるし』17,1993年の『真理の輝き』2章、3、そして『カトリック教会のカテキズム』ではっきりとこの考えを否定し、伝統的な教えを再確認しました。これは非常に大切なことなので、よければご自分で読んで頂きたいと思います。

 

ある家族で親が子供たちに仲良くすることを頼んだとします。ですが、ある子供がその頼みをまったく無視して小さな弟をいじめてばかりいたとしましょう。その子供が「僕は弟をいじめるけど別にお父さんたちを憎んでいるわけじゃないよ」と言ったとしても、その子が親の言いつけをひどく踏みにじっていることには変わりはないでしょう。そして、その子に親への愛情がないことも確かでしょう。神への憎しみという感情はないが、平気でわいせつな行為や愛に欠く行為をする人は、この子供と同じです。 

 

つまり、自分の楽しみや利益で頭がいっぱいで、神のことにまったく無関心、すなわち神への愛がまったくない生活なのです。別の機会に地獄のことを説明するとき、またこのことを扱いますが、地獄に行く人は、「地獄に落とされる」のではなく、「自分からそちらに行く」という方が正しいのです。この世でまったく自分中心の生活をした人が、死後になって今さら神と人を愛するのは難しいことだろうと想像できるでしょう。

 

それでは逆に「大罪は地獄の罰を招くから絶対に避けるけど、小罪はいくらでも犯す」という人は大丈夫でしょうか。これについては次回に見てみたいと思います。

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59.罪―5(小罪)

 

外国のお話しです。ある高校生が机に聖母の御絵を置いて勉強していました。それを授業中に見つけた先生が、大きな声で皮肉っぽく「お前は毎週日曜日にミサに行っている奴らの一人か」と言ったところ、彼は「いや違います。僕は毎日ミサに行っている奴らの一人です」と答えたのです。授業が終わるとクラスメートから拍手を受け、もっと宗教について教えてくれ頼まれたそうです。ミサに参加するとは、神様を称え礼拝し全人類のために祈願することですから、これは恥ずべきことではなく、自信をもってしかるべき行動です。それを茶化す先生とあの高校生の態度は対照的ですね。

 

さて、今は罪について見ていますが、罪の中に大罪と小罪があり、前者は霊魂の死、後者は霊魂の病気のようなものだと先月話しました。もしそうなら、大罪さえ気をつければ、小罪をいくら犯しても救いは大丈夫、という考える人が出てくるかも知れません。何かけちくさい態度ですが、それでいいのでしょうか。 

 

イエス様は神様を「父」と呼ぶように教えられました。ならば、私たちは神の子なのです。ところで、罪とは神に対する侮辱です。それならば、「大罪は犯さないが、小罪はいくらでも犯す」という態度は、ちょうど親に対して「お父さんとお母さんに暴力を振るったり財産に害を与えたりは絶対にしないけど、その他のことではお父さんたちと何の関係も持ちたくない。勝手にやらせて」と言って、親を喜ばせることはもちろん、挨拶もしない、親が困っていても助けようともしない、つまり赤の他人のような態度をとる子供と同じと言えます。こういう子供が親に対して愛情を持っているとは言えないでしょう。それであとから親に「おまえはわしたちの子供とは言えん」と言われても、当然ではないでしょうか。

 

この問題を考えるとき、マタイ福音書の25章にある、「5人の愚かな乙女のたとえ話」と「タレントのたとえ話し」はとても参考になります。あそこで断罪されるのは、結婚式の披露宴に招待されながら油を準備するのを忘れた乙女たちと、主人から預かった1タレントを地中に埋めてそのまま主人に返した僕(しもべ)です。この人たちは、別に殺人や姦淫や盗みのような具体的な悪事を犯していないのに「わたしはおまえたちを知らない」(はっきり言うと天国から閉め出される)と神に言われる。それは、彼らの怠慢が、単なる無精の結果ではなく、愛のないこと(披露宴の新郎新婦に対して思いやりを持っていなかったため、油を十分に準備しなかった乙女たち。主人を喜ばせようという気持ちがなく、汗を流すことを注意深く避けた僕)の結果と言えます。ですから、小罪はたいしたことはないと見下すことは危険です。

 

小罪には二種類あると考えられます。一つは弱さの罪。もう一つは確信犯とも言える小罪です。前者は、たとえば夫婦喧嘩や兄弟喧嘩、あるいはすぐ怒ってしまう罪などのように、完全に避けるのは不可能なもの(トレントの公会議では、小罪を全く犯さないためには特別の神の助けが必要と宣言されました)で、ある程度仕方がありません。しかし、後者は罪を避けるために努力もせず何度も繰り返して犯す小罪です。この後者は、その人に神への愛がないことを表す罪です。弱さの罪もそれをほっておいてよいわけではありませんが、知りながら犯す小罪は非常に危険です。それは神への愛を冷やし、無関心に陥らせ、最後には大罪に至る可能性が大きいのです。ちょうど風邪のような軽い病気も「たかが風邪やないか」と軽んじていたら、それが悪化して深刻な容態に至る危険もあるのと同じです。「風邪は万病のもと」と言いますし、インフルエンザで死ぬ人も珍しくはありません。 

 

そのために、教会は小罪をも赦しの秘跡で告白することを勧めています。義人は一日に7度倒れる(箴言、24章、16)と言います。私たちは少し自分を反省すれば、小さな嘘、邪推や怒り、周囲の人への冷たい態度、罪の機会に近づくこと、などなどを犯していることに気付くかも知れません。ちょうど何もしなくても部屋には埃がたまっているように(それに気づくのは年末の大掃除のときですが)、私たちの霊魂も別に何もしていないようでも、この種の小罪で少しずつ輝きを失っていることがあります。この種の罪をほっておくのではなく、早めに掃除をしておきましょう。

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60.死-1

 

カトリック教会の信仰宣言で「体の復活」の前に出てくる「罪の赦し」については、「洗礼」と「赦しの秘跡」のところでゆっくり見たいと思い、今回から教会で伝統的に四終と呼ばれているものについて見ていきましょう。四終とは、死、審判、地獄、天国のことで、最初は死ぬことについて。こういうことについて話すのにはどんな意味があるのかをまず考えましょう。 

 

神を信じない文化が支配している現代社会では、人生はなによりも楽しむものであって、死というテーマは暗いこと、縁起でもないことで、口にすることがはばかられるような気がします。また日本では死をタブー視する気風が根強く残っています。たしかに死は明るいテーマではないです。もしやたら死について話す人がいたら、やっぱりちょっと不気味ですよね。しかし、「死とはなにか」、「死後どうなるのか」というテーマは誰でも心の中で興味を抱いているテーマであることは確かです。上智大学のデーケン神父様は1975年から「死の哲学」という授業をしておられます。最初、日本では死はタブー視されているので、学生がいやがって来てくれないのではと心配していたら、毎年450人の定員に対し600人以上の応募があるそうです。神父様の『死とどう向き合うか』(NHK出版)という本に二つの興味深い話しが載っていました。一つは神父様の一人の教え子がボランティアをしていた高齢者の施設の話し。「そこでは毎月一人か二人の方が亡くなるというので、誰も死という話題に触れたがらないように見受けられました。しかし、ある時、一人の方が『ところであなたは上智大学で何を専攻しているのですか』と尋ねたそうです。彼は『私は哲学科ですから、今おもに死の哲学を勉強しています』と答えました。するとそれからはたくさんの方が一人ずつ彼の所に来ては、人間らしい死に方や死への準備、自分の葬式の支度などについて相談するようになりました。誰でも内心では死に無関心ではいられません。とくに施設のお年寄りにとって、死は知りたい、語りたい、切実な問題だったのです。私の教え子のいた施設ではだんだん皆で死について積極的な話し合いが出来るようになり、入居者たちの表情まで大変明るくなったと聞きました」とあります(239~240頁)。もう一つは学生の多くが年末の試験の答案に「今までは死を学ぶなどということは暗い考えだとばかり思っていましたが、生きていく上で実に大切なことが判りました」と感謝するという話しです(28~29頁)。 

 

いかに死を忘れようと試みても、「人間は一度だけ死ぬ」という事実はまったく変わらないし、人生に終わりがあるという事実を直視せずに人生の意味を理解することは不可能です。死を忘れようとして「人生は楽しまないと損だ」と言う人、あるいは「死んでからのことは死んだときに考えたらいいや」という人は、ちょうど受験勉強の辛さから逃げたい受験生が、「1月になったら入学試験がある」という事実を無視して、遊びほうけようとするのに似ている。1月になったら現実に直面せざるを得ないし、また遊んでいるときも入試のことが片時も頭から離れず、決して心の底から楽しく遊ぶことはできないでしょう。つまり、現実から逃避しても何の役にも立たないのです。

 

あるいは、「信者はあの世のことではなく、もっとこの世に目を向け、この世をよい社会にすることにこそ努力を傾けるべきだ」と言う人もいるでしょう。社会の中に生活する信者が、社会に対して積極的に関与し、信仰の教えに合わせた幸せな社会を作ることに貢献すべきだというのは大いに本当です。しかし、同時に、この世の生活が人間の目的ではなく、私たちはあの世に永遠の住み処を持っていることを忘れるわけにはいきません。

 

最近「メメント・モリ(死ぬことを思い出せ)」という中世の修道院などに書かれていた文章のことがある新聞で紹介されていました。教会は、いつもこの明々白々の事実を私たちが忘れないように呼びかけてきました。それはペストや戦争や災害にしばしば襲われいつも死の恐怖に怯えていた中世だけのことではなく、平均寿命がすごく伸びた現在も同じです。ごミサの祈りを注目して下さい。いろいろなところに死や永遠の命についての言及があります。また教会は毎年11月を死者の月として、死者のために祈ることと、死について黙想することを勧めています。死について考えることは、人生には終わりがあることを思い出し、よく時間を活用して充実した人生を送ることができるようになるためです。キリストと教会が死について教えることは、決して暗いことではなく、人生をよりよく生きるために助けになることです。

 

また、死は自分に関する問題だけではありません。愛する人の死を経験することも辛いことです。あるいはその苦しみの中にいる人とどう接したらよいのか、という問題に直面することもあります。ということで今回から何度かにわたって死とその後に起こることについてイエス様の教えをもとに教会が何を教えているかを見ていきたいと思います。

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61.死-2

 

死ぬとは、人間の霊魂が肉体から離れることを言います。霊魂がどの瞬間に肉体を決定的に離れるか、は教会の判断することではなく、科学に任せられています。

 

問題は霊魂が一度からだから離れてしまえば、二度と元には戻らないということです。世に言う輪廻転生はありません。もし輪廻ということがあるならば、私たちは生まれてくる前に何であったか(坂本龍馬だったのか、山之内豊信の妻だったのか)、何らかの記憶をもっているはずです。でも、そんな記憶を持っている人はないでしょう。「いや、私たちは死ぬと、ちょうどメモリーかなにかのように全部記憶を消されて、また新しくなる」のならば、新しい生は以前のとはまったく異なるものになる。つまり、前に生きていた人は無に帰したと言えるでしょう。もし輪廻が本当ならば、「人生は何度でもやり直しがきく」ことになります。となると、人生の値打ちは安っぽいものになる。工場で大量生産された靴(でも何でも良いのですが)より、職人さんが作ったこの世で一つしかない靴の方がすっと値打ちがある。人生は一度きりだからこそ、そこに何か崇高なもの、犯すべからざる神聖なものがあるのではないでしょうか。

 

聖書はその点、極めて明快です。「人間はただ一度死ぬことが定まっています」(ヘブライ、9章、27)とはっきり宣言されています。ただ、死者の霊魂は生き続けています。死者が木や虫や動物になって遺族の傍に帰ってくるという思いは、全面的に否定されるものではありません。しかし、では人は死んだ後、どうなるのでしょうか。この問題に興味がない人はおそらくいないでしょう。この問題は興味津々ばかりでなく、この上なく重要です。しかし、宗教を教えない学校では教えてくれません。この問題は科学では解けず、宗教の問題だからです。 

 

ただ、科学的にこの問題にアプローチを試みる人たちはいます。そのやり方は臨死体験というものを調べることです。つまり、死の一歩手前まで行って、そこから意識を取り戻した人の体験を調べるのです。何かお花畑のようなところを歩いて行くとか、前方にトンネルが見えて、その中に入っていこうとしたら後ろから呼び止められて入らなかった、とか、そんな証言があるらしい。でもいずれにしても、臨死体験は、あくまで臨死であって、死んだ後のことを教えてくれません。

 

と言うのは、死んでから生き返ってこの世に戻って「死後の生活はこんなだったよ」と教えてくれる人がいなければ、わからないからです。人間なら、「死後はどうなると思う」と尋ねられれば、「うーん」とうなって「こうと違うか、ああと違うか」と推論を述べる以上のことはできません。にもかかわらず、イエス・キリストは、この問題を爪の先ほども迷うことなく答えています。なぜか。イエス様が神様で、死後の世界を知っておられるからです。(カトリック信者を対象としている以上、こんなことは書くまでもないのですが、はっきりさせることは良いことかと思います)。

 

旧約聖書にも死後のことが出てきますが、新約ほど明白ではありません。旧約時代の初期には死者は善人悪人の区別なく、みんな「先祖の元に行った」とあります。しかし、時代が下ると、善人と悪人の死後の運命は異なることが出てきます(知恵の書、5章参照)。これは神の啓示が段階を踏んでなされたからです。以前も言いましたように、ちょうど青少年の教育にカリキュラムがあって、教える内容は初めのうちは簡単なものから始めて徐々に難しいものを教えていくように、神様はユダヤ民族に段階的に教えられたからです。その啓示の完成がイエス様の教えです。その教えを深めてまとめるのが教会です。死後の出来事についてのイエス様の啓示、教会がまとめた教えは、人が死ぬ瞬間(霊魂が体から離れた瞬間)に私的な審判がある。そこで、即座にその霊魂が天国か煉獄か地獄に行く。煉獄に行った霊魂はいずれ天国に行くが、地獄に行った霊魂は永遠にそこに留まる。人類の歴史には終わりがあり、そのとき全人類の審判(公審判)があり、その後は天国と地獄しか残らない、というものです。次回から、これらの問題を個別に見ていきましょう。

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62.私審判

 

人が死ぬと霊魂が体から離れます。実は正確にはその逆で、霊魂が体から離れるので人間は死ぬのです。人間は元来霊魂と体から成っているものなので、この二つが離れるのには苦痛を伴うことが予測されます。いずれにしても、その後体が腐敗していくことは誰の目にも明らかです。でも、霊魂はどうなるのでしょうか。 

 

聖書には「人間にはただ一度死ぬことと、その後に裁きを受けることが定まっている」(ヘブライ、9章、27)とあります。これを私審判と言い、世の終わりにある公審判と区別されます。ところで聖書には、公審判についてははっきりした言及があります(マタイ、25章参照)が、私審判についてはほとんどないのです。しかし、金持ちと乞食ラザロのたとえ話で、二人が死ぬと後者はアブラハムの懐(天国)に、前者は地獄に行っているので、死後に何らかの裁きがあったと考えられますし、前述の『ヘブライ人への手紙』でパウロがそう言っています。 

 

では、私審判ではどんなことが裁かれるのでしょう。聖書に言及がなく、また教会もこの点についてはっきりした教義を提示していませんが、神学者たちは様々な推測をしています。以下はそれのまとめです。 

 

イエス様は最後の審判がどのように行われるかについて詳しく教えられましたが、それと同じものであろうと推測されます。古代エジプトにはオオカミのような姿をした神が死者の魂を天秤にかけている様子が描かれていますが、死者の善行と悪行を秤にかけて、前者が多ければ救われ、逆の場合は滅ぼされる、というようなことではないようです。もしそうならば、イエス様の隣で十字架刑に苦しんでいた泥棒が「あなたは今日私とともに楽園にいるであろう」と言われることはなかったでしょう。カトリックは人が死ぬ直前に痛悔するならば、その人は救われる(地獄を免れる)と教えますので、救いは善行の量が悪行より上回ることにあるのではないと言えます。

 

それでは何が問題になるのか。これを考えるとき参考になるのが、イエス様が結構詳しく教えて下さった最後の審判の様子です。そこでは、各個人の隣人への愛徳が裁きの材料となっています。簡単に言うと隣人が困っているとき、その人を助けた人は、イエス様を助けたことになり、天国に向かい入れられるというのです。これを読んで浅はかにも「それなら『殺すな、姦淫するな、盗むな』などという掟は関係ないんだ」と早とちりしないようにしましょう。イエス様は永遠の命を得るためどうすればよいのかと尋ねた青年に、「掟を守れ」と言われましたし、聖パウロは、「姦淫、わいせつ、好色、偶像崇拝、魔術、敵意、争い、そねみ、怒り、・・ねたみ、泥酔、・・。このようなことを行う者は、神の国を受け継ぐことはできない」と言っています(ガラテヤ、5章、19~21)。問題はそのような悪行をしなくても、隣人への配慮が足りないならば永遠の救いから除外されるということです。

 

さて、審判は「真実の時」とも呼ばれます。つまり、審判では嘘が全く通用しないということです。この世界では人間は互いに嘘でその場をごまかし続けることができますが、神の審判の前ではそうは行きません。イエス様が言われた「『はい』なら『はい』、『いいえ』なら『いいえ』とだけ言え」が、要求されるのです。ある解釈では、審判のとき人は自分の人生を完全に見せられるので、いわゆる「ぐうの音」も出ないそうです。

 

そのように考えてくると誰でも背筋に冷たいものを感じるでしょう。そこで考えるべき事が三つあります。一つは、「人を裁くな。あなたたちも裁かれないようにするためである」というイエス様の教え。他人を裁くことを控えましょう。私たちは普通他人には厳しく自分には甘いので。もう一つは、審判を面接試験と考えてみましょう。もし面接試験の面接官が私の知り合いであれば、面接なんて怖くない。審判の時の面接官はイエス様ですが、もし今からイエス様と親しい生活(すなわち祈りの生活)を送っていたら、審判のとき、「何某さん。私はあなたをよく知っています。毎日私に言葉をかけていてくれたのだから」と言われ、そのまま前に進むように言われたとしてもおかしくないでしょう。

 

最後に、これは秘跡のところで詳しく説明する予定ですが、赦しの秘跡を大切にすることです。赦しの秘跡の法廷では、ある意味で審判が行われるのです。つまり、赦しの秘跡で罪が赦されると言いますが、それは神様が私たちが告白する罪を消して下さることを意味します。ですから、普段から赦しの秘跡に与っている人は、審判のときイエス様から「もう裁くことは残っていない」と言われる可能性があるのです。

 

よく「人は自分が生きていたような仕方で死ぬ」と言われます。この世で祈りや秘跡を通じて神と親しく過ごした人は審判を恐れることはありません。

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63.地獄―1

 

ある新聞記者がラッツィンガー枢機卿(後の教皇ベネディクト16世)にインタビューをしました。その人は信者ではなくカトリックに対して偏見を持っていました。数時間のインタビューをして、枢機卿が明晰な知性だけでなく優しく親切な人柄であると知り、目からウロコの思いでした。そして新聞社に帰り、枢機卿を撮った写真を編集長に見せると、「優しそうな顔の枢機卿の写真はよくない。怒っている顔か悩んでいる顔の写真にしなさい」と言われたので、枢機卿はそんな人ではなくまったく逆です、と答えたが、聞き入れられなかったという話しです。この世は嘘で一杯と言えますね。決して人をだますことのない神様の教えを絶えず念頭に置き、冷静な観察力と健全な常識を持って世間にだまされないように注意しましょう。

 

さて、前回の続きです。私審判の後、魂はすぐに判決を受けます。魂の行き先は天国か煉獄か地獄です。「大罪を犯したまま死ぬことは、・・永遠に神から離れることを意味します」(『カトリック教会のカテキズム』。1033)。この永遠に神から離れた状態を「地獄」と言います。それはどのような状態なのでしょうか。聖書には「燃えさかる炉」(マタイ、13章、42)とか「永遠の火」(マタイ、25章、41)というような言葉がありますが、地獄とはどんなものかそれほど生々しい描写はありません。神様は人間の救いに必要なことは全部啓示され、その啓示は聖書と聖伝に見られます。これを公の啓示と言います。しかし、これ以外に神様はある人々に私的に啓示されることもあります。この私的啓示が正しいのかどうかは教会が判断します。正しい私的啓示は、当然公の啓示と教会の教えに即しており、それらをより詳しく示すことがあります。あの世については、こういう私的啓示が参考になることがあります。ただ、私的啓示は信じる義務はありません。

 

たとえば、1917年ポルトガルのファチマという村でマリア様が何度か三人の村の子供に出現されましたが、一番年上であったルシア(後にシスターになり、2005年に帰天)に地獄を見せられたようです。シスターはこう証言しています。「聖母は・・両手をお開きになりました。すると左右の手から不思議な光線が流れ出て大地に浸透したかと思われました。それと同時に、広い大きな火の海が見えました。そこには、人間の形をした悪魔と悪人の霊魂とが、かんかんにおこり立った炭のように真っ赤に焼け真っ黒に焦げて、火の海に溺れ、もだえ苦しんでいました。たちまち起こったものすごい大鳴動とともに吹き上がった火焔のために、それらは空中高く吹き飛ばされ、大火災の火の粉のように重心もなく平均を失って、ぐるぐると回転しつつ、苦悩と絶望とに怒りわめきほえ狂いながら、無惨にも再び火の海に落ち込んで行きました・・」(『ファチマの牧童』、88頁)。

 

16世紀の偉大な聖人で教会博士であるアビラの聖テレジアはこう書いています。「入り口は非常に長くて狭い小路か、または極めて低く暗く、狭いかまどのようでもありました。底はたいへん不潔で、臭くて、毒のある爬虫類のいっぱいいる泥水のようでした。その果に寝床の間の形に掘られた凹みがあり、私はたいへん窮屈な思いをしながら、そこに入れられていました。しかし、こういうながめは、私がそのとき感じたことに比べれば、むしろ快いものでした。決して誇張ではありません。

 

ここで私が感じたことは、ほんのわずかでもそれを想像させることはできませんし、人は決してそれを理解できないでしょう。私は霊魂内に、(略)ある火を感じました。そして私の肉体は耐え難い苦痛を経験していました。私は生涯中、ずいぶんひどい苦しみを忍んだことがあり、ある医者の言うところによれば、それはこの世の人が悩まされうるかぎりの最大の苦しみです。(略)しかし、そういうことはみな、私がここで苦しんだことに比べれば何でもありませんでした。その上、この苦しみは終わりもなく、和らぎもないはずだということがわかりますので、なおさらのことです。 

 

とはいえ、こういうすべての苦しみも、霊魂の死苦に比べれば、まだなんでもありません。霊魂は、圧迫、もだえ、あまりにも激しい悲しみ、あまりにも絶望できで悲惨な不満を感じ、(略)もしも間断なく魂をもぎ取られると言ったところで、それはたいしたことではありません。その場合は他の者に生命を奪われるように思われますから。ところが、ここでは霊魂自身が自らを粉砕するのです。実際、私はこれほど恐ろしい責め苦や苦痛に加わるこの火、この絶望をどのように表現していいかわかりません。(略)繰り返して申しますが、一番恐ろしいのは(略)、この魂の絶望です」(『自叙伝』、31章、1.2)。 

 

これらの私的啓示は教会の教えと合致しています。神学では、地獄の罰には二種類あると考えられています。一つは神と離れた状態にあること、もう一つは火のような感覚的な苦しみを受けることです。こう聞くと「神と離れていることなんて別に苦痛じゃない」と思われるかも知れません。現にこの世では、大勢の人が神様とは無関係に暮らし何の苦痛も味わっていませんから。でも死ぬとこの状況は一変します。と言うのは、死ぬと神をはっきり見るからです。真善美そのもの、無限に完全なお方を前にして、霊魂は強烈にそちらに引かれるが、神を憎む霊魂はそれから遠ざかろうとする。ここで霊魂は自分の内側が反対方向に引き裂かれるように感じると考えられます。最高に善く美しいものを前にして、霊魂はもともと自分はこれを所有するために造られたのに、今それを永遠に失ったことをはっきりと知る。これが真の絶望です。

 

感覚的な苦しみは、生きているときに肉体を用いて悪をなしていた人間が受ける当然の罰でしょう。仏教にも地獄の世界を描いてみせる説話があり、そこには生々しい話が山と出てきます。でも現実は人間には想像できないもののようです。こういう現実があるので、イエス様は何度も「警戒せよ」と言われました。私たちは死んでから、「こんなこととは知らなかった」とは言えないのです。十分な知識を与えられていますので。「金持ちとラザロの例え話」を思い出して下さい。地獄で苦しむ金持ちが、ラザロを彼の家に送って兄弟たちに地獄を免れることができるよう生活を改めよと注意して欲しいと頼んだとき、アブラハムは「彼らにはモーセと預言者がある」と答えました。私たちには聖書と教会の教えがあり、それで十分過ぎるほどだと言うことです。

 

でも、有限の人間が無限の罰を受けることはありえるのか。無限に憐れみ深い神様が人間を地獄に落とされるなどおかしいのではないか、というような疑問があるかも知れません。それについては次回に見てみましょう。

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64.地獄―2

 

地獄については一筋縄ではいかない疑問があります。その一つは、「人間は有限の存在なんだから、永遠の罰を受けるのはおかしい」というものです。確かに人間は無限の存在ではなく、人間がする悪はいくら悪いと言っても無限ではありません。しかし、罪とは人が神様を侮辱することという面を考えねばなりません。人間はすべてを神に依存しています。生きていることができるのも神のおかげです。その神に対して、侮辱を行うことは、想像を絶する悪行と言えるでしょう。また、神様が無限のお方なので罪にはある意味で無限の悪さがあると考えられます。また地獄の苦しみ自体はいかにひどいものでも無限ではありません。時間だけが無限ですが。

 

もう一つの疑問は、神様は憐れみの神なのだから、永遠の罰を人間に与えるなんて考えられないと言うものです。確かにどう考えても、永遠の罰ということはこれ以上ない恐ろしいことで、愛の神様にはふさわしくないように見える。だから、地獄が永遠であることを否定しようとした人は最初の時代からありました。殉教者の父をもつ3世紀前半の有名な神学者にして勇敢な活動家オリゲネスという人がこの説を唱えました。つまり、地獄もいつか終わりがあって、そのときには地獄の魂も悪魔も浄化されて天国に行く、と言うのです。もしそうならば、実際は地獄はなく、地獄と呼んでいるものは実は煉獄なのだということになります。しかし、それは聖書の教えと明らかに異なっています。イエス様以外、誰もあの世を見た人はいないのですから、人の言うことよりイエス様を信じるのが理屈に合っています。そこで教会はこの説を退けました。神は無限に憐れみ深いが、同時に無限に正義のお方である、と。 

 

20世紀には自分の権力を守るために、ヒトラーやスターリンや毛沢東やポルポトのように何百何千万単位の人間を(しかも後の三人は自国の人民を)殺した独裁者が出ました。また現在も、ある国の支配者は、人民が飢えと寒さに苦しんでいるのに自分たちだけはキャビアなどのごちそうをたらふく食べ、栄養失調で苦しむ人民を尻目に薬を独占し、無実の人を収容所に送ったり処刑したりして徹底的に弾圧しています。あるいは規模はずっと小さいけれど、私たちの回りに弱者を食い物にして金を巻き上げ、時には自殺に追い込んでも平気の平左という輩や、何の抵抗もできない胎児や幼児を虐待し死に至らしめる親もいる。こういう行為があの世で裁きを受けないなら、また裁きを受けてしばらくの間苦しむが、結局は救われるというのは正義にかなうのでしょうか。この点について、地獄の罰も何兆年か後には終了するとする仏教の方がキリスト教より慈悲深いとする論に対する反論が、山田晶、『アウグスティヌス講話』新地書房の「第二話、煉獄と地獄」に載っています。

 

実際、もし悪人が最後の瞬間に神に赦しを願えば、それで地獄は免れるのです。このことが、神様の無限の憐れみを表しているとは言えないでしょうか。イエス様の傍で十字架にかかっていたいわゆる「よい泥棒」はその顕著な例です。皆さんの知り合いで一生の間ずっとあなたに悪意を持ち続け、いつも精神的肉体的苦痛を与え続けていた人があったとして(ないでしょうが)、その人が死ぬ前に「ごめん、赦して」と言ったなら、どう思うでしょうか。神様はそんな人間をさえ赦されます。しかし、最後まで自分の非を認めない人であれば、赦したくても赦せないのです。「神様が誰かを地獄に落とす」というのは正確な言い方ではなく、地獄に堕ちる人は自らそれを選ぶと言う方がいいのではないかと思います。

 

「人はどんな悪人でも、最後には神様に赦しを願うので、結局地獄には誰も行かないよ」と言った聖職者がいました。それを耳にした年配の神父様が、自分の体験ではそれは信じられない。臨終だというのでご聖体を持って行っても、本人から「誰が神父なんか呼んでくれと頼んだ。帰れ」と怒鳴られることもあった、と。人に謝るというのは容易ではないという経験をしたことはありませんか。夫婦げんかや兄弟喧嘩の後で、自分が悪かったとわかりながら、相手に赦しを願うのが難しいと感じたことはありませんか。一生の間、神も人もなきが如く傍若無人に振る舞い、自分さえよければよいという生活に徹してきた人が、最後になって簡単に神様に「すみません」と言えるでしょうか。

 

地獄とは神を見ないところ、と前回言いました。それすなわち愛のないところです。逆に言うと憎しみだけがあるところ。徹底的に自己中心のわがままな人たちが、互いに憎しみ合いながら、狭いところにぎゅうぎゅう詰めにされている風景を想像してください。それが地獄の一面です。

 

永遠の地獄の存在が神の憐れみに反するというのは、誤りです。それは主のご受難を見ればわかります。あの十字架の死を甘んじてお受けになったのは、すべての人に地獄の罰を免れさせるためでした。あれだけのことをして、それでも人間が自分のわがままを直さないなら、永遠の罰を受けても文句を言えた義理ではないでしょう。自由とは責任を伴うものです。自由にした行為の責任を取らねばならないのは当然ではないでしょうか。

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65.煉獄(れんごく)

 

ロシアにソルジェニ-チンという作家がいます。「それじゃ、にいちゃん」と言うとより正確な発音らしいです。ソ連時代にあやうく毒殺されかかったこともある反体制の作家です。この人は、ソ連の将校で第二次世界大戦中にスタ-リンを批判していたのが見つかり収容所に入れられます。10年間の収容所生活を生き延びて、学校の先生をしながら秘密裏に著作活動を続け、『イワンデニ-ソビッチの一日』という本でノ-ベル文学賞を受けた(1970年)人です。この人の作品の中に『煉獄の中で』という本があります。この「煉獄」とは、スタ-リン時代に科学者たちの収容所のことなのですが、その理由はソビエトにあった無数の収容所は過酷な肉体労働をさせるもので、普通の人なら住まないような極寒の場所にあり、設備も粗末で食べ物もわずかなので死ぬことも珍しくない(第二次世界大戦中、ドイツの収容所とソ連のそれとの両方を経験した人が、ソ連の収容所に比べたらドイツのはまだましだと言ったそうです。北朝鮮のはソ連のよりもっとひどいそうですが)。これに対して科学者の収容所は、寒くもないし食べ物もあるし、仕事は研究(小説では盗聴器に写した声を聞き分ける機械の開発)というわけで、一般の収容所を地獄とすれば、こちらは煉獄だというわけです。 

 

実は、この煉獄(purgatory)という言葉は聖書にはなく、またそれができたのはヨ-ロッパの中世なのです。そこで、ルタ-は「煉獄なんてのは、カトリック教会がでっちあげたことだ」と言い、死後は天国と地獄しかないとしました。しかし、もし天国と地獄しかなければ、天国に直接行けると確信している人は少ないでしょうから、大変恐いことになるのではないでしょうか。

 

それではカトリックはどうして煉獄の存在を主張するのでしょうか。まず、聖書には確かに「煉獄」という言葉はありませんが、次のようなカ所があります。まず、イエス様の言葉に「聖霊に反する罪は、この世でもあの世でも赦されない」(マタイ、12章 、32)というのがあります。これに基づけば、「あの世で罪が赦される」ことがあるわけですよね。ところで天国には罪のない人が行くし地獄に行けば罪は赦されない、ということは天国でも地獄でもなく、死んでから罪が赦されるところがある、ってわけです。もう一つは、「彼自身は、火を通るようにして救われる」(コリント前、3章、15)という文。これも、天国なら火はないし地獄なら救われない、ゆえに火で浄化されて救われるところがある、って結論を引き出すのです。

 

また、もう一つの論拠は、キリスト信者は昔から死者のために祈る習慣があったことです。もし天国と地獄しかなければ、亡くなった人のために祈るのは無駄なことです。なぜって、天国に行った人のためには祈る必要はないし、地獄に落ちた人のために祈っても役に立たないから。だから、もしキリスト信者が最初からそういう習慣があったなら、聖書には載っていないけれども、イエス様か使徒たちがそうするよう教えたか、すでに旧約時代からあったその習慣を誰も禁じなかったので信者はそれを続けたと考えられるわけです。

 

天国に行く霊魂は、罪からまったく清められた霊魂ですが、死んだときそのような状態でいる人は少ないと思いませんか。もし、ルターやカルヴァンの言うように、死後には天国と地獄しかなければ、ほとんど全ての人は永遠の地獄に行くことになると考えられます。それゆえ、煉獄とは神の憐れみの表れと言えます。

 

煉獄での苦しみについては聖書は何も書いていません。神学者たちは、一般にそれが火によるもので、この地上の最悪の苦しみよりもひどいものだと言います。しかし、同時に火は厳しくても、そこで苦しむ霊魂は喜びにあふれていると考えられます。その喜びはこの地上の最高の喜びよりも大きい。なぜならば、ここには希望があるからです。言ってみれば、煉獄は天国の待合室のようです。待っている人はその火が罪の汚れを落とすのに役に立ち、その後で神様に会うことを知っているので、喜んで苦しむようです。ちょうど、私たちが偉い人に会いに行くとき、服がどろだらけだったら、なんとしてもまずきれいに洗って乾かしてアイロンを当ててから会いに行いたいと望むのと同じです。

 

煉獄での苦しみはまったく受動的です。と言うのは、ひとたび霊魂が肉体から離れたら、もう自分から善行を行うことができなくなるからです。ところで、地上でまだ生活している人間は自ら進んで良い業を積み、功徳を立てることができる。そして、それを煉獄の霊魂に譲ることができる。ちょうど、外国にいて困っている友人に送金をするみたいに。そのために教会は、ミサの中でしばしば死者のための祈るのです。

 

しかし、死んだ人の中には、お金持ちで沢山のお金を残し自分のためにミサを捧げて欲しいと言って死ぬ人もあれば、貧しくまた身よりのない人もいるでしょう。もし前者がすぐに天国に行き、ひとりぼっちの貧しい人がなかなか行けないなら、まさに「煉獄の沙汰も金しだい」ですね。聖ホセマリアは、煉獄で天国に行くのを待っている人は一列に並んでいて、10番目の人が地上の人たちの祈りや善行によって天国に行くことになったら、彼は自分の前の9人の背中を押して一緒に入る、と考えました。真偽はまったくわかりませんが、そう考えるともっと祈ろうという気になりませんか。

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66.天国―1

 

人は意識して何かをするときは、必ず何かの目的のためにする。嘘と思ったらゆっくり考えて下さい。その間に先に話しを進めます。目的は何かをするにあたって、一番最初に考えられるものですが、それを達成するのは一番最後になるものです。ところで、目的には二種類あると考えられます。つまり、近い目的と最終目的。目的には連鎖があります。例えば、大学生ならば勉強をするわけですが、その目的は試験に合格して単位を取ることでしょう。でも単位を取ったらそれでおしまいではなく、別の目的が控えている。それはきっと大学を卒業するという目的でしょう。つまり、単位を取るのは大学を卒業するためです。でもまた同じように、大学を卒業すればハッピーエンドではない。その後には就職が控えている。でも、就職ができたとしてもそれでハッピーエンドではなく、また別の目的が出てきます。 

 

こうして人生には次から次へと目的が出てくる。これらを近い目的と呼ぶのですが、それらはその後に来る次の目的のための「手段」という性格を持ちます。つまり、単位を取るのは大学を卒業するための手段、大学を卒業するのは就職をするための手段、というふうに。それに対して「最終目的」は、その後には別のいかなる目的もないもの、すなわち本当の目的で、手段という性格を持たないものです。それに対して、「近い目的」というのは、本当の意味では「目的」ではなく、手段、あるいは通過点に過ぎないのです。では、最終目的とは何でしょうか。というより、それはあるのでしょうか。アリストテレスは、それはあると言います。なぜならば、最終目的がなければ、近い目的は意味を失うからだ、と。言い換えると、最終目的がなければ、あるのは手段だけで、その手段を何のために用いるかの目的がなくなる。ちょうど、もし大学を卒業できないなら、いろんな科目の試験に合格することは意味がなくなると同じです。端的に言えば、もし人生に最終目的がないならば、何をしても意味がない(こういう考えを虚無主義〔ニヒリズム〕と言います)ことになります。ただ、人間は最終目的がないと考えても、目の前にある近い目的をあたかも最終目的かのように考えて、それに没頭することで結構充実した時間を過ごすことができるようです。人生を旅にたとえるなら、旅の終着点を考えずに、ただ旅自体を楽しめばいいではないかというわけです。でも、ときどき静かに考えると、むなしさに襲われるのではないでしょうか。

 

それでは、もし最終目的があるとするならば、それはいったい何なのでしょうか。アリストテレスは、目的を幸福と置き換えて説明します。人はみな幸福を求めている。ただ、何が幸福かについては十人十色。人々が考える幸せには本当の幸せではないもの(快楽、金、名誉など)があるが、真の幸福はある。それは何か。それは能力の完成だ、と言います。人間には知的能力と欲求能力の二つがあるが、これらを満足させることはその人を幸福にする。ただし、人間の能力の中で、動物ももっているような物質的な能力には限界がある(例えば、いくら美味しい餃子でも50人分を食べたら、吐き気をもよおしお腹を壊す)。それに対して、知性という非物質的な能力はいくら知っても、もう満足ということはなく無限のものに開かれている。その無限のものを知り、楽しむこと(観照)ができれば、それは人にこれ以上ない幸福感を与えるはずだと考えました。

 

しかし、それはこの世で不可能なことです。だいたいこの世ではいくら幸福感に浸ったとしても、すぐにお腹が減ってくる、あるいはやらねばならぬ仕事を思い出す、など現実世界に引き戻され、いつまでも幸福感に浸り続けることができない。あの世があるかの問題を棚に上げたアリストテレスは、この世で到達できる最終目的は「人格の完成(徳を磨くこと)」だとしました(『ニコマコス倫理学』)。このことは孔子を始め儒教や仏教の偉い人たちも言っていますよね。なるほど自己を鍛錬し磨くことは、意志を強めて、強い人格を得ることになります。そして、それが充実した人生になることも確かです。ただ、本当の幸福感には、自分が他人に頼りにされている、あるいは他人のために役に立っているという実感を伴うと思います。いくら立派な人間になっても、誰の幸福にも寄与しないなら、そのときに満足を感じることはないのではないでしょうか。ただし、本当に他人や社会に役立つ人間になるためには、自分を磨く必要がある。 

 

さてアリストテレスは考えることを止めましたが、人生の問題を考えたければ、どうしてもこの世を超越するものについて考えなくてはなりません。なぜかと言うと、人間は相対的なもの(いつか終わるもの。欠けたものがあるもの)には満足できないからです。幸せに終わりがあれば、それは本当の幸せとは呼べない。しかし、この世には終わりのないというものは一つもない。(どんな嫌なことも、逆にどんな楽しいこともいつか終わる。)そこで、「あの世があるのかないのか、神が存在するのかしないのか」という問題は、実に人生に意味があるのかないのかを考える上で避けては通れない問題なのです。

 

アリストテレスというような何百年に一人出るか出ないかの大天才でもはっきり分からなかったことを、キリスト信者なら子供でも知っています。それは人生の最終目的はある、ということです。だから、生きることは値打ちがある、生まれてきて良かった、ということになるのです。それでは、その最終目的である天国とはどういうところか、次回から見ていきましょう。

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67.天国―2

 

今回は天国とはどのようなところかを見てみましょう。死後の世界を見てこの世に帰ってきた人はいないので、それを知る唯一の手がかりは神様の啓示です。ということで聖書に何が書いてあるかを見ましょう。

 

2001年9月11日、ニューヨークでのテロを敢行した人たちには、天国で感覚的な快楽が報いとして与えられると約束されていたそうです。『コーラン』を調べたら確かにそのようなことを言っています。(たとえば、「イムラーン一家」、13:「女」、60)。

 

それに対して、聖書には天国の生活について感覚的なことはほとんど出てきません。せいぜい婚宴の宴という譬えが何か楽しいことを想像させてくれるくらいです。イエス様は、「正しい人は永遠の命にあずかる」(マタイ、25章、46)とか「善を行った者は復活して永遠の命を受ける」(ヨハネ、5章、29)と言われて、はっきりと永遠の幸せについて語られましたが、それがどういう幸せかについては説明されませんでした。

 

聖書によれば、天国の幸せとは「神を顔と顔を合わせて見る」(1コリント、13章、12)、「御子をありのままに見る」(1ヨハネ、3章、2)、「キリストとともにいる」(フィリピ、1章、23)というふうに表現されています。あるいは、「彼らはもはや飢えることも渇くこともなく、太陽も、どのような暑さも、彼らを襲うことはない。・・小羊が彼らの牧者となり、命の水の泉へ導き、神が彼らの目から涙をことごとくぬぐわれる」(黙示録、7章、16-17)。

 

ただ、それでは天国の幸せとはどういうことかについては、聖書はヒントしか教えてくれません。なにせ、天国とは「目が見もせず、耳が聞きもせず、人の心に思い浮かびもしなかった」(1コリント、2章、9)ものなのです。神の特別の恵みで天国を垣間見たパウロも、その経験を「彼は楽園にまで引き上げられ、人が口にするのを許されない、言い表し得ない言葉を耳にした」(2コリント、12章、4)としか書いていません。結局、聖書が教えることは、天国の幸せは人間の想像を超えることで言葉では表せないということのようです。 

 

アビラの聖テレジアも天国の幸せをほんの少し味わったようですが、それについてこう述べています。「そのうちの一番小さいものでさえ、私を恍惚に投じ、この世の一切のものを軽視し、取るに足らぬものとさせるほど、大変貴重な効果を霊魂にもたらすに十分です。こういうお恵みの最初のものでも、ごくわずかなりとも分からせたいと思いますが、さてどのようにそれが出来るかと考えてみますと、それは不可能なことがわかります。すべてが光であるかの世界の光だけでも、この地上の光とはあまりにも違い、とても比較になりません。太陽の光線さえ、ひどい嫌気を起こさせます。想像力は、たとえそれがどんなに敏活でありましょうとも、この光も、またその他、主が私におひらきになった奇しいことの一つをも表現すること、描き出すことは決して出来ないでしょう(『自叙伝』、38章、2)。

 

人間が他人に知識を伝えるときには言葉を使わねばなりません。ところで、言葉で言い表せるものは、普遍的なもの、すなわち時間や空間を超えたものです。例えば、2×3=6ということは、2千年前も今も100年後も、またパプア・ニューギニアでもジンバブエでも日本でも同じです。こういうことは言葉で伝えられるのです。それに対して、一度きりの経験はそうはいきません。それは個別的なものです。だからたとえば、体のどこかが痛むとき、何か美味しいものを食べたとき、その痛さや美味しさを他人に伝えることは不可能なのです。ただ、伝えたい相手が似たような経験をしている場合は、「錐で突き刺されたような痛さ」とか、「塩のような味」とか言って、比較になるものを引き合いに出して説明できます。ところで、幸せも普遍的ではなく個別的です。さらに天国の幸せの場合、それと比較できる幸せがこの世でないので、それを何かに比較して言い表すことは不可能なのです。あるいは、人間は苦痛の経験は多いが、幸せを感じる経験は少ない、だから天国を想像することが難しいとも言えます。 

 

菊池寛の『極楽』という短編小説では、仏教の極楽では人は何の苦しみもなく暑さも寒さも感じない状態のうちにずっと蓮の花の上で座っているのですが、とても退屈であるかのように描かれています。また、確かに黙示録から取った描写ですが、天国では神様の前で跪いて「聖なるかな、聖なるかな」といつまでも言い続けるとかいうがあります。この二つは天国のパロディーと言えます。そんなところなら、誰も魅力を感じないでしょう。

 

しかし、天国の幸せは神様が人間のために準備されたものですから、人を完全に満足させるはずです。聖パウロも「現在の苦しみは、将来わたしたちに表されるはずの栄光に比べると、取るに足らない」(ローマ、8章、18)と保証しています。ただ、それは感覚的な喜びではありません。人間は成長するに従って幸福を感じるものがだんだん変わってきます。幼稚園児はキャラメルやアイスクリームに喜びを感じるが、小学生はゲームに、中学生にはスポーツや音楽、高校生になると友情のすばらしさを発見する、と言うふうに徐々に物質的なものから精神的なものに変わってきます。幼児には友情のすばらしさは理解できない。同じように、肉体をまとってこの地上に住んでいる我々には感覚的な喜びはよく分かるが、精神的なそれはなかなかピンと来ません。

 

天国の幸福を少しでも理解できるためには、精神的な世界の現実に親しんでいる必要があります。私も小さいとき、天国ではもう何も食べる必要がないと聞いてがっかりしたことを思えています。つまり、精神的な成熟度が要求される。では、その感覚的楽しみとはまったく質の違った幸福とは何か、それについては次回に見たいと思います。

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68.天国―3

 

前回は天国の楽しみとは感覚的なものではなく、そのために地上に生活する我々には理解しにくいことを見ました。確かに困難なことですが、天国の幸福について少しでも理解を深めていきたいと思います。

 

かつての要理には、「天国の幸福とは、まず三位一体の神を直接に仰ぎ見て愛し、永遠にその光栄と幸福にあずかることであり、さらに復活されたイエスをはじめ、聖母マリア、諸聖人、諸天使と親しく交わって、喜びをともにすることです。なお、そこで成聖の恩恵をもってなくなった親族や知人と再会することもできます」とあります。この簡潔な説明の裏には膨大な神学がかくれています。天国の幸福には二面がある。一つは神を直接見ること、もう一つは親しい人々を含めた聖人天使と一緒にいることです。この二つを考えると、二つめはなるほどそれは幸せだろうと想像できますが、一つめはあまりピンと来ないかも知れません。しかし、これこそ至福なのです。完全に理解できない神秘であることを認めながら、少し掘り下げていきましょう。

 

人間がいつ幸せを感じるかを考えると、「愛する人と一緒にいるとき」ということが出てくるのではないでしょうか。それはいかなる富も快楽も及ばない幸せでしょう。でも、それはなぜでしょうか。それは、以下のように考えられると思います。つまり、人間が幸せを感じるのは、何かの充実感を感じているときでしょう。充実とは何かが満たされることですが、人の感じる充実感とは、自己の能力が満たされるときに生まれる。だから何も積極的に試みない人は、いつも満たされない空虚さを感じる。ところで、人間の能力の中で最も優れた能力は、感覚的欲求でもなく財産を所有する能力でもなく、「知ること(知性)」と「望むこと(意志)」です。人が「神の似姿」であると言うのは、この知性と意志を備えている点を指します。そうして、この能力を満たすことが人間に幸福をもたらす。愛とは、この二つの能力の共同作業です。と言うのは、愛するためには望むだけではなく、まず対象を知ることが必要だからです。ですから、無限に価値あるものを知り望む、すなわち愛するとき、人間は最高の幸福を感じると言えます。

 

しかし、人間の欲求を満たすその無限なものはあるのでしょうか。それは無限の神しかありません。ですから、無神論を心底信じるなら、必然的に虚無主義、つまりすべてはむなしいという結論に到着します。ただ、もし神が存在したとしても、人間の力だけでは、神を直接見て愛することは不可能です。神は無限、人間は有限だからです。ところが、啓示によれば、神が人間にこの幸せをお恵みになるのです。すなわち、ご自分を「ありのままお示しになり」、「キリストと一緒にいさせてくださる」のです。聖書には、天国の幸せとは「神を顔と顔を合わせて見る」(1コリント、13章、12)、「御子をありのままに見る」(1ヨハネ、3章、2)、「キリストとともにいる」(フィリピ、1章、23)とある通りです。

 

「神を仰ぎ見る」ことがどれほど素晴らしいことかは、この世では理解不可能です。なぜなら、神そのものをこの世で見ることはできないからです。特に、日々感覚的なことだけを追い求めているなら、芸術や友情のすばらしさを説かれた幼児のように、「神を見る」と言われても何の魅力も感じないことでしょう。それに対して、キリスト信者でなくても、それに気づいた人もいます。旧約の詩編著者は「主よ、私はあなたの御顔を尋ねもとめます」(27,8)と叫び、聖書以外でも例えば古代インドの宗教家やプラトンなどは、神を直接見ることの憧れを表明しています。アリストテレスは「人間的な生活を超えて、神的な生活をしなくてはならない」と断言しています。この人々は素直な心をもってものごとを静かに深く考えた人たちです。

 

ですから、騒音と日々の煩いのなかで生活する私たちも、目を天に上げ、永遠のことについて考える静かな時間を確保することが絶対に必要なのです。そのために極めて貴重な時間が日曜日のごミサ、そして毎日の祈りの時間です。でなければ、容易に本当に大切なものを見失い、世間的なものに流される根無し草のような生活に陥ります。『星の王子様』にあるように、「本当に大切なものは目に見えない」からです。それを見るためには、眼を閉じて、心の世界を見つめる時間を持たねばなりません。

 

「世間、悪魔、肉欲はペテン師の冒険家である。あなたの内にある未開人としての弱さをだしにして、価値のない快楽のおもちゃと引き替えに、命を与えあがなう神の御血にひたされた純金、ダイヤ、ルビーをせしめようとする。それらは永遠の命という宝を得るための代償であるのに」(聖ホセマリア・エスクリバー、『道』、708)。

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69.体の復活

 

イエス様は公生活の間、いくらかの予言をされました。そのうち使徒たちの将来について、教会について、エルサレムの破壊についての予言は、それが実現されたことを私たちは確認することができます。しかし、主の予言の中でまだ実現していないものがあります。それが世の終わりについてのものです。この世界は永遠に続くものではなく終わりが来る、そして終わりの時に死者が復活し、審判が行われ、この世界は刷新され、人は永遠の幸福が罰に入る、という予言です。

 

古代のインドやギリシアでは、歴史は円運動のように何度も繰り返され終わりがないと考えられていたようですが、聖書は歴史が直線的だと教えます。すなわち、神が始めにこの歴史の幕を上げられ、最後にその幕を閉じられる、と。もし歴史が円運動で何度も繰り返されるなら、人間の人生も歴史も何度も繰り返されるわけで、それなら今の私の人生は価値がないということになりませんか。また、人生が変転を繰り返しながらいつまでも続くなら、それは恐ろしく辛いことではないでしょうか。幸いに、この人生は終わりがあり、そして永遠の安息に入る(もちろん永遠の罰の可能性もある)というのが聖書の教えです。人生は一回きりだからこそ、軽薄な遊びではなく、真剣勝負のように崇高で価値あるものなのです。 

 

世の終わりに起こると予言されたことの中で、ます死者の復活ということを見てみましょう。この体の復活と言うことは、現代人にとって信じにくいことですが、教会がその中で産声を上げたヘレニズム世界ではもっと難しいことだったようです。パウロがアテネで大勢の人々を前にして、この世界を創造された私たちの近くに存在される神について話し、最近起こったキリストの復活について触れると、それまで黙って聞いていた人々は「死者の復活ということを聞くと、ある者はあざ笑い、ある者は『それについてはいずれまた聞かせてもらおう』と言った」(使徒言行録、17章、32)。つまり、復活は信じられない馬鹿げたことだったのです。コリントの教会にも同じ不信を表明する人が出たので、パウロは「死者の復活がなければ、キリストも復活しなかった」と書き送らねばなりませんでした(1コリント、15章12)。 

 

実に体の復活と言うことは、神の啓示がなければ人間には思いもよらなかったことです。旧約時代も終わりの方にならなければ、この教えは見あたりません。(ダニエル、12章、1~3:知恵、4章、20 ~ 5章、14:2マカバイ、7章)しかし、イエス様ははっきり教えられました。「時が来ると、墓の中にいる者は皆、人の子の声を聞き、善を行った者は復活して命を受けるために、悪を行った者は復活して罰を受けるために出てくるのだ」と(ヨハネ、5章、28~29)。体が復活することを信じるのは、なによりもイエス様がそう仰ったから、また「神には出来ないことは何一つない」(ルカ、1章、37)からです。 

 

ただ、体が復活することは、理不尽ではないとある程度説明できます。すなわち、人間は天使とは違い、体と霊魂から成るものであって、霊魂だけの状態は人間らしくないということも理由の一つです。人は善もしくは悪を行ったとき、体もその行いに参加したのですから、体も一緒に報いか罰を受けるのは当然でしょう。

 

それでも、ちょっと復活の時を想像してみると、「いったいどういう体で復活するのか。胎児の時に死んだ子供や年取って死んだ人は、その死んだときの体で復活するのか。あるいは病気などで体が不自由だった人は」とか、色々と細かい疑問がわき出てきます。その疑問は初代教会の信者も抱いたようです。コリントの教会の信者に対し、「しかし、死者はどんなふうに復活するのか、どんな体で来るのか、と聞く者がいるかもしれません」とパウロは先手を打って質問し、播かれて朽ちた種から新しい植物が生えるという譬えで答えています(1コリント、15章、35~58)。種の状態の時、その後その種からどんな草木が生え出るかは想像も付きませんが、それと似ているというのです。しかし、神が全能で善いお方ですから、私たちにとって最もよい姿を与えてくださるでしょう。またその体は復活した主キリストの体と似たものになるはずです。すなわち、物質の特長である重さや抵抗がなくなるようです。ただし、悪を行った人の体は逆です。こうして人間は再び体を受けて審判に望むのです。それが最後の審判、公審判です。それはどういうものか、次回に見てみましょう。

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